[神主神気浴記]

田舎町の神職が感得したご神気の事、ご相談をいただく除災招福の霊法の事、見聞きした伝へなどを、ほぼ不定期でお話します。

神魂布瑠ノ森の冒険物語 (28~35)

2013-05-18 | つたへ
節 分
2013-02-01 | つたへ
 2月3日は節分です。翌日の4日・立春から、いよいよ新しい年が始まります。この節分は、立春の節分です。節分はもともと四季の分かれ目を意味していて、立春・立夏・立秋・立冬と年に4回あります。しかし、この立春の節分だけが暦に記載され、一年のスタートとして、私たちの習慣の中に残りました。
 立春正月、年の初めで、冬から春になるという考えから来たのでしょう。そこで2月3日、最後の日に邪気を祓って幸せを願ったのです。
 立春には、その年の明きの方、良い方角の「恵方」にある神社に参拝に行ったり、地方によっては、恵方に向かって「恵方巻き」=太巻き寿司を一気に食べる習慣もあります。要するに年のスタートの行事がいろいろと行われきたわけです。皆さんのところでは、豆まき以外にどんな節分行事があるでしょうか。

 暦に書かれている吉神・凶神の効果・禍のスタートもしかりです。
 今年の年回りは、吉凶がかなりはっきりしています。ご自分の特徴がもろに出る年ですから、攻めに入る人、守りに入る人、いずれも、そんな気分がしてくる年回りです。上手に吉運を感知してください。
 身近にある暦をひもといて、この年を布く星とご自分の星との関係を、また、ご自分の星の座す位置は?と、念頭に当たり1年の計を立てる。さらに年・月の吉方を知り、パワーアップの一助とされるのもよろしいかと思います。
 ご運を念じます。
 
 さて、いつもいつも更新が遅くなり恐縮しております。お読みいただきありがとうございます。



 
於呂知岳へ      28

 九重雲は、再びゆっくりと上昇し始めた。
 「龍二、まず北東へ舵を取って、真西に火の岳が見える所まで一気に飛んでくれ」と、飛が大柄の顔を見ながら指示を出した。
 「了解。今度は少し距離がありそうだな」と、龍二は大柄がうなずくのを横目で見ながらレバーをゆっくりと前に倒した。
 雲が走り出した。

 「於爾猛と於爾加美媛たちは一日早く出ているが、途中で追いつくかもしれない」と、大柄が云った。
 「大柄さん、徒歩だとどうやっていくんですか」
 「爾麻の大津辺から船で伎麻知の津まで海路を取る。そこから徒歩で比乃川を上る」
 「徒歩か~。結構ありそうだな~」
 「龍武、汝じも吾れたちと同じように、そろそろ歩けてよい頃だ」と、大柄が飛の方を見て、笑いながら云った。

 雲は一段とスピードを上げたようだ。地上の景色が、まるで地図の上を滑っているように次々と走り去っていく。
 やがて、左側に噴煙が立ち上る大岳が現れた。大柄が、左腕を西に向けて右腕を前方に伸ばしながら、その先にある峯を探すようなしぐさをしている。
 「この辺から速度を落としましょうか?」
 大柄が一番奥の峯を指示したところで「一旦、止まってくれ」と云った。まだ距離はあるが、大柄の右腕の先には高い峯の連なりが立ちはだかっている。
 「一番手前の峯が龍琴山、於呂知八岳の入り口だ。於呂知八族の邑々は八岳に囲まれるように点在している。直進すると於呂知族の本拠地、爾田がある」と、大柄は云いながら、今度は下をの覗いた。
 「それでは、龍武、龍琴山を右に見ながら、かすめるように北上してほしい」
 「了解」

 雲は、やや左に旋回しながら若干高度を下げて、西の火の大岳と龍琴山の間を抜けるようにして北へ進んだ。この辺り一帯は深い森だ。樹木しか見えない。
 しばらく飛んだ。大柄と龍二以外はくつろいでいる。これがドライブなら眠くなるところだと飛は思った。
 ややあって、大柄が身体を起こし、手をかざして前方を見つめた。その気配で飛が傍にやってきて手をかざした。龍二には樹木の絨毯しか見えない。
 「何か見えるのか?」と、龍二が大柄と飛に尋ねた。
 「あの辺に川筋があるのかもしれない。森がところどころ切れる」と飛が指をさしながら龍二に云った。
 やがて、ちらっとであるが、光るものが龍二にも見えてきた。
 川だ! 川筋の両側が少し開けてそれが模様のようになっている。近づくにつれ川筋がはっきりとしてきた。両岸はごつごつした岩だらけだ。あの辺は上流なのか流れが急で白く波立っているのだろう。川下を探して目をやると、かなり惰行してるように思えた。

 川の上空までくると、大柄が川に沿って下るように指示を出した。雲は大きく左に折れて川筋の通りに川下に向かってゆっくりと進んだ。
 「人がいる!」と、飛が下を指さした。一瞬であったが、影が二つ飛んだ。
 「於爾猛と於爾臥加美媛かもしれない」
 「もう少し下へ降りてみよう」
 「了解」
 雲はエレベータのようにスーッと降りて行った。
 川筋のゴツゴツした岩の両岸が少し開けてる所があり、雲はそこに浮かんだ。

 「於爾タケ、媛~」と、雲から飛び降りた大柄が森に向かって呼んだ。
 大きな岩の向こうから二つの影が立ち上がった。
 「大柄の兄貴!」と、驚いた様子の若い男が明るい場所へ躍り出てきた。
 「大柄の兄さま? どこから来たんのですか?」女の方は声だけで、日の射す明るい場所へは出てこようとはしなかった。
 「神たちと一緒に峯々を調べている。先に出立した二人を見つけたので降りてきた。於呂知の邑へ送るから乗ってくれ」大柄が、二人を手招きしている。
 「神たちの乗り物の雲とはこれか~」
 「早く来い。媛、大丈夫だ。吾れも運ばれてきたではないか」
 「兄貴がここにいるってことは大丈夫だってことだ。大元の本宮の斎庭で神たちにも会ってるし、媛、行こう!」
 「はい、わかりました」と、云って於爾加美媛はようやく明るい所へ出てきた。 
 大元の台で見たときは分からなかったが、少し小柄で、キリっとした顔立ちの俊敏な女性だ。於爾族は美人が多いと神たちは思った。

 雲は再び上昇した。新しく乗り込んだ二人は、その場にぺたりと座り込んだまま下を向いていて、両の手は固く握っている。
 大柄が、前方の見える前に来て、詳しく案内するように促している。
 それを見て、飛と龍二が軽く笑った。
 「私たちも、於呂知の族長に会って事の次第を確かめたいね。どうだろう」と、久地が勅使の二人に尋ねた。
 「私たちは構いません。神たちが一緒であれば心強い限りです」於爾猛が応えた。於爾加美媛もうなずいている。

 雲は、前方に壁のようにそそり立つ峰々の近くへ来た。
 「一番手前の山裾に大きな柱が立っています。それを見つけてください」と姫が龍二に向かって云った。
 「分かった。御柱が立っているということだね」
 「はい、それが峯入りの入口です。そこで降りて、私が木鐸を叩いて合図を送ります」と、媛がふらふらと足元がおぼつかなくも云った。
 -銅鐸じゃないんだ~と、本宮は心の中でつぶやいたー

 「そうか~、そう言う事だったのか~」と、そのとき久地がつぶやいた。

 つづく

於呂知         29
2013-02-15 | つたへ
 「そういうこととは、どういうことなんだ?」と、本宮が久地に尋ねた。
 「その柱が神社の始まり、すなわち起源ということだ。あのように神の坐す所と人の住むところの境界を表している。知っているだろうが、古い形を維持している古社は、拝殿のみでご本殿を持たない。それだ、ここの人たちは資源を内蔵する山を神として、資源を神の持ち物として仕えているのだろう」
 「なるほど、そういうことか。この時代の人々は、神とともにあった。そう理解すると一つ一つが解りやすい」と云いながら、本宮はななし山の台で黒子修造さんが一本柱の跡を見つけたことを思い起こした。神とは山河の自然であり、自然がもたらす物を活用する技も含まれていたんだ。

 雲は大木の柱の前に降りた。
 於爾加美媛が恐る恐る足を下ろして地面に降り立った。
 媛は大木の前を通って裏側に回った。
 少し間をおいてから、「カーン、カーン」と音が鳴った。乾いた音は山に木霊するように鳴り響いた。
 「音霊か、結構響くな」久地が独り言のように呟いた。
 
 しばらくすると、森の影の中に姿が現れた。男が三人だ。
 媛が中央の男に話しかけた。 
 「吾れは、於宇の郷は大知邑、志都の於爾加美とまおす。郷主の大耶武の使いでまいった。於呂知の族長を訪ねる」
 中央の男が明るい所へ出てきた。
 「よう参られた。吾れは、於呂知の爾田猛、都賀里とまおす。族長の所へあないする。媛はここへは独りで参られたのか?」
 媛が後ろを振り向くと、雲の中からぞろぞろと男が6人も出てきたので、爾田猛は一瞬たじろいて身構えた。後方にいた男たちもそれぞれ六尺棒を構えて前に進み出てきた。
 「驚かせてすまない」といって、於爾猛が媛の前に立った。
 「吾れも於宇の郷からから参った大耶邑の於爾猛とまおす。媛と共に郷主の使いとして参った」
 同時に、後方から声がした。
 「猛、爾田の都賀里! 大柄だ。こちらの4人の方は、於宇の郷に降りられた神たちである。途中で使者に割り込んだしまった。神が於呂知の山人に会いたいと申され、あないした」
 「やぁ、驚いた、大兄も一緒でしたか! よう来られました。志都と今佐山へはこちらから使いを出している。よう参られた。族長の所にあないしましょう」と、云って爾田猛、都賀里は先に立って歩き出した。

 山裾を迂回するように、左に回り込んで森の中を突き進んだ。およそ30分位進むと木槌の音が聞こえてきた。木立ちを透かして見ると、開けたところで人が作業しているのが垣間見えた。
 「峯の山裾、里側の高台に於呂知の柵を設けて、於呂知のえだち人が留まるところを造っています」
 来麻知の一件で、族長は将来に備えることを考えたようだ。
 於呂知八族の集落は、それぞれの峯の麓にあり、そこの長が治めているが、ここは八族全体の柵、すなわち砦、前線基地とでもいうべきものだろう。ここを通らなければ八岳の峰入りは不可能と云っていた。
 やがて槌音が大きくなって、目の前が開けてきた。やや不揃いではあるが杭を並べた柵で囲もうとしている。その杭を打つ音だったのだ。
 囲みの中には、同時進行の大き目の屋根を持った建物が建造中だ。柵は長径50~60m程の楕円を囲もうとしている。環濠や楼観の計画はないようだ。

 柵の入り口付近にいると、建造中の現場から一人の男が両手を広げて出てきた。
 「於爾加美媛、よう参られた! この前は郷主の所へ出仕してたらしく会えなんだ。しばらく見ないうちに美しゅうなられたのう」と、云って媛の両肩に手を置いた。
 「於爾の猛、よう参られた。大柄の猛、うむがし、うむがし」と、云って両者の手を取った。
 「神々もよう来てくだすった。大耶に坐す神々に於呂知の見登耶、ご挨拶いたします」と、云って深々とお辞儀をされた。
 
 族長の案内で進みながら媛が・・。
 「於呂知の族長の話を於宇の郷主に伝えました。宇伊への侵入にかかわりがある事と判断され、神たちが持つ強い剣作りを決心されました。このことは、また、強き鋤、鍬、斧にも使えることを神から知らされ、於宇の於爾族と宇伊の於呂知族に協力をお願いしたいと、大耶の於爾猛を使わされました」
 「まじこり、承知しました。吾が八族も於宇の郷から出た同族、共に協力してこの郷の大守りとして守ろう」と、族長が於爾の猛の手を握った。

 つづく

爾田於呂知      30
2013-02-24 | つたへ

 「それでは、これから吾が邑へご案内いたしましょう」と云って、族長は爾田の猛・都賀里に後を託して、また後から来るように指示した。
 「あれは息子です。於宇の郷主や大柄の猛大人には友としてもらってます」と云いながら神たちを先導した。

 山裾をぐるりと廻り込むと所々開けた場所に出た。稲田だ。
 「ここから奥にかけて田作りができる土地です。吾ら於呂知も山人於爾族で、その於爾族の田という意味でこの辺一帯を爾田と呼んだのが始まりです。人が生きていくには食料と水がなくてはなりません。米は一番の宝です。於宇の郷主は米作りを安定させたので皆から尊敬され、おおぐにの郷主という尊称を大元のはぶりからもらったのです」
 先ほどの御柱の場所へさしかかると、族長は同行して来た者に何やら指示を出した。
 「左加禰と美奈里の長に爾田に来てくれるよう使いを出しました。これらの邑は爾田に一番近い村です。使者や神々の話を伺ってから、後に八族の長を集めて報告し、こと議り致します」

 「それでは族長、我が乗り物の九重雲に乗ってください。一気に村へまいります」
 「えーっ、なんですとー!」
 族長も先ほど乗せた人たちと同じだった。邑の上空に着くまで動くことはなかった。ここではくどいので割愛する。

 雲は邑の中ほどの少し広い場所に降り、その雲の中から、よろよろと族長が出てきたのを見て邑の人達は驚いた。
 「つどひのひむろへ神をご案内するように。それから、長老とマブ頭につどいのにはに来てくれるよう伝えてくれ」さすが族長よろけながらも、しっかりと指示を出した。
 「まだ体がふわふわしております。あっという間にひと山越えたんですね。さすが神の乗り物」と、感嘆しきりであった。
 一行は、集会所のようなところに通された。中は大半が土間で、ムシロ状のものが所々に敷かれていた。奥の隅の方に石囲いの囲炉裏があり、細い煙が上がっている。案内してきてくれた数人の男が、あおり戸を外に向かって押し出すと、集会所の中はいっきに明るくなった。

 そこへ族長が2人の男を連れて入って来た。3人は奥の我々の前に来ると、坐して、改めて拝礼された。
 「この邑の長老とマブ頭です」と云ってから、マブ頭から数個の石を受け取り4人の前に並べた。
 「黒い石だ!」と龍二が間近に進み出て手に取った。
 「それは鉄センだろうか」と本宮が龍二に念を押した。
 「何だ鉄センとは?」と久地が聞いた。
 「私も詳しいわけではないのですが、鉄が溶けだした残りのようなものでしょうか」龍二が答えながら族長達の方を見た。
 「以前、山で煮炊きや焚火をする場所があったのですが、その場所の跡から見つかったとの事でした」と、族長はマブ頭を見ながら云った。
 「我々はそれがなんだか判りませんでしたが、火の中で変色したものなので持ち帰って長老に見てもらいました」
 「昔、山火事がありまして、大したことがなかったんで皆で後の始末をしに行ったとき、偶然見つけて持ち帰っておいたものと同じでした。我々は山の石で見慣れないものは持ち帰って取っておくという習慣がありますだ」と、長老が答えた。
 「どちらも火焚きの跡で見つかっています。それで伎麻知の津で黒い石を垣間見たときピンときました。自然の土中の石ではないと。ならば、吾が近くにも黒金はあるのでは」と、族長は神たち4人を見て云った。
 「我々は、自然と文化がまさに遭遇する場面にいる」ポツリと本宮が云った。

 鉄は強靭な道具を生み出した。その実用性は文明を変えた。農耕、漁労、狩猟、建設と、その生み出されて文化は人間の住む世界を席巻し、圧倒的な強さを発揮して他を圧倒した。身を守る武器は歴史を変えた。
 「郷主も言ってたな。鋤、鍬、斧だったな、確か」
 「そうだ久地。剣ではなかった」
 「我々の感覚では、神宝と云えば、すぐに剣を思いつくが・・。それは戦を至上としてきた文化を持つ者の宝なのだろうか。神がそのような宝を人間に与えるのかな?」
 「自らの身を守ると表現されているが・・」
 「それはずーっと後の事だろう。一番最初に、それが相手に致命的な打撃を与えた現場にいた人間に聞いてみるしかないね」
 「文明の衝突があっただろうね。きっと」

 「吾が山人は、神の持ち物を神の指し示す技を用いて、神の思いに従って表します。それが神使えです」
 一瞬、その場に沈黙が走った。

 ややあって、久地が云った。
 「私は、郷主や族長の思いに沿って行動しようと思う。我々は、ここへ舞い降りて来てしまっただけだ」
 「これから先でも、再び乗り越えなければならないだろう問題だ・・」と、本宮が応じた。
 「龍二君、君は黒金の製法をここで実験してみてくれ。飛は、都賀里君と共に怪しげな里人の動向を探り、今後の展開へのめぐりみを担当してくれ」
 「承知しました」と、二人が応じた。
  
 つづく


左加禰於呂知    31
2013-03-18 | つたへ
 龍二は、情報収集に里へ出かける二人を見送ると、黒がねの原石の発見と吹き方を考えなければならないと思った。
 ちょうどその時、そこへ美奈里於呂知と左加禰於呂知の長が駆けつけて来た。

