[神主神気浴記]

田舎町の神職が感得したご神気の事、ご相談をいただく除災招福の霊法の事、見聞きした伝へなどを、ほぼ不定期でお話します。

神魂布瑠ノ森の冒険物語 (19~27)

2013-05-18 | つたへ
オオモトの郷へ     19
2012-08-27 | つたへ
 龍二が本宮の傍に来ると、男たちは龍二の肩の手を放した。そして、全員で二人を取り囲んだ。
 そのとき、中央で腕組みをしているリーダらしき男が一歩前に出て口を開いた。驚いたことにこちらに通じる言葉だった。

 「あれはオオモトの郷人。なじはどこの郷人か?」
 「先生、この人は言葉が解るようです」と云いながら、龍二は利き足を半歩後ろに下げて構えた。
 「我らはオオモトの神を訪ねてきた」とっさに本宮が云った。
 オオモトと聞いて男達が一瞬ざわめいた。

 「ここはオオモトの神々が坐すところであるが・・。何の用だ!」
 「我らは後の現世の国より仲間を探しに来た。行く先はオオモトの神としか分からない。手がかりを探したい。何か知っていたら教えてほしい」
 「これに乗ってきたのか?」と言って、男は九重雲を見上げた。
 「そうだ、これと同じものを見たことがあるのか?」本宮と龍二が九重雲の方へ近づくと、男たちは一斉に後ずさりした。

 「どうしたのだ?」と本宮が尋ねた。
 「輝く雲は、我らが神の御証。二人は神か?」さすがリーダーらしき男は動じなかった。
 「神ではない。君たちと同じ人だ。着てる物と履いてる物がちょっと違うが・・、似たような恰好だろう?」
 二人は関屋から支給された作務衣仕立ての上下を着てスニーカーを履いている。動きやすいようにデザインされたものだ。その下には極薄い特殊繊維でできた高機能アスリートウェア型のプロテクターを着込んでいる。

 「ちょっと中に入って荷物を取り出したい」と、龍二が身振り手振りで他の男達に話しかけながら、九重雲の中から布製のパッケージやバックパック類を外へ押し出した。それから顔だけ出して、「関谷先生に連絡を入れなければなりません」と本宮に言って、また中に消えた。龍二は先程撮っておいた写真を送るべく、端末を転送装置に接続して九重雲の外に外に出た。「直ぐに連絡が来ると思います」といいながらパッケージを開けにかかった。

 本宮がリーダー格の男に尋ねる。
 「初め、何も言わないので言葉が通じないのかと思った。我々と同じ言葉を話すのか?」
 「山の民と里の民は少し違う。以前はまったく違う言葉であったが、少しづつ部族の融和が進んで、いまは同じ言葉になりつつある」
 「君が話す言葉は、我々と同じ様だが・・」
 「わしのこの言葉は習ったものだ。元々部族は近い言葉だったので、わしは今ではかなり話せる」
 「習ったって、誰から教わったのだ?」

 「先生」、そのとき龍二が声をかけてきた。見ると、大き目の黒いバックパックを背負っている。脇にはカバーで覆われた長細いものが取り付けられていた。こちらに歩きながら、ウエストポーチが付いた幅広のベルトを腰に巻いている。
 「先生、私と同じ様に着装してください。後ほどご説明しますから」と言いながら、残りのパッケージを手際よく二つにした。
 そのとき突然、九重雲の中から「ピーピーピー」とコール音が鳴った。男たちは、また後ずさった。

 今度は本宮が九重雲の中に入った。
 「本宮だ。ここは何処なんだ?間違いないのか?」
 「送られた位置情報を解析しました。位置としては間違いありません。ただ少し時代がずれています」 辰だ。 
 「なんだって! 我々の操縦ミスか?」
 「いえ、久地先輩たちが誤ってその時代へ行ってしまったんです。時代は少し遡ってしまったようです。ですが、今回も同じ様に制御されて到達しています」
 「辰、それなら久地達と同じ時代には着てるんだな」
 「はい、そうです。紀元前10世紀ごろ、縄文末期です」

 「・・・・じゃあ、誰も何も分からないな・・」
 「そういうことです。しっかり見聞してきてください」
 「着地点は、やはりオオモトの神の聖地の台だったが、ここは巨木が生い繁る山また山、連山の中だ。本拠地はここではないらしい。少し離れた所らしいのだが・・、でも人に出会えてよかったよ」
 「わかりました。充分注意して、そこへ移動してください。九重雲を離れるとこちらと同時通話はできませんが、そちらの端末のGPS機能は働いています。OFFにしないでください。何かアプリを探します」
 「了解した」

 本宮は外に出ると、今度は端末に保存してある写真をリダー格の男に見せた。男はいぶかしげな顔をしながら覘いて、「クジノミコトとトビノタケルだ」と云った。
 さらに、本宮は自分も写ってる写真数枚をスクロールして見せながら、「我々は、この二人を探しに来たんだ。私はモトミヤヒロシ、彼はカナメリュウジという」

 「この神は、火の岳の峰に降りた神だ」と、リーダー格の男は写真を指差して云った。 
 「本当か、火の岳はこの近くか?」
 「近くではないが、この郷中にある。大岳であるが、ここからは見えない」
 「この二人の行方を知りたい」
 「わしは、オオエタケルだ。兌の四里に郷主の宮がある。そこへ案内する」と男は西の方角を指した。
  リーダー格の男は、写真にはもの凄く驚いたようであったが、久地と本宮の二人が写ってる写真と本宮本人をまじまじと見比べて、警戒心を解いたようであった。安心したのか、本拠地に案内してくれるようだ。
 「龍二君、クジとトビと云ってる。何か分かりそうだ」
 「はい、案外早く消息がつかめそうですね」
 
