つれづれ読書日記

SENとLINN、二人で更新中の書評ブログです。小説、漫画、新書などの感想を独断と偏見でつれづれと書いていきます。

宇宙少年ではない

2006-06-05 22:10:32 | SF(海外)
さて、久々のSFだなの第552回は、

タイトル:スラン
著者:A・E・ヴァン・ヴォクト
出版社:早川書房

であります。

超能力SFの古典です。
初出は何と1940年! 以後、数多くの作品に影響を与えました。



街中が敵と化した中、ジョミーは逃亡を続けていた。
優しい母は、自分を逃がすために去った……味方はもう誰もいない。
一万ドルの賞金目当てに、無慈悲な人々が次々と行く手を阻むが、ジョミーは大人顔負けの体力でそれらをかわしていく――そう、彼は新人類『スラン』なのだ。

スランの少女キャスリーンは瀬戸際に立たされていた。
これまで人類の支配者キア・グレイの保護を受けて生き延びてきたが、遂に、異分子として処分される日が来たのだ。
秘密警察長官ジョン・ペティーの執拗な追及をかわし、彼女は生への道を見いだそうとするが……。

強欲な老婆グラニーを隠れ蓑にして、ジョミーは六年間生き延びた。
政府のスラン狩りは激しさを増しており、迂闊な行動は死に直結する。
だが彼は動いた、父の遺産を探し出し、新人類達の未来を切り開くために――。



『地球へ…』の元ネタとも言える超能力ミュータント物です。
頭髪の中に感覚毛と呼ばれる特殊な髪を持っており、これを使って超能力を発揮するスランと、それを迫害する人類が存在する未来世界が舞台。
特殊能力を持った者達の苦悩、それを恐れる人々の狂気、旧人類と新人類の生き残り戦争、といった題材を扱った作品群の元祖……になるのかな、これ以前を詳しく知らないので何とも言えませんが。

と、言ってもスランの能力はさほどぶっ飛んではいません。
常人を越える肉体と思考力、んでテレパシーってとこ。
サイコキネシス、火炎放射、電撃どれも使えませんし、超能力を使う時に瞳が燃えたりもしません……当然、エネルギー衝撃波とかもなし。(何の話だ、何の)

その代わりと言っては何ですが、主人公のジョミー君の性格がかなりぶっ飛んでます。
そもそも、母親がジョミーと別れる時の台詞からして凄い――

「(略)わたしたちの大敵キア・グレイを、お前の手で殺さねばならないかもしれないわ。たとえ、大宮殿の奥まで追いかけてもね(後略)」

争いを好まないタチだった夫を支えただけあって、かなりの現実主義者だったようですねお母様……でも、九歳の息子に言う台詞としてはかなりハイブロウなのでは?

母の遺言により、ジョミー君の今後の方向は決定されます。
人類は悪! スランは被害者! 僕はお父さんの残してくれた遺産を見つけ出して、仲間達を救うんだ!
やばいです、テロリスト街道まっしぐらです。

しかし、持って生まれたスランの能力がジョミー君に待ったをかける。
感覚毛を持たないことを利用して人間社会に潜伏している無植毛スランの存在、隠れ蓑として使っていた貧民街で聞いたスランの悪行の歴史……。
テレパシーと超知能を駆使することで得た新たな知識は、彼の信じるものを突き崩すのに充分なインパクトがありました。

さらに、六年間の間に同族である純スランと一度も接触できなかったことが致命的。
果たして彼らはどこに潜伏しているのか? 自分が信じている、気高い心を持ったスラン達というのはただの幻なのか?
疑心暗鬼に陥りながらも、ジョミー君は父の研究の成果が収められた秘密の場所へと突撃する!

父の遺産が何なのかは詳しく書きませんが、これを手にしたことでジョミー君は驚異的なパワーアップを果たします――性格的に。
今までマクロな視点を殆ど持ち合わせていなかったのが、いきなりスケールが大きくなり、純スラン、無植毛スラン、人類、どの血も流したくないというお父様が取り憑いたような台詞を吐き出したのは序の口。
純スランを心底憎んでいる無植毛スランの女性相手に――

「ミス・ヒロリー、これは自慢でもなんでもなくいえるけれど、現在、全世界の中で、このピーター・クロスの息子ほど重要な人物はいないんだ(後略)」

何てことまで言っちゃうんだから、凄いです。
もっとも後になって自分が、自意識過剰なガキンチョだったことは認めるようになりますが……。

ぶっ飛んだ性格のジョミー君の話と並行して、人類の研究対象たるキャスリーンの物語も描かれます。
保護者(?)であるキア・グレイとの微妙な関係、スラン根絶に躍起になっているジョン・ペティーとの対立、がメインかな。
テレパシーを使う時の描写が非常に凝っていて、一見何でもない人類同士の会話が非常に面白くなっているのは見事です。

ジョミー君にしろ、キャスリーンにしろ、その戦いの殆どがドンパチ抜きの頭脳戦なのはかなり好みですね。
章ごとに『引き』を用意し、どんどん先を読みたくなるようにしている構成も良いです。連載だからかも知れないけど。

ただ残念なのは、先に進むに連れてテンションが落ちていったこと。
ジョミー君はどんどん付いていけない性格になっていくし、キャスリーンは結局人類側のナビゲーター以上の役割を得られない。
純スラン、無植毛スラン、人類の三つ巴の対立をまとめるという壮大な目的を果たすにはメインの二人ではちと役不足だったのか、オチも無理矢理まとめた感じでした。

これだけのテーマとネタを創出したのは凄いとは思いますが、かなり引っかかる所も多い、微妙な作品です。
ただ、超能力物のルーツとして外せない作品の一つというのは間違いありません、SFファンなら読むべし。

そういえば、萩尾望都の『妖精狩り』もこの作品の影響をモロに受けてるなぁ……。(笑)



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