 「美奈里と左加禰の長よ、いよいよ動き出すこととなった。よろしく頼む」族長が重々しい口調で云った。
 「族長、この前のことはかりの後、それぞれの山で赤い水・黒い水の濁り水を見つけるように指示しました。しかし、見つけられませんでした。ここに濁り水らしき流れ元の石を持参しました」
 いくつかの小石交じりの石が前に並べられた。
 「まずは龍の猛にお見せしてくれ。それに、龍の猛、これも見てください。これが爾田の山石です」と族長、長たちが石を龍二の前に並べた。
 龍二は腰のポーチから小型のルーペを取り出して石を覗きはじめた。そして、濁り水の元石を並べなおして、目視で、爾田の山石を比較してみた。
 「それぞれの石の色はちょっとずつ違いますが、ルーペで覗くと微かな鈍いオレンジ色が見て取れます。いわゆる錆色です」と龍二が云って目を離した。
 「これは美奈里の石です」
 「こっちが左加禰の石です」
 と云って、二人の長が石を爾田の山石の隣りに並べ変えた。龍二もさらにルーペを覗いていたが、鉄鉱石の見分け方に詳しいわけではない。そうと思えるものがあるだけで、石の中から選び出したものを族長と長の前に並べた。
 「これがまさ物ですか?」と族長がしげしげと覗き込んだ。
 「ほとんどが濁り水の元石ですね」と龍二が長たちに念を押すと、彼らは同時に頷いた。
 「そうなんですが、期待できるかはまだ判りません。そこで、別にした石をそれぞれ土のように細かく砕いてください。それから、泉中水の流れを幾筋か作って石別に流してみましょう。そうすれば軽いものは先の方へ流れ、重たいものはその場の底に残ります。残ったものを集めて観察しましょう」
 「なるほど!」と云って、族長はマブ頭を側に呼んですぐさま指示を出した。
 数人の男たちがマブ頭と一緒にその場を離れて行った。

 再び族長が神々に向き直って続けた。
 「来麻知で聞いた黒い川は見つかりませんでしたが、ここにおります左加禰と美奈里の長から神々にお伝えしたいことがあります」
 「どんなことでしょうか? 伺いましょう」
 と、今度は本宮が膝を進めた。
 「左加禰の長がまさ土の伝えを、美奈里の長からは東の大火岳の近くの隠れ浜、黒浜の話をお聞きください。吾れはこたびの事に繋がりがあるような気がしてなりません。ぜひ、神々に判断して頂きたいのです」
 と、族長が二人を促した。
 「では、左加禰の長から話していただきましょうか」
 と本宮が左加禰の長の方へ向き直った。

 「吾れは左加禰於呂知の長の左加禰と申します。吾れの山の一か所に山土の柔らかいのが採れる所があります。古からの伝えにより、サカネのマサ土と呼んでいます。この山の長は代々、必ずサカネを名乗るのがしきたりで、吾れも左加禰を名乗っております。山土は役に立ちませんので採ることもなく、奇しき伝えよと思っております。しかし、先住の山人の神への称え言だといわれ、約束しましたので、吾れらもしきたりを守っております。こたびの話を族長から聞いて、この土の事を思い浮かべました。というのも水に流すと底が真っ黒になるんです」
 「どんな土ですか?」
 「土と云ってもほとんど砂に近いのですが・・、ここに持ってまいりました」
 と云って、太い竹筒を族長に渡した。
 族長は受け取った竹筒の中身を、そこに広げた。まさしく、土のような、砂のような、砂岩を砕いたもののように見えた。
 「まさしくこれだ!」
 手にとって指でもんだ本宮が叫んだ。

つづく

左加禰の伝え    32
2013-03-24 | つたへ
 「もう少し詳しく話してくれませんか、左加禰さん」
 隣の龍二も膝を乗り出してきた。
 「吾れらがこの地に来たときは、先住の民がおりました。先住の民は獣採り、こちらは石採り、争うこともないので、近くに一緒に住まわせてもらっておりました。やがて、気候が変わり、その民たちは獣を追って北へ移動していきました。
 その折、不思議なことがあったと伝わっています。その民を帯同していた神が、この場所の石を守るならば、この山を譲るというのです。長は必ずそれを名乗り祀れと言い残し、何処かに去って云ったそうです。その神の一族が、古代に移ってきてここを発見したそうです。
 吾れらは元々峰に深く入り、もはらなるものを作る石を探す民で、於呂知と呼ばれております。しかし、黒石、緑石など硬いものばかりですから、やわ物には関心がありませんでした」

 「それだそれ、まさしくサカネだ!」
 本宮は独り言のように呟いた。
 「本宮、どういうことだ。さっきから」
 久地が訊ねる。
 族長をはじめ龍二達も前へ乗り出してきた。
 「渡来人は、鉄サイを探してたんだろう。鉄サイは、鉄を取り出した後の残りで黒いんだ。交易の中で古の伝えのうわさを聞きつけたに違いない。そして黒ガネを探す目的で、交易のある古志の民の一部をそそのかして侵入を試みたのだろう。しかし、鉄サイはおろかそれらしき石ころひとつ発見できなかった。という事だろう」
 「それもそのはずですね、長たちが見つけた物も小石状で、たまたま地表に露出してたのが、長い間に溶けたにすぎない。だから焚火跡で見つかったということでしょう。先刻砕いた石も結果は同じでしょう。鉄の含有量は極めて低いでしょうね」
 「では望めないのか。本宮?」
 「いや、有望だ。極めて有望なんだよ!」
 「よく分からん」
 と、久地は身を起こした。

 「あだし人の国での黒がねとは、黒鉄(くろがね)の石のことだ。しかし、ここでは石ではなかったということなんだ。まさものの土といって、真砂土のことだったんだ。辰が言ってただろう、〈サ行〉だと。ほら、サカネさんだろ。〈サ・カ・ネ〉すなわち、砂(さ)の鉄(かね)と読むべきだろう」
 本宮はそう云って皆を見回した。
 
 しばし、沈黙が走った。誰もが思いもしない言葉が出てきたからだ。
 「鍛冶の匠が言ってたのを思い出しました。元は岩だと。確か花崗岩? あっ、真砂土と書いてある」
 龍二は、取り出した小型のノートを読みながら云った。
 黒子修造さんに紹介してもらった鍛冶の匠、短期間なので技術の習得に集中して、能書きはメモっただけのようだった。
 「もうひとつ〈サ行〉があるんだが後にしよう」
 と、本宮が云ったとき、先ほど出かけて行った二人、飛と都賀里が急ぎ戻ってきた。

 二人は柄杓の水を一気に飲み干した。
 「吾れらが柵を造り始めたので、はぐれ者の男が柵に関心を持ち、しきりに嗅ぎまわってるという事でした」
 と、都賀里が里で聞いた話をした。
 「それは、吾れが来麻知で見た怪しげな里人か?」
 と、族長がただした。
 「多分そうでしょう。その男は手長という名前で、里から追い出されて、今は里人ではないそうです」
 「はぐれ者か・・。それなら、御柱を越えて探りに入って来るのはじきの事だな・・。他には何か無かったか?」
 「大したことではなさそうですが、近ごろ椀と箸がよく無くなると、何人もの里人が言ってました」
 と、首をかしげながら都賀里が云った。
 「何?! 椀と箸じゃと・・。なんじゃそれは?」
 族長は手を顎に置きながら首をかしげた。
 「はい、何人かが、確かにそう言ってました。外干しの椀と箸がいつの間にか無くなると・・。しかも、このところちょくちょくだそうです」
 と云い終わると、都賀里は柄杓でもう一杯、水をゴクリと飲みほした。
 「この時代は、此処ではまだ椀と箸は生地のままなので、濡れた物は屋外で陰干しにします。カビや汚れを防ぐためです」
 と、飛が本宮と龍二のために付け加えた。

 「はて、盗みの者がはぐれ者なら、それほど客が来ることもなかろうて。ましてや、よそ者が来れば、必ずや見とがめられているはずだが・・」
 族長はそういうと腕組みしたまま思案にくれた。
 「それは、サインじゃないのか。信号かもしれんぞ」
 その時、久地があごの無精ひげをなでながら云った。
 族長たちが、久地の方に納得させてほしいという目を向けた。
 「そのはぐれ者の男は、椀か箸を川に流して、下にいる者に合図を送ってる。そう考えた方が妥当じゃないのか」
 「うむがし、まさ目なり、久地の尊。親の手伝いをして、子供が時に手元が狂い、流してしまうことがありますが、大切な物なので追っかけて必ず拾いますぞ」
 「族長、何人かの者で、その合図と進捗状況を調べてくれませんか」
 「承知しました。早速里から下流の方まで探索して伊宇の様子を観てこさせましょう。久地の尊。遠慮なくさきはかりを進めてください。もたもたしてはいられませんぞ」
 「はい、族長、防御の準備をしましょう」
 久地が遠くに眼をやり、頷くしぐさをした。

 「それじゃあ皆聞いてくれ。大柄猛、飛、於爾猛と於爾加美媛は急ぎ於宇の郷へ戻り、事の次第を郷主に伝えてくれ。そして、屈強なえだちの衛士30人を連れ帰る。志都と今佐山へは使いをだし、出羽毘売に石部の匠を10人集めるよう頼んでほしい。大柄猛、物部の匠を10人頼む、龍二君の所で作業を進める人達だ。飛び、向こうへ着いたら、海人の邑へ行って、大津辺の長の海人猛に大船に全員を乗せ待機してくれるよう話してくれ。大柄猛と共に郷主にこれら手配を頼んでほしい」
 「この柵には、都賀里のもとに20人を集めましょう。どうでしょう久地の尊」
 「はいお願いします。じゃあ、飛、九重雲で全員を運んでくれ。龍二君、雲まで行って後の荷を下ろして、辰に報告しておいてほしい」
 「分かりました報告します。僕は関屋先生にフイゴの設計図を頼んであります」
 「じゃあ皆さん雲を入れてある洞窟までまいりましょう」
 「先生、船は伎麻知の津へ入れるんですか?」
 「海人猛に聞いてほしいんだ。美奈里の長から聞こうと思ってる、伊宇の郷の外にある、東の大火岳の近くの比衣豆の隠れ浜、またはその近く、そこへ回せないか。あっちへ行った方が速い気がするんだ。この前船に乗った時、海路が弧を描いてるようだった」
 「よく聞いてきます。分かりました、行ってきます」
 族長、本宮と共に皆を見送った。
 
 「族長、剣造りを急ぎましょう。アカガネの技もあることだし、何とかなりますよ」
 「物造りはまあ・・。吾れらは戦らしい戦を知りませんぞ。たまに獣を追いかける程度ですし、どうすればいいのですか?久地の尊」
 「於宇の郷のえだちの衛士、大耶於爾族、海人族などが50人以上は集まります。それに我々3人、本宮を入れて4人。辰の剣がありますから、最初は我々で充分戦えます」
 「そのみはかしは凄いそうですな。八雷の光で力なす神が持つ剣とききました。心強いことです。吾れらも都賀里のもとに20人を集めます。飛の猛と龍の猛に訓練をお願いします」
 「承知しました。まずは柵の護りをお願いします。その布陣で作戦を立ててください」
 「分かりました。都賀里と共に立てましょう」
 「それから本宮、今の内に美奈里の長さんから、東の大火岳の近くの隠れ浜の話を聞いてくれ。きっとお前の考え通りの話になりそうだ」
 「黒浜と云ってたね。族長、美奈里の長さんよろしくお願いします」

 つづく


和爾襲われる    33
2013-05-15 | つたへ
 雲は全員を乗せると飛び立った。
 飛と大柄には、必要な要員を乗せたら、早めにここへ帰還するように指示が出た。
 於爾猛には、郷主にいつでも本体が出動できる態勢を整えてくれるように伝言を携えて貰った。また、於爾猛には海人猛と共に伎麻知の沖へ廻ってくれるように依頼した。

 「さてと、美奈里於呂知の長、お待たせしました。話を聞かせてください。お願いします」
 本宮が族長と美奈里の長に向き直って、頭を下げた。
 「はい宮の尊、あれは古志の侵入があった少し前のことでした・・」
 美奈里の長はおよそ次のような話を聞かせてくれた。

 東の大火岳に連なる峰の一つに、長の同族の於呂知が石や木材を採り、炭を焼いて山人として暮らしているそうだ。彼らは採取した石や木材、それに炭を側に流れる川を利用して海まで運び、横根の島からやって来る海人族の和爾と物々交換をしていた。
 和爾は、良質の炭やアカガネを求めてやって来る渡来人と交易をしていた。和爾は元々沖の島で採れる玉石や道具の素石の黒石を渡来人の塩と交換していた。
 やがて渡来人の求める物が変化して行くのに気付いた。交易の生業から得る情報の変化には敏感だ。石や木工物から金物への変化を読み取ったのだろう。情報収集を重ねて交易品を少しずつ変化させ当りを取っていたのである。

 そんな時だった、思いがけない事件が起きた。和爾が襲われた。
 荷揚げの後、浜で野営をして翌朝の出発の準備をしていた。その時、不意を突かれたそうだ。相手は30人ほどの武装集団で陽が落ちるのを待って船を寄せてきた。
 和爾は荷頭を入れて10人ほどであった。もとより大した武装などはしていない。於呂知との交換物資が浜に降ろされひっくり返されても、何の手出しも出来なかった。
 相手は全員が小振りの剣で武装していたそうだ。
 その中の首領らしき男が、荷頭に向かって鞘入りの剣を突きつけてきた。
 「黒金は何所だ」
 「これのことか?」と云って、荷頭は赤金を指した。
 ガッツンと鞘入りの剣で肩を突かれた荷頭が後ろに倒れた。さすがの和爾達もその時は黒金の事を知らなかったのである。
 荷頭が首を振っているのを見て、彼らが黒金とは何かを知らないと分かったらしい。
 その時、荷頭は思い出した。首領らしき男は、数日前、沖の島で船を寄せられる浜を探していた男だと気がついた。
 ー確かあの男は渡来人のソトの仲間の中にいたー

 和爾達は後ろに追いやられて取り囲まれていた。男達は、炭やアカガネの籠を自分たちの船に積み込んでいる。
 その時、見張りの男が呼ばれて一瞬目を離した。
 和爾達はそれを見逃さなかった。一斉に浜の奥の森に向かって駆け出していた。
 運よく途中で於呂知衆に発見されて和爾達は川をさかのぼり集落へ逃れることが出来た。
 翌朝、於呂知衆と共に浜まで下りて行ったが、もちろん誰もいなかった。
 その後である。渡来人に先導された古志の民が東の大火岳を越えて侵入してきたのは・・。
 美奈里於呂知の長は、長い付き合いだと言って奪われた物を荷頭に持たせたそうだ。
 そして、今日、族長や左加禰の長の話を聞いて、過日のこの事件から思うところがあった。

 「エッ、炭があったのか!」思わず龍二が叫んだ。

 つづく
 

爾田の柵のことはかり 34

2013-06-30 | つたへ

 美奈里於呂知の長は更に話を続けた。
 「申し遅れましたが、その山人は吾れらと同族の加母知といいます。後日のことですが、和爾の長の息子の和爾の猛多由伊があの時の礼にと加母知を訪れました。その時、加母知の長は私からの知らせで聞いてた、伊宇の郷の事の次第を和爾の猛に話したそうです。すると和爾猛は、自分たちを襲った者たちを独自に調べて、荷頭の報告の通りエダチのソトで、頭を耳長比古ということを突き止めたそうです。伊宇の郷への侵入もソトで、耳長比古ではないでしょうか」
 「なるほど、そうですか。それは検討の余地がありそうですね」と久地が応えた。
 「和爾猛は、大耶の郷人達が大元の神や郷主と共に伊宇の郷人を応援してることは、後に大耶の海人衆からも聞いたそうです。その話の中で大耶と伊宇の山人が同族と知り、自分たちの伝えや見聞きした事を話したそうです。礼を兼て加母知の集落を訪れてくれた事が、更に横根の海人衆に伝わる話になったようでした。此度のことと関連があるかはわからないがと言ってたそうです」

「どんな話をされてましたか?」更に久地が相槌を打ちながら促した。
 それはおよそ次のような話であった。
 宇伊の奥峰は、上古より更にさかのぼる神代にあって、神やあだし人が住む所であったそうな。海は今よりも近くに在り、峰々が暮らしの場でありました。しかしある時を境に西の火の岳と東の火の岳が同時に火を噴きました。火の御柱は天空に広がり、陽はその姿を隠し夜のごとき日々が続いたそうです。火の岳の祀りが三度過ぎた後に、ようやく天の陽が少し戻ってきました。現れた東西の火の大岳の形は大きく変わり、両方の峯の近くを流れる川ノ何本かはその流れを変えたり水を失って、付近の景観は一変してたそうである。ある者は海に逃れ、またある者は海辺伝いに、更に西・東・南へと移り、そこを離れていったということであった。
 
 「左加禰の山人に山を譲って消えた民たちは、その民たちの生き残りだったんでしょうか、久地先生」
 龍二の問いに、久地は腕を組んだまま黙して考え込んだ。
 「この消えた民たちの事は、久地たちがここへ来たことと繋がるのかもしれないな~」と本宮が云った。
 「この地一帯の混乱は火山の噴火による災害だけでなく、何か人為的な臭いがする」
 「どんな臭いだ。久地」
 「臭いの話はチョット後回しにして、ここで少し整理しておきたい。まず、伊宇への侵入を先導した者、古志の民を指揮していた者たちだ。次は、伎麻知の津の市で見かけた渡来人。そして今、長の話にあったエダチのソト、耳長比古を頭とする一隊だ。これらは皆同一の集団ないしは近い者たちなんだろうか。共通点が黒がねだからか? その事に引っ張られてはいないだろうか」
 「久地はそれぞれが違うというのか」
 「私はそれぞれの目的が違うように思えてならない。ただ黒がねに関係していることは間違いないと思うのだが・・」
 「久地の尊、吾は皆同じ仲間かと思っとりました。違うのですか?」
 「はい、私は少し違う気がするんです。まだハッキリとは言えませんが・・。美奈里の長、長の話の腰を折ってしまいました。すいません、続けてください。この和爾の事件から思うところがあったと仰ってましたが・・、どういうことでしょう?」

