節 分
2013-02-01 | つたへ
2月3日は節分です。翌日の4日・立春から、いよいよ新しい年が始まります。この節分は、立春の節分です。節分はもともと四季の分かれ目を意味していて、立春・立夏・立秋・立冬と年に4回あります。しかし、この立春の節分だけが暦に記載され、一年のスタートとして、私たちの習慣の中に残りました。
立春正月、年の初めで、冬から春になるという考えから来たのでしょう。そこで2月3日、最後の日に邪気を祓って幸せを願ったのです。
立春には、その年の明きの方、良い方角の「恵方」にある神社に参拝に行ったり、地方によっては、恵方に向かって「恵方巻き」=太巻き寿司を一気に食べる習慣もあります。要するに年のスタートの行事がいろいろと行われきたわけです。皆さんのところでは、豆まき以外にどんな節分行事があるでしょうか。
暦に書かれている吉神・凶神の効果・禍のスタートもしかりです。
今年の年回りは、吉凶がかなりはっきりしています。ご自分の特徴がもろに出る年ですから、攻めに入る人、守りに入る人、いずれも、そんな気分がしてくる年回りです。上手に吉運を感知してください。
身近にある暦をひもといて、この年を布く星とご自分の星との関係を、また、ご自分の星の座す位置は?と、念頭に当たり1年の計を立てる。さらに年・月の吉方を知り、パワーアップの一助とされるのもよろしいかと思います。
ご運を念じます。
さて、いつもいつも更新が遅くなり恐縮しております。お読みいただきありがとうございます。
於呂知岳へ 28
九重雲は、再びゆっくりと上昇し始めた。
「龍二、まず北東へ舵を取って、真西に火の岳が見える所まで一気に飛んでくれ」と、飛が大柄の顔を見ながら指示を出した。
「了解。今度は少し距離がありそうだな」と、龍二は大柄がうなずくのを横目で見ながらレバーをゆっくりと前に倒した。
雲が走り出した。
「於爾猛と於爾加美媛たちは一日早く出ているが、途中で追いつくかもしれない」と、大柄が云った。
「大柄さん、徒歩だとどうやっていくんですか」
「爾麻の大津辺から船で伎麻知の津まで海路を取る。そこから徒歩で比乃川を上る」
「徒歩か~。結構ありそうだな~」
「龍武、汝じも吾れたちと同じように、そろそろ歩けてよい頃だ」と、大柄が飛の方を見て、笑いながら云った。
雲は一段とスピードを上げたようだ。地上の景色が、まるで地図の上を滑っているように次々と走り去っていく。
やがて、左側に噴煙が立ち上る大岳が現れた。大柄が、左腕を西に向けて右腕を前方に伸ばしながら、その先にある峯を探すようなしぐさをしている。
「この辺から速度を落としましょうか?」
大柄が一番奥の峯を指示したところで「一旦、止まってくれ」と云った。まだ距離はあるが、大柄の右腕の先には高い峯の連なりが立ちはだかっている。
「一番手前の峯が龍琴山、於呂知八岳の入り口だ。於呂知八族の邑々は八岳に囲まれるように点在している。直進すると於呂知族の本拠地、爾田がある」と、大柄は云いながら、今度は下をの覗いた。
「それでは、龍武、龍琴山を右に見ながら、かすめるように北上してほしい」
「了解」
雲は、やや左に旋回しながら若干高度を下げて、西の火の大岳と龍琴山の間を抜けるようにして北へ進んだ。この辺り一帯は深い森だ。樹木しか見えない。
しばらく飛んだ。大柄と龍二以外はくつろいでいる。これがドライブなら眠くなるところだと飛は思った。
ややあって、大柄が身体を起こし、手をかざして前方を見つめた。その気配で飛が傍にやってきて手をかざした。龍二には樹木の絨毯しか見えない。
「何か見えるのか?」と、龍二が大柄と飛に尋ねた。
「あの辺に川筋があるのかもしれない。森がところどころ切れる」と飛が指をさしながら龍二に云った。
やがて、ちらっとであるが、光るものが龍二にも見えてきた。
川だ! 川筋の両側が少し開けてそれが模様のようになっている。近づくにつれ川筋がはっきりとしてきた。両岸はごつごつした岩だらけだ。あの辺は上流なのか流れが急で白く波立っているのだろう。川下を探して目をやると、かなり惰行してるように思えた。
川の上空までくると、大柄が川に沿って下るように指示を出した。雲は大きく左に折れて川筋の通りに川下に向かってゆっくりと進んだ。
「人がいる!」と、飛が下を指さした。一瞬であったが、影が二つ飛んだ。
「於爾猛と於爾臥加美媛かもしれない」
「もう少し下へ降りてみよう」
「了解」
雲はエレベータのようにスーッと降りて行った。
川筋のゴツゴツした岩の両岸が少し開けてる所があり、雲はそこに浮かんだ。
「於爾タケ、媛~」と、雲から飛び降りた大柄が森に向かって呼んだ。
大きな岩の向こうから二つの影が立ち上がった。
「大柄の兄貴!」と、驚いた様子の若い男が明るい場所へ躍り出てきた。
「大柄の兄さま? どこから来たんのですか?」女の方は声だけで、日の射す明るい場所へは出てこようとはしなかった。
「神たちと一緒に峯々を調べている。先に出立した二人を見つけたので降りてきた。於呂知の邑へ送るから乗ってくれ」大柄が、二人を手招きしている。
「神たちの乗り物の雲とはこれか~」
「早く来い。媛、大丈夫だ。吾れも運ばれてきたではないか」
「兄貴がここにいるってことは大丈夫だってことだ。大元の本宮の斎庭で神たちにも会ってるし、媛、行こう!」
「はい、わかりました」と、云って於爾加美媛はようやく明るい所へ出てきた。
大元の台で見たときは分からなかったが、少し小柄で、キリっとした顔立ちの俊敏な女性だ。於爾族は美人が多いと神たちは思った。
雲は再び上昇した。新しく乗り込んだ二人は、その場にぺたりと座り込んだまま下を向いていて、両の手は固く握っている。
大柄が、前方の見える前に来て、詳しく案内するように促している。
それを見て、飛と龍二が軽く笑った。
「私たちも、於呂知の族長に会って事の次第を確かめたいね。どうだろう」と、久地が勅使の二人に尋ねた。
「私たちは構いません。神たちが一緒であれば心強い限りです」於爾猛が応えた。於爾加美媛もうなずいている。
雲は、前方に壁のようにそそり立つ峰々の近くへ来た。
「一番手前の山裾に大きな柱が立っています。それを見つけてください」と姫が龍二に向かって云った。
「分かった。御柱が立っているということだね」
「はい、それが峯入りの入口です。そこで降りて、私が木鐸を叩いて合図を送ります」と、媛がふらふらと足元がおぼつかなくも云った。
-銅鐸じゃないんだ~と、本宮は心の中でつぶやいたー
「そうか~、そう言う事だったのか~」と、そのとき久地がつぶやいた。
つづく
於呂知 29
2013-02-15 | つたへ
「そういうこととは、どういうことなんだ?」と、本宮が久地に尋ねた。
「その柱が神社の始まり、すなわち起源ということだ。あのように神の坐す所と人の住むところの境界を表している。知っているだろうが、古い形を維持している古社は、拝殿のみでご本殿を持たない。それだ、ここの人たちは資源を内蔵する山を神として、資源を神の持ち物として仕えているのだろう」
「なるほど、そういうことか。この時代の人々は、神とともにあった。そう理解すると一つ一つが解りやすい」と云いながら、本宮はななし山の台で黒子修造さんが一本柱の跡を見つけたことを思い起こした。神とは山河の自然であり、自然がもたらす物を活用する技も含まれていたんだ。
雲は大木の柱の前に降りた。
於爾加美媛が恐る恐る足を下ろして地面に降り立った。
媛は大木の前を通って裏側に回った。
少し間をおいてから、「カーン、カーン」と音が鳴った。乾いた音は山に木霊するように鳴り響いた。
「音霊か、結構響くな」久地が独り言のように呟いた。
しばらくすると、森の影の中に姿が現れた。男が三人だ。
媛が中央の男に話しかけた。
「吾れは、於宇の郷は大知邑、志都の於爾加美とまおす。郷主の大耶武の使いでまいった。於呂知の族長を訪ねる」
中央の男が明るい所へ出てきた。
「よう参られた。吾れは、於呂知の爾田猛、都賀里とまおす。族長の所へあないする。媛はここへは独りで参られたのか?」
媛が後ろを振り向くと、雲の中からぞろぞろと男が6人も出てきたので、爾田猛は一瞬たじろいて身構えた。後方にいた男たちもそれぞれ六尺棒を構えて前に進み出てきた。
「驚かせてすまない」といって、於爾猛が媛の前に立った。
「吾れも於宇の郷からから参った大耶邑の於爾猛とまおす。媛と共に郷主の使いとして参った」
同時に、後方から声がした。
「猛、爾田の都賀里! 大柄だ。こちらの4人の方は、於宇の郷に降りられた神たちである。途中で使者に割り込んだしまった。神が於呂知の山人に会いたいと申され、あないした」
「やぁ、驚いた、大兄も一緒でしたか! よう来られました。志都と今佐山へはこちらから使いを出している。よう参られた。族長の所にあないしましょう」と、云って爾田猛、都賀里は先に立って歩き出した。
山裾を迂回するように、左に回り込んで森の中を突き進んだ。およそ30分位進むと木槌の音が聞こえてきた。木立ちを透かして見ると、開けたところで人が作業しているのが垣間見えた。
「峯の山裾、里側の高台に於呂知の柵を設けて、於呂知のえだち人が留まるところを造っています」
来麻知の一件で、族長は将来に備えることを考えたようだ。
於呂知八族の集落は、それぞれの峯の麓にあり、そこの長が治めているが、ここは八族全体の柵、すなわち砦、前線基地とでもいうべきものだろう。ここを通らなければ八岳の峰入りは不可能と云っていた。
やがて槌音が大きくなって、目の前が開けてきた。やや不揃いではあるが杭を並べた柵で囲もうとしている。その杭を打つ音だったのだ。
囲みの中には、同時進行の大き目の屋根を持った建物が建造中だ。柵は長径50~60m程の楕円を囲もうとしている。環濠や楼観の計画はないようだ。
柵の入り口付近にいると、建造中の現場から一人の男が両手を広げて出てきた。
「於爾加美媛、よう参られた! この前は郷主の所へ出仕してたらしく会えなんだ。しばらく見ないうちに美しゅうなられたのう」と、云って媛の両肩に手を置いた。
「於爾の猛、よう参られた。大柄の猛、うむがし、うむがし」と、云って両者の手を取った。
「神々もよう来てくだすった。大耶に坐す神々に於呂知の見登耶、ご挨拶いたします」と、云って深々とお辞儀をされた。
族長の案内で進みながら媛が・・。
「於呂知の族長の話を於宇の郷主に伝えました。宇伊への侵入にかかわりがある事と判断され、神たちが持つ強い剣作りを決心されました。このことは、また、強き鋤、鍬、斧にも使えることを神から知らされ、於宇の於爾族と宇伊の於呂知族に協力をお願いしたいと、大耶の於爾猛を使わされました」
「まじこり、承知しました。吾が八族も於宇の郷から出た同族、共に協力してこの郷の大守りとして守ろう」と、族長が於爾の猛の手を握った。
つづく
爾田於呂知 30
2013-02-24 | つたへ
「それでは、これから吾が邑へご案内いたしましょう」と云って、族長は爾田の猛・都賀里に後を託して、また後から来るように指示した。