 本宮も出発の準備を整えた。
 リーダーの男と数人が先に立ち、本宮たちが後に続いた。残りのパッケージは他の男達が運んでくれるようだ。
 「先生、リーダーを除いて、この人達は兵ではありませんね」 龍二が小声でささやいた。
 「そうか、しかし剣のような物を持ってるよ」
 「あれは銅剣じゃないでしょうか。なんとなく持ち方もバラバラだし、先程から我々を見張るというより物珍しそうに見物してるようでしたが・・」
 「さすが剣道の有段者だね。云われて見れば剣には鞘がないね」
 「剣は重そうにみえますね」 龍二はチョッと笑って、自分のバックパックの側面の長細いケースを軽くたたいた。
 歩きながら、龍二は高校時代の日本史の教科書を思い出していた。確か銅剣はシンボルとか儀仗用とかと載ってなかったか・・。銅矛なども振り回せないと思った事を思い出していた。しかし、男たちは小柄だが屈強だ。振り回すのかもしれない。チョッと自信がなくなった。  つづく

アマノニマ邑の宮    20
 先頭を行くオオエタケルはどんどん山を下っていく。どうやら南へ降りているようだ。15分ほど降りたところに道らしきものがあった。彼は、そこで立ち止まって我々を待っていた。先程の聖地の台一帯は神々しい霞がかかっていたが、ここはすっかり晴れている。相変わらず一帯は山また山が連なっている。
 オオエは道の西の方を指して、我々を促した。しばらく行った所で、後ろの我々を振り返り、さらに後方を指した。反対側の東の方にひときわ高い山が姿を現していた。その中央の巨大な大岳からは噴煙が昇ってる。
 「あの火の岳は、オオモトの神の本宮である。クジノミコトとトビノタケルが神降りしたところだ」オオエがこちらを振り返って云った。 
 あれが久地達が降りたという火の岳か。西への道が少しずつ下っているが、まだ標高はありそうだ。
 本宮はオオエの側へと近寄って尋ねた。
 「ここはヌイの郷と云ってましたね。詳しく教えてくれませんか」
 ややあって、「天地発発のころ・・」と、オオエが歩きながら話してくれた。

 オオエの語ったところによると、天地がようやく定まったころ、この地に少人数の一つの暮らしがあった。やがて家族集団に人が加わって小さなムラとなった。
 山が多いので、近くの先住の人たちも集まり自分たちのムラを作った。小さなムラが増えたのである。しかし、人が増えた事と気候が変わったことによって食料に不足をきたすようになった。山の幸には限りがあったのである。一部の人たちは山の幸を他に求めて、この地を離れ始めた。
 丁度その頃、あの火の岳が大爆発を起こした。やがて噴火が鎮まった時、輝く雲に乗った神が火の岳の麓に降り立った。それがオオモトの神だった。
 麓は焼き払われ草木一本としてなかった。神は、そこに山の幸を植え、持っていた種を蒔いた。また、噴火の後の大雨が降るようになると、山に木を植え、堤の嵩上げをして水を防ぎ、堰を設けて水を引く事を教えた。さらに神は国づくりするために必要な人をこの地に集めた。伝え聞いた人たちや、渡来してきた人たちも近くに住み着き、ムラが増え、その技術集団ごとに邑となり、今のヌイの郷となった。

 「オオエさんはどこの邑の人ですか?」
 「ワシはオオエだ」
 「それで、オオエタケルというんですね」
 「そうだ、ワシの邑は、ここからは南の方角だ。ここでは邑々から郷主の下へ一人出るのが決まりだ」
 「郷主はなんという方ですか」
 「オオヤタケルという」
 「オオヤタケルさんはオオヤ邑の人なんですね」
 「そうだ、オオヤ邑のオオグニの人だ。郷主はオオモトの神のみ教えにしたがって、自分の住む所を恵みの多い豊かな土地にした。作物が沢山稔る収穫の多い所として、オオヤの人々はオオグニ(大国)と呼ぶようになった」
 「そうですか、立派な方なんですね」
 「そこで、このヌイを稔り豊かにしてもらうため、オオヤタケルに郷主になってもらった」
 
 いつの間には道は平坦になっていたが、まだ少し標高はあるようだ。
 道は南に迂回するようにして、更に西へ進んだ時、前方の山が切れて眼下にムラが姿を現した。
 「あれがアマニマの宮だ。郷主の居る所だ」オオエが立ち止まって指差した。
 「あそこが郷主の居る場所なんですね」
 「この地一帯はアマノニマムラという。アマ族(海人)の住むところで、海に近いのでこの地に宮を移した。アマビトたちはもっと海に近いところに住んでいる。アマビトは船を造り、船を操る」
 
 宮のある敷地の広さは、さしずめ小学校の校庭といったところか。開けた平坦な地で結構広い。環濠、城柵の類はない。遠目であるが、敷地の中には二筋の水の流れが見て取れる。
 入り口を入ったところには幾つかの建物が点在している。丸い形からすると住居なのだろうか。奥の正面には左右にひときわ大きな建物が二棟ある。床が高いから倉庫のようだ。その奥にかなり床の高い大き目の建物が見える。さらにその裏側にも建物が見える。我々が降りた聖地に在ったのと似ているように見えた。

 敷地の外側には畑らしきものが見え、その先には段々になった小さな区割りがいくつも見える。きらきら光っているところを見ると田んぼかもしれない。
 顔を上げてさらに遠くを見た。遠くの稜線の向うの隙間に青いものが見えた。
 「海だ!」 龍二が叫んだ。
 オオエに続いて、我々は一気に坂道を降りた。急に元気が出たのか、龍二はオオエのスピードに負けじと駆け下りて行った。  つづく