 「先ほど、宮の尊がサカネとは真砂土のことだと仰ってましたね」
 「はい、左加禰の長が持参した真砂土はご覧いただいた通り黒っぽい土の色でしたが、左加禰の長はこの土を水で洗うと真っ黒な砂になるとも言ってました。これこそがこの地の黒がねの素なんです」
 「やはりそうですか。和爾が襲われた所は加母知が交易で使う浜で、比衣豆の隠れ浜と呼ばれている所だそうです。実はこの隠れ浜の近くに大雨の時だけ現れる水の無い川があって、その川が流れ込む先を夜が浜といって、それは不気味な所だと聞いておりました」
 「どんなふうに不気味なんですかね?」
 「一度、吾れが案内された時は雨が降ってまして、普段は誰も近づかないということが良くわかりました。川床も浜も両側を含めた川筋全体が真っ黒なんです」
 「それで、長は黒い砂、真砂土の事に関心を持たれたんですね」
 「はい、そうなんです。そこは、大火岳の奥裏を源とした川が大噴火によって上流が閉ざされたと伝わってるそうです。火山灰だと思うのですが、川床が両岸より盛り上がった水無川でした。河口付近は外海からは樹木で見えず、木々に覆われて陽が入らずで、昼なお暗き夜のように見える所でした。其処で手に取った川砂が真っ黒だったんです。火山の砂ならあんな色してません」
 「その大噴火はいつの時代のことだったんだろうか? 龍二君、辰から何か聞いてないかい」
 「我々が舞い降りたのがどこの時代なのか分かりませんが、関屋先生からの聞き書きによると5~7万年前のようです」
  龍二はウエストポーチから取り出した小型のノートをめくりながら云った。
 「左加禰の山人に山を譲って消えた民たちの時代なのだろうか? いや、もっと古いはずだ」
 久地は再び考え込んだ。

 その時、あおり戸の外がにわかに暗くなった。
 龍二が外へ出て大声で皆に知らせた。
 「早くも、雲が戻って来たようです」

 飛と於爾猛が一足早く帰って来た。雲からは他に屈強な若者が10人現れた。
 「戻りました。この人達は大耶於爾邑の若者です。大柄邑の匠と一鬼山は今佐山の出羽族、九鬼山は志豆の於爾加美族は大耶海人の邑に集まり、出羽玉美豊毘売と於爾加美毘売が先導して、そこから大耶海人の船で出航し伎麻知の沖へ向かいます」
 「大耶郷の者達は、郷主が海人爾麻邑の宮へ招集して待機するそうです。海人猛は別船で海人衆と共に横根の沖を回り、和爾の海人衆と合流するそうです」

 「ご苦労でした。それではどうでしょう、まず族長と本宮、龍二君のグループ。私と都賀里君と於爾猛、飛のグループの二手に分かれ、族長のグループは剣造りを初動させる。私のグループは伎麻知の津、夜が浜、比衣豆の隠れ浜を視察して回り、後に皆と合流する。どうでしょう、族長、本宮」
 「うたた始まりますな、宮の尊」
 「はい、まず左加禰に山たたらを造ります。ためしがまですが、真砂土のある左加禰に八於呂知の匠、加母知の匠も呼んでください。黒がね造りを自分達の山へ持ち帰って、たたら造りをしてもらうんです」
 「うむかし。ゆくりなきまさ物のアスキ造る民となりますな~」
 「はい、族長。まず、黒がねのケラ造りをしますが、必要な物は、真砂土の他は火と水と風です」
 「えっ、それだけで出来るんですか?」
 「はい。それから美奈里の長、加母知於呂知から炭焼きを教えてもらいたいのですが・・」
 「黒がね造りに加えてもらえるんですから、喜んで教えると思います。必ず伝えます、宮の尊」

 「神代の消えた民は、造ってたんだと思いますよ。和爾の猛の話の中に、最後まで残っていた民が急ぎ忽然と消えたと・・。火山の大噴火は分かりましたが、でもどうして・・」
 久地がまたつぶやいた。
 「久地の尊、気象条件が変わって移って行ったと伝わってると、左加禰には聞いとりますが・・きっと大噴火でしょうが」
 「私にはそうは思えないんです。もっと違った事情が絡んだんじゃないかと・・。どこにも黒がね文化が受け継がれていない、断絶してるでしょう。そうは思わないか本宮。その辺も調べてみてくれないか」
 「分かった、これだけ山の民が居るのに、神代といえども何か痕跡が無いか調査してみよう」
 
 雲の中から龍二が出てきた。いつの間にか中で作業をしていたようだ。
 「関屋先生からたたらとフイゴの件が届いてました。それから、何所からか信号らしきアプローチがあるそうです。追跡してるようです。先生にはこちらの状況報告を送っておきました。この辺の神代についても更に調べておいて頂けるよう依頼しました。それにしても都伊布伎って書いてありましたが、どういう意味でしょう」
 そう云って龍二は数枚のメモを本宮に渡した。
 「龍二君、そのツイフキとは、そのふいご、フキコのことだよ」
 本宮が一枚のメモを龍二に渡した。
 「これですか、この図がそうなんですね。あっ、なるほどよくわかります。まず、自然の地形を使うんですね」
 「宮の尊、いま何て仰いましたか?」
 「えっ、族長、ふいご、フキコですか?」
 「於呂知の山にはフキコっていう神が祀られてるんです」
 「えーっ、何ですって。それはどんな神ですか?」
 「久地の尊、それが分からないんです。かんさびし神です・・」
 「久地、私がその神も現地で調べてみる」

 つづく


尊たちのことはかり   35

2013-07-21 | つたへ

 「では族長、次への手順を聞いてください。 出羽玉美豊毘売一行が到着次第、族長と本宮たちの一行は共に左加禰へ出発します。左加禰と美奈里の長は山へ戻り、匠を選んで待機してください。美奈里の長は戻るときに左加禰の真砂土を少し別けてもらって持ち帰って、見本としてください」
 「わかりました、久地の尊。直ちに他の於呂知の山の長に、私からまさ目を持つ匠を同行の上、左加禰に集まる事を知らせましょう」
 「よろしくお願いします。族長」
 「左加禰と美奈里の長よ、神たちの技をそれぞれの山に持ち帰るということだ。そこで、加母知にも加わってもらうが・・」
 「はい、吾の方から使いを出します」
 「於呂知の皆さんの所へは龍二君が明日雲で迎えに行く事も伝えてください」
 「それなら速い。吾らも跳ぶが雲にはかなわない。龍の猛、ご苦労ですがそうしてください」
 「わかりました、族長」
 
 「族長、まず本宮と龍二君の協力で左加禰にたたら場を造ります。真砂土から黒鉄のケラ、タマハガネを造ることができるはずです。それから、ここ爾田に鍛造場を構えようと思います。そうだったな本宮。於呂知の経験を活かして鍛法を確立してください。それが郷主の願いです」
 「えっ、此処で剣を造るんですか!久地の尊」
 「はい、ここから先は本宮と龍二君が説明します。本宮、後は頼む」

 「わかった。それでは族長、此処に於呂知の打ち場を構えたいと思っています。山は、今まで通り山人以外は近づけないようにして、真砂土の山の秘密は守れるようにします。後は、山へ集まった時に龍二君と一緒に説明しますが、神代の消えた民はあか金の精錬の時に黒ガネを発見したのではないかと思うんです」
 「えっ、すごいな~、さすが本宮、そこまで研究してるのか」
 「いや、これは辰の仮説だ。先ほど龍二君から渡された辰のメモの中にあったんだ。神代の民は銅を生産する過程で鉄が発生したのを認識したんじゃないかと書いてあった。そうすると、於呂知の銅生産、精錬方法が違えば鉄の伝承は無くても・・だな」
 「そうか、それだと考え方が一歩前に進むな。では、族長この場をしめてください、お願いします」

 「皆、尊たちのことはかりは聞いた通りだ。吾れら於呂知の力のかぎりを見せようぞ!」
 「オーッ」
 「では、皆さん吾れらは一足先に急ぎ戻ります」
 左加禰と美奈里の長は族長たちに見送られ急ぎ自分たちの山へ戻って行った。

 「さて次は私たち、都賀里君と飛の出番だ。於爾の猛、衛士の皆さんももっとこっちに来てください。事の次第は聞いての通りです。次は三つの事件を考えてみようと思います。私はこの三つが同一の者たちの仕業ないしは関連があるものとは思えないんです」

 この事件は組織された戦闘集団が山海を越え、頻繁に伊宇へ進入し始めたことから始まった。伊宇への侵入を先導した者、古志の民を指揮していた者たちだ。次は、伎麻知の津の市で見かけた渡来人。そして今、美奈里の長の話にあったエダチのソト、耳長比古を頭とする一隊だ。これらは皆同一の集団ないしは近い者たちなんだろうか。共通点は確かに黒がねだ。その事に引っ張られてるように思えるから、ここではっきりとさせておかなければならないと久地は思っていた。この事件を追及していけば、我々が此処へ来ていること、この時代へ迷い込んだことがわかるような気がしてきた。何となく、本当に何となくなんだが・・。

 「久地先生は、そこには深い意味があると考えてるんですね」
 龍二が久地に訊ねた。
 「そうだ、そのためには三つの事件の者達に直接会って質すしかないと思ってる」
 「久地尊、吾れら四人だけで大丈夫ですか?」
 於爾の猛が久地を見て云った。
 「正体と目的が見えるまでは事を慎重に進めるが、速くその核心を掴みたい」
 「わかりました。吾れらが素早く動きます」
 今度は都賀里が首肯した。
 「龍二君。明日の朝、君が出発する時に我々を伎麻知の津の近くまで送ってもらいたい。それと予備の剣とプロテクターがあると言ってたね」
 「はい、あります」
 「それを於爾の猛と都賀里君に持たせてくるれないか。用心のためだ。それから、二人に使い方を教えといてもらいたい」
 「承知しました。明日の出発の件も了解です」

 「さてと、都賀里君。椀と箸の事計りはどうでしたか」
 「はい、ご指示の通り流してきました。箸と椀を同時です。このところ雨は降ってませんが、明日の朝頃にはつくと思います。里人が申しますには、はぐれ者の様子に動きはないそうです。また、数日前に渡来人の姿を見たと云ってるので、まだ居るはずです」
 「そうですか、ご苦労でした。うまくいけば、明日の昼ごろには伎麻知の津の市で遭遇できるな」
 「久地先生、直接ぶつかるんですか?」
 「そうだ、飛。それしかあるまい。焚火跡で偶然見つかったと云ってた鉄センを族長から借りといてくれ」
 「承知しました」
 

 翌日の早朝、久地が広場に出ると、龍二が飛に他の装備をいろいろと説明しているところだった。
 於爾の猛と都賀里が剣を着装している。昨日あれから、飛にたっぷりとふりの基本を教わったのだろう。様になっている、さすがだ。
 さて、今日も忙しくなるな~と思いながら、久地は大きく伸びをした。
 龍二と飛が雲の準備が終わったところへ族長と本宮も出てきた。
 「久地先生、出発の準備が出来ました。私は、久地先生一行を伎麻知へ搬送してから、伎麻知沖の上空、横根島脇で出羽さん一行を待ち、全員拾ってここへ戻ります。それから族長さんと本宮先生と共に左加禰へまいります」
 久地は、飛たちを先に乗せて本宮と族長に手を振った。
 「久地の尊、於呂知の山々へは、吾れが同行して迎へに行きますぞ~」
 族長が手を上げながら大きな声で云った。
 「よろしく頼みます。では、行ってきます」
 皆の見送りを受けて雲は浮き上がった。そして、一路北へ飛んだ。

 つづく 

神魂布瑠ノ森の冒険物語 (19~27)

2013-05-18 | つたへ
オオモトの郷へ     19
2012-08-27 | つたへ
 龍二が本宮の傍に来ると、男たちは龍二の肩の手を放した。そして、全員で二人を取り囲んだ。
 そのとき、中央で腕組みをしているリーダらしき男が一歩前に出て口を開いた。驚いたことにこちらに通じる言葉だった。

 「あれはオオモトの郷人。なじはどこの郷人か?」
 「先生、この人は言葉が解るようです」と云いながら、龍二は利き足を半歩後ろに下げて構えた。
 「我らはオオモトの神を訪ねてきた」とっさに本宮が云った。
 オオモトと聞いて男達が一瞬ざわめいた。

 「ここはオオモトの神々が坐すところであるが・・。何の用だ!」
 「我らは後の現世の国より仲間を探しに来た。行く先はオオモトの神としか分からない。手がかりを探したい。何か知っていたら教えてほしい」
 「これに乗ってきたのか?」と言って、男は九重雲を見上げた。
 「そうだ、これと同じものを見たことがあるのか?」本宮と龍二が九重雲の方へ近づくと、男たちは一斉に後ずさりした。

 「どうしたのだ?」と本宮が尋ねた。
 「輝く雲は、我らが神の御証。二人は神か?」さすがリーダーらしき男は動じなかった。
 「神ではない。君たちと同じ人だ。着てる物と履いてる物がちょっと違うが・・、似たような恰好だろう?」
 二人は関屋から支給された作務衣仕立ての上下を着てスニーカーを履いている。動きやすいようにデザインされたものだ。その下には極薄い特殊繊維でできた高機能アスリートウェア型のプロテクターを着込んでいる。

 「ちょっと中に入って荷物を取り出したい」と、龍二が身振り手振りで他の男達に話しかけながら、九重雲の中から布製のパッケージやバックパック類を外へ押し出した。それから顔だけ出して、「関谷先生に連絡を入れなければなりません」と本宮に言って、また中に消えた。龍二は先程撮っておいた写真を送るべく、端末を転送装置に接続して九重雲の外に外に出た。「直ぐに連絡が来ると思います」といいながらパッケージを開けにかかった。

 本宮がリーダー格の男に尋ねる。
 「初め、何も言わないので言葉が通じないのかと思った。我々と同じ言葉を話すのか?」
 「山の民と里の民は少し違う。以前はまったく違う言葉であったが、少しづつ部族の融和が進んで、いまは同じ言葉になりつつある」
 「君が話す言葉は、我々と同じ様だが・・」
 「わしのこの言葉は習ったものだ。元々部族は近い言葉だったので、わしは今ではかなり話せる」
 「習ったって、誰から教わったのだ?」

 「先生」、そのとき龍二が声をかけてきた。見ると、大き目の黒いバックパックを背負っている。脇にはカバーで覆われた長細いものが取り付けられていた。こちらに歩きながら、ウエストポーチが付いた幅広のベルトを腰に巻いている。
 「先生、私と同じ様に着装してください。後ほどご説明しますから」と言いながら、残りのパッケージを手際よく二つにした。
 そのとき突然、九重雲の中から「ピーピーピー」とコール音が鳴った。男たちは、また後ずさった。

 今度は本宮が九重雲の中に入った。
 「本宮だ。ここは何処なんだ?間違いないのか?」
 「送られた位置情報を解析しました。位置としては間違いありません。ただ少し時代がずれています」 辰だ。 
 「なんだって! 我々の操縦ミスか?」
 「いえ、久地先輩たちが誤ってその時代へ行ってしまったんです。時代は少し遡ってしまったようです。ですが、今回も同じ様に制御されて到達しています」
 「辰、それなら久地達と同じ時代には着てるんだな」
 「はい、そうです。紀元前10世紀ごろ、縄文末期です」

 「・・・・じゃあ、誰も何も分からないな・・」
 「そういうことです。しっかり見聞してきてください」
 「着地点は、やはりオオモトの神の聖地の台だったが、ここは巨木が生い繁る山また山、連山の中だ。本拠地はここではないらしい。少し離れた所らしいのだが・・、でも人に出会えてよかったよ」
 「わかりました。充分注意して、そこへ移動してください。九重雲を離れるとこちらと同時通話はできませんが、そちらの端末のGPS機能は働いています。OFFにしないでください。何かアプリを探します」
 「了解した」

 本宮は外に出ると、今度は端末に保存してある写真をリダー格の男に見せた。男はいぶかしげな顔をしながら覘いて、「クジノミコトとトビノタケルだ」と云った。
 さらに、本宮は自分も写ってる写真数枚をスクロールして見せながら、「我々は、この二人を探しに来たんだ。私はモトミヤヒロシ、彼はカナメリュウジという」

 「この神は、火の岳の峰に降りた神だ」と、リーダー格の男は写真を指差して云った。 
 「本当か、火の岳はこの近くか?」
 「近くではないが、この郷中にある。大岳であるが、ここからは見えない」
 「この二人の行方を知りたい」
 「わしは、オオエタケルだ。兌の四里に郷主の宮がある。そこへ案内する」と男は西の方角を指した。
  リーダー格の男は、写真にはもの凄く驚いたようであったが、久地と本宮の二人が写ってる写真と本宮本人をまじまじと見比べて、警戒心を解いたようであった。安心したのか、本拠地に案内してくれるようだ。
 「龍二君、クジとトビと云ってる。何か分かりそうだ」
 「はい、案外早く消息がつかめそうですね」
 
