しろくま日記

読んだ本の感想を記録してみたいと思います。
なんだか忘れてしまうので。

ダイヤモンド・エイジ上・下 ニール・スティーブンスン著 日暮雅通訳 ハヤカワ文庫

2017-07-07 | 海外SF
再び’12年ローカス誌オールタイムベストに戻りました。
本書は同ベスト53位、1995年発刊、1996年のヒューゴー賞・ローカス賞受賞作品です。
残念ながら本書も絶版のためブックオフで古本を入手。

本作が発刊された年は私が就職して3-4年目頃。
この頃も本は読んでいたはずなのですが海外SFはまったく眼中になかったです。
そんな時期に発刊された作品を改めて読んで感想を書いているというのが何やら不思議な気がします…。

本作の著者ニール・スティーブンスンの作品は最近の海外SF読書の中で「スノウ・クラッシュ」「クリプトノミコン」を読了済み。
上記2作品の感想に書きましたが著者の才能は「大したものだ」とは思ったのですが…どうもあまり好みではない・・・。
(とくにサイバー・パンク色が濃厚な「スノウ・クラッシュ」は苦手。)
そんなこんなで「気が重いなぁ」と感じながらも読み始めました。

内容紹介(裏表紙記載)
上巻
近未来、ナノテクの発達により、文明社会は大きく変貌していた。世界は国家ごとではなく、人種・宗教・主義・趣味などを共有する者の集まりからなる、多種多様な<国家都市>(クレイグ)に細分化されている。上海の貴族フィンクル=マグロウ卿は、孫娘の教育用にナノテクの枠をきわめた初等読本(プリマー)の作製を依頼するが・・・・・ダイヤモンドをはじめ、すべてをナノテクで作りだせるようになった近未来を描く、ヒューゴー賞・ローカス賞受賞作。

下巻
フィンクル=マグロウ卿から、孫娘の教育のために使う、画期的なインタラクティヴ・ソフトの開発を依頼された技術者ハックワースは、初等読本(プリマー)を自分の娘のために不正コピーした。だが、そのコピーは、ある事件をきっかけに貧困にあえぐ薄幸の少女ネルの手にわたってしまう。プリマーをめぐり、さまざまな人々の思惑が渦巻くなか、やがて、ネルは驚くべき冒険の旅に出る・・・・・・物語が世界を変革する物語、新世代のためのSF。

読後のとりあえずの感想ですが「名作」と思いました。

下巻の若干ネタ切れ的な展開と伏線を消化しきれていない感じ、ラストがちょっとうやむや(?)という感はありますが上巻のあまりできの良さにすべてを許してしまいました。

私がビルディングノベルを大好きという事情もありますが・・・少女の成長を描いた作品としては「赤毛のアン」以来の少女ビルディングノベルの傑作ではないか?などと思ってしまいました。

冒頭でいかにもサイバーパンク的な始まりの中実の父親をなくす不幸な少女の出自を暗示し、やさぐれ母親の愛人からの虐待を受けながらも周囲の善意と、ふとしたことで手に入れたプリマーの力(と本人の努力と資質)で強く素直に育つ可憐な少女…ベタですがジーンときます。

最後の方までネルと会えないわけですがプリマーを通じ献身的な愛をそそぐミランダの姿など涙腺がゆるみました…。
ナノテクの粋を集めた「プリマー」なわけですが、その中核にこのミランダに象徴されるの人の「愛」が作用するというのもテクノロジーとアナログ・伝統的なものとの対比という意味ではいろいろ考えさせられる部分です。
(結局読み手の献身的な「愛」を受けなかった他の2人のプリマー体験少女はうまく育成できなかった...)