アマノニマ邑の宮 2  21
2012-10-01 | つたへ
 宮のあるムラの入口に着いた。オオエは中へと真っすぐに進んで行く。我々をムラの奥にある建物の方に連れて行くようだ。所々に作業をしている男たちがいる。男たちはオオエを見ると手を休めて一礼している。私たちに気付くと目を見開いて驚いた顔つきになった。

 目の前の大型の建物は高床式の長方形で、やはり倉庫だ。柱の上部にはネズミ返しがある。木材を組み上げた、いわゆるログハウスだ。違うところは窓がない。入口も小さく、長方形の短辺の方にあり斜めに板梯子が付いてて、取り外せるようになってる。村の入り口付近にあった藁ですっぽり葺かれて覆われているのとは違って、見るからに堅固だ。
 そこの前を迂回して、後ろの建物に回った。これが宮だ。建物全体は太い柱で支えられていて大きい。大床の位置は人の背よりもかなり高いところにあり、回廊となっている。入口は正面の右側で、屋根の付いた階段がある。

 我々は、階段を上って中に入った。床は板張りだ。壁も板壁、どちらも板という板は滑らかさがなくごつごつしている。入ってすぐの間仕切りの所に荷物を置くと、ひとつ先の部屋に通された。一旦オオエが席を外した。
 あおり戸から外が見える。敷地の周囲には畑があり作業している人が見える。山の上から、遠めに見えてた敷地内の水路は細いが、流れは速い。水は山から引いているのだろう。

 「ここはムラじゃないね。何か目的を持った、比較的新しい集落という感じだ」本宮が龍二に話しかけた。
 「女子供が見えません。男ばかりです。何かの集団のようですね」龍二も同じ感想を述べた。
 二人は腰を下ろした。到着した台を離れてから、ここまで短里なら7kmぐらい。普段歩きなれない本宮にとってはかなりの行程のはずだ。アウトドアが趣味の龍二が元気なのは分かるとして、本宮は、自分自身が全く疲れていないことに気付いた。本来ならへばって寝転がっていただろう。それが、この地に降り立ってから全身に力がみなぎって、何か不思議な力に支えられているようだ。この世界にワープしてくる間に、大いなる霊力が備わった気がする。
 
 そこへオオエが戻ってきた。
 「郷主はまだ戻って来てない」と云って、我々の前に座った。
 話によると、昨日には帰還する予定だったようだ。
 「クジとトビは何処にいるんですか?」本宮には二人の安否が先だった。
 「クジノミコトとトビノタケルは郷主に同行した。今ここに詳しく知ってる者が来て話をする」
 
 やがて、ゆっくりと階段を踏みしめる音がして、人が一人一礼して宮に入ってきた。
 オオエの先に坐した。オオエと同じ格好をしているが女だ。
 オオエが紹介した。
 「イズハタマミトヨヒメである。オオチの邑はイマサヤマの族長の媛である」紹介し終えると、オオエは一歩膝退した。
 「あれはイズハと申します。なじはオオモトの今宮に降り立ったと聞きました」
 「はい、久地と飛田という者を探しにやって来ました」
 「クジノミコトとトビノタケル・・、なれば、この地に使わされた神ですね」丁寧に深く一礼し直すと、ゆっくりと話し始めた。
 それにしても、イズハヒメは透きとおるような美しさだ。でも、どこか研ぎ澄まされた切れ味を感じさせられる。

 イズハヒメの云うところによると、このヌイの郷の北東に位置するところに、イウという郷がある。イウの郷はここより平地が多いので作物がよく取れる。ところが、イウの東にある東の火の大岳の、さらに北東の山海の向こうにあるコシの郷に不作が続いた。近年、気候が大きく変わって、人々が北からコシへと南下するようになり、食糧不足はさらに追い打ちをかけた。特に不作の年は山海を越えてイウの郷に進入して、農作物を盗むようになったという。

 もとよりイウの郷は豊かであったわけではない。毎年のように、川の氾濫で耕地が流され苦しんでいたが、ヌイの郷主オオヤタケルがオオモトの神の教えである治水・灌漑技術を伝え、豊かな収穫のある郷となった。そのような経緯もあり、ヌイの郷主に助けを求めてきたのであった。オオヤタケルは、コシの郷も農耕技術の向上によって作物の増産が図れるという提案を相手に伝えていた。それまでに作物を援助するというものであった。しかし、事態は違った。コシは戦闘集団を組織して山海を越え、頻繁にイウへ進入し始めていた。そこで、オオヤタケルはアマニマの船で海から直接コシへ向かったという話だ。オオヤタケルに同行する者は、クジノミコト、トビノタケル、海人のニマタケル、オオヤ邑のオニタケル他である。



 当時、オオヤタケルもムラが増え、その集団の邑が大きくなるにつけ食料が不足気味になることを郷主として憂いていた。自分一人の力で郷作りが出来るだろうか。邑作りを立派に行なってもらうにはどうしたらよいかと思案していた。するとそのとき、西の火の大岳が火柱を上げた。この地を造らしめたオオモトの神がオオヤタケルの前に現れたのである。
 オオモトの神は「七日の後、輝く七重雲に乗り神現れん。なじはその神の力を借りよ。小さな郷から大きな国造りせよ」とオオヤタケルに云って姿を消した。
 西の火の大岳の噴煙が静まりかけた七日を過ぎた日、天空の彼方から輝く雲がこちらに近づいてきた。たなびく煙の彼方に輝く七重雲が浮かんでいたのである。やがて、七重雲はゆっくりと旋回するや火の大岳の本宮に降り立った。オオヤタケルはムラの者と一緒に火の大岳に駆けつけた。
 その雲には、見慣れない衣装を身に着けた二人の者が乗っていた。
 「あれはオオモトの郷人。なじはいずれの郷人か?」オオグニタケルは二人に質した。だか、言葉が通じなかった。郷言葉は物凄いなまりの強い言葉であった。後で、そのときの印象を二人に質すと、強い東北弁のようだったと云っていた。