 本宮も出発の準備を整えた。
 リーダーの男と数人が先に立ち、本宮たちが後に続いた。残りのパッケージは他の男達が運んでくれるようだ。
 「先生、リーダーを除いて、この人達は兵ではありませんね」 龍二が小声でささやいた。
 「そうか、しかし剣のような物を持ってるよ」
 「あれは銅剣じゃないでしょうか。なんとなく持ち方もバラバラだし、先程から我々を見張るというより物珍しそうに見物してるようでしたが・・」
 「さすが剣道の有段者だね。云われて見れば剣には鞘がないね」
 「剣は重そうにみえますね」 龍二はチョッと笑って、自分のバックパックの側面の長細いケースを軽くたたいた。
 歩きながら、龍二は高校時代の日本史の教科書を思い出していた。確か銅剣はシンボルとか儀仗用とかと載ってなかったか・・。銅矛なども振り回せないと思った事を思い出していた。しかし、男たちは小柄だが屈強だ。振り回すのかもしれない。チョッと自信がなくなった。  つづく

アマノニマ邑の宮    20
 先頭を行くオオエタケルはどんどん山を下っていく。どうやら南へ降りているようだ。15分ほど降りたところに道らしきものがあった。彼は、そこで立ち止まって我々を待っていた。先程の聖地の台一帯は神々しい霞がかかっていたが、ここはすっかり晴れている。相変わらず一帯は山また山が連なっている。
 オオエは道の西の方を指して、我々を促した。しばらく行った所で、後ろの我々を振り返り、さらに後方を指した。反対側の東の方にひときわ高い山が姿を現していた。その中央の巨大な大岳からは噴煙が昇ってる。
 「あの火の岳は、オオモトの神の本宮である。クジノミコトとトビノタケルが神降りしたところだ」オオエがこちらを振り返って云った。 
 あれが久地達が降りたという火の岳か。西への道が少しずつ下っているが、まだ標高はありそうだ。
 本宮はオオエの側へと近寄って尋ねた。
 「ここはヌイの郷と云ってましたね。詳しく教えてくれませんか」
 ややあって、「天地発発のころ・・」と、オオエが歩きながら話してくれた。

 オオエの語ったところによると、天地がようやく定まったころ、この地に少人数の一つの暮らしがあった。やがて家族集団に人が加わって小さなムラとなった。
 山が多いので、近くの先住の人たちも集まり自分たちのムラを作った。小さなムラが増えたのである。しかし、人が増えた事と気候が変わったことによって食料に不足をきたすようになった。山の幸には限りがあったのである。一部の人たちは山の幸を他に求めて、この地を離れ始めた。
 丁度その頃、あの火の岳が大爆発を起こした。やがて噴火が鎮まった時、輝く雲に乗った神が火の岳の麓に降り立った。それがオオモトの神だった。
 麓は焼き払われ草木一本としてなかった。神は、そこに山の幸を植え、持っていた種を蒔いた。また、噴火の後の大雨が降るようになると、山に木を植え、堤の嵩上げをして水を防ぎ、堰を設けて水を引く事を教えた。さらに神は国づくりするために必要な人をこの地に集めた。伝え聞いた人たちや、渡来してきた人たちも近くに住み着き、ムラが増え、その技術集団ごとに邑となり、今のヌイの郷となった。

 「オオエさんはどこの邑の人ですか?」
 「ワシはオオエだ」
 「それで、オオエタケルというんですね」
 「そうだ、ワシの邑は、ここからは南の方角だ。ここでは邑々から郷主の下へ一人出るのが決まりだ」
 「郷主はなんという方ですか」
 「オオヤタケルという」
 「オオヤタケルさんはオオヤ邑の人なんですね」
 「そうだ、オオヤ邑のオオグニの人だ。郷主はオオモトの神のみ教えにしたがって、自分の住む所を恵みの多い豊かな土地にした。作物が沢山稔る収穫の多い所として、オオヤの人々はオオグニ(大国)と呼ぶようになった」
 「そうですか、立派な方なんですね」
 「そこで、このヌイを稔り豊かにしてもらうため、オオヤタケルに郷主になってもらった」
 
 いつの間には道は平坦になっていたが、まだ少し標高はあるようだ。
 道は南に迂回するようにして、更に西へ進んだ時、前方の山が切れて眼下にムラが姿を現した。
 「あれがアマニマの宮だ。郷主の居る所だ」オオエが立ち止まって指差した。
 「あそこが郷主の居る場所なんですね」
 「この地一帯はアマノニマムラという。アマ族(海人)の住むところで、海に近いのでこの地に宮を移した。アマビトたちはもっと海に近いところに住んでいる。アマビトは船を造り、船を操る」
 
 宮のある敷地の広さは、さしずめ小学校の校庭といったところか。開けた平坦な地で結構広い。環濠、城柵の類はない。遠目であるが、敷地の中には二筋の水の流れが見て取れる。
 入り口を入ったところには幾つかの建物が点在している。丸い形からすると住居なのだろうか。奥の正面には左右にひときわ大きな建物が二棟ある。床が高いから倉庫のようだ。その奥にかなり床の高い大き目の建物が見える。さらにその裏側にも建物が見える。我々が降りた聖地に在ったのと似ているように見えた。

 敷地の外側には畑らしきものが見え、その先には段々になった小さな区割りがいくつも見える。きらきら光っているところを見ると田んぼかもしれない。
 顔を上げてさらに遠くを見た。遠くの稜線の向うの隙間に青いものが見えた。
 「海だ!」 龍二が叫んだ。
 オオエに続いて、我々は一気に坂道を降りた。急に元気が出たのか、龍二はオオエのスピードに負けじと駆け下りて行った。  つづく


アマノニマ邑の宮 2  21
2012-10-01 | つたへ
 宮のあるムラの入口に着いた。オオエは中へと真っすぐに進んで行く。我々をムラの奥にある建物の方に連れて行くようだ。所々に作業をしている男たちがいる。男たちはオオエを見ると手を休めて一礼している。私たちに気付くと目を見開いて驚いた顔つきになった。

 目の前の大型の建物は高床式の長方形で、やはり倉庫だ。柱の上部にはネズミ返しがある。木材を組み上げた、いわゆるログハウスだ。違うところは窓がない。入口も小さく、長方形の短辺の方にあり斜めに板梯子が付いてて、取り外せるようになってる。村の入り口付近にあった藁ですっぽり葺かれて覆われているのとは違って、見るからに堅固だ。
 そこの前を迂回して、後ろの建物に回った。これが宮だ。建物全体は太い柱で支えられていて大きい。大床の位置は人の背よりもかなり高いところにあり、回廊となっている。入口は正面の右側で、屋根の付いた階段がある。

 我々は、階段を上って中に入った。床は板張りだ。壁も板壁、どちらも板という板は滑らかさがなくごつごつしている。入ってすぐの間仕切りの所に荷物を置くと、ひとつ先の部屋に通された。一旦オオエが席を外した。
 あおり戸から外が見える。敷地の周囲には畑があり作業している人が見える。山の上から、遠めに見えてた敷地内の水路は細いが、流れは速い。水は山から引いているのだろう。

 「ここはムラじゃないね。何か目的を持った、比較的新しい集落という感じだ」本宮が龍二に話しかけた。
 「女子供が見えません。男ばかりです。何かの集団のようですね」龍二も同じ感想を述べた。
 二人は腰を下ろした。到着した台を離れてから、ここまで短里なら7kmぐらい。普段歩きなれない本宮にとってはかなりの行程のはずだ。アウトドアが趣味の龍二が元気なのは分かるとして、本宮は、自分自身が全く疲れていないことに気付いた。本来ならへばって寝転がっていただろう。それが、この地に降り立ってから全身に力がみなぎって、何か不思議な力に支えられているようだ。この世界にワープしてくる間に、大いなる霊力が備わった気がする。
 
 そこへオオエが戻ってきた。
 「郷主はまだ戻って来てない」と云って、我々の前に座った。
 話によると、昨日には帰還する予定だったようだ。
 「クジとトビは何処にいるんですか?」本宮には二人の安否が先だった。
 「クジノミコトとトビノタケルは郷主に同行した。今ここに詳しく知ってる者が来て話をする」
 
 やがて、ゆっくりと階段を踏みしめる音がして、人が一人一礼して宮に入ってきた。
 オオエの先に坐した。オオエと同じ格好をしているが女だ。
 オオエが紹介した。
 「イズハタマミトヨヒメである。オオチの邑はイマサヤマの族長の媛である」紹介し終えると、オオエは一歩膝退した。
 「あれはイズハと申します。なじはオオモトの今宮に降り立ったと聞きました」
 「はい、久地と飛田という者を探しにやって来ました」
 「クジノミコトとトビノタケル・・、なれば、この地に使わされた神ですね」丁寧に深く一礼し直すと、ゆっくりと話し始めた。
 それにしても、イズハヒメは透きとおるような美しさだ。でも、どこか研ぎ澄まされた切れ味を感じさせられる。

 イズハヒメの云うところによると、このヌイの郷の北東に位置するところに、イウという郷がある。イウの郷はここより平地が多いので作物がよく取れる。ところが、イウの東にある東の火の大岳の、さらに北東の山海の向こうにあるコシの郷に不作が続いた。近年、気候が大きく変わって、人々が北からコシへと南下するようになり、食糧不足はさらに追い打ちをかけた。特に不作の年は山海を越えてイウの郷に進入して、農作物を盗むようになったという。

 もとよりイウの郷は豊かであったわけではない。毎年のように、川の氾濫で耕地が流され苦しんでいたが、ヌイの郷主オオヤタケルがオオモトの神の教えである治水・灌漑技術を伝え、豊かな収穫のある郷となった。そのような経緯もあり、ヌイの郷主に助けを求めてきたのであった。オオヤタケルは、コシの郷も農耕技術の向上によって作物の増産が図れるという提案を相手に伝えていた。それまでに作物を援助するというものであった。しかし、事態は違った。コシは戦闘集団を組織して山海を越え、頻繁にイウへ進入し始めていた。そこで、オオヤタケルはアマニマの船で海から直接コシへ向かったという話だ。オオヤタケルに同行する者は、クジノミコト、トビノタケル、海人のニマタケル、オオヤ邑のオニタケル他である。



 当時、オオヤタケルもムラが増え、その集団の邑が大きくなるにつけ食料が不足気味になることを郷主として憂いていた。自分一人の力で郷作りが出来るだろうか。邑作りを立派に行なってもらうにはどうしたらよいかと思案していた。するとそのとき、西の火の大岳が火柱を上げた。この地を造らしめたオオモトの神がオオヤタケルの前に現れたのである。
 オオモトの神は「七日の後、輝く七重雲に乗り神現れん。なじはその神の力を借りよ。小さな郷から大きな国造りせよ」とオオヤタケルに云って姿を消した。
 西の火の大岳の噴煙が静まりかけた七日を過ぎた日、天空の彼方から輝く雲がこちらに近づいてきた。たなびく煙の彼方に輝く七重雲が浮かんでいたのである。やがて、七重雲はゆっくりと旋回するや火の大岳の本宮に降り立った。オオヤタケルはムラの者と一緒に火の大岳に駆けつけた。
 その雲には、見慣れない衣装を身に着けた二人の者が乗っていた。
 「あれはオオモトの郷人。なじはいずれの郷人か?」オオグニタケルは二人に質した。だか、言葉が通じなかった。郷言葉は物凄いなまりの強い言葉であった。後で、そのときの印象を二人に質すと、強い東北弁のようだったと云っていた。

 側にいた長老が「この方は、オオモトの神のお告げにあった神です。ここはオオモトの神の本宮ですよ」と云った。後ろに控えていた他の者も前に進み出てきて、「それは間違いないでしょう。オオモトの神が使わされた神です」と皆に告げた。
 「今後、お前はこの神に協力してもらい、このオオヤを立派な国に作り固めなさい」と族長がタケルに告げた。オオモトの神の託宣に従い、大きな国造りする意味で、以来、ここはオオグニと呼ばれるようになったと伝え聞いた。 

 つづく

 
アマノニマの宮を後に   22
2012-11-09 | つたへ
 海人衆のムラより使いの者が来たとの知らせがあった。
 さっそく宮に上がってもらうようだ。

 上っ張りに褌の男が二人の従者をつれて上がってきた。
 「ニマの海人衆、ご苦労さまです」イズハが丁寧にねぎらいの言葉をかけた。
 「イズハ様、ヒスミの岬に烽火が上がりました。陽が傾く前に船が入ります」
 「わかりました。頃を見計らってまいります」と云ってオオエの方に顔を向けて確認した。
 「はいイズハ様、まいりましょう。モトミヤウシ、カナメウシをお連れしましょう」
 「このお二方はオオモトの今宮に降りられた神です」イズハが海人衆に説明すると、海人衆たちは本宮たちに丁寧に「お待ちしております」と云ってから宮を後にした。

 龍二は立ち上がると「ちょっと荷をほどいてきます」と云って、別室に置いてきた荷の所へ行った。バックパックや他のそれぞれのカバーを外して一つ一つ丁寧に床に並べた。その様はアウトドアグッヅのカタロクのようだった。龍二は一つ一つ身に着けた。

 龍二が戻って来て、部屋の前に立った。イズハやオオエはもとより、本宮も驚いた。
 額には鉢巻、両腕と両脚、それに胴にはプロテクター。手袋をして背には剣を背負ってるではないか。腰のベルトには何やらポーチらしきものまでついている。まさに完全装備だ。
 「龍二君、これが・・、辰が持たせてくれた荷物の中身だったのか!」
 「はい、本宮先生用もあります。久地先生や、飛の分まで持ってきました。予備としてもう二組雲の中にあります」
 と云って龍二が三組の物を前に並べた。
「荷が少し大きいなとは思ったんだが・・。それにしても、そんなものが必要になるのか?」
 「はい、他にもありますが関屋先生の予見だとこうなるのだそうです」と云って剣を振り回した。
 「今まで、僕はそんなものを振り回したことはないし、第一危ないじゃないか!?」
 「大丈夫です。どれも刃は付いてません」
 「なんだ、ただのタケミツか~」安心したのか、少しがっかりしたのか、トーンが下がった。
 「いえ、立派な武器です。スタンガンと思ってください。しかもかなり飛びます」
 「よくわからないが、辰の考えたものだから何か意味があるのだろう。それにしても、龍二君、君は似合うね~」
 「こちらへ来てからパワーが倍加しました。身体能力が数段上がったようです」
 「やはり君もか。実は僕もなんだ。ここまで、あれだけ歩いてもまったく疲れを感じないんだ」
 龍二は抜刀して剣を振り回した。剣がブンブンと音を立てている。
 「先生のは、少し幅がある直刀です。久地先生のは細身の直刀です」
 「そういえば、久地は剣の使い手で、剣の舞の名手なんだ。見たことがある、蝶のように舞ってたな~」
 「そうですか。久地先生の剣の舞、楽しみです」

 イズハとオオエが本宮の剣を代わる代わる手に取って「軽きものよ!」と、唸った。
 オオエたちの剣は重い。切るより叩く感覚だろうと龍二は思った。
 それを察してか、オオエが言った。
 「あが剣はオオモトの神から授かった神器の中にあった。それをオオチ邑のイマサヤマのイズハ族とオオヤのオニ族が中心となり同じように作ったが、戦うことがなかったので、剣は儀礼用となった」
 「授かった神器とは何ですか?」と本宮が尋ねた。
 「アスキ、クワ、ヨキとタク、ツルギ、タマ」と、オオエが答えた。
 「農具が入ってるじゃないですか。オオモトの神はおおらかな農業神なんですね。荒ぶる川を治め、農具を一変し、結果、作物が多く採れるようになったんですね」本宮が大いに関心を示した。
 「それまで農具は木と石で作ってましたが、神器はアカガネで出来ていた。ただ、アカガネの取れるマブは少ない。貴重です」とイズハが剣を本宮に返しながら云った。
 「しかし、重く、もろいんじゃないでしょうか?」と、今度は龍二がオオエを見ながら云った。
 「そうだ、しかし、木や石よりは強い」とオオエが力強く返答した。
 
 「既に、陽が真上を通りました。そろそろアマのムラへ行きます。きっと海人衆が海のタメツ物を揃えて神たちをお待ちしてるでしょう」とイズハが立ち上がった。
 「先生、タメツモノってなんでしょうか」龍二がそっと聞いてきた。
 「たぶん、海の珍味ってところかな」
 龍二の腹が鳴った。ご馳走になれるかなと、龍二は海鮮を思い浮かべた。

 
 海人衆のムラは、宮から歩いて更に西へ30分の所にあった。ここが本来のアマノニマムラだ。海の交通が重要になり、また海人衆の力を借りるため、先ほどの宮のある一帯を海人衆から借りて宮を立てた。
 ムラは斜面の中腹一帯にあり、その下方にツと呼んでいる入り江があった。
 我々一行は、村の広場の建物に入った。大体先ほどの宮と同じような造りだが、柱は細めで建物の背もひくい。
 あおり戸から外を見ると入り江がよく見える。海に向かって細長い屋根がいくつか並んでいる。何人かの男達が出たり入ったりしている。カーン、カーンと槌音も聞こえる。
 「あそこは船溜まりで、船を造っている」とオオエが教えてくれた。
 「荷船ではなく、人を運ぶ大船を造ることに決まった。トビノタケルの意見だった。必ず攻めてくると」云ったイズハの横顔が凛々しかった。