主な舞台となる国家都市「新・アトランティス」の文化的背景をヴィクトリア時代に設定しているのもいかにもな「啓蒙的ビルディングノベル」展開がはまる要因かとも思いますが、本作の特徴的概念である「国家都市」は文化をバックボーンとした場合人種的な制約はなくなっているように思えます。
新アトランティスの「株主貴族」であるフィンケル=マグロウ卿もちょっと東洋系入っている印象でしたし…。
儒教文化を主とした「天朝」もハックワースを受け入れているようであり別に白人でも大丈夫そう。
人種的な制約を除いて理念によって立つ国家対立のシュミレーション小説としても楽しめます。

登場人物の発言に「論語」なども多く引用されており「クリプトノミコン」でも見られた作者の東洋思想好きなのかなぁな面が発揮されています。
その辺日本人が読むと違和感あるかもしれませんが…(私はそれほど違和感なかったです。)
この「儒教道徳」を否定するわけでもなく国家都市「漢」の実際に取る行動は毛沢東的になってしまっています。
まぁこれも現実認識としては正しいような気もしました…。
読み方によっては「ヴィクトリア文化」=「新アトランティス」=西洋=白人 文化を礼賛しているようにも読めるかとも思いますが、普遍的な理念と実際の運動=国家運営のギャップを示しているのかなぁと読みました。

「理念」としてネルの教育課程でヴィクトリア文化的な「正義」「礼」的なものが紹介されていていますがそれが絶対ではなく、作中でも儒教文化を信奉する芳判事が「正義」「礼」にかなった行動例として描かれています。
「人種や信条、派閥的な理解は可能」という認識の提示と、実際に利害関係や理想の実現手法の認識の相違があると分かり合うのは難しいというところを無理やりまとめず描いているように思えます。

最後は「人間同士分かり合う」=錬金術師のナノテクでの全体主義的かつ人工的な一体化と、個々人の自由を尊重する民主主義的正義が対立したり、寄って立つ正義の「正しさ」の判定の難しさなどが混然一体となり「しゃっきりまとまとまらず」なのですが…。
まぁ小さくまとまったラストよりよかったんでしょうね。

SFならではの大胆な非現実的世界観と少女のビルディングノベルというベタなテーマを視点を頻繁に変えながらまとめ上げて、物語を納得感のあるラストまで進めていく手腕にこの作者の非凡な才能を感じました。

あと挿入される作中作であるプリマーの物語は秀逸でした。
さまざまな寓意を内包しているように感じられるのですがとくに「最後の恐竜の王」を決める話はとてもよかった!!これを読んだときにこの後の展開がどうであろうと本作は名作だ!と確信しました。
なお「クリプトノミコン」で出てくるチューリングマシンについてもプリマーのお話の中で語られておりこちらの方のマニアックさも楽しめました。

解説に「SFとしてだけでなくメジャー文学でも評価されている」とありましたが、村上春樹の「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」が「純文学」といえるのであれば本作も「純文学」といえそうですね。
前半でいかにも活躍しそうだった芳判事や常警部が後半ほぼ消えてしまったり、ネルとならぶ主役級のハックワースの目的・行動がなにやらがぼやけたものになったりというところはあるのですが、様々な対立する要素を盛り込み読者に考えさせる素晴らしい作品と感じました。

マグロウ卿と天朝のドクターXは「実は同一人物」というようなエンターテインメント的展開も期待していたのですが、キャラのかなり似ているいかにも黒幕的なこの二人も最後まで正体が語られず消化不良気味ではありましたねぇ...。

くりかえしになりますが「クリプトノミコン」では、ラストで「謎」をはっきりと解決し過ぎてしまい小さくまとまってしまったような感じがありますのでまぁこれはこれでありかと。
ネット上の評価をみると「話がよくわからない」とか「SFとしてどうか?」という評価も多く見受けられました。
場面の切り替わりが多く、前後の関係が分かりにくい部分もあるので合わない人は合わないかとも思いますが、あいまいな話の中で語られるストレートなビルディングノベルとしてまた「上海にあるヴィクトリア朝文化の国家」というなんとも非現実的かつ怪しい世界観を空想したり、「最後の恐竜」に思いを馳せたりと読者にいろいろなことを考えさせることができる良書、「名作」だと思います。

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