 側にいた長老が「この方は、オオモトの神のお告げにあった神です。ここはオオモトの神の本宮ですよ」と云った。後ろに控えていた他の者も前に進み出てきて、「それは間違いないでしょう。オオモトの神が使わされた神です」と皆に告げた。
 「今後、お前はこの神に協力してもらい、このオオヤを立派な国に作り固めなさい」と族長がタケルに告げた。オオモトの神の託宣に従い、大きな国造りする意味で、以来、ここはオオグニと呼ばれるようになったと伝え聞いた。 

 つづく

 
アマノニマの宮を後に   22
2012-11-09 | つたへ
 海人衆のムラより使いの者が来たとの知らせがあった。
 さっそく宮に上がってもらうようだ。

 上っ張りに褌の男が二人の従者をつれて上がってきた。
 「ニマの海人衆、ご苦労さまです」イズハが丁寧にねぎらいの言葉をかけた。
 「イズハ様、ヒスミの岬に烽火が上がりました。陽が傾く前に船が入ります」
 「わかりました。頃を見計らってまいります」と云ってオオエの方に顔を向けて確認した。
 「はいイズハ様、まいりましょう。モトミヤウシ、カナメウシをお連れしましょう」
 「このお二方はオオモトの今宮に降りられた神です」イズハが海人衆に説明すると、海人衆たちは本宮たちに丁寧に「お待ちしております」と云ってから宮を後にした。

 龍二は立ち上がると「ちょっと荷をほどいてきます」と云って、別室に置いてきた荷の所へ行った。バックパックや他のそれぞれのカバーを外して一つ一つ丁寧に床に並べた。その様はアウトドアグッヅのカタロクのようだった。龍二は一つ一つ身に着けた。

 龍二が戻って来て、部屋の前に立った。イズハやオオエはもとより、本宮も驚いた。
 額には鉢巻、両腕と両脚、それに胴にはプロテクター。手袋をして背には剣を背負ってるではないか。腰のベルトには何やらポーチらしきものまでついている。まさに完全装備だ。
 「龍二君、これが・・、辰が持たせてくれた荷物の中身だったのか!」
 「はい、本宮先生用もあります。久地先生や、飛の分まで持ってきました。予備としてもう二組雲の中にあります」
 と云って龍二が三組の物を前に並べた。
「荷が少し大きいなとは思ったんだが・・。それにしても、そんなものが必要になるのか?」
 「はい、他にもありますが関屋先生の予見だとこうなるのだそうです」と云って剣を振り回した。
 「今まで、僕はそんなものを振り回したことはないし、第一危ないじゃないか!?」
 「大丈夫です。どれも刃は付いてません」
 「なんだ、ただのタケミツか~」安心したのか、少しがっかりしたのか、トーンが下がった。
 「いえ、立派な武器です。スタンガンと思ってください。しかもかなり飛びます」
 「よくわからないが、辰の考えたものだから何か意味があるのだろう。それにしても、龍二君、君は似合うね~」
 「こちらへ来てからパワーが倍加しました。身体能力が数段上がったようです」
 「やはり君もか。実は僕もなんだ。ここまで、あれだけ歩いてもまったく疲れを感じないんだ」
 龍二は抜刀して剣を振り回した。剣がブンブンと音を立てている。
 「先生のは、少し幅がある直刀です。久地先生のは細身の直刀です」
 「そういえば、久地は剣の使い手で、剣の舞の名手なんだ。見たことがある、蝶のように舞ってたな~」
 「そうですか。久地先生の剣の舞、楽しみです」

 イズハとオオエが本宮の剣を代わる代わる手に取って「軽きものよ!」と、唸った。
 オオエたちの剣は重い。切るより叩く感覚だろうと龍二は思った。
 それを察してか、オオエが言った。
 「あが剣はオオモトの神から授かった神器の中にあった。それをオオチ邑のイマサヤマのイズハ族とオオヤのオニ族が中心となり同じように作ったが、戦うことがなかったので、剣は儀礼用となった」
 「授かった神器とは何ですか?」と本宮が尋ねた。
 「アスキ、クワ、ヨキとタク、ツルギ、タマ」と、オオエが答えた。
 「農具が入ってるじゃないですか。オオモトの神はおおらかな農業神なんですね。荒ぶる川を治め、農具を一変し、結果、作物が多く採れるようになったんですね」本宮が大いに関心を示した。
 「それまで農具は木と石で作ってましたが、神器はアカガネで出来ていた。ただ、アカガネの取れるマブは少ない。貴重です」とイズハが剣を本宮に返しながら云った。
 「しかし、重く、もろいんじゃないでしょうか?」と、今度は龍二がオオエを見ながら云った。
 「そうだ、しかし、木や石よりは強い」とオオエが力強く返答した。
 
 「既に、陽が真上を通りました。そろそろアマのムラへ行きます。きっと海人衆が海のタメツ物を揃えて神たちをお待ちしてるでしょう」とイズハが立ち上がった。
 「先生、タメツモノってなんでしょうか」龍二がそっと聞いてきた。
 「たぶん、海の珍味ってところかな」
 龍二の腹が鳴った。ご馳走になれるかなと、龍二は海鮮を思い浮かべた。