 遠くに、船がゆっくりと姿を現した。  つづく
 
ニマの大津辺       23
2012-12-03 | つたへ
 近づくと、船は想っていたよりも少し大きかった。といっても大型の遊漁船ぐらいだが・・。
 大きい方の帆が下りた。船は後方の小さな帆と惰行で、夕風を吹き払いながら滑るように大津辺に入ってきた。
 減速と同時に褌の男たちが、へ綱、とも綱を持って海に飛び込んだ。海から突き出ている杭に向かって泳いでいる。
 浜から小舟が一艘出ていく。
 何人かの男たちが海に入って浜に向かっていた。
 小舟の男が、海中を歩いている男たちに声をかけている。

 小舟には幾人かが乗り移ったようだ。
 龍二が駆けだした。飛の姿を見つけたのだ。
 「飛~!」と大声で呼んだ。
 船の男が一人立ち上がった。驚いてる様子が小舟の揺れで分かった。
 「久地~!」龍二を追ってきた本宮も久地の姿を見つけた。
 もう一人、立ち上がったので舟が大きく揺れた。
 

 「龍二、あの時、理由を言わずすまなかった」
 「久地、お前のメモを見つけるのが遅かった。すまなかった」
 それぞれが胸につかえていた思いだった。

 オオエが前に進み出て、中央の男に深く頭を下げている。
 「お伝えすることがあります」
 「・・・」男はゆっくりうなずきながら、この光景に微笑んでいた。
 その男は背が高く凛々しい。周囲を圧倒するひときわ強いオーラを放っている。
 どこかで、いや誰かに似ている気が本宮にはしていた。
 「お二方、あが郷主オオヤタケルノミコトです。郷主、このお二方は、モトミヤノミコト、カナメノミコトです。オオモトの今宮に神降りされました」
 「またもやオオモトの神が使わしてくれた。嬉しみかたじけなみ事よ。これから少し騒がしくなりそうなので、ありがたい。クジノミコト達とはカタミニ睦びあう友であるようだし、神たちの技は、あが郷民にはないものだ。心強い」と云って本宮達二人に向かって深々とお辞儀をして迎えた。
 さらに、オオヤタケルノミコトは皆に向かって、これからはミヤノミコト、リュウノタケルとお呼びする。ミコト達は積もる話もあると思うが、陽が落ちる前にイウの郷で見聞きしたことを皆に事諮る。共に集いにお出まし頂きたいと云って、再び本宮と龍二に深々とお辞儀をした。


 主だった者が海人の邑の集い所に揃った。
 大津辺の長であるアマの船主のアマノタケルが口火を切った。
 「古志の者が、東の火の大岳を越え、たむろして群れ来るはオキツミトシが目当てではない。他に目的があってのことと思える・・」
 「あれもそのように確信している。イウの郷人の衆が、侵入してきた中の幾人かが持っていた剣のことを話していた」とオニノタケルが報告した。(ーオニノタケルはオオヤのオニムラに住むオニ族の長の息子で、オオヤタケルと行動を共にする若者であるー)
 「なじもそう思ったか。あれもその話には関心がある。今し田畑の労働に勤しみ励むとき、大岳を超えて來ぬるは行き帰りでひと月は郷を空ける。事に従う手人等は十数人ではない、数十人だったと聴いた」車座の中央のオオヤタケルがそう云いながら、久地の方に向き直った。
 「剣といい、手人等の集団といい、古志の後ろには何者かがいると言わざるを得ない」と久地が応じた。
 「狙いは何かですね。今のところそれが分かりませんが、こちらが見落としてるのかもしれませんね」と飛が繋いだ。
 そのとき、後から遅れてやって着た、シヅのオニガミヒメが「郷主」とオオヤタケルに声をかけた。
 「剣の話でお話しすることがあります」と云った。
 (ーシヅのオニガミヒメ、オオチ邑はクキヤマの族長の媛。イズハ、オニノタケルと同じオニ族である。オオチ邑はオオエの遥か南、山また山の広大な地域である。西をイマサヤマの族長が治め、東をシヅのクキヤマの族長が治めている。石海のオニ族であるー)   
 
 つづく 

キマチの津        24
2012-12-04 | つたへ
 「オニガミヒメ、話してくれ」と郷主が声をかけた。
 「ニタの郷の八オニ岳の山人・オロチ族の族長から、あが邑の族長達に知らせが届いたそうです」
 
 オニガミヒメの話によると、ある日、しば刈りの形をした里人が、道に迷ったふりをしてオニ岳の麓近くにいたのを山人が見つけた。山には山の民しか峰入りは許されないので、ここまでくる里人はいないはずと思い、怪しんで問いただした。
 するとその里人の男は上目づかいに「黒光りする石を見たことはないか」と聞いてきたそうな。山人は、知らんがそんな石で何するんだと聞くと。「シラタエと交換はどうじゃ」と云ったそうな。もとより、ここは山の民以外は入れない所。麓には太い柱、御柱が標として立ってただろうと云って、越えてきた男を追い返したそうです。
 
 あの辺は特に峰々が連なり、八オニ岳は山深い所。それよりも、オオチのイマサヤマ、シヅのクキサンと並ぶ赤がね、白がねの採れるオニの隠れマブといわれた所である。

 媛は先を続けた。
 オロチの族長は、その当時すでに黒がねの存在に気づいていたが、その出来事を聞いて思うところがあり、一人を連れて自ら山を下りてキマチへ行ってみたそうです。
 キマチの津の市で渡来人を見たそうな。手に剣を持ち、腰に革袋を下げたいでたちで、髪を頭上で結っていたそうです。しきりに、市に来る人たちに黒い石を見せては訪ねまわっていた。また、火の川の水も気にしていて、事ある毎に尋ね回っていたそうです。
 族長達はしばを背負った格好をしていて「その石を何になさるんですか?」と、その男に訊ねてみた。するとその男は黙って剣を抜いて「ぬし達は見たことはないだろう」と云ったそうです。剣は白く光っていたので、これは黒がねでできたものだと族長はとっさに理解したそうです。その男が革袋から取り出した物は、黒っぽい石と鈍く輝く白い塊だったそうです。
 「なじはしばを背負っている、山へ入れるのか? こういった石を見たことはあるか」とその男が聞いてきた。族長は、しばは里山で拾うだけ、山へは近づいたこともないと答えると、男は今度は火の川の水の色なぜ赤いのかと聞いてきた。知らないと答えたが、赤いとどうなのかと逆に訊ねると、黒い石を指さして、この石が解けたときの色に似ていると云ったそうです。
 族長はピンとくるものがあったので、そっとその場を離れたが、帰路の途中で連れの山人が族長の袖を引くので物陰に隠れた。急ぎ足で来る男を見て、あの時の里人ですと云ったので、身を隠しやり過ごしてから後をつけた。すると里人は、例の渡来人のところへ近づくと物陰へ誘ってから、何やら石を差し出していたが、その石は全部捨てられていた。しかし、手先となって聞きまわっているのは間違いないようだ。族長は、その場で用心するよう八つの峰へ伝えよと指示を出した。
 族長は急ぎ山へ戻って、イマサヤマ、シヅ、オオヤのオニ族の族長とオオエの族長にも使いを出したそうです。
 
 シヅのオニガミヒメがここまで話してから「ことはかりした事を持って、長が全員で宮へ行って郷主に報告するそうです」
 「そうであるとすれば、黒がね探しと剣造りは急がねばなりませんね。この時代は食料と武器は現地調達が原則です。黒金の当りが付けば一気に入ってくるつもりでしょう。となれば、いち早く我々も着手して敵の狙いを挫くべきです。我々も黒がねの剣を持ったとなれば、かなりの抑止力になります」と本宮が云った。

 つづく

石海大元の斎庭       25
2012-12-05 | つたへ
 本宮の言葉を引き継ぐ形で、龍二が立ち上がった。
 「古志の民を指揮していた者たちが持っていた剣は、黒金の剣に間違いありません」と云いながら、龍二は背負っている剣を抜いた。
 「汝しの剣は黒金が剣か?」と郷主の大耶武命が聞いた。
 「いや、これは先の世の技で造られた剣で、刃で切らず八雷の光で力なす神が持つ剣です」と龍二は云った。
 「奇しびき剣よ」と郷主。
 
 龍二はもう二振りの剣を取り出して、一本を久地に、もう一本を飛に渡した。
 「私達の分もあるのか」
 「関屋先生が他に装備一式も用意してくれてます」
 「辰がか、あいつの予見能力は見るべきものがあるな~」と云いながら、久地は直刀の方を抜刀して剣を頭上にかざしたまま、身体をくるくると回してから剣をひらひらと手首で回転させ、あっという間に鞘に納めた。
 「久地、船だけでなく剣も作る事を考えなければなるまい」と本宮。
 「宮尊、黒金の剣は、吾が技では出来ぬ」と郷主が云った。
 「俺は簡単なものだったが、刃物を作ったことがある。やってみようじゃないか」と龍二が提案した。
 「それでは、龍猛の造る剣を鑑として、猛の導きで真さ物を大柄猛に取り組みてもらおう。黒金は今佐山の出羽玉美豊毘売、志豆の九鬼山の於爾加美毘売に、邑の石海の大耶於爾一族のあななひを乞う。また、族長たちの報告を待つ」
 「承りました」四人が口をそろえた。
 
 大耶武命は古志の郷との戦などは思いもよらなかったし、考えて見たこともなかった。遠い古に、古志の高志比古とは相生に苦労したことがあった。少年の頃であったが、友としての心が芽生えた。今でも大耶武は高志比古を友と思っている。しかし何があったのか。古志は広き郷であるが未開の地が多く、収穫は少ないようだが・・。渡来人による大きな侵入があったのだろうか?


 数日後、大元の本宮の斎庭。
 斎主は久地尊。御舎に集うは邑々の族長や長老たち。
 祭祀が終わり、左面に久地たち四名が、右面には長老族長たちが坐している。

 郷主の大耶武命が前に進み出て告げた。
 「かつて吾が郷民は、この斎庭にて大元の神の大御心を蒙り奉り、神奈備の麓をほとほとほとほとと忌斧を振るいて、おのがじし邑を起こし郷を建てた。今し、再びこの郷を領き坐す大元の神の大前に参集侍りて事の由を告げ奉り、美郷興しの事業を予ての計画に違う事無く美はしく事成し遂げ給へと、久地尊茂し矛の中取り持ちて申さく。神詳らかに聞し食して、神問はしに問はし神議りに神議りて、己がじし労き仕え奉れと、吾が郷民に事依し奉り給ふ」
 次に、大耶族の族長、遠人が立ち、石海の族長を代表して皆に命じた。
 「仁麻猛を木部に、大柄猛を物部に、直ちに匠を集めよ。出羽毘売を石部とする。大耶の於爾猛は勅使として志豆の於爾加美毘売と共に八於呂知岳の於呂知族のもとへ参れ」
 五名の者は前に進み出て坐して畏まった。

 「我々も役割を分担して担おう」と久地が云った。
 「私たち2名は後から来たので地理に疎い。久地は郷主と作戦を立ててくれ。私はその方法と手段を考える。龍二君はアウトドア関係に手馴れていて事運びのフットワークが良い。また飛君と並んで剣道の有段者で小太刀の達人だ」と本宮が応じた。
 「飛は、大学が農学部で栽培から牧畜まで知識がある。実家は造園業で、山野の樹木にも明るい。神社では森の管理を一手にやってもらってた。龍二君と共に匠たちを担当して貰おうかね、どうだろう」と久地が龍二に云った。
 「龍二は、昔から手先が器用で、地区の青少年センターで野外活動のボランティアをしていて人望も厚い。匠たちもついて来てくれるに違いない」と飛が云った。
 「わかりました。まず、資材・道具、その辺から調べます。その前に一度降りたところへ戻って、乗って来た九重雲と積んである各人の装備を点検して、関屋先生にも報告をして指示があれば聞いておきませんか?」ひと段落つくと、龍二は乗って来た九重雲が心配になってきたようだ。

 つづく


関屋辰吉との交信       26
2012-12-24 | つたへ
 雲は神の乗り物である。陽と水と風によって、白雲の向伏す限り飛翔する。
 今宮の斎庭に着地した九重雲は無事だった。
社の裏にある岩屋をガレージ代わりにしてくれていた。きっと大柄猛だ。一緒に来てくれた大柄猛が、こちらを見て微笑んでいる。
 雲は若干縮んだように見えたが、大気の下に引き出すと勢いを増してもくもくと湧き立った。
 「操船のアクシデントがあって降りる時代が違ってしまった。乗ってきた七重雲も雷に打たれて飛散してしまい悲嘆にくれたが、きっと大元の祝の長たちが何か手を打ってくれるだろうと思ってた。そうこうしてるうちに郷主の大耶武に発見されんだ・・。しかし、まさか本宮が来てくれるとは思いもよらなかったよ」と久地が云った。
 「研究所の関屋先生が、軌道を推測しながら追跡してくれたおかげで我々も飛ぶことができたんです。さあ、中へ入ってください」と龍二が手招きして皆を誘った。
 「久地、来る前に大元の一春さんに接触したんだ。だから辰から連絡がいくはずだ。それにしても一年は長かっただろう」
 「えっ!いま1年と云ったか」

 「先生方、関屋先生につながります」と龍二が、操舵室のモニターを指さした。
 「久地先生、元気でしたか」懐かしい顔がモニターに現れた。
 「関屋先生、龍二です。こちらに到着したあの後、連絡出来ずにすいませんでした。なんだかんだで3日も経ってしまいまして・・」
 「3日も、何言ってるんだ。そっちに行ったのは昨日だぞ・・」
 「久地だ、俺たちはこっちに来てから3年経ってるんだ・・。だとすると、ざっと3倍か~」
 「皆さん、夢ですよ。夢だと思ってください。夢の中でよくあるでしょう。あれと同じですよ。ところで、先生方いつそちらを発ちますか?」
 「なんだかよくわからないが、辰、いろいろありがとう。助かったよ。でも、直ぐには帰れないんだよ」
 「辰、4人共、もうしばらくこっちにいることにしたんだ。帰れば1/3だと聞いて、少し気が楽になったよ」今宮へ来る途中で4人の意見が一致したことを本宮が告げた。

 「関屋先生、お聞きの通りです。そんな訳で、フイゴの設計図がいるんです。野だたらをやるかもしれません。お願いします」
 「龍二君、そっちに行く前に刀鍛冶の所へ通ってもらったのは正解だったようだね」
 「恐れ入りました。関屋先生の予見はお見事、的中です。先生がおっしゃった通りになってきましたよ」
 「よしわかった、用意する」
 「ではこれから上空からの観察に出発します。大柄さんの故郷を迂回してから、於宇の石海は今佐山の一鬼山、志豆の九鬼山、伊宇へ回って爾多八於爾岳です。東の火の岳と呼ばれている大神山付近にも行ってみたいんですが・・、いけたら行ってみます」
 「了解した。そちらから連絡あり次第、於爾族のおよその地点をプロットしていく。あと、雷の発生時は雲を飛ばしてはだめだ。積乱雲に取り込まれて、容量がオーバーになりバラバラになる。また、剣などのバッテリーの充電は、太陽パネルだ。急速充電仕様になってる」
 「わかりました。では飛行図をお待ちしています」
 「現地では、黒子修造さんが云ってた木花をまず探してくれ。それから、赤い川、黒い川に注意してくれないか」
 「赤い川は、こちらでも於爾族の話の中に出ていました」
 「鉄だ、鉄に関係している。黒い石とは鉄せんの事ではないかな? 他に、海の向こうと交流のある海人族に出会ったら、ス行の言葉で呼ばれている場所の名を聞いておいてくれないか」
 「ス行ですね、わかりました。では、この辺でいったん通信を終わりますが、両先生に何かお伝えすることはありませんか?」
 「大学の方は、顧問の教学部長に詳細を報告しておきます」
 「辰、よろしくな~」
 「では、発進させます」
 同乗した大柄猛は正座したまま目を瞑っている。身体が浮き上がるような体感は、生れて初めてに違いない。龍二が振り向くと固く目を瞑ったままだった。

つづく


於爾峯の木花    27
2013-01-13 | つたへ
 九重雲は南西に舵を取り、本宮のある西の火の岳を左に見ながらいっきに南に飛んだ。やがて周りの山々の中でもひときわ高い山が見えてきた。石海大柄高山だ。
 「大柄さん、大柄さん。見えてきましたよ、高い山が!」
 大柄は固まっていたが、片目を開けて前方を覗くように腰を伸ばした。
 「大柄さん、あの山がそうじゃありませんか? 大柄さん大丈夫ですか。僕を信じて、こっちに来て隣に座ってください」
 大柄はそろそろと這いずって、龍二の隣に来て座った。やっと落ち着けたのか前方を食い入るように見ている。しかし、両の手のこぶしは固く握りしめたままだ。
 ようやく大柄が指で指し示した所に、丸い建物が点在する場所が見えてきた。大柄邑の集落だ。
 集落を眼下に見て、「ここが吾れの邑だ。邑の始まりは、農具を造るに適した木を求めてやって来た人々が、良い材料が多くある所だったので、ここ於宇の郷に住み着いたと伝わっている」