「あれは息子です。於宇の郷主や大柄の猛大人には友としてもらってます」と云いながら神たちを先導した。
山裾をぐるりと廻り込むと所々開けた場所に出た。稲田だ。
「ここから奥にかけて田作りができる土地です。吾ら於呂知も山人於爾族で、その於爾族の田という意味でこの辺一帯を爾田と呼んだのが始まりです。人が生きていくには食料と水がなくてはなりません。米は一番の宝です。於宇の郷主は米作りを安定させたので皆から尊敬され、おおぐにの郷主という尊称を大元のはぶりからもらったのです」
先ほどの御柱の場所へさしかかると、族長は同行して来た者に何やら指示を出した。
「左加禰と美奈里の長に爾田に来てくれるよう使いを出しました。これらの邑は爾田に一番近い村です。使者や神々の話を伺ってから、後に八族の長を集めて報告し、こと議り致します」
「それでは族長、我が乗り物の九重雲に乗ってください。一気に村へまいります」
「えーっ、なんですとー!」
族長も先ほど乗せた人たちと同じだった。邑の上空に着くまで動くことはなかった。ここではくどいので割愛する。
雲は邑の中ほどの少し広い場所に降り、その雲の中から、よろよろと族長が出てきたのを見て邑の人達は驚いた。
「つどひのひむろへ神をご案内するように。それから、長老とマブ頭につどいのにはに来てくれるよう伝えてくれ」さすが族長よろけながらも、しっかりと指示を出した。
「まだ体がふわふわしております。あっという間にひと山越えたんですね。さすが神の乗り物」と、感嘆しきりであった。
一行は、集会所のようなところに通された。中は大半が土間で、ムシロ状のものが所々に敷かれていた。奥の隅の方に石囲いの囲炉裏があり、細い煙が上がっている。案内してきてくれた数人の男が、あおり戸を外に向かって押し出すと、集会所の中はいっきに明るくなった。
そこへ族長が2人の男を連れて入って来た。3人は奥の我々の前に来ると、坐して、改めて拝礼された。
「この邑の長老とマブ頭です」と云ってから、マブ頭から数個の石を受け取り4人の前に並べた。
「黒い石だ!」と龍二が間近に進み出て手に取った。
「それは鉄センだろうか」と本宮が龍二に念を押した。
「何だ鉄センとは?」と久地が聞いた。
「私も詳しいわけではないのですが、鉄が溶けだした残りのようなものでしょうか」龍二が答えながら族長達の方を見た。
「以前、山で煮炊きや焚火をする場所があったのですが、その場所の跡から見つかったとの事でした」と、族長はマブ頭を見ながら云った。
「我々はそれがなんだか判りませんでしたが、火の中で変色したものなので持ち帰って長老に見てもらいました」
「昔、山火事がありまして、大したことがなかったんで皆で後の始末をしに行ったとき、偶然見つけて持ち帰っておいたものと同じでした。我々は山の石で見慣れないものは持ち帰って取っておくという習慣がありますだ」と、長老が答えた。
「どちらも火焚きの跡で見つかっています。それで伎麻知の津で黒い石を垣間見たときピンときました。自然の土中の石ではないと。ならば、吾が近くにも黒金はあるのでは」と、族長は神たち4人を見て云った。
「我々は、自然と文化がまさに遭遇する場面にいる」ポツリと本宮が云った。
鉄は強靭な道具を生み出した。その実用性は文明を変えた。農耕、漁労、狩猟、建設と、その生み出されて文化は人間の住む世界を席巻し、圧倒的な強さを発揮して他を圧倒した。身を守る武器は歴史を変えた。
「郷主も言ってたな。鋤、鍬、斧だったな、確か」
「そうだ久地。剣ではなかった」
「我々の感覚では、神宝と云えば、すぐに剣を思いつくが・・。それは戦を至上としてきた文化を持つ者の宝なのだろうか。神がそのような宝を人間に与えるのかな?」
「自らの身を守ると表現されているが・・」
「それはずーっと後の事だろう。一番最初に、それが相手に致命的な打撃を与えた現場にいた人間に聞いてみるしかないね」
「文明の衝突があっただろうね。きっと」
「吾が山人は、神の持ち物を神の指し示す技を用いて、神の思いに従って表します。それが神使えです」
一瞬、その場に沈黙が走った。
ややあって、久地が云った。
「私は、郷主や族長の思いに沿って行動しようと思う。我々は、ここへ舞い降りて来てしまっただけだ」
「これから先でも、再び乗り越えなければならないだろう問題だ・・」と、本宮が応じた。
「龍二君、君は黒金の製法をここで実験してみてくれ。飛は、都賀里君と共に怪しげな里人の動向を探り、今後の展開へのめぐりみを担当してくれ」
「承知しました」と、二人が応じた。
つづく
左加禰於呂知 31
2013-03-18 | つたへ
龍二は、情報収集に里へ出かける二人を見送ると、黒がねの原石の発見と吹き方を考えなければならないと思った。
ちょうどその時、そこへ美奈里於呂知と左加禰於呂知の長が駆けつけて来た。
「美奈里と左加禰の長よ、いよいよ動き出すこととなった。よろしく頼む」族長が重々しい口調で云った。
「族長、この前のことはかりの後、それぞれの山で赤い水・黒い水の濁り水を見つけるように指示しました。しかし、見つけられませんでした。ここに濁り水らしき流れ元の石を持参しました」
いくつかの小石交じりの石が前に並べられた。
「まずは龍の猛にお見せしてくれ。それに、龍の猛、これも見てください。これが爾田の山石です」と族長、長たちが石を龍二の前に並べた。
龍二は腰のポーチから小型のルーペを取り出して石を覗きはじめた。そして、濁り水の元石を並べなおして、目視で、爾田の山石を比較してみた。
「それぞれの石の色はちょっとずつ違いますが、ルーペで覗くと微かな鈍いオレンジ色が見て取れます。いわゆる錆色です」と龍二が云って目を離した。
「これは美奈里の石です」
「こっちが左加禰の石です」
と云って、二人の長が石を爾田の山石の隣りに並べ変えた。龍二もさらにルーペを覗いていたが、鉄鉱石の見分け方に詳しいわけではない。そうと思えるものがあるだけで、石の中から選び出したものを族長と長の前に並べた。
「これがまさ物ですか?」と族長がしげしげと覗き込んだ。
「ほとんどが濁り水の元石ですね」と龍二が長たちに念を押すと、彼らは同時に頷いた。
「そうなんですが、期待できるかはまだ判りません。そこで、別にした石をそれぞれ土のように細かく砕いてください。それから、泉中水の流れを幾筋か作って石別に流してみましょう。そうすれば軽いものは先の方へ流れ、重たいものはその場の底に残ります。残ったものを集めて観察しましょう」
「なるほど!」と云って、族長はマブ頭を側に呼んですぐさま指示を出した。
数人の男たちがマブ頭と一緒にその場を離れて行った。
再び族長が神々に向き直って続けた。
「来麻知で聞いた黒い川は見つかりませんでしたが、ここにおります左加禰と美奈里の長から神々にお伝えしたいことがあります」
「どんなことでしょうか? 伺いましょう」
と、今度は本宮が膝を進めた。
「左加禰の長がまさ土の伝えを、美奈里の長からは東の大火岳の近くの隠れ浜、黒浜の話をお聞きください。吾れはこたびの事に繋がりがあるような気がしてなりません。ぜひ、神々に判断して頂きたいのです」
と、族長が二人を促した。
「では、左加禰の長から話していただきましょうか」
と本宮が左加禰の長の方へ向き直った。
「吾れは左加禰於呂知の長の左加禰と申します。吾れの山の一か所に山土の柔らかいのが採れる所があります。古からの伝えにより、サカネのマサ土と呼んでいます。この山の長は代々、必ずサカネを名乗るのがしきたりで、吾れも左加禰を名乗っております。山土は役に立ちませんので採ることもなく、奇しき伝えよと思っております。しかし、先住の山人の神への称え言だといわれ、約束しましたので、吾れらもしきたりを守っております。こたびの話を族長から聞いて、この土の事を思い浮かべました。というのも水に流すと底が真っ黒になるんです」
「どんな土ですか?」
「土と云ってもほとんど砂に近いのですが・・、ここに持ってまいりました」
と云って、太い竹筒を族長に渡した。
族長は受け取った竹筒の中身を、そこに広げた。まさしく、土のような、砂のような、砂岩を砕いたもののように見えた。
「まさしくこれだ!」
手にとって指でもんだ本宮が叫んだ。
つづく
左加禰の伝え 32
2013-03-24 | つたへ
「もう少し詳しく話してくれませんか、左加禰さん」
隣の龍二も膝を乗り出してきた。
「吾れらがこの地に来たときは、先住の民がおりました。先住の民は獣採り、こちらは石採り、争うこともないので、近くに一緒に住まわせてもらっておりました。やがて、気候が変わり、その民たちは獣を追って北へ移動していきました。
その折、不思議なことがあったと伝わっています。その民を帯同していた神が、この場所の石を守るならば、この山を譲るというのです。長は必ずそれを名乗り祀れと言い残し、何処かに去って云ったそうです。その神の一族が、古代に移ってきてここを発見したそうです。
吾れらは元々峰に深く入り、もはらなるものを作る石を探す民で、於呂知と呼ばれております。しかし、黒石、緑石など硬いものばかりですから、やわ物には関心がありませんでした」
「それだそれ、まさしくサカネだ!」
本宮は独り言のように呟いた。
「本宮、どういうことだ。さっきから」
久地が訊ねる。
族長をはじめ龍二達も前へ乗り出してきた。
「渡来人は、鉄サイを探してたんだろう。鉄サイは、鉄を取り出した後の残りで黒いんだ。交易の中で古の伝えのうわさを聞きつけたに違いない。そして黒ガネを探す目的で、交易のある古志の民の一部をそそのかして侵入を試みたのだろう。しかし、鉄サイはおろかそれらしき石ころひとつ発見できなかった。という事だろう」
「それもそのはずですね、長たちが見つけた物も小石状で、たまたま地表に露出してたのが、長い間に溶けたにすぎない。だから焚火跡で見つかったということでしょう。先刻砕いた石も結果は同じでしょう。鉄の含有量は極めて低いでしょうね」
「では望めないのか。本宮?」
「いや、有望だ。極めて有望なんだよ!」
「よく分からん」
と、久地は身を起こした。
「あだし人の国での黒がねとは、黒鉄(くろがね)の石のことだ。しかし、ここでは石ではなかったということなんだ。まさものの土といって、真砂土のことだったんだ。辰が言ってただろう、〈サ行〉だと。ほら、サカネさんだろ。〈サ・カ・ネ〉すなわち、砂(さ)の鉄(かね)と読むべきだろう」
本宮はそう云って皆を見回した。
しばし、沈黙が走った。誰もが思いもしない言葉が出てきたからだ。
「鍛冶の匠が言ってたのを思い出しました。元は岩だと。確か花崗岩? あっ、真砂土と書いてある」
龍二は、取り出した小型のノートを読みながら云った。
黒子修造さんに紹介してもらった鍛冶の匠、短期間なので技術の習得に集中して、能書きはメモっただけのようだった。
「もうひとつ〈サ行〉があるんだが後にしよう」
と、本宮が云ったとき、先ほど出かけて行った二人、飛と都賀里が急ぎ戻ってきた。