 
 海人衆のムラは、宮から歩いて更に西へ30分の所にあった。ここが本来のアマノニマムラだ。海の交通が重要になり、また海人衆の力を借りるため、先ほどの宮のある一帯を海人衆から借りて宮を立てた。
 ムラは斜面の中腹一帯にあり、その下方にツと呼んでいる入り江があった。
 我々一行は、村の広場の建物に入った。大体先ほどの宮と同じような造りだが、柱は細めで建物の背もひくい。
 あおり戸から外を見ると入り江がよく見える。海に向かって細長い屋根がいくつか並んでいる。何人かの男達が出たり入ったりしている。カーン、カーンと槌音も聞こえる。
 「あそこは船溜まりで、船を造っている」とオオエが教えてくれた。
 「荷船ではなく、人を運ぶ大船を造ることに決まった。トビノタケルの意見だった。必ず攻めてくると」云ったイズハの横顔が凛々しかった。

 遠くに、船がゆっくりと姿を現した。  つづく
 
ニマの大津辺       23
2012-12-03 | つたへ
 近づくと、船は想っていたよりも少し大きかった。といっても大型の遊漁船ぐらいだが・・。
 大きい方の帆が下りた。船は後方の小さな帆と惰行で、夕風を吹き払いながら滑るように大津辺に入ってきた。
 減速と同時に褌の男たちが、へ綱、とも綱を持って海に飛び込んだ。海から突き出ている杭に向かって泳いでいる。
 浜から小舟が一艘出ていく。
 何人かの男たちが海に入って浜に向かっていた。
 小舟の男が、海中を歩いている男たちに声をかけている。

 小舟には幾人かが乗り移ったようだ。
 龍二が駆けだした。飛の姿を見つけたのだ。
 「飛~!」と大声で呼んだ。
 船の男が一人立ち上がった。驚いてる様子が小舟の揺れで分かった。
 「久地~!」龍二を追ってきた本宮も久地の姿を見つけた。
 もう一人、立ち上がったので舟が大きく揺れた。
 

 「龍二、あの時、理由を言わずすまなかった」
 「久地、お前のメモを見つけるのが遅かった。すまなかった」
 それぞれが胸につかえていた思いだった。

 オオエが前に進み出て、中央の男に深く頭を下げている。
 「お伝えすることがあります」
 「・・・」男はゆっくりうなずきながら、この光景に微笑んでいた。
 その男は背が高く凛々しい。周囲を圧倒するひときわ強いオーラを放っている。
 どこかで、いや誰かに似ている気が本宮にはしていた。
 「お二方、あが郷主オオヤタケルノミコトです。郷主、このお二方は、モトミヤノミコト、カナメノミコトです。オオモトの今宮に神降りされました」
 「またもやオオモトの神が使わしてくれた。嬉しみかたじけなみ事よ。これから少し騒がしくなりそうなので、ありがたい。クジノミコト達とはカタミニ睦びあう友であるようだし、神たちの技は、あが郷民にはないものだ。心強い」と云って本宮達二人に向かって深々とお辞儀をして迎えた。
 さらに、オオヤタケルノミコトは皆に向かって、これからはミヤノミコト、リュウノタケルとお呼びする。ミコト達は積もる話もあると思うが、陽が落ちる前にイウの郷で見聞きしたことを皆に事諮る。共に集いにお出まし頂きたいと云って、再び本宮と龍二に深々とお辞儀をした。


 主だった者が海人の邑の集い所に揃った。
 大津辺の長であるアマの船主のアマノタケルが口火を切った。
 「古志の者が、東の火の大岳を越え、たむろして群れ来るはオキツミトシが目当てではない。他に目的があってのことと思える・・」
 「あれもそのように確信している。イウの郷人の衆が、侵入してきた中の幾人かが持っていた剣のことを話していた」とオニノタケルが報告した。(ーオニノタケルはオオヤのオニムラに住むオニ族の長の息子で、オオヤタケルと行動を共にする若者であるー)
 「なじもそう思ったか。あれもその話には関心がある。今し田畑の労働に勤しみ励むとき、大岳を超えて來ぬるは行き帰りでひと月は郷を空ける。事に従う手人等は十数人ではない、数十人だったと聴いた」車座の中央のオオヤタケルがそう云いながら、久地の方に向き直った。
 「剣といい、手人等の集団といい、古志の後ろには何者かがいると言わざるを得ない」と久地が応じた。
 「狙いは何かですね。今のところそれが分かりませんが、こちらが見落としてるのかもしれませんね」と飛が繋いだ。
 そのとき、後から遅れてやって着た、シヅのオニガミヒメが「郷主」とオオヤタケルに声をかけた。
 「剣の話でお話しすることがあります」と云った。
 (ーシヅのオニガミヒメ、オオチ邑はクキヤマの族長の媛。イズハ、オニノタケルと同じオニ族である。オオチ邑はオオエの遥か南、山また山の広大な地域である。西をイマサヤマの族長が治め、東をシヅのクキヤマの族長が治めている。石海のオニ族であるー)   
 
 つづく 

キマチの津        24
2012-12-04 | つたへ
 「オニガミヒメ、話してくれ」と郷主が声をかけた。
 「ニタの郷の八オニ岳の山人・オロチ族の族長から、あが邑の族長達に知らせが届いたそうです」
 
