つれづれ読書日記

SENとLINN、二人で更新中の書評ブログです。小説、漫画、新書などの感想を独断と偏見でつれづれと書いていきます。

で、鷺の墓って結局何だっけ?

2006-11-21 23:54:31 | 時代劇・歴史物
さて、何かしっくりこない第721回は、

タイトル:鷺の墓
著者:今井絵美子
出版社:角川春樹事務所 ハルキ文庫(初版:H17)

であります。

お初の作家さんです。
瀬戸内のある藩を舞台に、様々な人物の日常を描く連作短編集。
全五編を収録。例によって、一つずつ感想を述べていきます。


『鷺の墓』……ある日突然、馬廻り組に所属する保坂市之進は藩主の弟・松之助の警護の任を言い渡された。近習組に役替えになるわけではなく、飽くまで臨時の役目とのことだが、これを機に家禄が戻るかも知れないと彼は期待する。さっそく祖母の槇乃にそのことを伝えたが、なぜか返ってきた反応はつれないものだった――。

本書の主人公的存在・市之進の出生にまつわる話。他の話にも顔を出すお助けキャラ・保坂彦四郎も登場する。序盤はいかにも裏がありそうな雰囲気があるが、予想外のことなど何一つ起こらずにすべては終わる。結局の所、市之進の葛藤がすべてなのだが、それにしてはラストが軽くて薄い。


『空豆』……その面相故に空豆と呼ばれている男・栗栖又造には悩みがあった。家禄のことではない。妻に先立たれ、子もない身ならば、三十五石でも食うには困らぬ。荒れ放題の庭を見るのは悲しいが、悩む程ではない。今考えるべきなのは、妻の遺言に従って身の回りの世話をしてくれている姪の芙岐の縁組みである――。

出世にも人間関係にも興味を持たず、ただ朽ちていくだけの人生を選んだ男が、過去と現在の双方に追われて苦悩する姿を描いたリアリズム溢れる力作。自分自身は良くとも周囲はそうはいかぬという、現代にも通じる問題を扱っているが、ちゃんと時代劇ならではの展開を用意しているのも素晴らしい。


『無花果、朝霧に濡れて』……牛尾爽太郎の妻・紀和は、火の車の家計を支えるために針仕事を行っていた。しかも、義姉が持ち込んできた出世の話に乗るためには、五両もの大金が必要になる。意を決して、紀和は質屋へと向かうが――。

とにかく顔の広い男・保坂彦四郎が再登場し、紀和を助ける、ただそれだけの話。『鷺の墓』で彦四郎が語っていた駆け落ち騒ぎの真相が明かされるので、連作短編のつなぎとしては一応意味がある。しかし、昔の思い人に会っただけですべてが好転したような御都合主義全開のラストは頂けない。


『秋の食客』……十年目にしてようやく勘定方下役に出世し、田之庄町の組屋敷に移れるようになった祖江田藤吾。しかし、浮かれ気分も長くは続かなかった。高尾源太夫と名乗る無精髭の男が現れ、江戸留守居役の添え状を盾に居候を決め込んでしまったのだ。藤吾は何とかして源太夫を追い出そうと策を練るが――。

他四編とは異なり、妙に明るいタッチの作品。妙に器用で憎めない源太夫のキャラも面白いが、最初は源太夫を嫌がっていたのに、役に立つと解ると態度を一変させる瑠璃(藤吾の妻)もかなりいい味を出している。『空豆』の続編にあたり、あの話はその後どうなったの? というモヤモヤを晴らしてくれるのもありがたい。


『逃げ水』……ある日、市之進は落ち着いた雰囲気の美女とすれ違った。槇乃の話で、それが幼馴染みの野枝であり、遠方の嫁ぎ先から離縁されて戻ってきたのだと知る。市之進は彼女の力になりたいと望むのだが――。

市之進を主役とした悲恋物。枝エピソードとして、彦四郎が自分の宙ぶらりんな状態にケリを付ける話も挿入されている。彦四郎と野枝の物語に特に問題はない(同時に面白みもない)が、最後の最後になって唐突に明かされる真相と、取って付けたようなめでたしめでたしはいかがものか。特に、市之進が赤い糸という単語を持ち出すあたりは、はぁ? と首をかしげてしまった。ただし、タイトルだけは秀逸。


非常に時代の描写が細かい作品です。
これ書こうと思ったら並みの勉強量では足りないでしょう、とにかく知識が凄い。
不勉強な私の場合、ルビなかったら多分読めません。(爆)

ストーリーの進め方も特に問題はないのですが……オチがちょっと。
どの短編も、後にモヤモヤが残る中途半端な終わり方をしています。
これを味と取るか、単に下手と取るかで評価が大きく変わるでしょう。

チャンバラメインではない時代劇が好みの方には合うかも知れません。
でも、同じタイプの短編集なら『御宿かわせみ』の方が私は好きだなぁ……。