二人は柄杓の水を一気に飲み干した。
「吾れらが柵を造り始めたので、はぐれ者の男が柵に関心を持ち、しきりに嗅ぎまわってるという事でした」
と、都賀里が里で聞いた話をした。
「それは、吾れが来麻知で見た怪しげな里人か?」
と、族長がただした。
「多分そうでしょう。その男は手長という名前で、里から追い出されて、今は里人ではないそうです」
「はぐれ者か・・。それなら、御柱を越えて探りに入って来るのはじきの事だな・・。他には何か無かったか?」
「大したことではなさそうですが、近ごろ椀と箸がよく無くなると、何人もの里人が言ってました」
と、首をかしげながら都賀里が云った。
「何?! 椀と箸じゃと・・。なんじゃそれは?」
族長は手を顎に置きながら首をかしげた。
「はい、何人かが、確かにそう言ってました。外干しの椀と箸がいつの間にか無くなると・・。しかも、このところちょくちょくだそうです」
と云い終わると、都賀里は柄杓でもう一杯、水をゴクリと飲みほした。
「この時代は、此処ではまだ椀と箸は生地のままなので、濡れた物は屋外で陰干しにします。カビや汚れを防ぐためです」
と、飛が本宮と龍二のために付け加えた。
「はて、盗みの者がはぐれ者なら、それほど客が来ることもなかろうて。ましてや、よそ者が来れば、必ずや見とがめられているはずだが・・」
族長はそういうと腕組みしたまま思案にくれた。
「それは、サインじゃないのか。信号かもしれんぞ」
その時、久地があごの無精ひげをなでながら云った。
族長たちが、久地の方に納得させてほしいという目を向けた。
「そのはぐれ者の男は、椀か箸を川に流して、下にいる者に合図を送ってる。そう考えた方が妥当じゃないのか」
「うむがし、まさ目なり、久地の尊。親の手伝いをして、子供が時に手元が狂い、流してしまうことがありますが、大切な物なので追っかけて必ず拾いますぞ」
「族長、何人かの者で、その合図と進捗状況を調べてくれませんか」
「承知しました。早速里から下流の方まで探索して伊宇の様子を観てこさせましょう。久地の尊。遠慮なくさきはかりを進めてください。もたもたしてはいられませんぞ」
「はい、族長、防御の準備をしましょう」
久地が遠くに眼をやり、頷くしぐさをした。
「それじゃあ皆聞いてくれ。大柄猛、飛、於爾猛と於爾加美媛は急ぎ於宇の郷へ戻り、事の次第を郷主に伝えてくれ。そして、屈強なえだちの衛士30人を連れ帰る。志都と今佐山へは使いをだし、出羽毘売に石部の匠を10人集めるよう頼んでほしい。大柄猛、物部の匠を10人頼む、龍二君の所で作業を進める人達だ。飛び、向こうへ着いたら、海人の邑へ行って、大津辺の長の海人猛に大船に全員を乗せ待機してくれるよう話してくれ。大柄猛と共に郷主にこれら手配を頼んでほしい」
「この柵には、都賀里のもとに20人を集めましょう。どうでしょう久地の尊」
「はいお願いします。じゃあ、飛、九重雲で全員を運んでくれ。龍二君、雲まで行って後の荷を下ろして、辰に報告しておいてほしい」
「分かりました報告します。僕は関屋先生にフイゴの設計図を頼んであります」
「じゃあ皆さん雲を入れてある洞窟までまいりましょう」
「先生、船は伎麻知の津へ入れるんですか?」
「海人猛に聞いてほしいんだ。美奈里の長から聞こうと思ってる、伊宇の郷の外にある、東の大火岳の近くの比衣豆の隠れ浜、またはその近く、そこへ回せないか。あっちへ行った方が速い気がするんだ。この前船に乗った時、海路が弧を描いてるようだった」
「よく聞いてきます。分かりました、行ってきます」
族長、本宮と共に皆を見送った。
「族長、剣造りを急ぎましょう。アカガネの技もあることだし、何とかなりますよ」
「物造りはまあ・・。吾れらは戦らしい戦を知りませんぞ。たまに獣を追いかける程度ですし、どうすればいいのですか?久地の尊」
「於宇の郷のえだちの衛士、大耶於爾族、海人族などが50人以上は集まります。それに我々3人、本宮を入れて4人。辰の剣がありますから、最初は我々で充分戦えます」
「そのみはかしは凄いそうですな。八雷の光で力なす神が持つ剣とききました。心強いことです。吾れらも都賀里のもとに20人を集めます。飛の猛と龍の猛に訓練をお願いします」
「承知しました。まずは柵の護りをお願いします。その布陣で作戦を立ててください」
「分かりました。都賀里と共に立てましょう」
「それから本宮、今の内に美奈里の長さんから、東の大火岳の近くの隠れ浜の話を聞いてくれ。きっとお前の考え通りの話になりそうだ」
「黒浜と云ってたね。族長、美奈里の長さんよろしくお願いします」
つづく
和爾襲われる 33
2013-05-15 | つたへ
雲は全員を乗せると飛び立った。
飛と大柄には、必要な要員を乗せたら、早めにここへ帰還するように指示が出た。
於爾猛には、郷主にいつでも本体が出動できる態勢を整えてくれるように伝言を携えて貰った。また、於爾猛には海人猛と共に伎麻知の沖へ廻ってくれるように依頼した。
「さてと、美奈里於呂知の長、お待たせしました。話を聞かせてください。お願いします」
本宮が族長と美奈里の長に向き直って、頭を下げた。
「はい宮の尊、あれは古志の侵入があった少し前のことでした・・」
美奈里の長はおよそ次のような話を聞かせてくれた。
東の大火岳に連なる峰の一つに、長の同族の於呂知が石や木材を採り、炭を焼いて山人として暮らしているそうだ。彼らは採取した石や木材、それに炭を側に流れる川を利用して海まで運び、横根の島からやって来る海人族の和爾と物々交換をしていた。
和爾は、良質の炭やアカガネを求めてやって来る渡来人と交易をしていた。和爾は元々沖の島で採れる玉石や道具の素石の黒石を渡来人の塩と交換していた。
やがて渡来人の求める物が変化して行くのに気付いた。交易の生業から得る情報の変化には敏感だ。石や木工物から金物への変化を読み取ったのだろう。情報収集を重ねて交易品を少しずつ変化させ当りを取っていたのである。
そんな時だった、思いがけない事件が起きた。和爾が襲われた。
荷揚げの後、浜で野営をして翌朝の出発の準備をしていた。その時、不意を突かれたそうだ。相手は30人ほどの武装集団で陽が落ちるのを待って船を寄せてきた。
和爾は荷頭を入れて10人ほどであった。もとより大した武装などはしていない。於呂知との交換物資が浜に降ろされひっくり返されても、何の手出しも出来なかった。
相手は全員が小振りの剣で武装していたそうだ。
その中の首領らしき男が、荷頭に向かって鞘入りの剣を突きつけてきた。
「黒金は何所だ」
「これのことか?」と云って、荷頭は赤金を指した。
ガッツンと鞘入りの剣で肩を突かれた荷頭が後ろに倒れた。さすがの和爾達もその時は黒金の事を知らなかったのである。
荷頭が首を振っているのを見て、彼らが黒金とは何かを知らないと分かったらしい。
その時、荷頭は思い出した。首領らしき男は、数日前、沖の島で船を寄せられる浜を探していた男だと気がついた。
ー確かあの男は渡来人のソトの仲間の中にいたー
和爾達は後ろに追いやられて取り囲まれていた。男達は、炭やアカガネの籠を自分たちの船に積み込んでいる。
その時、見張りの男が呼ばれて一瞬目を離した。
和爾達はそれを見逃さなかった。一斉に浜の奥の森に向かって駆け出していた。
運よく途中で於呂知衆に発見されて和爾達は川をさかのぼり集落へ逃れることが出来た。
翌朝、於呂知衆と共に浜まで下りて行ったが、もちろん誰もいなかった。
その後である。渡来人に先導された古志の民が東の大火岳を越えて侵入してきたのは・・。
美奈里於呂知の長は、長い付き合いだと言って奪われた物を荷頭に持たせたそうだ。
そして、今日、族長や左加禰の長の話を聞いて、過日のこの事件から思うところがあった。
「エッ、炭があったのか!」思わず龍二が叫んだ。
つづく
爾田の柵のことはかり 34
2013-06-30 | つたへ
美奈里於呂知の長は更に話を続けた。
「申し遅れましたが、その山人は吾れらと同族の加母知といいます。後日のことですが、和爾の長の息子の和爾の猛多由伊があの時の礼にと加母知を訪れました。その時、加母知の長は私からの知らせで聞いてた、伊宇の郷の事の次第を和爾の猛に話したそうです。すると和爾猛は、自分たちを襲った者たちを独自に調べて、荷頭の報告の通りエダチのソトで、頭を耳長比古ということを突き止めたそうです。伊宇の郷への侵入もソトで、耳長比古ではないでしょうか」
「なるほど、そうですか。それは検討の余地がありそうですね」と久地が応えた。
「和爾猛は、大耶の郷人達が大元の神や郷主と共に伊宇の郷人を応援してることは、後に大耶の海人衆からも聞いたそうです。その話の中で大耶と伊宇の山人が同族と知り、自分たちの伝えや見聞きした事を話したそうです。礼を兼て加母知の集落を訪れてくれた事が、更に横根の海人衆に伝わる話になったようでした。此度のことと関連があるかはわからないがと言ってたそうです」
「どんな話をされてましたか?」更に久地が相槌を打ちながら促した。
それはおよそ次のような話であった。
宇伊の奥峰は、上古より更にさかのぼる神代にあって、神やあだし人が住む所であったそうな。海は今よりも近くに在り、峰々が暮らしの場でありました。しかしある時を境に西の火の岳と東の火の岳が同時に火を噴きました。火の御柱は天空に広がり、陽はその姿を隠し夜のごとき日々が続いたそうです。火の岳の祀りが三度過ぎた後に、ようやく天の陽が少し戻ってきました。現れた東西の火の大岳の形は大きく変わり、両方の峯の近くを流れる川ノ何本かはその流れを変えたり水を失って、付近の景観は一変してたそうである。ある者は海に逃れ、またある者は海辺伝いに、更に西・東・南へと移り、そこを離れていったということであった。
「左加禰の山人に山を譲って消えた民たちは、その民たちの生き残りだったんでしょうか、久地先生」
龍二の問いに、久地は腕を組んだまま黙して考え込んだ。
「この消えた民たちの事は、久地たちがここへ来たことと繋がるのかもしれないな~」と本宮が云った。
「この地一帯の混乱は火山の噴火による災害だけでなく、何か人為的な臭いがする」
「どんな臭いだ。久地」
「臭いの話はチョット後回しにして、ここで少し整理しておきたい。まず、伊宇への侵入を先導した者、古志の民を指揮していた者たちだ。次は、伎麻知の津の市で見かけた渡来人。そして今、長の話にあったエダチのソト、耳長比古を頭とする一隊だ。これらは皆同一の集団ないしは近い者たちなんだろうか。共通点が黒がねだからか? その事に引っ張られてはいないだろうか」
「久地はそれぞれが違うというのか」
「私はそれぞれの目的が違うように思えてならない。ただ黒がねに関係していることは間違いないと思うのだが・・」
「久地の尊、吾は皆同じ仲間かと思っとりました。違うのですか?」
「はい、私は少し違う気がするんです。まだハッキリとは言えませんが・・。美奈里の長、長の話の腰を折ってしまいました。すいません、続けてください。この和爾の事件から思うところがあったと仰ってましたが・・、どういうことでしょう?」