 オニガミヒメの話によると、ある日、しば刈りの形をした里人が、道に迷ったふりをしてオニ岳の麓近くにいたのを山人が見つけた。山には山の民しか峰入りは許されないので、ここまでくる里人はいないはずと思い、怪しんで問いただした。
 するとその里人の男は上目づかいに「黒光りする石を見たことはないか」と聞いてきたそうな。山人は、知らんがそんな石で何するんだと聞くと。「シラタエと交換はどうじゃ」と云ったそうな。もとより、ここは山の民以外は入れない所。麓には太い柱、御柱が標として立ってただろうと云って、越えてきた男を追い返したそうです。
 
 あの辺は特に峰々が連なり、八オニ岳は山深い所。それよりも、オオチのイマサヤマ、シヅのクキサンと並ぶ赤がね、白がねの採れるオニの隠れマブといわれた所である。

 媛は先を続けた。
 オロチの族長は、その当時すでに黒がねの存在に気づいていたが、その出来事を聞いて思うところがあり、一人を連れて自ら山を下りてキマチへ行ってみたそうです。
 キマチの津の市で渡来人を見たそうな。手に剣を持ち、腰に革袋を下げたいでたちで、髪を頭上で結っていたそうです。しきりに、市に来る人たちに黒い石を見せては訪ねまわっていた。また、火の川の水も気にしていて、事ある毎に尋ね回っていたそうです。
 族長達はしばを背負った格好をしていて「その石を何になさるんですか?」と、その男に訊ねてみた。するとその男は黙って剣を抜いて「ぬし達は見たことはないだろう」と云ったそうです。剣は白く光っていたので、これは黒がねでできたものだと族長はとっさに理解したそうです。その男が革袋から取り出した物は、黒っぽい石と鈍く輝く白い塊だったそうです。
 「なじはしばを背負っている、山へ入れるのか? こういった石を見たことはあるか」とその男が聞いてきた。族長は、しばは里山で拾うだけ、山へは近づいたこともないと答えると、男は今度は火の川の水の色なぜ赤いのかと聞いてきた。知らないと答えたが、赤いとどうなのかと逆に訊ねると、黒い石を指さして、この石が解けたときの色に似ていると云ったそうです。
 族長はピンとくるものがあったので、そっとその場を離れたが、帰路の途中で連れの山人が族長の袖を引くので物陰に隠れた。急ぎ足で来る男を見て、あの時の里人ですと云ったので、身を隠しやり過ごしてから後をつけた。すると里人は、例の渡来人のところへ近づくと物陰へ誘ってから、何やら石を差し出していたが、その石は全部捨てられていた。しかし、手先となって聞きまわっているのは間違いないようだ。族長は、その場で用心するよう八つの峰へ伝えよと指示を出した。
 族長は急ぎ山へ戻って、イマサヤマ、シヅ、オオヤのオニ族の族長とオオエの族長にも使いを出したそうです。
 
 シヅのオニガミヒメがここまで話してから「ことはかりした事を持って、長が全員で宮へ行って郷主に報告するそうです」
 「そうであるとすれば、黒がね探しと剣造りは急がねばなりませんね。この時代は食料と武器は現地調達が原則です。黒金の当りが付けば一気に入ってくるつもりでしょう。となれば、いち早く我々も着手して敵の狙いを挫くべきです。我々も黒がねの剣を持ったとなれば、かなりの抑止力になります」と本宮が云った。

 つづく

石海大元の斎庭       25
2012-12-05 | つたへ
 本宮の言葉を引き継ぐ形で、龍二が立ち上がった。
 「古志の民を指揮していた者たちが持っていた剣は、黒金の剣に間違いありません」と云いながら、龍二は背負っている剣を抜いた。
 「汝しの剣は黒金が剣か?」と郷主の大耶武命が聞いた。
 「いや、これは先の世の技で造られた剣で、刃で切らず八雷の光で力なす神が持つ剣です」と龍二は云った。
 「奇しびき剣よ」と郷主。
 
 龍二はもう二振りの剣を取り出して、一本を久地に、もう一本を飛に渡した。
 「私達の分もあるのか」
 「関屋先生が他に装備一式も用意してくれてます」
 「辰がか、あいつの予見能力は見るべきものがあるな~」と云いながら、久地は直刀の方を抜刀して剣を頭上にかざしたまま、身体をくるくると回してから剣をひらひらと手首で回転させ、あっという間に鞘に納めた。
 「久地、船だけでなく剣も作る事を考えなければなるまい」と本宮。
 「宮尊、黒金の剣は、吾が技では出来ぬ」と郷主が云った。
 「俺は簡単なものだったが、刃物を作ったことがある。やってみようじゃないか」と龍二が提案した。
 「それでは、龍猛の造る剣を鑑として、猛の導きで真さ物を大柄猛に取り組みてもらおう。黒金は今佐山の出羽玉美豊毘売、志豆の九鬼山の於爾加美毘売に、邑の石海の大耶於爾一族のあななひを乞う。また、族長たちの報告を待つ」
 「承りました」四人が口をそろえた。
 
 大耶武命は古志の郷との戦などは思いもよらなかったし、考えて見たこともなかった。遠い古に、古志の高志比古とは相生に苦労したことがあった。少年の頃であったが、友としての心が芽生えた。今でも大耶武は高志比古を友と思っている。しかし何があったのか。古志は広き郷であるが未開の地が多く、収穫は少ないようだが・・。渡来人による大きな侵入があったのだろうか?