 後に、郷主の大耶族の族長に定住の許可を願い出ると大いに歓迎されて、於宇の郷の各族長に知らせてくれた。やがて、この邑は郷の物部として農機具はもとより、諸々の道具類、弓矢まで造るようになったそうである。郷になくてはならぬ良き物を作る匠の集団として、郷主より大柄という邑名を賜って、今日に至ってるそうであった。
 ところで、この辺一帯は「大」の字が付く呼び名が多いが、大は尊称で後の「御」に相当するらしい。大きいというより意味は深いようだ。柄は道具の柄作りの匠を表したものである。当時の農具類は完全木造で、刃物や矢じりには黒曜石が使われた。他にも一部に石が使われたが、金属の出現までは相当時間を要した。この一族は、固い木、柔らかい木、燃料用と木に精通している人たちである。なお、木部と呼ばれていた爾麻猛の海人族は造船の匠の集団でもある。こちらは巨木、大木を扱う、。後に操船技術を会得して、海人水軍がこの部族から生まれるのであった。こちらの海人族は来海を拠点として沿岸に分かれ住み、交易によって海の向こうの物、人、情報をもたらした。ちなみに、黒曜石は爾麻の海人族と同族の交易品であった。

 「そろそろ行きましょう。ここより真南へ向かいます。しばらく行くと川筋が見えて来るようです、そこが一鬼山への行程の半分らしいです」龍二が、関屋辰吉から送られてきた飛行図を見ながら大柄に確認した。
 「石海於宇南の大川です。川を越えて、そこまでの距離と同じ位また行くと、大木の森が見えて来るはずです。そこで一旦止まってください」と大柄が云った。
 しばらく行くと流れの強そうな川が眼下に入ってきた。山々の連なりは更に深くなった。こんな所までよくもまあたどり着けたものだと龍二は感心していた。
 
 やがて、雲はゆっくりと停止した。ぽっかりと浮かんでいる。
 「あの前方の山が一鬼山で、その東側一帯が今佐山です。出羽族の集落のある所です」と大柄が云った時、「花だ!山の中腹に白い花らしきものが点々と見えます」と飛が叫んだ。皆が一斉に指さす眼下を見た。白い花が点のように見え、東の方へ線となって伸びていた。
 「上からこうやって見るのは初めてですが、何なんでしょう」大柄が本宮を見て訊ねた。
 「地上からは解らないでしょうね。ここからは一目瞭然。鉱脈ですよ。鉱脈の位置の標としたのでしょう」
 龍二は黒子修造さんの山の話を思い出した。
 「そうか、なるほどね。古代の人の情報能力は勝れているな~、今佐山に坐す守神への祝詞を拝見したいものだ」と久地が感心しきっている。
 この辺一帯は、山人の於爾族の住む所で、西の一鬼山の今佐山を出羽族が、西の九鬼山の志豆を於爾加美族が守っていると大柄が説明した。

 「その志豆の集落は、あっちですか?」と飛が大柄の訊ねた。
 「さすが、飛の猛は鋭い目をお持ちですね。私には見えてるのですが・・」と大柄が答えながら、東の方を指さしている。
 「何が見えるんですか、飛さん。私には高い山が連なってるのは判るんですが・・」と本宮がしきりに目を細めて指の方向を探している。
 地上からでは、物が判別できる距離ではないが、雲の上だからこそなんだろう。
 「あっちにも、白いものが見えたんです」と大柄が云った。
 龍二が腰のポーチから小さな単眼鏡を取り出して渡してくれた。
 「本当だ!白く光ってるものが見える。しかし、それにして遠目の利く人たちだ」
 「現在の地点は、飛行図の上にプロットしました。次へ行きましょう」
 
 志豆の集落は九鬼山と云っていた。かなり早い段階で山の民の集団は、こんな奥深い所、いや、奥深いからこそ資源の鉱床があるのだろう。それにしても、どうやって探り当てたのか、と飛は想っていた。

 つづく

神魂布瑠ノ森の冒険物語 (11~18)

2013-05-18 | つたへ
沈黙の森(3)           11
2012-04-09 | つたへ
 そういえば、確かに久地の残したメモに「朔日の夜に扉が開く」とあった。とにかく『ななし山』へ行ってみよう。

 「修造さん、その場所へ行く道を教えてもらえませんか?」
 「あそこへ行きなさるかね。わしが行ったのは何年も前じゃ。山からの帰り道、あの辺で道に迷って偶然にも盆地が観えたんじゃ」
 「貴方のような山に詳しい方でも道に迷うことがあるんですか?」
 「道に迷ったと言うか、通ったことがある道だったんだが・・。迷ったんだ。見慣れた景色とは違ってたよ。てっきりお狐さんに化かされたと思ったね。一旦沢に下りて、また登ってもう直ぐ抜けるという所で、身体がふらつき景色がガラッと変わった」
 「いつもと何か変わったことは無かったんですか?」
 「久しぶりに山へ入った帰り道だったんだが、慣れた所だし何も考えてなく道を急いでたな・・。そうだ、登った所で、四方八方から空気に押されたみたいになったんだ。それで身体がふらついた・・」
 「空気に押されたんですね」 ー神社でもそうだった・・ー
 「そうだ。それで、思うように進めなくなって、後であれはお狐さんにちがいないと思ったんだ。思い出したよ」
 「何処から山に入るのかだけでも教えてください」
 「失礼だが、お見かけしたところ先生お一人では無理です。いいでしょう。私がご一緒しましょう。当時のこともそのままだし、私ももう一度確かめたくなりました」 修造は、笑っていたが目は輝いていた。
 「おじさん俺も行くわ」 龍二君が言った。
 「そうか、龍二さんはアウトドアちゅうのが大好き人間だったね。じゃあ3人で行くか」

 農作業も一段落してるということで、明日早朝出発することになった。
 「ここへ明朝5時に集合してください」
 「わかりました」
 修造さんによると、こちら側に一番近い西側には、昔木材を上から落として、それを馬に引かせた窪みのような当時の道らしきものがあったようだが、両側の壁面は磐で進めないらしい。北か、反対側の東へ回り込むとのことであった。大きな山ではないので、充分日帰りできるとのことである。


 朝4時半にかなめ屋を出発した。女将さんが握り飯弁当を三つ持たせてくれた。途中で修造さんを乗せて、龍二君が運転するワゴン車は、一路ななし山の北側に一番近い所へと向かった。
 
 道路から少し入った空き地に車を止めた。
 修造さんは腰に山刀を下げ、刺子の鞄を斜め掛けにしていた。脚もとはゲートルに地下足袋だ。キマッテル、渋いなーと龍二君が呟いていた。
 「北側から西に廻り込むように登って行きます。道はそれほどきつくはありません」 修造さんは長めの杖で方角を指してから歩き始めた。我々二人はウォキングポールを突きながら後に従った。私の装備は全て龍二君からの借り物である。
 3人は、スイッチバックを繰り返しながら徐々に西側へと廻り込んで行った。一時間ぐらい登ったところに踊り場のような場所があり、そこで修造さんが止まった。修造さんは、我々が登ってきた方向とは反対側の下を杖で指して言った。
 「周りの木や景色にとらわれず、眼を細めてこの杖の先を眼で追ってご覧なさい」
 「私には木ばっかりしか観えませんが・・」
 「あれ、下の方向へ空間が伸びてる感じがする」と龍二君が言った。
 「そう、少しの幅だが太めの木がない」と修造さんが言う。
 「どういうことですか?」
 「あっちから上がってくる山路があったということです。以前、私が来たときはこの辺から西へ廻り込んだはずなんです。しかし、気がつくとまた同じ所へ立ってたんです。それがこの場所です」

 ここは丁度我々が登ってきたところの北側の中腹にあたる。下から西に廻り込んで登ってきても何度かスイッチバックを繰り返しているうちに北側にきてしまう。
 「ここに戻ってきてたときはお狐さんに惑わされたと思いました。しかし、今考えるとこの場所を避けさせられたのかもしれません。登ったり下ったりの途中でチラッと盆地が見えた気がしたんです」
 「するとこの北側の周辺に何かありますね」
 「先生、なんだったか分かりますか?」 修造さんは周りを見回しながら聞いてきた。
 「チョッと心当たりがあります。ではどうでしょう、この北側から登るというのは」
 「はい、私もそう思います」
 3人は再びスイッチバックを繰り返しながらゆっくりと登って行った。

 「修造さん、先ほどの山路の跡らしき所ですが、やはりプロの目ですか?」 ゆっくりと歩を進めながら聞いてみた。
 「いや、家は爺さんの代で終わってます。親父の時に百姓になりました。冬場、農閑期に少し山に入った程度でしたよ」
 「そうでしたか」
 「子供の頃に一緒に山へ連れてってもらい、自然に覚えたんですよ」
 「DNAですかね?」
 「どうですか、でも山は好きですよ。木を読むのは、昔、木地屋のオヤジさんの言葉からです」
 「木地屋? 良材を求めて山から山へと渡り歩いた人達ですね」
 「そうです。木地師とも言いますね」
 「そうだそうですね。聞いたことがあります」
 「山で木を読むといいますか、木に尋ねるんでしょうかね。昔のことですが、木地屋のオヤジさんと山師のオヤジさんの話を側で聞いたことがあります」
 「面白そうですね。どんなお話なんでしょう」
 「自然に出来た山と人の手が加わった山の違いというような話でした」
 「俺も修造さんからこういう話をよく聴いてアウトドアに興味を持ったんです」 後ろから龍二君が言葉を挟んだ。
 「整然と並んだ杉や桧の植林は判りますが・・」
 「人の手が加わったというのはそういうことではありません。山師は山へ入って鉱脈を探します。そのポイントや脈筋に、人知れず目印の木を植えることがあるんだそうです。しかもそこに在って自然というものだそうです」
 「ほんとですか?」
 「自分が聴いた話です」

 ようやく上に出た。木の繁みや薮をかき分けて、少し見渡せるところまでと思って進んだが繁みしか見えない。
 「ここはこれ以上前に進めませんね。右の方へ左回りをすれば西側に出られるはずです」 修造さんがまた前に出て再び歩き出した。
 左回りに歩き始めると、なんとなく空気がピンと張り詰めた気がした。
 「先生、先に進みますが大丈夫ですか?」私が首を傾げるのを見て修造さんが言った。
 「大丈夫です」と答えて、後ろの龍二君を見た。彼はしきりに手に持った磁石を振っていた。
 さらに進んだとき、キュンと身が引き締まった感じがした。
 そうだ、あのとき社の工事現場で感じたエネルギーと一緒だ!
 そのとき、修造さんが止まった。

 「先生、右手の繁みの間から覗いてみてください。ただし前へキッチリ三歩までです」
 繁みをかき分け、恐る恐る覗いた。「アッ、はるか真正面に神社の屋根が見える」
 後ずさりして戻った私に「先生はここにいてください。私と龍二さんとで降り口になるようなところを探しますから」
 二人は5~6m先で高めの木を選んで何事かを話している。やがて、龍二さんが裸足になって木に登りはじめた。下からは修造さんが杖を振って合図を送っている。やがて、修造さんがうなづくと、龍二君がニコニコして降りてきた。
 「また、勉強になっちゃった」と、どや顔で言った。
 「龍二さんが降り口を見つけてくれたようです」と修造さんが私を手招きした。

 先ほど登った木からさらに5~6m先の繁みに降り口は隠れていた。修造さんを先頭に私と龍二君の順で続いた。どうやら道らしきものは九十九折になってるようだ。少し行くと全容が見渡せた。底が平らかなすり鉢状の、競技場を思わせる姿がうかがい知れた。
 一旦下へ降りきってから北側へ回ると、そこだけ一段と高い台地になってる所があった。
 「あそこに登ればもっと良く観えるかもしれませんね」 修造さんが杖で指した方向に上部が平らだと思える場所がある。
 正面に回ってみると急な坂になっていた。少しはなれた場所を小枝につかまりながら上へと登った。
 やはり上部は平らだった。
 そこで三人はよろけた。(つづく)


沈黙の森(4)           12
2012-04-23 | つたへ
 台地の中央の方へ進もうとしたとき、一瞬のことであったが三人共空気に持ち上げられたようになった。時折グラリと身体が傾き足もとがおぼつかない。何だか変だ。まるで磁石の反発のようだ。
 「ひとまず端の方へ行きましょう」 
 何か分からないまでも、三人共中心部を避けた。しかし、少しその場で足踏みをしているうちにバランスが取れてきた。
 そこで、「修造さん、龍二君、三人でこの場所を探索しましょう」
 三人は各人で調べ始めた。

 ややあって、修造さんが私を手招きした。
 「ここから下を見てください。一面、草木に覆われてますが、間違いなくここには人の居た形跡があります。昔の遺跡なんてものではありません。そんなに古くはない屋敷跡です。それに、この前方にある坂ですが、あれはここに登ってくる階段だったはずです」 真下の方を指差して言った。先ほどの急坂だ。

 今度は龍二君が後ろの方で私達を呼んだ。
 「先生、これは何かの穴の跡でしょうか?」と地面を指していた。
 「間違いないね。龍二君、少し離れてた所もそうかもしれませんね」
 「一つ、二ッつ・・。九つもあります。タテに3列、ヨコも3列です、先生」
 「こっちにも一つある」修造さんが少し離れた場所の草をかき分けている。
 杖をあてがって穴の大きさを測ってから、こちらにやって来た。しゃがんで、9個の穴と比較していたが「真ん中のとほぼ同じ位ですね」と私の方を振り返った。

 「この場所は『うてな』高殿ということでしょうか。この様子から察するとここに『御座』があった・・。そして、このみくらに結界が張られていて、この場を人の目から遮断して守っていた・・」 慎重に言葉を選びながらこう推察した。
 「なるほど、私が、かつてこの盆地が見えそうな所へさしかかったときに・・」
 「この場所は結界の持つ力で守られていたと考えてはどうでしょう」
 「そうですか、そんなら納得です。足を踏み外したり、怪我することもなかったですから。今も気分は悪くはないですしね。ここは聖地なんでしょうかね」
 「この9個の穴は柱の跡で、真ん中が『心御柱』宇豆柱です。これは神代からの社の形をしていたのでしょう。あちらの柱跡は神柱ではないかと思われます」
 「そうですか、ここは神聖な場所なんですね。むやみに足を踏み入れるなと・・」修造さんは納得していた。

 久地が残したメモの中味が本宮の頭の中で少しづつ繋がりかけていた。修造さんによると、ここの下には大屋敷が1軒。それより小さめの屋敷が2軒あったと思える。また東西に直線の道があり、我々が降りてきた所に繋がってると言っている。眼が慣れてくるにしたがって彼にはここの姿が見えてきてるのだろう。

 「先生、するとここには何人かの人が住んでいたか滞在ししてたということですか・・」龍二君がぐるりと見回しながら、そう言った。
 「久地のメモから察すると、ここにはある高位の方が居たのではないかと思います。何か事情があってここに来た。そう、修造さんが言っていたように、そう昔ではないのでしょう。ここの様子から見ると社も神代からの古い様式を調えています。一時遷座したのなら祝の長と思われます」
 「祝といいますと?」
 「はぶりとは、祭祀を司る人達とでも言いましょうか、適切な言葉を知らないもので・・」
 「なんでここに?」
 「まだ憶測の域を出てませんが、何らかの理由があって、神代よりこの地へタイムスリップして来た・・と・・、が、まだ久地のメモを全部理解できてはいません。今日、この場所へ来て検証して、このように解釈したんですが・・」
 「ええっ!タイムスリップ?何ですか、それは?」修道さんの眉間のしわが深くなった。
 「時空を越えるですよね、先生。おじさん、神代から現代へ飛んで来たんですよ。SFの世界だ!」と自分では言いながらもいまひとつ判然としない顔をしている。
 修造さんはといえば目をパチクリしている。
 断言の出来ない歯切れの悪い説明になってしまった。

 「この台と神社の御阿礼所が結界線で結ばれている。その線上にあるのがここにあった社と望月の社。メモには望月ではなく大元社が正しいとあります。今日、ここへ来るまでは久地のメモを信じられなかったのですが、これでメモの内容はほぼ信じるに足るもののようです」と私は二人に告げた。
 久地は間違いなく神代へ行ったのだろう。では、何故帰ってこない・・。それとも帰れないのか・・? 私は心の中で自問自答していた。

 「修造さん龍二君、ここはこのぐらいにしてひとまず戻りましょう」
 「わかりました。弁当もまだ食べていません。ちょっと我が家に寄ってってください」
 そういえば昼飯を食べるのも忘れていた。急にお腹が空いてきた。

 3人は西側の登り口まで戻った。九十九折の坂ノ下、すなわちここの入り口、その両側にも確かに石が置かれている。石と石との幅からいって鳥居のようなものの間隔にみえる。
 上に登ってから、もう一度、はるかに見える神社の方角を確認しておいた。間違いなく西側の屋根だ。千木が光って見える。東西の一直線だ。
 空気の縛りは強めになったり弱まったりをゆっくりと繰り返していた。(つづく)


ほうしょう(1)           13
2012-04-30 | つたへ
 ななし山からの帰りの車中。龍二君がメモにはどんな事が書いてあるのかと聞いてきた。
 「久地のメモの1枚目は、ななし山の隠れ里へ行ったこと。2枚目は、そこに居た人達の事。3枚目は、飛さんとやらと二人であっちに行ってくるという事が書いてあります」
 「先生、行ってくるということは旅行気分ですよね?」と龍二君。
 修造さんが「じゃあ、何かの事情で帰ってこれなくなったんですかねー?」
 「・・。修造さん、神社で作業していた人達に聞いたんですけど、この辺は雷が多いんだそうですね?」
 「雷銀座と言ってもいいでしょう。雷の神さんを祀ってる神社がとっても多い所ですから」
 「南の暖かい気流と、北からの寒い気流とが、丁度この辺でぶつかるんだと・・」龍二君は学校で教わったそうである。
 「山火事なども多いんでしょうね」
 「それが、直撃されても大きな火事になることは滅多にありません」
 「私は、落ちれば直ぐに火災と思ってましたが・・」
 「ええ、よその方は皆さんそう思うらしいんですね。ところがこっちでは、田んぼに雨をもたらしてくださる龍神さんのお出ましで、火ではなく水の神さんです」