「先ほど、宮の尊がサカネとは真砂土のことだと仰ってましたね」
「はい、左加禰の長が持参した真砂土はご覧いただいた通り黒っぽい土の色でしたが、左加禰の長はこの土を水で洗うと真っ黒な砂になるとも言ってました。これこそがこの地の黒がねの素なんです」
「やはりそうですか。和爾が襲われた所は加母知が交易で使う浜で、比衣豆の隠れ浜と呼ばれている所だそうです。実はこの隠れ浜の近くに大雨の時だけ現れる水の無い川があって、その川が流れ込む先を夜が浜といって、それは不気味な所だと聞いておりました」
「どんなふうに不気味なんですかね?」
「一度、吾れが案内された時は雨が降ってまして、普段は誰も近づかないということが良くわかりました。川床も浜も両側を含めた川筋全体が真っ黒なんです」
「それで、長は黒い砂、真砂土の事に関心を持たれたんですね」
「はい、そうなんです。そこは、大火岳の奥裏を源とした川が大噴火によって上流が閉ざされたと伝わってるそうです。火山灰だと思うのですが、川床が両岸より盛り上がった水無川でした。河口付近は外海からは樹木で見えず、木々に覆われて陽が入らずで、昼なお暗き夜のように見える所でした。其処で手に取った川砂が真っ黒だったんです。火山の砂ならあんな色してません」
「その大噴火はいつの時代のことだったんだろうか? 龍二君、辰から何か聞いてないかい」
「我々が舞い降りたのがどこの時代なのか分かりませんが、関屋先生からの聞き書きによると5~7万年前のようです」
龍二はウエストポーチから取り出した小型のノートをめくりながら云った。
「左加禰の山人に山を譲って消えた民たちの時代なのだろうか? いや、もっと古いはずだ」
久地は再び考え込んだ。
その時、あおり戸の外がにわかに暗くなった。
龍二が外へ出て大声で皆に知らせた。
「早くも、雲が戻って来たようです」
飛と於爾猛が一足早く帰って来た。雲からは他に屈強な若者が10人現れた。
「戻りました。この人達は大耶於爾邑の若者です。大柄邑の匠と一鬼山は今佐山の出羽族、九鬼山は志豆の於爾加美族は大耶海人の邑に集まり、出羽玉美豊毘売と於爾加美毘売が先導して、そこから大耶海人の船で出航し伎麻知の沖へ向かいます」
「大耶郷の者達は、郷主が海人爾麻邑の宮へ招集して待機するそうです。海人猛は別船で海人衆と共に横根の沖を回り、和爾の海人衆と合流するそうです」
「ご苦労でした。それではどうでしょう、まず族長と本宮、龍二君のグループ。私と都賀里君と於爾猛、飛のグループの二手に分かれ、族長のグループは剣造りを初動させる。私のグループは伎麻知の津、夜が浜、比衣豆の隠れ浜を視察して回り、後に皆と合流する。どうでしょう、族長、本宮」
「うたた始まりますな、宮の尊」
「はい、まず左加禰に山たたらを造ります。ためしがまですが、真砂土のある左加禰に八於呂知の匠、加母知の匠も呼んでください。黒がね造りを自分達の山へ持ち帰って、たたら造りをしてもらうんです」
「うむかし。ゆくりなきまさ物のアスキ造る民となりますな~」
「はい、族長。まず、黒がねのケラ造りをしますが、必要な物は、真砂土の他は火と水と風です」
「えっ、それだけで出来るんですか?」
「はい。それから美奈里の長、加母知於呂知から炭焼きを教えてもらいたいのですが・・」
「黒がね造りに加えてもらえるんですから、喜んで教えると思います。必ず伝えます、宮の尊」
「神代の消えた民は、造ってたんだと思いますよ。和爾の猛の話の中に、最後まで残っていた民が急ぎ忽然と消えたと・・。火山の大噴火は分かりましたが、でもどうして・・」
久地がまたつぶやいた。
「久地の尊、気象条件が変わって移って行ったと伝わってると、左加禰には聞いとりますが・・きっと大噴火でしょうが」
「私にはそうは思えないんです。もっと違った事情が絡んだんじゃないかと・・。どこにも黒がね文化が受け継がれていない、断絶してるでしょう。そうは思わないか本宮。その辺も調べてみてくれないか」
「分かった、これだけ山の民が居るのに、神代といえども何か痕跡が無いか調査してみよう」
雲の中から龍二が出てきた。いつの間にか中で作業をしていたようだ。
「関屋先生からたたらとフイゴの件が届いてました。それから、何所からか信号らしきアプローチがあるそうです。追跡してるようです。先生にはこちらの状況報告を送っておきました。この辺の神代についても更に調べておいて頂けるよう依頼しました。それにしても都伊布伎って書いてありましたが、どういう意味でしょう」
そう云って龍二は数枚のメモを本宮に渡した。
「龍二君、そのツイフキとは、そのふいご、フキコのことだよ」
本宮が一枚のメモを龍二に渡した。
「これですか、この図がそうなんですね。あっ、なるほどよくわかります。まず、自然の地形を使うんですね」
「宮の尊、いま何て仰いましたか?」
「えっ、族長、ふいご、フキコですか?」
「於呂知の山にはフキコっていう神が祀られてるんです」
「えーっ、何ですって。それはどんな神ですか?」
「久地の尊、それが分からないんです。かんさびし神です・・」
「久地、私がその神も現地で調べてみる」
つづく
尊たちのことはかり 35
2013-07-21 | つたへ
「では族長、次への手順を聞いてください。 出羽玉美豊毘売一行が到着次第、族長と本宮たちの一行は共に左加禰へ出発します。左加禰と美奈里の長は山へ戻り、匠を選んで待機してください。美奈里の長は戻るときに左加禰の真砂土を少し別けてもらって持ち帰って、見本としてください」
「わかりました、久地の尊。直ちに他の於呂知の山の長に、私からまさ目を持つ匠を同行の上、左加禰に集まる事を知らせましょう」
「よろしくお願いします。族長」
「左加禰と美奈里の長よ、神たちの技をそれぞれの山に持ち帰るということだ。そこで、加母知にも加わってもらうが・・」
「はい、吾の方から使いを出します」
「於呂知の皆さんの所へは龍二君が明日雲で迎えに行く事も伝えてください」
「それなら速い。吾らも跳ぶが雲にはかなわない。龍の猛、ご苦労ですがそうしてください」
「わかりました、族長」
「族長、まず本宮と龍二君の協力で左加禰にたたら場を造ります。真砂土から黒鉄のケラ、タマハガネを造ることができるはずです。それから、ここ爾田に鍛造場を構えようと思います。そうだったな本宮。於呂知の経験を活かして鍛法を確立してください。それが郷主の願いです」
「えっ、此処で剣を造るんですか!久地の尊」
「はい、ここから先は本宮と龍二君が説明します。本宮、後は頼む」
「わかった。それでは族長、此処に於呂知の打ち場を構えたいと思っています。山は、今まで通り山人以外は近づけないようにして、真砂土の山の秘密は守れるようにします。後は、山へ集まった時に龍二君と一緒に説明しますが、神代の消えた民はあか金の精錬の時に黒ガネを発見したのではないかと思うんです」
「えっ、すごいな~、さすが本宮、そこまで研究してるのか」
「いや、これは辰の仮説だ。先ほど龍二君から渡された辰のメモの中にあったんだ。神代の民は銅を生産する過程で鉄が発生したのを認識したんじゃないかと書いてあった。そうすると、於呂知の銅生産、精錬方法が違えば鉄の伝承は無くても・・だな」
「そうか、それだと考え方が一歩前に進むな。では、族長この場をしめてください、お願いします」
「皆、尊たちのことはかりは聞いた通りだ。吾れら於呂知の力のかぎりを見せようぞ!」
「オーッ」
「では、皆さん吾れらは一足先に急ぎ戻ります」
左加禰と美奈里の長は族長たちに見送られ急ぎ自分たちの山へ戻って行った。
「さて次は私たち、都賀里君と飛の出番だ。於爾の猛、衛士の皆さんももっとこっちに来てください。事の次第は聞いての通りです。次は三つの事件を考えてみようと思います。私はこの三つが同一の者たちの仕業ないしは関連があるものとは思えないんです」
この事件は組織された戦闘集団が山海を越え、頻繁に伊宇へ進入し始めたことから始まった。伊宇への侵入を先導した者、古志の民を指揮していた者たちだ。次は、伎麻知の津の市で見かけた渡来人。そして今、美奈里の長の話にあったエダチのソト、耳長比古を頭とする一隊だ。これらは皆同一の集団ないしは近い者たちなんだろうか。共通点は確かに黒がねだ。その事に引っ張られてるように思えるから、ここではっきりとさせておかなければならないと久地は思っていた。この事件を追及していけば、我々が此処へ来ていること、この時代へ迷い込んだことがわかるような気がしてきた。何となく、本当に何となくなんだが・・。
「久地先生は、そこには深い意味があると考えてるんですね」
龍二が久地に訊ねた。
「そうだ、そのためには三つの事件の者達に直接会って質すしかないと思ってる」
「久地尊、吾れら四人だけで大丈夫ですか?」
於爾の猛が久地を見て云った。
「正体と目的が見えるまでは事を慎重に進めるが、速くその核心を掴みたい」
「わかりました。吾れらが素早く動きます」
今度は都賀里が首肯した。
「龍二君。明日の朝、君が出発する時に我々を伎麻知の津の近くまで送ってもらいたい。それと予備の剣とプロテクターがあると言ってたね」
「はい、あります」
「それを於爾の猛と都賀里君に持たせてくるれないか。用心のためだ。それから、二人に使い方を教えといてもらいたい」
「承知しました。明日の出発の件も了解です」
「さてと、都賀里君。椀と箸の事計りはどうでしたか」
「はい、ご指示の通り流してきました。箸と椀を同時です。このところ雨は降ってませんが、明日の朝頃にはつくと思います。里人が申しますには、はぐれ者の様子に動きはないそうです。また、数日前に渡来人の姿を見たと云ってるので、まだ居るはずです」
「そうですか、ご苦労でした。うまくいけば、明日の昼ごろには伎麻知の津の市で遭遇できるな」
「久地先生、直接ぶつかるんですか?」
「そうだ、飛。それしかあるまい。焚火跡で偶然見つかったと云ってた鉄センを族長から借りといてくれ」
「承知しました」
翌日の早朝、久地が広場に出ると、龍二が飛に他の装備をいろいろと説明しているところだった。
於爾の猛と都賀里が剣を着装している。昨日あれから、飛にたっぷりとふりの基本を教わったのだろう。様になっている、さすがだ。
さて、今日も忙しくなるな~と思いながら、久地は大きく伸びをした。
龍二と飛が雲の準備が終わったところへ族長と本宮も出てきた。
「久地先生、出発の準備が出来ました。私は、久地先生一行を伎麻知へ搬送してから、伎麻知沖の上空、横根島脇で出羽さん一行を待ち、全員拾ってここへ戻ります。それから族長さんと本宮先生と共に左加禰へまいります」
久地は、飛たちを先に乗せて本宮と族長に手を振った。
「久地の尊、於呂知の山々へは、吾れが同行して迎へに行きますぞ~」
族長が手を上げながら大きな声で云った。
「よろしく頼みます。では、行ってきます」
皆の見送りを受けて雲は浮き上がった。そして、一路北へ飛んだ。