 数日後、大元の本宮の斎庭。
 斎主は久地尊。御舎に集うは邑々の族長や長老たち。
 祭祀が終わり、左面に久地たち四名が、右面には長老族長たちが坐している。

 郷主の大耶武命が前に進み出て告げた。
 「かつて吾が郷民は、この斎庭にて大元の神の大御心を蒙り奉り、神奈備の麓をほとほとほとほとと忌斧を振るいて、おのがじし邑を起こし郷を建てた。今し、再びこの郷を領き坐す大元の神の大前に参集侍りて事の由を告げ奉り、美郷興しの事業を予ての計画に違う事無く美はしく事成し遂げ給へと、久地尊茂し矛の中取り持ちて申さく。神詳らかに聞し食して、神問はしに問はし神議りに神議りて、己がじし労き仕え奉れと、吾が郷民に事依し奉り給ふ」
 次に、大耶族の族長、遠人が立ち、石海の族長を代表して皆に命じた。
 「仁麻猛を木部に、大柄猛を物部に、直ちに匠を集めよ。出羽毘売を石部とする。大耶の於爾猛は勅使として志豆の於爾加美毘売と共に八於呂知岳の於呂知族のもとへ参れ」
 五名の者は前に進み出て坐して畏まった。

 「我々も役割を分担して担おう」と久地が云った。
 「私たち2名は後から来たので地理に疎い。久地は郷主と作戦を立ててくれ。私はその方法と手段を考える。龍二君はアウトドア関係に手馴れていて事運びのフットワークが良い。また飛君と並んで剣道の有段者で小太刀の達人だ」と本宮が応じた。
 「飛は、大学が農学部で栽培から牧畜まで知識がある。実家は造園業で、山野の樹木にも明るい。神社では森の管理を一手にやってもらってた。龍二君と共に匠たちを担当して貰おうかね、どうだろう」と久地が龍二に云った。
 「龍二は、昔から手先が器用で、地区の青少年センターで野外活動のボランティアをしていて人望も厚い。匠たちもついて来てくれるに違いない」と飛が云った。
 「わかりました。まず、資材・道具、その辺から調べます。その前に一度降りたところへ戻って、乗って来た九重雲と積んである各人の装備を点検して、関屋先生にも報告をして指示があれば聞いておきませんか?」ひと段落つくと、龍二は乗って来た九重雲が心配になってきたようだ。

 つづく


関屋辰吉との交信       26
2012-12-24 | つたへ
 雲は神の乗り物である。陽と水と風によって、白雲の向伏す限り飛翔する。
 今宮の斎庭に着地した九重雲は無事だった。
社の裏にある岩屋をガレージ代わりにしてくれていた。きっと大柄猛だ。一緒に来てくれた大柄猛が、こちらを見て微笑んでいる。
 雲は若干縮んだように見えたが、大気の下に引き出すと勢いを増してもくもくと湧き立った。
 「操船のアクシデントがあって降りる時代が違ってしまった。乗ってきた七重雲も雷に打たれて飛散してしまい悲嘆にくれたが、きっと大元の祝の長たちが何か手を打ってくれるだろうと思ってた。そうこうしてるうちに郷主の大耶武に発見されんだ・・。しかし、まさか本宮が来てくれるとは思いもよらなかったよ」と久地が云った。
 「研究所の関屋先生が、軌道を推測しながら追跡してくれたおかげで我々も飛ぶことができたんです。さあ、中へ入ってください」と龍二が手招きして皆を誘った。
 「久地、来る前に大元の一春さんに接触したんだ。だから辰から連絡がいくはずだ。それにしても一年は長かっただろう」
 「えっ!いま1年と云ったか」

 「先生方、関屋先生につながります」と龍二が、操舵室のモニターを指さした。
 「久地先生、元気でしたか」懐かしい顔がモニターに現れた。
 「関屋先生、龍二です。こちらに到着したあの後、連絡出来ずにすいませんでした。なんだかんだで3日も経ってしまいまして・・」
 「3日も、何言ってるんだ。そっちに行ったのは昨日だぞ・・」
 「久地だ、俺たちはこっちに来てから3年経ってるんだ・・。だとすると、ざっと3倍か~」
 「皆さん、夢ですよ。夢だと思ってください。夢の中でよくあるでしょう。あれと同じですよ。ところで、先生方いつそちらを発ちますか?」
 「なんだかよくわからないが、辰、いろいろありがとう。助かったよ。でも、直ぐには帰れないんだよ」
 「辰、4人共、もうしばらくこっちにいることにしたんだ。帰れば1/3だと聞いて、少し気が楽になったよ」今宮へ来る途中で4人の意見が一致したことを本宮が告げた。

 「関屋先生、お聞きの通りです。そんな訳で、フイゴの設計図がいるんです。野だたらをやるかもしれません。お願いします」
 「龍二君、そっちに行く前に刀鍛冶の所へ通ってもらったのは正解だったようだね」
 「恐れ入りました。関屋先生の予見はお見事、的中です。先生がおっしゃった通りになってきましたよ」
 「よしわかった、用意する」
 「ではこれから上空からの観察に出発します。大柄さんの故郷を迂回してから、於宇の石海は今佐山の一鬼山、志豆の九鬼山、伊宇へ回って爾多八於爾岳です。東の火の岳と呼ばれている大神山付近にも行ってみたいんですが・・、いけたら行ってみます」
 「了解した。そちらから連絡あり次第、於爾族のおよその地点をプロットしていく。あと、雷の発生時は雲を飛ばしてはだめだ。積乱雲に取り込まれて、容量がオーバーになりバラバラになる。また、剣などのバッテリーの充電は、太陽パネルだ。急速充電仕様になってる」
 「わかりました。では飛行図をお待ちしています」
 「現地では、黒子修造さんが云ってた木花をまず探してくれ。それから、赤い川、黒い川に注意してくれないか」
 「赤い川は、こちらでも於爾族の話の中に出ていました」
 「鉄だ、鉄に関係している。黒い石とは鉄せんの事ではないかな? 他に、海の向こうと交流のある海人族に出会ったら、ス行の言葉で呼ばれている場所の名を聞いておいてくれないか」
 「ス行ですね、わかりました。では、この辺でいったん通信を終わりますが、両先生に何かお伝えすることはありませんか?」
 「大学の方は、顧問の教学部長に詳細を報告しておきます」
 「辰、よろしくな~」
 「では、発進させます」
 同乗した大柄猛は正座したまま目を瞑っている。身体が浮き上がるような体感は、生れて初めてに違いない。龍二が振り向くと固く目を瞑ったままだった。

