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視人庵BLOG

古希(70歳)を迎えました。"星望雨読"を目指しています。
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松本清張の「遺言」「神々の乱心」を読み解く 

2009-06-22 07:47:40 | 文化


松本清張の「遺言」「神々の乱心」を読み解く(文芸春秋社の書籍案内:) 

先日、NHK「視点・論点」を視ていたら原武史氏が松本清張の遺作「神々の乱心」を取り上げていて、天皇制の話が大変おもしろかったので早速購入して読みました。

残念ながら「視点・論点」を視て期待したほどではなかったですが、以前「神々の乱心」を読んだときには気がつかなかった点も多々あり、「神々の乱心」再読中です。
読んでいて気づいたのですが、松本清張の「昭和史発掘」からの引用が多々ありますが、引用巻No.が文庫版とは違うようです。
「昭和史発掘」巻8の「特設軍法会議」の章は文庫版(1978年刊)では巻12でした。


「神々の乱心」、実は社会史か政治史関係のある本に紹介されていて読んだのですが、その"ある本"が何だか思い出せません(悲)。
書棚のどっかに収まっているとは思うのですが・・・・・?
トホホ・・・

神々の乱心〈上〉 (文春文庫)
松本 清張
文藝春秋

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住吉大社

2009-06-19 08:03:26 | 


放送大学面接授業の翌日に住吉大社にいってきました。
予定では聖徳太子つながりで法隆寺に行くつもりだったのですが、四天王寺の宝物館に展示されていた「浪速名所図屏風(江戸時代の作)」に四天王寺と住吉大社が対に描かれていたのを視て「住吉大社って行ったことないな?」と思った次第。

毎度毎度のいきあたりばったりのです。

天王寺から住吉大社に行くためには阪堺電気軌道に乗っていきます。大阪に路面電車が走っていたなんて始めて知りました!?



住吉鳥居前で降ります。奥に太鼓橋が見えます。

とても急な橋でした。

 

一番奥の工事中の建物内に第一本宮、その前が第二本宮、その前左側が第三本宮、右側が第四本宮という、非常に奇妙な配置です。


第一本宮の裏にある楠珺社です。
商売発達にご利益がある社で「はったつさん」と呼ばれて親しまれているそうです。
住吉大社HPによると "楠珺社で親しまれているのは、羽織りを着た愛嬌のある土人形の招き猫です。偶数月には右手を、奇数月は左手を挙げたものを毎月集め48体そろうと、満願成就の証として納めていただきます。そして新たに大きな招福猫と交換してもらい、今後のご繁栄を祈願します" とのこと。
奥に猫の置物が飾られています。


住吉大社にいったものの、住吉大社の縁起はまったく知りませんでした。
そこでお札等の販売所で縁起が書かれたパンフレットを求めようとして陳列物を見たがそれらしきものが置かれてない・・・・・?
無いはずないだろうと思って、巫女の衣装をまとった受付の女性に聞くと奥のほうから出してきたのが一番上の写真のパンフでした。300円也。
この類のものがあまり売れないような地元密着の神社なのですね。

2時間ほど境内を見学散策していましたが、第3,4大社で小生が入場時見かけた妙齢の女性二人が退出時もズーッとお参りしていました。

何を祈願していたのだろう?気になります(笑)。

パンフの上の招き猫は「はったつさん」で求めた招き猫です。4cmくらいの高さです。

我が家にもまもなく猫ちゃんが来る予定です。

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星と風のサロンがYOMIURI ONLINE「星空ズームアップ」に紹介されました。

2009-06-17 15:55:58 | アスメン・星と風のサロン
紹介記事は
6月15日のYOMIURI ONLINE「星空ズームアップ」
"サロンで宇宙の疑問を語ろう"
寄稿者:和田智秀さん(国立天文台研究支援員)
http://www.yomiuri.co.jp/space/astronomy/20090615-OYT8T00148.htmです。

和田智秀さんは、5月28日の星と風のサロン(アスメンの夕べ)
[宇宙の大発電所]、簡単で難しいパルサー(中性子星)の謎は解けるか?~パルサー(中性子星)発見の予言から、最新の研究成果まで~
のスピーカーです。

小生、一昨年国立天文台と三鷹市の連携事業、宇宙映像利用による科学文化形成ユニット「科学プロデューサ養成コース」をひょんなきっかけから受講させていただき、その関係から昨年11月から星と風のサロン(毎月第4週:アスメンの夕べ)の企画運営に関わっています。
昨年11月から今年一月を除いて5月まで計6回のサロン(アスメンの夕べ)を企画実施しました。
三鷹ネットワーク大学のアストロノミーパブ常連として、気ままに観望会等を企画実施しているのと違い、毎月1回、第4木曜日という決まった日程のサロンの企画運営というのは予想以上に大変でした。
アストロノミーパブ常連の三鷹市在住在勤在学在活の方々の協力を得ながら毎回企画しておりますが、なにせ小生、科学や宇宙天文の分野とはまったく畑違いの分野で仕事をしてきた人間、ゲストを呼ぼうにもまったく呼ぶルートを持ち合わせおりません。
毎回、科学文化形成ユニットでお世話になった先生方やアストロノミーパブ、星と風のサロンで知り合った方々の協力を得てなんとかやってこれました。
協力していただいた皆さんには感謝感謝あるのみです。