つづく
2013-02-01 | つたへ
2月3日は節分です。翌日の4日・立春から、いよいよ新しい年が始まります。この節分は、立春の節分です。節分はもともと四季の分かれ目を意味していて、立春・立夏・立秋・立冬と年に4回あります。しかし、この立春の節分だけが暦に記載され、一年のスタートとして、私たちの習慣の中に残りました。
立春正月、年の初めで、冬から春になるという考えから来たのでしょう。そこで2月3日、最後の日に邪気を祓って幸せを願ったのです。
立春には、その年の明きの方、良い方角の「恵方」にある神社に参拝に行ったり、地方によっては、恵方に向かって「恵方巻き」=太巻き寿司を一気に食べる習慣もあります。要するに年のスタートの行事がいろいろと行われきたわけです。皆さんのところでは、豆まき以外にどんな節分行事があるでしょうか。
暦に書かれている吉神・凶神の効果・禍のスタートもしかりです。
今年の年回りは、吉凶がかなりはっきりしています。ご自分の特徴がもろに出る年ですから、攻めに入る人、守りに入る人、いずれも、そんな気分がしてくる年回りです。上手に吉運を感知してください。
身近にある暦をひもといて、この年を布く星とご自分の星との関係を、また、ご自分の星の座す位置は?と、念頭に当たり1年の計を立てる。さらに年・月の吉方を知り、パワーアップの一助とされるのもよろしいかと思います。
ご運を念じます。
さて、いつもいつも更新が遅くなり恐縮しております。お読みいただきありがとうございます。
於呂知岳へ 28
九重雲は、再びゆっくりと上昇し始めた。
「龍二、まず北東へ舵を取って、真西に火の岳が見える所まで一気に飛んでくれ」と、飛が大柄の顔を見ながら指示を出した。
「了解。今度は少し距離がありそうだな」と、龍二は大柄がうなずくのを横目で見ながらレバーをゆっくりと前に倒した。
雲が走り出した。
「於爾猛と於爾加美媛たちは一日早く出ているが、途中で追いつくかもしれない」と、大柄が云った。
「大柄さん、徒歩だとどうやっていくんですか」
「爾麻の大津辺から船で伎麻知の津まで海路を取る。そこから徒歩で比乃川を上る」
「徒歩か~。結構ありそうだな~」
「龍武、汝じも吾れたちと同じように、そろそろ歩けてよい頃だ」と、大柄が飛の方を見て、笑いながら云った。
雲は一段とスピードを上げたようだ。地上の景色が、まるで地図の上を滑っているように次々と走り去っていく。
やがて、左側に噴煙が立ち上る大岳が現れた。大柄が、左腕を西に向けて右腕を前方に伸ばしながら、その先にある峯を探すようなしぐさをしている。
「この辺から速度を落としましょうか?」
大柄が一番奥の峯を指示したところで「一旦、止まってくれ」と云った。まだ距離はあるが、大柄の右腕の先には高い峯の連なりが立ちはだかっている。
「一番手前の峯が龍琴山、於呂知八岳の入り口だ。於呂知八族の邑々は八岳に囲まれるように点在している。直進すると於呂知族の本拠地、爾田がある」と、大柄は云いながら、今度は下をの覗いた。
「それでは、龍武、龍琴山を右に見ながら、かすめるように北上してほしい」
「了解」
雲は、やや左に旋回しながら若干高度を下げて、西の火の大岳と龍琴山の間を抜けるようにして北へ進んだ。この辺り一帯は深い森だ。樹木しか見えない。
しばらく飛んだ。大柄と龍二以外はくつろいでいる。これがドライブなら眠くなるところだと飛は思った。
ややあって、大柄が身体を起こし、手をかざして前方を見つめた。その気配で飛が傍にやってきて手をかざした。龍二には樹木の絨毯しか見えない。
「何か見えるのか?」と、龍二が大柄と飛に尋ねた。
「あの辺に川筋があるのかもしれない。森がところどころ切れる」と飛が指をさしながら龍二に云った。
やがて、ちらっとであるが、光るものが龍二にも見えてきた。
川だ! 川筋の両側が少し開けてそれが模様のようになっている。近づくにつれ川筋がはっきりとしてきた。両岸はごつごつした岩だらけだ。あの辺は上流なのか流れが急で白く波立っているのだろう。川下を探して目をやると、かなり惰行してるように思えた。
川の上空までくると、大柄が川に沿って下るように指示を出した。雲は大きく左に折れて川筋の通りに川下に向かってゆっくりと進んだ。
「人がいる!」と、飛が下を指さした。一瞬であったが、影が二つ飛んだ。
「於爾猛と於爾臥加美媛かもしれない」
「もう少し下へ降りてみよう」
「了解」
雲はエレベータのようにスーッと降りて行った。
川筋のゴツゴツした岩の両岸が少し開けてる所があり、雲はそこに浮かんだ。
「於爾タケ、媛~」と、雲から飛び降りた大柄が森に向かって呼んだ。
大きな岩の向こうから二つの影が立ち上がった。
「大柄の兄貴!」と、驚いた様子の若い男が明るい場所へ躍り出てきた。
「大柄の兄さま? どこから来たんのですか?」女の方は声だけで、日の射す明るい場所へは出てこようとはしなかった。
「神たちと一緒に峯々を調べている。先に出立した二人を見つけたので降りてきた。於呂知の邑へ送るから乗ってくれ」大柄が、二人を手招きしている。
「神たちの乗り物の雲とはこれか~」
「早く来い。媛、大丈夫だ。吾れも運ばれてきたではないか」
「兄貴がここにいるってことは大丈夫だってことだ。大元の本宮の斎庭で神たちにも会ってるし、媛、行こう!」
「はい、わかりました」と、云って於爾加美媛はようやく明るい所へ出てきた。
大元の台で見たときは分からなかったが、少し小柄で、キリっとした顔立ちの俊敏な女性だ。於爾族は美人が多いと神たちは思った。
雲は再び上昇した。新しく乗り込んだ二人は、その場にぺたりと座り込んだまま下を向いていて、両の手は固く握っている。
大柄が、前方の見える前に来て、詳しく案内するように促している。
それを見て、飛と龍二が軽く笑った。
「私たちも、於呂知の族長に会って事の次第を確かめたいね。どうだろう」と、久地が勅使の二人に尋ねた。
「私たちは構いません。神たちが一緒であれば心強い限りです」於爾猛が応えた。於爾加美媛もうなずいている。
雲は、前方に壁のようにそそり立つ峰々の近くへ来た。
「一番手前の山裾に大きな柱が立っています。それを見つけてください」と姫が龍二に向かって云った。
「分かった。御柱が立っているということだね」
「はい、それが峯入りの入口です。そこで降りて、私が木鐸を叩いて合図を送ります」と、媛がふらふらと足元がおぼつかなくも云った。
-銅鐸じゃないんだ~と、本宮は心の中でつぶやいたー
「そうか~、そう言う事だったのか~」と、そのとき久地がつぶやいた。
つづく
於呂知 29
2013-02-15 | つたへ
「そういうこととは、どういうことなんだ?」と、本宮が久地に尋ねた。
「その柱が神社の始まり、すなわち起源ということだ。あのように神の坐す所と人の住むところの境界を表している。知っているだろうが、古い形を維持している古社は、拝殿のみでご本殿を持たない。それだ、ここの人たちは資源を内蔵する山を神として、資源を神の持ち物として仕えているのだろう」
「なるほど、そういうことか。この時代の人々は、神とともにあった。そう理解すると一つ一つが解りやすい」と云いながら、本宮はななし山の台で黒子修造さんが一本柱の跡を見つけたことを思い起こした。神とは山河の自然であり、自然がもたらす物を活用する技も含まれていたんだ。
雲は大木の柱の前に降りた。
於爾加美媛が恐る恐る足を下ろして地面に降り立った。
媛は大木の前を通って裏側に回った。
少し間をおいてから、「カーン、カーン」と音が鳴った。乾いた音は山に木霊するように鳴り響いた。
「音霊か、結構響くな」久地が独り言のように呟いた。
しばらくすると、森の影の中に姿が現れた。男が三人だ。
媛が中央の男に話しかけた。
「吾れは、於宇の郷は大知邑、志都の於爾加美とまおす。郷主の大耶武の使いでまいった。於呂知の族長を訪ねる」
中央の男が明るい所へ出てきた。
「よう参られた。吾れは、於呂知の爾田猛、都賀里とまおす。族長の所へあないする。媛はここへは独りで参られたのか?」
媛が後ろを振り向くと、雲の中からぞろぞろと男が6人も出てきたので、爾田猛は一瞬たじろいて身構えた。後方にいた男たちもそれぞれ六尺棒を構えて前に進み出てきた。
「驚かせてすまない」といって、於爾猛が媛の前に立った。
「吾れも於宇の郷からから参った大耶邑の於爾猛とまおす。媛と共に郷主の使いとして参った」
同時に、後方から声がした。
「猛、爾田の都賀里! 大柄だ。こちらの4人の方は、於宇の郷に降りられた神たちである。途中で使者に割り込んだしまった。神が於呂知の山人に会いたいと申され、あないした」
「やぁ、驚いた、大兄も一緒でしたか! よう来られました。志都と今佐山へはこちらから使いを出している。よう参られた。族長の所にあないしましょう」と、云って爾田猛、都賀里は先に立って歩き出した。
山裾を迂回するように、左に回り込んで森の中を突き進んだ。およそ30分位進むと木槌の音が聞こえてきた。木立ちを透かして見ると、開けたところで人が作業しているのが垣間見えた。
「峯の山裾、里側の高台に於呂知の柵を設けて、於呂知のえだち人が留まるところを造っています」
来麻知の一件で、族長は将来に備えることを考えたようだ。
於呂知八族の集落は、それぞれの峯の麓にあり、そこの長が治めているが、ここは八族全体の柵、すなわち砦、前線基地とでもいうべきものだろう。ここを通らなければ八岳の峰入りは不可能と云っていた。
やがて槌音が大きくなって、目の前が開けてきた。やや不揃いではあるが杭を並べた柵で囲もうとしている。その杭を打つ音だったのだ。
囲みの中には、同時進行の大き目の屋根を持った建物が建造中だ。柵は長径50~60m程の楕円を囲もうとしている。環濠や楼観の計画はないようだ。
柵の入り口付近にいると、建造中の現場から一人の男が両手を広げて出てきた。
「於爾加美媛、よう参られた! この前は郷主の所へ出仕してたらしく会えなんだ。しばらく見ないうちに美しゅうなられたのう」と、云って媛の両肩に手を置いた。
「於爾の猛、よう参られた。大柄の猛、うむがし、うむがし」と、云って両者の手を取った。
「神々もよう来てくだすった。大耶に坐す神々に於呂知の見登耶、ご挨拶いたします」と、云って深々とお辞儀をされた。
族長の案内で進みながら媛が・・。
「於呂知の族長の話を於宇の郷主に伝えました。宇伊への侵入にかかわりがある事と判断され、神たちが持つ強い剣作りを決心されました。このことは、また、強き鋤、鍬、斧にも使えることを神から知らされ、於宇の於爾族と宇伊の於呂知族に協力をお願いしたいと、大耶の於爾猛を使わされました」
「まじこり、承知しました。吾が八族も於宇の郷から出た同族、共に協力してこの郷の大守りとして守ろう」と、族長が於爾の猛の手を握った。
つづく
爾田於呂知 30
2013-02-24 | つたへ
「それでは、これから吾が邑へご案内いたしましょう」と云って、族長は爾田の猛・都賀里に後を託して、また後から来るように指示した。