 ー久地達が帰ってこないのは、社が壊れてしまった単なる事故とも考えられるな・・ー


 かなめ屋の女将さんが持たせてくれたむずび弁当と、修造さん家の漬物で遅い昼食が始まった。
 「話は変わりますが、あそこの神社の巫女さんをご存知の知り合いはいませんかね」と隆二君に尋ねた。
 すると、龍二君が修造さんを見た。
 「私の姪がおおさきさまの巫女をしとりますが」
 「ええっ!・・。ほんとですか」 あまりの偶然に、ご飯粒が喉に詰まって咽た。
 「私の妹の娘です。短大を出て佐比売神社で三年、巫女の修行をしまして、今はおおきさまで巫女をさせて頂いとります」
 「西城真理子さんといって巫女舞の名手なんですって。お袋がそう言ってましたよ、先生」と龍二君が教えてくれた。
 そういえば、一昨日神社を訪れたとき札所に綺麗な巫女さんがいたな、その人かな・・などと思い出しながら、修造さんに聞いてみた。
 「その方にお会いする事はできませんか?」
 「先生、神社へ行けば直ぐにでも会えますよ」と龍二君が言うのを修造さんが制して、  「かしこまりました。伝えまして、先生にご連絡いたします」
 「すいません。ありがとうございます」
 「場所は我が家の方がよろしいんでしょうね」
 「はい、お察しのとおりです。改めて龍二君と伺います」といって龍二君を見ると、指でOKサインを作っていた。

 我々二人は、修造さんに礼を述べてかなめ屋へ戻る事にした。修造さんのことだおっつけ連絡が入るだろう。少し頭の中を整理したい。

 

 かなめ屋の風呂は温泉だ。大湯につかってると自然に頭の中に浮かんできたものがある。メモにあった一文だ、「『ほうしょう』を見てくれ」
 神社へ行って騒ぎになってもいけない。修造さんも、そこを察してくれた。その外の事も巫女さんに会えば判るような・・、なんとなくそんな気がしてきた。
 午後の湯もいいものだ・・。
 しばし眼を瞑ると、ここで寝てしまいそうになった。 (つづく)

ほうしょう(2)           14
2012-05-13 | つたへ
 昨夜のうちに修造さんから連絡があった。
 今日の午後、姪ごさんが丁度休みで修造さんの家に来てくれるということだった。そこで、約束の時間30分前にはかなめ屋を出発することにしましょう、と隆二君に頼んでおいた。

 それまで、もう少し昨夜の続きのまとめをしておこう。
 3枚のメモのおよその事は判った。しかし、3枚目のメモには何処からどうやって時空を越えたのかは書いてなかった。本当に時空を越えたんだろうか? 越えたとしたらどんなタイムマシンを使ったのか? これはまるで空想科学小説ではないか。
 神社の鎮守の森での出来事とななし山での出来事。いずれも気のパワーというのかエネルギーを身体に感じたという証拠はある。ワープする方法があるとすればどうやって?
 久地達は直ぐに帰ってくるつもりだったから、行き方などは書く必要を感じなかったのだろうか。こんな事は、自分達以外は信じる者は誰もいないと思ったに違いない。

 神社の御神域は、並々ならぬ力を秘めた「場」であるというが、現実に本宮にも判りかけてきた。
 氏子さんを初め崇敬者の方達の気力が大きなエネルギーとして蓄積される。祭りの一瞬のエネルギーがそうだ。静寂と熱気。この混沌の狭間に何かがあるのかもしれない。神代より続く祀りに、その方法があっても不思議はないと今は思えるようになった。久地はそれを見つけたのだろうか。

 ーまた、『ほうしょう』とは何か?ー おおごとにはしたくないので、まず修造さんの親戚の巫女さんに会って聞いてみよう。久地達も秘密裏に消えたので、他には誰も知らないことなのだから・・。

 
 龍二君のワゴン車は約束の時間5分前に着いた。
 修造さんが庭先に出てきた。一緒に出てきた人が親戚の巫女さんだろう。髪の長い女性だ。
 互いに挨拶を済ませると、「さあさあ入ってください」と修造さんが言いながら姪ごさんを促した。
 「どうぞこちらから」と玄関へ案内された。
 誰か先客があるのか、雪駄が一足こちらを向いて揃えられていた。

 通された客間の敷居近くに一人の男が座していた。
 お茶を運んできた姪ごさんが座して「私が修造の姪の西城真理子です」 丁寧に挨拶された。
 次に年配の男が、向上を述べるがごとく挨拶した。
 「大元伊頭と申します。お目にかかれる日を首を長くしてお待ちしておりました」

 「大元さんが、ある日神社の外で私に声をかけてこられて、本宮比呂志さんという方が訪ねてこられたら、連絡を貰いたいとおっしゃって・・」
 「私にですか?」
 「久地幸村様の事でお話が・・」
 「久地ぃー!」
 「昨日、伯父から本宮さんのお名前を耳にして、びっくりして大元さんにご連絡を差し上げました。一応伯父には相談しましたが・・」
 「勝手に押しかけまして、ご無礼致しております」と修造さんと私に丁寧に詫びた。
 「久地が私に何と?」
 「神代へ行ってくる。もし、自分が帰らないとき本宮が来たら、彼に手を貸してくれと・・」

 「私の方は・・」といって真理子さんが布に包んだものを膝の前に置いて広げた。丸まった白い和紙だ。、
 「何ですか、それは?」
 「『ほうしょう』です。久地さんから言付かった物です」
 「えーっ!これがほうしょう・・?」
 「なくさないで、本宮が来たら渡してくれとおっしゃいました」
 「何ですか、それは?」
 「巫女が髪を後ろで束ねる時の飾りです」 といってそれを後ろの髪に当てて見せてくれた。
 「なるほど、見たことがあります。綺麗な飾り物が乗っていたり、神符が乗ってるのも見たことがあります」 そうか、それで彼女は髪を下ろしたままだったんだ。

 「巫女舞の時は飾りを着けますが、普段は水引きか麻で結ぶだけです」といって本宮の前に差し出した。
 封筒ぐらいの長さの白い和紙が、髪に結ばれていたのだろう、丸まっていた。
 「毎朝髪に巻きつけて麻で結んでを繰り返します。上手く扱えるようになれば、そこそこもちますが、私は1週間に1度は替えています」といってほほ笑んだ。
 
 真理子さんによると、久地の伝言の言い方からして、一週間ぐらい程度のようだった。そこで、髪に巻いておけば直ぐに渡せると考えていたようである。だとすれば、万が一長くなっても・・、そのくらいの留守のつもりだったのだろう。
 ちなみに、この和紙は奉書であるという。だから、ほうしょうと呼んでいるのかもしれない。各社の故実によっていろいろな呼び名があるのだろう。
 それを広げると、そこには何やら呪文のようなものが書かれていた。

 ひとまずそれは後回しにして、私は大元伊頭の方へ向きを変えた。
 「さて、大元さん。大元さんは何処で久地に会われたのですか」
 「ななし山です」
 「そのとき、貴方も同席されていたんですね?」
 「はい、私は大元の下館と申しまして祝ではありません。世話係とでも申しましょうか、代々後取がお役目です。あの時も祝達が元に帰った後、私はあそこの始末を致しまして、自分の住まいに戻りました。しかし、その後でまさか神社の境内にある社が壊れようとは・・」と、そこで絶句した。
 「その社は、今では望月の社と言われてるようですが、久地のメモには大元の社と書いてありますが・・」
 「はい、朔の夜の祀りが、いつ何処でどう変わったのか望の夜の拝礼になっております。そのいきさつは私にも判りません」
 「いったいあの境内社は何なんですか?」
 「はい、あそこが神代への出入り口です。久地様に万に一つの事あらば、この事を本宮様にお伝えしてくれと言われております」

 本宮は鎮守の森での出来事を思い出していた。自然と話が繋がってきたではないか。でも信じていいものかどうか・・。
 「久地達があの社から神代へ行ったのは間違いのない事のようですが、それ以外はありませんか?」
 「はい、後は若干の段取りがあるだけです。私は社の中へ入った事はありませんが、聴いている範囲ではお答えします」
 「わかりました。ありがとうございます」といって、私は腕組みするばかりであった。

 「どうすればいいんですかね・・」 龍二君が天井を見つめた。
 「今の話を伺ってますと、社が再建されれば帰ってこれるということですかね・・」修造さんは皆を見回しながら言った。
 「それじゃ、もう少し待ってみますか。久地達はその辺まで帰って来てるのかもしれませんね」と私が急に懐疑的な意見を言うと、「そんなことでいいんですか、先生」龍二君もそうは言ったものの言葉は続かなかった。

 「先生、社の遷座祭が明日行なわれます」と真理子さんが教えてくれた。
 「それで神さんがお戻りになられるわけだから、お社は完全に復活だろうね」と修造さんが真理子さんに念を押した。
 「龍二君、今はこれ以上進めようがないよ。理由が判ったことだし、一旦はこれで解散しましょう。それで、帰ってくるかこないか様子を見ることにしませんか」
 龍二君は不満げであったが、納得せざるを得なかったので承知してくれた。
 
 「ただ、大元さん、もう一つ伺っておきたいんですが」
 「はい、何でしょう。私でお答えできることでしたら何でもお話します」
 「久地達は、社の中から向う側へ行く方法を探りあてた。一旦は向うへ行ったものの、一度戻ってきたんでしたね」
 「はい、密かに出入りする者を見て取って、あの社がこの現世からの出入り口である事を突き止め、私どもの存在もお知りになったわけです」
 「なら、独力で帰ってこれるんですよね。向こう側で、何を見たとか言ってませんでしたか。どうやって、往復できたのかとか・・」
 「はい、先ほど申し上げましたように私は向こう側へ行ったことがありませんので、この眼で見たわけではありません。手前どもの長達と久地様の話を聴いておりましただけですが、およその事は耳にしております」

 「それでは、向こう側への行き方は?」
 「朔の夜に、あの社で『おいで祭』を行うそうです」
 「それから?」
 「向こう側に斎庭があったそうです。その時は久地さん達はそこまでで、その斎庭から外へは出なかったようです」
 「その時はそこまでで帰ってきた・・?」
 「周囲ぐるりが榊で囲まれた斎庭と言ってました。その榊の陰から『おかえり祭』を見てて、それで自分達もそっと戻る事が出来たと言ってました」
 また、段々と怪しげな方へと話の舵が切られていく。 

 そのとき、真理子さんが口を開いた。
 「本宮さん、もしかしたら、先ほどのほうしょうに書いてあったのはその祭文ではありませんか?」
 「そうだ、すっかり忘れてました。聞き覚えがあるんですか?」
 「いえ、私が耳にするものとは違いますが、読んでみるとそんな気がするんです」
 鈴を振るような仕草で、ゆっくりとリズムを取りながらほうしょうの呪文を口ずさんでいる。
 「・・とほかみえみため とほかみえみため 遠つ御祖神 恵み給へ、このあさくらに降りまして 遠つ御祖神の国へと導き給へ・・」
 「どうですか?」
 「鈴舞に合いそうです」
 「そうですか、これでまた一つ解けたようですが・・」 
 話はさらに怪しさを増したのか、神職ではない自分にはいまひとつ情景が湧いてこなかった。 (つづく)
 

 斎庭(ゆには)への途 (1)         15
2012-05-28 | つたへ
 現在の人達は望に祭礼を行なってきたそうだから、遷座祭のある明日の夜は望に違いない。だとすれば、およそ二週間後の夜が扉の開く朔だろう・・。そう思っているところへ、修造さんが暦を取ってきて「明日が望、朔は14日後です」と言った。
 「それでは、その日に再び集合しますか。私も都合をつけてまいります。皆さんは如何ですか」
 「私らは皆地元の人間ですし、真理子は勤務時間が終わってからこれるだろう? その夜はここに泊まればいい。なあ、真理子・・」
 「はい、大丈夫です。なんだか面白そうですね」
 「じゃあ、大元さんと真理ちゃんもメンバーに入ってもらいましょう」と龍二君が先輩面をして言った。
 「それじゃー、会の結成を祝って我が家で夕飯を食べてってください」と修造さんは嬉しそうに言って、奥へと席を立った。
 「龍二君、女将さんに、僕は今夜帰京すると電話しといてくれますか」
 「わかりました。お袋に連絡入れときます」

 やがて、宴が始まった。修造さんの心のこもった山の物、野の物、川の物、種々の自然食品が食卓狭しと並んだ。山野の匂い、川の匂い、久しぶりだ。都会に暮らしていると、このむせかえるような匂いの旬のものは高級料亭へでも行かなければ食せないのだろう。行ったこともないが・・。そんなこと考えながら箸を進め堪能した。
 真向かいの真理子さんを見たとき、ふと頭をよぎったことがあったので口にした。
 「真理子さん、先程、大元さんの話にあったユニハとは何ですか?」
 「祭祀を執り行う祭場、神聖な神事の場のことです。大元さんがおっしゃってたものは、いわゆる臨時祭の形ではないでしょうか」
 「それはどんな様子なんでしょうか?」
 「一社の故実にもりますが、私の知っているものは、祭場として南面あるいは東面の四隅に斉竹を立て、それに注連縄を渡します。そして、更に四隅にマンあるいは幕を張り巡らし、前面中央にマン門を設けます。祭場の中央奥には祭舎を構えその正中にヒモロギを据えます。見たことがないとイメージが湧かないですよね。少し荒っぽい言い方ですが、地鎮祭を思い出してください。簡素化されたものですから」
 「地鎮祭ね。あれに似たものですか。なんとなく判ります」
 「ちなみに、明日の遷座祭は殿内ですから、三方に壁代、前面に御簾を垂れると聴いてます。シンセン、マサカキ、イギモノは言うにおよびませんが・・」
 「祭場の設置は大変なんですね」
 「地鎮祭などは、外祭と呼んでまして基本は一緒です。神社の車には必ず用具がワンセット積まれてるんですよ。少し大掛かりなものは祭舎といってテントですね、大中小初め外祭倉庫には揃ってます」
 「わかりました。ありがとうございます。大学に帰りましてから図書館で調べてイメージを補完しておきます」

 こ一時間たったところで、宴たけなわであったが私は帰京しなければならないので腰を上げることにした。
 「それでは皆さん、私はこの辺でおいとまします。これから帰京して、少しやっておく事があります。次の朔の前日には都合をつけてまいりますので、またよろしくお願いします」
 「先生、お袋に電話しておきました。一旦荷物を取りに戻って、一番近いJRの駅までお送りします。約1時間です」
 「お願いします。では、皆さんお先に失礼させていただきます」
 皆んなが庭先まで見送ってくれた。ふと見上げた後方のななし山に夕闇が迫っていた。


 龍二君が送ってくれた在来線の駅から三つ目で新幹線が接続していた。うまくいって、あまり待たずに新幹線に乗れた。乗車して、一旦席を確保してからデッキに出て携帯を鳴らすと、いきなりデカイ声が返ってきた。
 「何処へ行ってたんですか。そっちの研究室の助手達は、調査旅行とは聞いていますがそれ以上は・・。ですし・・」
 「今、何処にいる、まだ研究室か? これから帰るので、私のマンションで10時に落ち合えるか?」
 「承知!」それだけで携帯は切れた。

 声の主は、関屋辰吉。自称未来科学研究所所長。通称窓際の天才と呼ばれている男である。まだ若手の助手なのに窓際というのが凄い。
研究所といっても古い校舎の一隅で、彼一人でそう言ってるだけであって、オタク学生のたまり場でもある。彼について語ると長くなる。いずれ語る時も来るだろう。
 
 本宮の自宅があるマンションに10時を少し回ったところで着いた。入り口に、既に関屋辰吉がレジ袋を提げて待っていた。
 「お帰りです!」
 「待たしちゃったな~」、オートロックを解除してエレベーターに向かいながら、「おい、辰、面白い土産話があるんだ」
 「なんですか、先輩の話はいつもいきなり梵天から降ってくるから・・」
 「久地はあっちに行ったらしい」
 「あっちって、冥府ですか?」
 「いつもいい感性してるな~、お前は。似たようなもんだ・・」

 部屋に上がってまず窓を開け空気を入れ替える。その間に、辰吉はコンビニで仕入れた缶ビールとツマミをテーブルに広げた。
 私は缶ビールを一口飲んでから、一気に『ななし山』の話をした。
 「いけますね~、空白部分です」
 「これだけの話を聴いただけで判るのかぁ?」
 「私が勝手に造った謎のコスモポリタンに置き換えただけです。それで私は何をお手伝い?」
 「もし、久地が帰ってこなければ俺は行くつもりだ。お前に後方支援をやってもらいたい」

 辰吉は、大きめの肩掛け鞄を引き寄せ、クロッキーブックとサインペンを取り出した。スケッチブックより紙が少し薄めのクロッキーブックと赤・黒のサインペンが、辰吉の創作の泉である。
 何やらサインペンを走らせている。画を描いてるのか、線画だ。最後に右上に「大」と書いて手が止まった。くるりと向きを変えて私の前に差し出した。
 「見たような気もするな~。だけど判らん」
 すると上側に「南」下側に「北」と書き足した。
 「そうか、思った通りだ。やっぱりそうか」
 「でも少し厄介ですよ」
 「何がだ?」
 「時代の特定が・・。ハッキリした物差しがないですから」