"独りぽっちの天文ファンを繋ごう"という「「科学プロデューサ養成コース」受講時からのコンセプトのもとに、独りぽっちの天文科学ファンを繋ぐ"場"として、初めての方がゲストや常連の方とも気安く語り合える"場"が提供できればと考えて毎回企画運営してきました。
さらに参加された方々の中から、何か新たな活動が生まれればいいな、と期待しています。




P.S.
星望雨読の小生にとって大変楽しい"お仕事"であることは間違いありません(笑)。








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放送大学面接授業2日目 四天王寺見学

2009-06-15 04:01:48 | 放送大学
四天王寺に関心を持ったきっかけは民族学者谷川健一氏が月刊新潮2001年12月号に寄稿した「四天王寺の黒鳥」でした。のちに「四天王寺の鷹」と改題されて出版されました。
四天王寺の鷹 謎の秦氏と物部氏を追って
谷川 健一
河出書房新社

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四天王寺建立の経緯(伝説)はご存知のように曽我馬子と物部守屋との崇仏・廃仏の争い時、曽我馬子側として参戦した厩戸皇子が四天王像を自ら刻し勝利を祈念したところ、物部守屋を討ち取り守屋軍が敗退したことから難波に四天王寺を建立したと伝えられています。
ところが「四天王寺の黒鳥」によると四天王寺の境内に蘇我馬子、厩戸皇子の宿敵である物部守屋を祀った祠があるという話が載っていました。
さらに守屋に仕えた者で四天王寺のとなった人たちの子孫が、つづいて四天王寺のいろいろな仕事に現在でもついているという話が載っています。
この話は南谷先生の授業のなかでも出てきました。確かに物部守屋に仕えた人たちの子孫と信じている人たちが現在も四天王寺で働いているとのこと。
(下写真:西大門(極楽門)側から視た五重塔と金堂。写真では視えませんが左側に講堂があります)


守屋祠。太子殿の敷地内にあります。普段普通に参拝出来る場所ではなさそうですが、まっ赤に塗られた建物の手入れがとてもゆきとどいているようでした。
確かに物部守屋に仕えた人たちの子孫の手によって延々と維持されているようです。


伝説で物部守屋の悪霊が黒鳥となって四天王寺を襲ったので、聖徳太子がはなった白鷹が休むための金堂に作られた止まり木。緑の"П"の形をした部分です。江戸時代にはすでに記録が残っているそうです。


亀井堂の霊水は 回向(供養)を済ませた経木を流せば極楽往生が叶うといわれていますが、明日香で最近発掘された"亀型製造物"によく似ています。亀の口から水がでていますね。平安時代からあったようです。


太子殿の猫門に掲げられている左甚五郎作といわれる猫の彫り物。彩色がないのが妙に魅力的でした。


袈裟姿で四天王寺を案内、講義される南谷恵敬先生。
6月28日NHK ETV特集 日本と朝鮮半島2000年 第3回 仏教伝来 で十七条の憲法について解説されるそうです。


四天王寺は創建以来、七度被災し、現在八度目の再建だそうです。法隆寺のように創建以来のものは少なそうですが、創建以来1400余年、難波の民衆によって信仰され支えられてきたお寺だと思いました。

30度近い蒸し暑い天気のなかの見学は結構大変でしたが勉強になりました。

一度は毎年4月22日に行われる精霊会舞楽大法要を視たいと思います。
この舞楽は「四天王寺の黒鳥」によれば、帰化人秦氏によって伝えられたとされています。





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放送大学面接授業「聖徳太子と四天王寺」

2009-06-14 06:11:03 | 放送大学
昨日から放送大学の面接授業受講のため大阪、四天王寺の大阪学習センター(大阪教育大学内)にきております。
授業科目は「聖徳太子と四天王寺」。
人気授業で毎回90人の定員をオーバーするとのこと。小生も2回目の応募で当選しました。
四天王寺大学の南谷恵敬先生が昨日、聖徳太子の一生、聖徳太子と仏教、について講義。今日は四天王寺見学と、太子信仰の広がりの講義があります。
日本人なら誰でも知っている聖徳太子。でも憲法17条の「一に曰く、和を以って貴しと為し・・・」くらいは知っていても最後の「一七に曰く、夫れ事は獨り断ず可からず。・・・・」まで記憶している人は少ないでしょう。
その聖徳太子の一生と彼が生きた時代、倭国が東アジアでどういう立場にあったか、そして聖徳太子の仏教思想について講義していただきました。
講義の最初がまず参考文献の紹介でした。何冊かは小生も目を通した本もありました。
その紹介をしながら、南谷先生の研究の立場(仏教美術研究者と聖徳太子研究者としての立場、そして聖徳太子が建立したといわれる四天王寺内の寺の住職を務める立場)を説明されました。
学問と信仰がからむテーマを講義される場合、このような立場の説明は非常に大事だと思います。



朝3時に起きて始発の新幹線で大阪に来たので、さすがに午後は眠かったです。
でも南谷先生の講義は眠気を取り去るほど面白かったです。
今日は待望の四天王寺見学。でも今日は暑そう?(30度超えるか!?)

昼休み、大阪教育大学の食堂で食べたソースカツ丼、410円。
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