「あれは息子です。於宇の郷主や大柄の猛大人には友としてもらってます」と云いながら神たちを先導した。
山裾をぐるりと廻り込むと所々開けた場所に出た。稲田だ。
「ここから奥にかけて田作りができる土地です。吾ら於呂知も山人於爾族で、その於爾族の田という意味でこの辺一帯を爾田と呼んだのが始まりです。人が生きていくには食料と水がなくてはなりません。米は一番の宝です。於宇の郷主は米作りを安定させたので皆から尊敬され、おおぐにの郷主という尊称を大元のはぶりからもらったのです」
先ほどの御柱の場所へさしかかると、族長は同行して来た者に何やら指示を出した。
「左加禰と美奈里の長に爾田に来てくれるよう使いを出しました。これらの邑は爾田に一番近い村です。使者や神々の話を伺ってから、後に八族の長を集めて報告し、こと議り致します」
「それでは族長、我が乗り物の九重雲に乗ってください。一気に村へまいります」
「えーっ、なんですとー!」
族長も先ほど乗せた人たちと同じだった。邑の上空に着くまで動くことはなかった。ここではくどいので割愛する。
雲は邑の中ほどの少し広い場所に降り、その雲の中から、よろよろと族長が出てきたのを見て邑の人達は驚いた。
「つどひのひむろへ神をご案内するように。それから、長老とマブ頭につどいのにはに来てくれるよう伝えてくれ」さすが族長よろけながらも、しっかりと指示を出した。
「まだ体がふわふわしております。あっという間にひと山越えたんですね。さすが神の乗り物」と、感嘆しきりであった。
一行は、集会所のようなところに通された。中は大半が土間で、ムシロ状のものが所々に敷かれていた。奥の隅の方に石囲いの囲炉裏があり、細い煙が上がっている。案内してきてくれた数人の男が、あおり戸を外に向かって押し出すと、集会所の中はいっきに明るくなった。
そこへ族長が2人の男を連れて入って来た。3人は奥の我々の前に来ると、坐して、改めて拝礼された。
「この邑の長老とマブ頭です」と云ってから、マブ頭から数個の石を受け取り4人の前に並べた。
「黒い石だ!」と龍二が間近に進み出て手に取った。
「それは鉄センだろうか」と本宮が龍二に念を押した。
「何だ鉄センとは?」と久地が聞いた。
「私も詳しいわけではないのですが、鉄が溶けだした残りのようなものでしょうか」龍二が答えながら族長達の方を見た。
「以前、山で煮炊きや焚火をする場所があったのですが、その場所の跡から見つかったとの事でした」と、族長はマブ頭を見ながら云った。
「我々はそれがなんだか判りませんでしたが、火の中で変色したものなので持ち帰って長老に見てもらいました」
「昔、山火事がありまして、大したことがなかったんで皆で後の始末をしに行ったとき、偶然見つけて持ち帰っておいたものと同じでした。我々は山の石で見慣れないものは持ち帰って取っておくという習慣がありますだ」と、長老が答えた。
「どちらも火焚きの跡で見つかっています。それで伎麻知の津で黒い石を垣間見たときピンときました。自然の土中の石ではないと。ならば、吾が近くにも黒金はあるのでは」と、族長は神たち4人を見て云った。
「我々は、自然と文化がまさに遭遇する場面にいる」ポツリと本宮が云った。
鉄は強靭な道具を生み出した。その実用性は文明を変えた。農耕、漁労、狩猟、建設と、その生み出されて文化は人間の住む世界を席巻し、圧倒的な強さを発揮して他を圧倒した。身を守る武器は歴史を変えた。
「郷主も言ってたな。鋤、鍬、斧だったな、確か」
「そうだ久地。剣ではなかった」
「我々の感覚では、神宝と云えば、すぐに剣を思いつくが・・。それは戦を至上としてきた文化を持つ者の宝なのだろうか。神がそのような宝を人間に与えるのかな?」
「自らの身を守ると表現されているが・・」
「それはずーっと後の事だろう。一番最初に、それが相手に致命的な打撃を与えた現場にいた人間に聞いてみるしかないね」
「文明の衝突があっただろうね。きっと」
「吾が山人は、神の持ち物を神の指し示す技を用いて、神の思いに従って表します。それが神使えです」
一瞬、その場に沈黙が走った。
ややあって、久地が云った。
「私は、郷主や族長の思いに沿って行動しようと思う。我々は、ここへ舞い降りて来てしまっただけだ」
「これから先でも、再び乗り越えなければならないだろう問題だ・・」と、本宮が応じた。
「龍二君、君は黒金の製法をここで実験してみてくれ。飛は、都賀里君と共に怪しげな里人の動向を探り、今後の展開へのめぐりみを担当してくれ」
「承知しました」と、二人が応じた。
つづく
左加禰於呂知 31
2013-03-18 | つたへ
龍二は、情報収集に里へ出かける二人を見送ると、黒がねの原石の発見と吹き方を考えなければならないと思った。
ちょうどその時、そこへ美奈里於呂知と左加禰於呂知の長が駆けつけて来た。
「美奈里と左加禰の長よ、いよいよ動き出すこととなった。よろしく頼む」族長が重々しい口調で云った。
「族長、この前のことはかりの後、それぞれの山で赤い水・黒い水の濁り水を見つけるように指示しました。しかし、見つけられませんでした。ここに濁り水らしき流れ元の石を持参しました」
いくつかの小石交じりの石が前に並べられた。
「まずは龍の猛にお見せしてくれ。それに、龍の猛、これも見てください。これが爾田の山石です」と族長、長たちが石を龍二の前に並べた。
龍二は腰のポーチから小型のルーペを取り出して石を覗きはじめた。そして、濁り水の元石を並べなおして、目視で、爾田の山石を比較してみた。
「それぞれの石の色はちょっとずつ違いますが、ルーペで覗くと微かな鈍いオレンジ色が見て取れます。いわゆる錆色です」と龍二が云って目を離した。
「これは美奈里の石です」
「こっちが左加禰の石です」
と云って、二人の長が石を爾田の山石の隣りに並べ変えた。龍二もさらにルーペを覗いていたが、鉄鉱石の見分け方に詳しいわけではない。そうと思えるものがあるだけで、石の中から選び出したものを族長と長の前に並べた。
「これがまさ物ですか?」と族長がしげしげと覗き込んだ。
「ほとんどが濁り水の元石ですね」と龍二が長たちに念を押すと、彼らは同時に頷いた。
「そうなんですが、期待できるかはまだ判りません。そこで、別にした石をそれぞれ土のように細かく砕いてください。それから、泉中水の流れを幾筋か作って石別に流してみましょう。そうすれば軽いものは先の方へ流れ、重たいものはその場の底に残ります。残ったものを集めて観察しましょう」
「なるほど!」と云って、族長はマブ頭を側に呼んですぐさま指示を出した。
数人の男たちがマブ頭と一緒にその場を離れて行った。
再び族長が神々に向き直って続けた。
「来麻知で聞いた黒い川は見つかりませんでしたが、ここにおります左加禰と美奈里の長から神々にお伝えしたいことがあります」
「どんなことでしょうか? 伺いましょう」
と、今度は本宮が膝を進めた。
「左加禰の長がまさ土の伝えを、美奈里の長からは東の大火岳の近くの隠れ浜、黒浜の話をお聞きください。吾れはこたびの事に繋がりがあるような気がしてなりません。ぜひ、神々に判断して頂きたいのです」
と、族長が二人を促した。
「では、左加禰の長から話していただきましょうか」
と本宮が左加禰の長の方へ向き直った。
「吾れは左加禰於呂知の長の左加禰と申します。吾れの山の一か所に山土の柔らかいのが採れる所があります。古からの伝えにより、サカネのマサ土と呼んでいます。この山の長は代々、必ずサカネを名乗るのがしきたりで、吾れも左加禰を名乗っております。山土は役に立ちませんので採ることもなく、奇しき伝えよと思っております。しかし、先住の山人の神への称え言だといわれ、約束しましたので、吾れらもしきたりを守っております。こたびの話を族長から聞いて、この土の事を思い浮かべました。というのも水に流すと底が真っ黒になるんです」
「どんな土ですか?」
「土と云ってもほとんど砂に近いのですが・・、ここに持ってまいりました」
と云って、太い竹筒を族長に渡した。
族長は受け取った竹筒の中身を、そこに広げた。まさしく、土のような、砂のような、砂岩を砕いたもののように見えた。
「まさしくこれだ!」
手にとって指でもんだ本宮が叫んだ。
つづく
左加禰の伝え 32
2013-03-24 | つたへ
「もう少し詳しく話してくれませんか、左加禰さん」
隣の龍二も膝を乗り出してきた。
「吾れらがこの地に来たときは、先住の民がおりました。先住の民は獣採り、こちらは石採り、争うこともないので、近くに一緒に住まわせてもらっておりました。やがて、気候が変わり、その民たちは獣を追って北へ移動していきました。
その折、不思議なことがあったと伝わっています。その民を帯同していた神が、この場所の石を守るならば、この山を譲るというのです。長は必ずそれを名乗り祀れと言い残し、何処かに去って云ったそうです。その神の一族が、古代に移ってきてここを発見したそうです。
吾れらは元々峰に深く入り、もはらなるものを作る石を探す民で、於呂知と呼ばれております。しかし、黒石、緑石など硬いものばかりですから、やわ物には関心がありませんでした」
「それだそれ、まさしくサカネだ!」
本宮は独り言のように呟いた。
「本宮、どういうことだ。さっきから」
久地が訊ねる。
族長をはじめ龍二達も前へ乗り出してきた。
「渡来人は、鉄サイを探してたんだろう。鉄サイは、鉄を取り出した後の残りで黒いんだ。交易の中で古の伝えのうわさを聞きつけたに違いない。そして黒ガネを探す目的で、交易のある古志の民の一部をそそのかして侵入を試みたのだろう。しかし、鉄サイはおろかそれらしき石ころひとつ発見できなかった。という事だろう」
「それもそのはずですね、長たちが見つけた物も小石状で、たまたま地表に露出してたのが、長い間に溶けたにすぎない。だから焚火跡で見つかったということでしょう。先刻砕いた石も結果は同じでしょう。鉄の含有量は極めて低いでしょうね」
「では望めないのか。本宮?」
「いや、有望だ。極めて有望なんだよ!」
「よく分からん」
と、久地は身を起こした。
「あだし人の国での黒がねとは、黒鉄(くろがね)の石のことだ。しかし、ここでは石ではなかったということなんだ。まさものの土といって、真砂土のことだったんだ。辰が言ってただろう、〈サ行〉だと。ほら、サカネさんだろ。〈サ・カ・ネ〉すなわち、砂(さ)の鉄(かね)と読むべきだろう」
本宮はそう云って皆を見回した。
しばし、沈黙が走った。誰もが思いもしない言葉が出てきたからだ。
「鍛冶の匠が言ってたのを思い出しました。元は岩だと。確か花崗岩? あっ、真砂土と書いてある」
龍二は、取り出した小型のノートを読みながら云った。
黒子修造さんに紹介してもらった鍛冶の匠、短期間なので技術の習得に集中して、能書きはメモっただけのようだった。
「もうひとつ〈サ行〉があるんだが後にしよう」
と、本宮が云ったとき、先ほど出かけて行った二人、飛と都賀里が急ぎ戻ってきた。