つづく


於爾峯の木花    27
2013-01-13 | つたへ
 九重雲は南西に舵を取り、本宮のある西の火の岳を左に見ながらいっきに南に飛んだ。やがて周りの山々の中でもひときわ高い山が見えてきた。石海大柄高山だ。
 「大柄さん、大柄さん。見えてきましたよ、高い山が!」
 大柄は固まっていたが、片目を開けて前方を覗くように腰を伸ばした。
 「大柄さん、あの山がそうじゃありませんか? 大柄さん大丈夫ですか。僕を信じて、こっちに来て隣に座ってください」
 大柄はそろそろと這いずって、龍二の隣に来て座った。やっと落ち着けたのか前方を食い入るように見ている。しかし、両の手のこぶしは固く握りしめたままだ。
 ようやく大柄が指で指し示した所に、丸い建物が点在する場所が見えてきた。大柄邑の集落だ。
 集落を眼下に見て、「ここが吾れの邑だ。邑の始まりは、農具を造るに適した木を求めてやって来た人々が、良い材料が多くある所だったので、ここ於宇の郷に住み着いたと伝わっている」

 後に、郷主の大耶族の族長に定住の許可を願い出ると大いに歓迎されて、於宇の郷の各族長に知らせてくれた。やがて、この邑は郷の物部として農機具はもとより、諸々の道具類、弓矢まで造るようになったそうである。郷になくてはならぬ良き物を作る匠の集団として、郷主より大柄という邑名を賜って、今日に至ってるそうであった。
 ところで、この辺一帯は「大」の字が付く呼び名が多いが、大は尊称で後の「御」に相当するらしい。大きいというより意味は深いようだ。柄は道具の柄作りの匠を表したものである。当時の農具類は完全木造で、刃物や矢じりには黒曜石が使われた。他にも一部に石が使われたが、金属の出現までは相当時間を要した。この一族は、固い木、柔らかい木、燃料用と木に精通している人たちである。なお、木部と呼ばれていた爾麻猛の海人族は造船の匠の集団でもある。こちらは巨木、大木を扱う、。後に操船技術を会得して、海人水軍がこの部族から生まれるのであった。こちらの海人族は来海を拠点として沿岸に分かれ住み、交易によって海の向こうの物、人、情報をもたらした。ちなみに、黒曜石は爾麻の海人族と同族の交易品であった。

 「そろそろ行きましょう。ここより真南へ向かいます。しばらく行くと川筋が見えて来るようです、そこが一鬼山への行程の半分らしいです」龍二が、関屋辰吉から送られてきた飛行図を見ながら大柄に確認した。
 「石海於宇南の大川です。川を越えて、そこまでの距離と同じ位また行くと、大木の森が見えて来るはずです。そこで一旦止まってください」と大柄が云った。
 しばらく行くと流れの強そうな川が眼下に入ってきた。山々の連なりは更に深くなった。こんな所までよくもまあたどり着けたものだと龍二は感心していた。
 
 やがて、雲はゆっくりと停止した。ぽっかりと浮かんでいる。
 「あの前方の山が一鬼山で、その東側一帯が今佐山です。出羽族の集落のある所です」と大柄が云った時、「花だ!山の中腹に白い花らしきものが点々と見えます」と飛が叫んだ。皆が一斉に指さす眼下を見た。白い花が点のように見え、東の方へ線となって伸びていた。
 「上からこうやって見るのは初めてですが、何なんでしょう」大柄が本宮を見て訊ねた。
 「地上からは解らないでしょうね。ここからは一目瞭然。鉱脈ですよ。鉱脈の位置の標としたのでしょう」
 龍二は黒子修造さんの山の話を思い出した。
 「そうか、なるほどね。古代の人の情報能力は勝れているな~、今佐山に坐す守神への祝詞を拝見したいものだ」と久地が感心しきっている。
 この辺一帯は、山人の於爾族の住む所で、西の一鬼山の今佐山を出羽族が、西の九鬼山の志豆を於爾加美族が守っていると大柄が説明した。

 「その志豆の集落は、あっちですか?」と飛が大柄の訊ねた。
 「さすが、飛の猛は鋭い目をお持ちですね。私には見えてるのですが・・」と大柄が答えながら、東の方を指さしている。
 「何が見えるんですか、飛さん。私には高い山が連なってるのは判るんですが・・」と本宮がしきりに目を細めて指の方向を探している。
 地上からでは、物が判別できる距離ではないが、雲の上だからこそなんだろう。
 「あっちにも、白いものが見えたんです」と大柄が云った。
 龍二が腰のポーチから小さな単眼鏡を取り出して渡してくれた。
 「本当だ!白く光ってるものが見える。しかし、それにして遠目の利く人たちだ」
 「現在の地点は、飛行図の上にプロットしました。次へ行きましょう」
 
 志豆の集落は九鬼山と云っていた。かなり早い段階で山の民の集団は、こんな奥深い所、いや、奥深いからこそ資源の鉱床があるのだろう。それにしても、どうやって探り当てたのか、と飛は想っていた。

 つづく

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