二人は柄杓の水を一気に飲み干した。
「吾れらが柵を造り始めたので、はぐれ者の男が柵に関心を持ち、しきりに嗅ぎまわってるという事でした」
と、都賀里が里で聞いた話をした。
「それは、吾れが来麻知で見た怪しげな里人か?」
と、族長がただした。
「多分そうでしょう。その男は手長という名前で、里から追い出されて、今は里人ではないそうです」
「はぐれ者か・・。それなら、御柱を越えて探りに入って来るのはじきの事だな・・。他には何か無かったか?」
「大したことではなさそうですが、近ごろ椀と箸がよく無くなると、何人もの里人が言ってました」
と、首をかしげながら都賀里が云った。
「何?! 椀と箸じゃと・・。なんじゃそれは?」
族長は手を顎に置きながら首をかしげた。
「はい、何人かが、確かにそう言ってました。外干しの椀と箸がいつの間にか無くなると・・。しかも、このところちょくちょくだそうです」
と云い終わると、都賀里は柄杓でもう一杯、水をゴクリと飲みほした。
「この時代は、此処ではまだ椀と箸は生地のままなので、濡れた物は屋外で陰干しにします。カビや汚れを防ぐためです」
と、飛が本宮と龍二のために付け加えた。
「はて、盗みの者がはぐれ者なら、それほど客が来ることもなかろうて。ましてや、よそ者が来れば、必ずや見とがめられているはずだが・・」
族長はそういうと腕組みしたまま思案にくれた。
「それは、サインじゃないのか。信号かもしれんぞ」
その時、久地があごの無精ひげをなでながら云った。
族長たちが、久地の方に納得させてほしいという目を向けた。
「そのはぐれ者の男は、椀か箸を川に流して、下にいる者に合図を送ってる。そう考えた方が妥当じゃないのか」
「うむがし、まさ目なり、久地の尊。親の手伝いをして、子供が時に手元が狂い、流してしまうことがありますが、大切な物なので追っかけて必ず拾いますぞ」
「族長、何人かの者で、その合図と進捗状況を調べてくれませんか」
「承知しました。早速里から下流の方まで探索して伊宇の様子を観てこさせましょう。久地の尊。遠慮なくさきはかりを進めてください。もたもたしてはいられませんぞ」
「はい、族長、防御の準備をしましょう」
久地が遠くに眼をやり、頷くしぐさをした。
「それじゃあ皆聞いてくれ。大柄猛、飛、於爾猛と於爾加美媛は急ぎ於宇の郷へ戻り、事の次第を郷主に伝えてくれ。そして、屈強なえだちの衛士30人を連れ帰る。志都と今佐山へは使いをだし、出羽毘売に石部の匠を10人集めるよう頼んでほしい。大柄猛、物部の匠を10人頼む、龍二君の所で作業を進める人達だ。飛び、向こうへ着いたら、海人の邑へ行って、大津辺の長の海人猛に大船に全員を乗せ待機してくれるよう話してくれ。大柄猛と共に郷主にこれら手配を頼んでほしい」
「この柵には、都賀里のもとに20人を集めましょう。どうでしょう久地の尊」
「はいお願いします。じゃあ、飛、九重雲で全員を運んでくれ。龍二君、雲まで行って後の荷を下ろして、辰に報告しておいてほしい」
「分かりました報告します。僕は関屋先生にフイゴの設計図を頼んであります」
「じゃあ皆さん雲を入れてある洞窟までまいりましょう」
「先生、船は伎麻知の津へ入れるんですか?」
「海人猛に聞いてほしいんだ。美奈里の長から聞こうと思ってる、伊宇の郷の外にある、東の大火岳の近くの比衣豆の隠れ浜、またはその近く、そこへ回せないか。あっちへ行った方が速い気がするんだ。この前船に乗った時、海路が弧を描いてるようだった」
「よく聞いてきます。分かりました、行ってきます」
族長、本宮と共に皆を見送った。
「族長、剣造りを急ぎましょう。アカガネの技もあることだし、何とかなりますよ」
「物造りはまあ・・。吾れらは戦らしい戦を知りませんぞ。たまに獣を追いかける程度ですし、どうすればいいのですか?久地の尊」
「於宇の郷のえだちの衛士、大耶於爾族、海人族などが50人以上は集まります。それに我々3人、本宮を入れて4人。辰の剣がありますから、最初は我々で充分戦えます」
「そのみはかしは凄いそうですな。八雷の光で力なす神が持つ剣とききました。心強いことです。吾れらも都賀里のもとに20人を集めます。飛の猛と龍の猛に訓練をお願いします」
「承知しました。まずは柵の護りをお願いします。その布陣で作戦を立ててください」
「分かりました。都賀里と共に立てましょう」
「それから本宮、今の内に美奈里の長さんから、東の大火岳の近くの隠れ浜の話を聞いてくれ。きっとお前の考え通りの話になりそうだ」
「黒浜と云ってたね。族長、美奈里の長さんよろしくお願いします」
つづく
和爾襲われる 33
2013-05-15 | つたへ
雲は全員を乗せると飛び立った。
飛と大柄には、必要な要員を乗せたら、早めにここへ帰還するように指示が出た。
於爾猛には、郷主にいつでも本体が出動できる態勢を整えてくれるように伝言を携えて貰った。また、於爾猛には海人猛と共に伎麻知の沖へ廻ってくれるように依頼した。
「さてと、美奈里於呂知の長、お待たせしました。話を聞かせてください。お願いします」
本宮が族長と美奈里の長に向き直って、頭を下げた。
「はい宮の尊、あれは古志の侵入があった少し前のことでした・・」
美奈里の長はおよそ次のような話を聞かせてくれた。
東の大火岳に連なる峰の一つに、長の同族の於呂知が石や木材を採り、炭を焼いて山人として暮らしているそうだ。彼らは採取した石や木材、それに炭を側に流れる川を利用して海まで運び、横根の島からやって来る海人族の和爾と物々交換をしていた。
和爾は、良質の炭やアカガネを求めてやって来る渡来人と交易をしていた。和爾は元々沖の島で採れる玉石や道具の素石の黒石を渡来人の塩と交換していた。
やがて渡来人の求める物が変化して行くのに気付いた。交易の生業から得る情報の変化には敏感だ。石や木工物から金物への変化を読み取ったのだろう。情報収集を重ねて交易品を少しずつ変化させ当りを取っていたのである。
そんな時だった、思いがけない事件が起きた。和爾が襲われた。
荷揚げの後、浜で野営をして翌朝の出発の準備をしていた。その時、不意を突かれたそうだ。相手は30人ほどの武装集団で陽が落ちるのを待って船を寄せてきた。
和爾は荷頭を入れて10人ほどであった。もとより大した武装などはしていない。於呂知との交換物資が浜に降ろされひっくり返されても、何の手出しも出来なかった。
相手は全員が小振りの剣で武装していたそうだ。
その中の首領らしき男が、荷頭に向かって鞘入りの剣を突きつけてきた。
「黒金は何所だ」
「これのことか?」と云って、荷頭は赤金を指した。
ガッツンと鞘入りの剣で肩を突かれた荷頭が後ろに倒れた。さすがの和爾達もその時は黒金の事を知らなかったのである。
荷頭が首を振っているのを見て、彼らが黒金とは何かを知らないと分かったらしい。
その時、荷頭は思い出した。首領らしき男は、数日前、沖の島で船を寄せられる浜を探していた男だと気がついた。
ー確かあの男は渡来人のソトの仲間の中にいたー
和爾達は後ろに追いやられて取り囲まれていた。男達は、炭やアカガネの籠を自分たちの船に積み込んでいる。
その時、見張りの男が呼ばれて一瞬目を離した。
和爾達はそれを見逃さなかった。一斉に浜の奥の森に向かって駆け出していた。
運よく途中で於呂知衆に発見されて和爾達は川をさかのぼり集落へ逃れることが出来た。
翌朝、於呂知衆と共に浜まで下りて行ったが、もちろん誰もいなかった。
その後である。渡来人に先導された古志の民が東の大火岳を越えて侵入してきたのは・・。
美奈里於呂知の長は、長い付き合いだと言って奪われた物を荷頭に持たせたそうだ。
そして、今日、族長や左加禰の長の話を聞いて、過日のこの事件から思うところがあった。
「エッ、炭があったのか!」思わず龍二が叫んだ。
つづく
爾田の柵のことはかり 34
2013-06-30 | つたへ
美奈里於呂知の長は更に話を続けた。
「申し遅れましたが、その山人は吾れらと同族の加母知といいます。後日のことですが、和爾の長の息子の和爾の猛多由伊があの時の礼にと加母知を訪れました。その時、加母知の長は私からの知らせで聞いてた、伊宇の郷の事の次第を和爾の猛に話したそうです。すると和爾猛は、自分たちを襲った者たちを独自に調べて、荷頭の報告の通りエダチのソトで、頭を耳長比古ということを突き止めたそうです。伊宇の郷への侵入もソトで、耳長比古ではないでしょうか」
「なるほど、そうですか。それは検討の余地がありそうですね」と久地が応えた。
「和爾猛は、大耶の郷人達が大元の神や郷主と共に伊宇の郷人を応援してることは、後に大耶の海人衆からも聞いたそうです。その話の中で大耶と伊宇の山人が同族と知り、自分たちの伝えや見聞きした事を話したそうです。礼を兼て加母知の集落を訪れてくれた事が、更に横根の海人衆に伝わる話になったようでした。此度のことと関連があるかはわからないがと言ってたそうです」
「どんな話をされてましたか?」更に久地が相槌を打ちながら促した。
それはおよそ次のような話であった。
宇伊の奥峰は、上古より更にさかのぼる神代にあって、神やあだし人が住む所であったそうな。海は今よりも近くに在り、峰々が暮らしの場でありました。しかしある時を境に西の火の岳と東の火の岳が同時に火を噴きました。火の御柱は天空に広がり、陽はその姿を隠し夜のごとき日々が続いたそうです。火の岳の祀りが三度過ぎた後に、ようやく天の陽が少し戻ってきました。現れた東西の火の大岳の形は大きく変わり、両方の峯の近くを流れる川ノ何本かはその流れを変えたり水を失って、付近の景観は一変してたそうである。ある者は海に逃れ、またある者は海辺伝いに、更に西・東・南へと移り、そこを離れていったということであった。
「左加禰の山人に山を譲って消えた民たちは、その民たちの生き残りだったんでしょうか、久地先生」
龍二の問いに、久地は腕を組んだまま黙して考え込んだ。
「この消えた民たちの事は、久地たちがここへ来たことと繋がるのかもしれないな~」と本宮が云った。
「この地一帯の混乱は火山の噴火による災害だけでなく、何か人為的な臭いがする」
「どんな臭いだ。久地」
「臭いの話はチョット後回しにして、ここで少し整理しておきたい。まず、伊宇への侵入を先導した者、古志の民を指揮していた者たちだ。次は、伎麻知の津の市で見かけた渡来人。そして今、長の話にあったエダチのソト、耳長比古を頭とする一隊だ。これらは皆同一の集団ないしは近い者たちなんだろうか。共通点が黒がねだからか? その事に引っ張られてはいないだろうか」
「久地はそれぞれが違うというのか」
「私はそれぞれの目的が違うように思えてならない。ただ黒がねに関係していることは間違いないと思うのだが・・」
「久地の尊、吾は皆同じ仲間かと思っとりました。違うのですか?」
「はい、私は少し違う気がするんです。まだハッキリとは言えませんが・・。美奈里の長、長の話の腰を折ってしまいました。すいません、続けてください。この和爾の事件から思うところがあったと仰ってましたが・・、どういうことでしょう?」
「先ほど、宮の尊がサカネとは真砂土のことだと仰ってましたね」
「はい、左加禰の長が持参した真砂土はご覧いただいた通り黒っぽい土の色でしたが、左加禰の長はこの土を水で洗うと真っ黒な砂になるとも言ってました。これこそがこの地の黒がねの素なんです」
「やはりそうですか。和爾が襲われた所は加母知が交易で使う浜で、比衣豆の隠れ浜と呼ばれている所だそうです。実はこの隠れ浜の近くに大雨の時だけ現れる水の無い川があって、その川が流れ込む先を夜が浜といって、それは不気味な所だと聞いておりました」
「どんなふうに不気味なんですかね?」
「一度、吾れが案内された時は雨が降ってまして、普段は誰も近づかないということが良くわかりました。川床も浜も両側を含めた川筋全体が真っ黒なんです」
「それで、長は黒い砂、真砂土の事に関心を持たれたんですね」
「はい、そうなんです。そこは、大火岳の奥裏を源とした川が大噴火によって上流が閉ざされたと伝わってるそうです。火山灰だと思うのですが、川床が両岸より盛り上がった水無川でした。河口付近は外海からは樹木で見えず、木々に覆われて陽が入らずで、昼なお暗き夜のように見える所でした。其処で手に取った川砂が真っ黒だったんです。火山の砂ならあんな色してません」
「その大噴火はいつの時代のことだったんだろうか? 龍二君、辰から何か聞いてないかい」
「我々が舞い降りたのがどこの時代なのか分かりませんが、関屋先生からの聞き書きによると5~7万年前のようです」
龍二はウエストポーチから取り出した小型のノートをめくりながら云った。
「左加禰の山人に山を譲って消えた民たちの時代なのだろうか? いや、もっと古いはずだ」
久地は再び考え込んだ。
その時、あおり戸の外がにわかに暗くなった。
龍二が外へ出て大声で皆に知らせた。
「早くも、雲が戻って来たようです」
飛と於爾猛が一足早く帰って来た。雲からは他に屈強な若者が10人現れた。
「戻りました。この人達は大耶於爾邑の若者です。大柄邑の匠と一鬼山は今佐山の出羽族、九鬼山は志豆の於爾加美族は大耶海人の邑に集まり、出羽玉美豊毘売と於爾加美毘売が先導して、そこから大耶海人の船で出航し伎麻知の沖へ向かいます」
「大耶郷の者達は、郷主が海人爾麻邑の宮へ招集して待機するそうです。海人猛は別船で海人衆と共に横根の沖を回り、和爾の海人衆と合流するそうです」
「ご苦労でした。それではどうでしょう、まず族長と本宮、龍二君のグループ。私と都賀里君と於爾猛、飛のグループの二手に分かれ、族長のグループは剣造りを初動させる。私のグループは伎麻知の津、夜が浜、比衣豆の隠れ浜を視察して回り、後に皆と合流する。どうでしょう、族長、本宮」
「うたた始まりますな、宮の尊」
「はい、まず左加禰に山たたらを造ります。ためしがまですが、真砂土のある左加禰に八於呂知の匠、加母知の匠も呼んでください。黒がね造りを自分達の山へ持ち帰って、たたら造りをしてもらうんです」
「うむかし。ゆくりなきまさ物のアスキ造る民となりますな~」
「はい、族長。まず、黒がねのケラ造りをしますが、必要な物は、真砂土の他は火と水と風です」
「えっ、それだけで出来るんですか?」
「はい。それから美奈里の長、加母知於呂知から炭焼きを教えてもらいたいのですが・・」
「黒がね造りに加えてもらえるんですから、喜んで教えると思います。必ず伝えます、宮の尊」
「神代の消えた民は、造ってたんだと思いますよ。和爾の猛の話の中に、最後まで残っていた民が急ぎ忽然と消えたと・・。火山の大噴火は分かりましたが、でもどうして・・」
久地がまたつぶやいた。
「久地の尊、気象条件が変わって移って行ったと伝わってると、左加禰には聞いとりますが・・きっと大噴火でしょうが」
「私にはそうは思えないんです。もっと違った事情が絡んだんじゃないかと・・。どこにも黒がね文化が受け継がれていない、断絶してるでしょう。そうは思わないか本宮。その辺も調べてみてくれないか」
「分かった、これだけ山の民が居るのに、神代といえども何か痕跡が無いか調査してみよう」
雲の中から龍二が出てきた。いつの間にか中で作業をしていたようだ。
「関屋先生からたたらとフイゴの件が届いてました。それから、何所からか信号らしきアプローチがあるそうです。追跡してるようです。先生にはこちらの状況報告を送っておきました。この辺の神代についても更に調べておいて頂けるよう依頼しました。それにしても都伊布伎って書いてありましたが、どういう意味でしょう」
そう云って龍二は数枚のメモを本宮に渡した。
「龍二君、そのツイフキとは、そのふいご、フキコのことだよ」
本宮が一枚のメモを龍二に渡した。
「これですか、この図がそうなんですね。あっ、なるほどよくわかります。まず、自然の地形を使うんですね」
「宮の尊、いま何て仰いましたか?」
「えっ、族長、ふいご、フキコですか?」
「於呂知の山にはフキコっていう神が祀られてるんです」
「えーっ、何ですって。それはどんな神ですか?」
「久地の尊、それが分からないんです。かんさびし神です・・」
「久地、私がその神も現地で調べてみる」
つづく
尊たちのことはかり 35
2013-07-21 | つたへ
「では族長、次への手順を聞いてください。 出羽玉美豊毘売一行が到着次第、族長と本宮たちの一行は共に左加禰へ出発します。左加禰と美奈里の長は山へ戻り、匠を選んで待機してください。美奈里の長は戻るときに左加禰の真砂土を少し別けてもらって持ち帰って、見本としてください」
「わかりました、久地の尊。直ちに他の於呂知の山の長に、私からまさ目を持つ匠を同行の上、左加禰に集まる事を知らせましょう」
「よろしくお願いします。族長」
「左加禰と美奈里の長よ、神たちの技をそれぞれの山に持ち帰るということだ。そこで、加母知にも加わってもらうが・・」
「はい、吾の方から使いを出します」
「於呂知の皆さんの所へは龍二君が明日雲で迎えに行く事も伝えてください」
「それなら速い。吾らも跳ぶが雲にはかなわない。龍の猛、ご苦労ですがそうしてください」
「わかりました、族長」
「族長、まず本宮と龍二君の協力で左加禰にたたら場を造ります。真砂土から黒鉄のケラ、タマハガネを造ることができるはずです。それから、ここ爾田に鍛造場を構えようと思います。そうだったな本宮。於呂知の経験を活かして鍛法を確立してください。それが郷主の願いです」
「えっ、此処で剣を造るんですか!久地の尊」
「はい、ここから先は本宮と龍二君が説明します。本宮、後は頼む」
「わかった。それでは族長、此処に於呂知の打ち場を構えたいと思っています。山は、今まで通り山人以外は近づけないようにして、真砂土の山の秘密は守れるようにします。後は、山へ集まった時に龍二君と一緒に説明しますが、神代の消えた民はあか金の精錬の時に黒ガネを発見したのではないかと思うんです」
「えっ、すごいな~、さすが本宮、そこまで研究してるのか」
「いや、これは辰の仮説だ。先ほど龍二君から渡された辰のメモの中にあったんだ。神代の民は銅を生産する過程で鉄が発生したのを認識したんじゃないかと書いてあった。そうすると、於呂知の銅生産、精錬方法が違えば鉄の伝承は無くても・・だな」
「そうか、それだと考え方が一歩前に進むな。では、族長この場をしめてください、お願いします」
「皆、尊たちのことはかりは聞いた通りだ。吾れら於呂知の力のかぎりを見せようぞ!」
「オーッ」
「では、皆さん吾れらは一足先に急ぎ戻ります」
左加禰と美奈里の長は族長たちに見送られ急ぎ自分たちの山へ戻って行った。
「さて次は私たち、都賀里君と飛の出番だ。於爾の猛、衛士の皆さんももっとこっちに来てください。事の次第は聞いての通りです。次は三つの事件を考えてみようと思います。私はこの三つが同一の者たちの仕業ないしは関連があるものとは思えないんです」
この事件は組織された戦闘集団が山海を越え、頻繁に伊宇へ進入し始めたことから始まった。伊宇への侵入を先導した者、古志の民を指揮していた者たちだ。次は、伎麻知の津の市で見かけた渡来人。そして今、美奈里の長の話にあったエダチのソト、耳長比古を頭とする一隊だ。これらは皆同一の集団ないしは近い者たちなんだろうか。共通点は確かに黒がねだ。その事に引っ張られてるように思えるから、ここではっきりとさせておかなければならないと久地は思っていた。この事件を追及していけば、我々が此処へ来ていること、この時代へ迷い込んだことがわかるような気がしてきた。何となく、本当に何となくなんだが・・。
「久地先生は、そこには深い意味があると考えてるんですね」
龍二が久地に訊ねた。
「そうだ、そのためには三つの事件の者達に直接会って質すしかないと思ってる」
「久地尊、吾れら四人だけで大丈夫ですか?」
於爾の猛が久地を見て云った。
「正体と目的が見えるまでは事を慎重に進めるが、速くその核心を掴みたい」
「わかりました。吾れらが素早く動きます」
今度は都賀里が首肯した。
「龍二君。明日の朝、君が出発する時に我々を伎麻知の津の近くまで送ってもらいたい。それと予備の剣とプロテクターがあると言ってたね」
「はい、あります」
「それを於爾の猛と都賀里君に持たせてくるれないか。用心のためだ。それから、二人に使い方を教えといてもらいたい」
「承知しました。明日の出発の件も了解です」
「さてと、都賀里君。椀と箸の事計りはどうでしたか」
「はい、ご指示の通り流してきました。箸と椀を同時です。このところ雨は降ってませんが、明日の朝頃にはつくと思います。里人が申しますには、はぐれ者の様子に動きはないそうです。また、数日前に渡来人の姿を見たと云ってるので、まだ居るはずです」
「そうですか、ご苦労でした。うまくいけば、明日の昼ごろには伎麻知の津の市で遭遇できるな」
「久地先生、直接ぶつかるんですか?」
「そうだ、飛。それしかあるまい。焚火跡で偶然見つかったと云ってた鉄センを族長から借りといてくれ」
「承知しました」
翌日の早朝、久地が広場に出ると、龍二が飛に他の装備をいろいろと説明しているところだった。
於爾の猛と都賀里が剣を着装している。昨日あれから、飛にたっぷりとふりの基本を教わったのだろう。様になっている、さすがだ。
さて、今日も忙しくなるな~と思いながら、久地は大きく伸びをした。
龍二と飛が雲の準備が終わったところへ族長と本宮も出てきた。
「久地先生、出発の準備が出来ました。私は、久地先生一行を伎麻知へ搬送してから、伎麻知沖の上空、横根島脇で出羽さん一行を待ち、全員拾ってここへ戻ります。それから族長さんと本宮先生と共に左加禰へまいります」
久地は、飛たちを先に乗せて本宮と族長に手を振った。
「久地の尊、於呂知の山々へは、吾れが同行して迎へに行きますぞ~」
族長が手を上げながら大きな声で云った。
「よろしく頼みます。では、行ってきます」
皆の見送りを受けて雲は浮き上がった。そして、一路北へ飛んだ。
つづく