 辰吉はページを一枚めくって、そこへ右肩上がりと右肩下がりの斜線でページを埋めた。
 -これもどこかで見たことがあるな~ー
 そのページの上下・左右に何やら文字や記号を書き入れ、マーカーを新たに取り出して印しとマーカーで線を入れたりしている。
 「これが私の考えです。本宮先輩」
 ーやられた。やっぱりこいつが適任だー 
 「こっちの思うようにはいかないとは思うが・・そうするしかないか」
 「はい、久地先輩がどの辺の時代に入ったかを、幾つかの与えられた情報を基に特定して当たりをつけておかないと、時代の考え方や必要な物資の調達が出来ません」
 私の前に広げられているクロッキーノートには列車運行図表=ダイヤグラムに似たものが作表されていた。

 「早速戻ってこれを完成させて置きます」
 「おい、辰よ、今夜はもう遅い。ここへ泊まってけ」
 「私にとっては、まだ宵の口ですから研究所へ戻ります。興奮して寝られませんよ。きっと」
 「それじゃあ、俺の車を使ってくれ」と言って取り出した電子キーを投げた。
 「はい、ありがとさんです。明日の昼休みに、私の研究所で会いましょう。次の朔までおよそ2週間。時間はそんなにありません」
  
 辰吉が帰って、シャワーを浴びて残りの缶ビールを飲みながら、なるほどそっちから入ったか。やっぱりヤツの頭の出来は俺とは違うな~。まずは斎庭を覗いてみる事しか考えてなかったワイ。そっちに興味を持っていかれてた。周りを固めてと言うのがヤツにはまどろっこしいのだろう。
 疲れで酔いが回ったのか、そのまま眠ってしまった。 (つづく)



九重雲          16 
2012-07-01 | つたへ
 夜の帳が降りる頃、勤行川の畔に八つの人影があった。

「かねてからの打ち合わせ通り、社に入るのは私本宮、龍二君に辰、そして先導役をお願いした真理子さん。修造さんと大元さんは社の外で待機して、真理子さんと辰が戻るのを確認してください。学生は社まで荷物を運んだ後、中継車まで戻り機材類の調整に就き、辰が戻るのを待つ」
 本宮の指示に全員が無言で首肯して移動を開始した。川筋に沿って十数m上ってから土手の上に出ると鎮守の森につながる小さな公園が見える。辺りは随分と暗くなった。そこを横切って森に入った。鎮守の森といってもこの辺は境内からは離れていて自然が残されている自然林だ。散策用の小道を更に進むとやがて左手に小さめな屋根が見え隠れしてきた。社の横手後方で、先頭を行く真理子が振り向いてうなずいた。全員、一旦立ち止まり姿勢を低くして待機する。

 真理子一人が社の正面へと回り扉を開けて中に入った。少し間があって私の携帯が振動した。私は振り返って二人に合図し、各人が学生から荷物を受け取ると急ぎ社の中へ滑り込んで座った。同時に真理子が立ち上がり、一段高い所の御扉の手前で座して、正面を見据えて深く一礼する。右手に沢山の鈴が付いたものを握り、静かに、本当に静かに振りかざしながら舞い始めた。真っ暗で何も見えないが、装束の動きが起こす風が頬に伝わった。
「・・とほかみえみため とほかみえみため 遠つ御祖神 恵み給へ、このあさくらに降りまして 遠つ御祖神の国へと導き給へ・・」
 舞い終えた真理子が正座して一拝すると、周りの壁が走馬灯のようにゆっくりと動き出したようだ。しばらくして止まったらしい。奥から一筋の淡い白い光がが射し込んできた、と同時にそこが音もなく外に開いた。

 4人は素早く潜って外へと出た。
 外はほのかに明るく白んでいて、朝靄のようだ。誰もが初めて見る景観だった。目の前にはさほど広くはない開けた四角い空間が見える。白い砂が敷き詰められていて、その周囲は木々で囲まれていた。中央には台が据えられている。
「私はここで関屋さんのお帰りを待ちますので、皆さんは直ちにお進みください」と真理子が言った。
 私たち3人が一歩踏み出すと、「キューン」と砂が鳴った。周囲の木を良く観ると榊だった。鳴り砂といい榊といい話にあった通りだ。前方、ヒモロギの正面は少し開けていて出入り口になっているようだ。その先は白い濃い霧に遮られて視界は利かない。この磐境と思しき空間から白い霧に囲まれているのだ。

 3人は真理子に目礼して進んだ。白い砂がキューンキューンと鳴る。
 榊の生け垣を出た。
 周りは真っ白だ。湧き上がる白い霧の中に一筋の道がある。そこを進むと眼前が開けた。といっても白くけぶる世界は変わらないが、そこには一群の雲の塊があった。辰吉が近づくと、その中のひときわ大きな雲が割れた。中からは淡い光が漏れてきて、赤、緑、青で辰を浮かび上がらせている。

 「想像してた通りだ。先輩、これに乗っていくんです」辰がこちらを振り返って言った。
 「辰、これが例のタイムマシンなのか?」
 辰は黙って先に乗り込んだ。続いて本宮が恐る恐る歩を進めた。煙のようではないが、なんとなく柔らかい。最後に龍二が二人分の荷物を運びこんで置くと、雲が柔らかく揺れた。
 辰はしばらく前部を点検していたが、本宮と龍二を振り返って手招きした。前に行こうとしたとき雲が2・3回グラッと動いた。テストしたらしい。
 「ここに4本のレバーがあります。正面に3本、頭の上に1本です。正面の真ん中が上昇・下降、右側が前進・後退、左側が制動、ブレーキです」
 「辰、どうしてお前は分かるんだ! まったく不思議な奴だ」と言って龍二を見た。龍二は分かったらしくうなずいている。
 「先輩、似たり寄ったり、大体同じ様なもんですよ。電車も船も押したり引いたりしてるでしょうが・・」
 「そんなもんか?」
 「それよりも頭上にある光ってるレバーですが、これが時間の制御です。右回しで時代が戻り、左回しで時代は進む。設定してから、そのまま押し上げると自動操縦となり、下に引き下げると解除です」
 「時代を決めるのはどうやればいいんだ」
 「時間レバーを回すと正面に映像が映りますので、位置は互いのダイアグラムで確認しながら決めましょう」と言いながら、辰は小刀でレバーに印を刻んでいる。
 よく見ると、レバー全てが青竹でできてるではないか! 竹筒の中の光を見て少し気が落ち着いてきた。かぐや姫を連想させる。
 「よし分かった。龍二君、辰に何か聞いておくことはないかな」
 「関屋先生から機材の扱いとメンテは、既にレクチャーを受けてあります。OKです」
 「じゃー、先輩お達者で。位置情報の追跡は、中継車、帰京してからは研究所で24h体制ですからご安心を! あ、そうそう、写真にジオタグを忘れないでください」
 「分かった、ありがとう」
 「では、私はこれで真理子さんの所へ戻ります」
 
 外に出た辰が、確かに中から見える。
 辰がゆっくりと離れながらこちらを振り返っている。

 外にいる辰は振り返って見た。輝いてる雲が、ひとつふたっつ・・。「九重雲だ!」心の中でそう呟いた。



旅立ち          17
2012-07-16 | つたへ
 龍二は中央の突起したレバーを手前に少し引いた。すると我々の乗り物はフアッと浮いた。さらにゆっくりと手前に引くと一定の速度で上昇した。エレベーターと同じ感じだった。すぐに明るい場所を突き抜け、周りは暗くなった。遠くに街の夜景が観えるところで止めた。
 次に頭上のレバーを握りながら、「先ほど関屋先生が印をつけた所まで回します。そこでレバーを押し上げます」
 「わかった、龍二君。辰のオペレーション通りにやってください」
 「こちら龍二。ステップ1完了。ステップ2に進みます」、龍二が手にした端末に向かって話している。
 「了解」、どこからか辰の声がした。傍らに置いてあるバックの中からだ。
 「それが先生の端末です」と言いながら、龍二は頭上のレバーをポンと押し上げた。
 「こちら龍二、ステップ2完了しました」
 「了解」
 
 外の景色といっても真っ暗だが、スピードを上げて変わってるらしい。龍二が関屋辰吉から渡されたマニュアルを覗き込みながら「しばらくすると眠くなるようです。目が覚めたら現地です」
 「じゃあ、ひと眠りするか」 
 私は辰から聞いてたように、雲の一部をつまんで引いた。テーブル状になった。今度は少し下の方を、両手を広げて手前に引くと狭いベッドのようになった。そこへゴロンと横になることにした。
 龍二は、操縦席代わりのようなものを引き出して座りながら「関屋先生の推論が楽しみです。飛たちに会えますね、きっと」
 「辰は過去や未来の未知なる領域を研究してるんだ。《未来科学研究所》というやつを学生たちと運営してるんだが、それが凄いらしい。学外から引き合いがひっきりなしに来るそうだ。今回のシュミレーションも、大元さんから聞き取り調査して作成された辰の説に基づいているんだ。私は久地たちに会えると思ってるよ」
 「先生、機材の説明をしておきましょうか」
 「そうだね、でも眠くなってきてしまったよ。どこぞの展示場で試したウォーターベットより寝心地がいい」
 「わかりました。では着いてからにします」
 辰が必要な備品を用意してくれていた。アウトドアの達人の龍二君が聞いていれば安心だ。

 龍二は関屋達吉が推論したメモをもう一度読み返した。もっと歴史を勉強しておけばよかったと思う。受験の時に選択しなかったので、今回のことで即席に図書館へ行って読んだんだが後の祭りだった。
 達吉のメモには〈縄文末期〉と記されていた。小刀で刻まれたあの印は紀元前5世紀なのか。縄文人と渡来稲作民、神と祭祀、土器と金属器、部族ごとの言語の違い‥等。こういったことの詳細が載ってる本を見つけられなかったし、頭の中で模索もできなかった。
 ーダメだ。行ってみれば判るだろう。先生もいることだし‥。まぶたも重たくなってきた。はたして飛たちはこの時代なのだろうか?-  つづく
 
ヌイの国         18
2012-08-06 | つたへ
 紀元前10世紀頃のヌイ。邪悪な海人の王が、この地に住む種族を全て支配すべく、海を隔てた彼方から虎視眈々とその機会を窺っていた。これは、徐々に殺戮の手を伸ばし始めていた頃の物語である。

 滅びかけた種族たちは戦いのすべを知らぬ農耕民であったが、ついに邑々は立ち上がる。そして、全種族の存亡を賭けた戦いが始まろうとしていた。
 
 時はまさに縄文末期。この地一帯は南に山脈を背負い、北の海に向かって肥沃な平野が開け、幾筋かの川もあったので早くから人が集まり邑を造っていた。やがて少数民族の渡来が始まり、実り豊かな農耕の楽園が作られていく。
 もちろん、ここには縄文系の先住の人々が暮らしていた。だが、渡来してくる人々は、実り豊かで平和に暮らせる土地を求めていた農耕民族であったため、その技術を先住の縄文族に伝えた。何よりもその耕作技術と農耕器具は収穫の増産につながり、その地の先住の人々を食糧の不安から救った。さらに治山・治水技術に優れていた種族が、毎年おこる洪水を共に協力して治めたので、耕作地や住める土地が広がった。先住の縄文族の人々は喜んで、渡来族達に土地を分け与え、共に平和な開拓連合国ヌイを造りあげた。郷々を国とも呼ぶが、いまだ郷の規模をそう呼んでいた。

 この地は、海側に海の民、平野に農耕の民、山側に山の民がそれぞれの邑を造っていった。人が増えるにつれて、国のような形が出来つつあった。やがて、海側に海人の郷が出来、漁をしたり船を造り遠くへと出かけるようになった。平野の西側に農耕の民の郷が出来、耕作と優れた農具を遠くの郷々にも広めた。山側の民は元々から住んでいた民であったが、渡来人から得た技術を駆使して作る物から八族に分かれ一郷を造った。残る東側は平野から山にかけて、最初に渡来してきた人々が中心となり集団を作り郷をなしていた。最先端の技術を発揮して周辺の郷を支え開拓連合の大元となった。これらの郷々すなわちクニは、およそ東の火の岳から西は西の火の岳の外側にまで広がっていたと伝わっている。


 九重雲が揺らいだ。どうやら着地したようである。
 まず、龍二が目覚め、顔を上げて窓の外を見やった。周囲には木々が見えるが、その間からは遠くの山が見えるので、どうやら山また山の中に着地したようである。傍らに小屋らしきものは見てとれる。
 「先生、起きてください」
 本宮が目をこすりながらゆっくりと身体を起こした。
 「着きましたか」
 「そのようです。外を見てください」
 「よし、とりあえず外に出てみよう」

 龍二が後ろの方を押すと口が開いたので、二人して外へ出た。固い大地に足を踏みしめるのが、こんなに心地よいとは知らなかった。
 周囲は確かに山また山だった。小屋と思しき物は高床式の態をなし、質素ではあるが宮形を思わせる威厳のある立派な構えであった。近づいてみたが人の気配はない。周りは綺麗に整地されておりその庭の中に着地したのである。
 「龍二君、とりあえず関屋に一報を入れてください」
 龍二は軽くうなずいて雲の中に戻り、関屋に到着の一報を入れた。関屋は到着地点は間違いはないが、周囲の景色を端末で撮って送る指示を出し、そのまましばらく待てとのことだった。
 龍二は、本宮に伝えるべく雲の外へ出て顔を上げ、足が止まった。本宮が屈強な男達に取り囲まれているではないか。龍二も左右から肩をつかまれた。
 「こっちの言葉がわからないようだ」本宮が男達の顔を見ながら言った。
 龍二は肩を捕まれながらもゆっくりと本宮の側へ寄った。  つづく


神魂布瑠ノ森の冒険物語 ( 1~10)

2013-05-18 | つたへ
聖 地        1

  産土神社(氏神さま)は、我々が生まれた土地を守護する神社です。
 しかし神社の名前は知っていても、案外祀られている神さんのお名前を知らない方が多いようです。○○さまと神社名を親しげに呼んでも、御神名は気にしないんです。それは神社の原型が聖地であって、御祭神名が不詳であり、不明であっても自分たちを守り願い事を聞いてくれるという信頼を置く、それが一般的な日本人の心です。
 産土神は昔から村や町などの共同体を守り、人々の生活の根源を支える力を持ったものだったからです。
 きっと、皆さんも神社を参拝する際、あまりそこに祀られている御神名を気にしないて頭をたれていると思います。そこが神おわす神聖な所、それで充分だからです。

 実は、当社にもそういうお社があります。境内社ですが一番奥にあって、森の奥へと通じる入り口の所。参拝者もめったに此処まではまいりません。昼なお暗く、周囲は大木に囲まれています。誰も御神名を知りません。最初にこの地に祭られた根源をなす神という伝えがあるだけで、確かな事は分からないのです。


 「○○神社、何某、先導をお願いも~す」 旧暦の各月の十五日目、望月の日の日没に社務所の玄関でこの声が聞こえます。社務所の前に立った者が、「○○神社、何某、先導をお願いも~す」と三度問いかけます。三度目の訪いかけに、中から「お~」と応じます。

 郡内十一社が輪番で望月の日の日没に、このお社を参拝する慣わしです。往古より伝わるとあり、それ以外は何も分かってはいません。面々と受け継がれてきたのでしょう。当たり前の事であったので、何故とは誰も考えなくて良かったのです。それが産土神です。
 当日、当番の神社の神職を当社の神職が御鍵を携えて先導し、そのお社に向かいます。先導者が社の入り口の扉を開け、そこで本殿の御扉の御鍵を当番神社の神職に手渡します。当番神社の神職は御鍵を受け取り、一人奥に進み、中の御扉を開けてその中に入り、そこに坐す御神体に拝礼します。
 その後、直会して終わります。

 郡内十一の各神社の予定表には当番の日の印が記されています。当社の方は、毎月の予定表に望月の日の「望」という一文字と当番神職の名が入っています。もちろん、それ専用の祭祀忘備録もあります。 (つづく)


聖地拝礼(2)         2
 その日は、閉門の時間近くになると札所や社務所の近く、拝殿前の内苑にも参詣の人は無く、境内はまもなく夜の帳が降りようとしていた。休憩所も早めに閉めたようだ。
 やがて閉門の時間が過ぎると、札所を閉めた神職や巫女さん達が一人二人と社務所に戻ってきた。彼らと雑談をしていると、お宮のご神前を片付けてきた日直の若い神職が戻って来た。
 ーそうだ、今日は裏の職舎へ帰るだけだから、たまには自分が夕拝をしよう。静寂なご神前で心を洗うのも良いだろう。ふと、そう思ったー
 「私に夕拝をさせてくれませんか。お宮の戸締りもします」
 「そうですか、それではお願いします。戸締りだけです」
 「拝殿の灯りを消して、社頭の常夜灯を点けておけば良かったですよね」
 「はいそうです、今日はもう何もありません」
 「私が夕拝をしますので、社務所も閉めておきます。皆さんお先にどうぞ」
 各自は明日の予定を確認すると、帰り支度の着替えをするために事務棟のロッカー室へ向かった。日直も予定表と手提げ金庫を持って事務棟へ引き上げて行った。

 (私は、ここの神社の息子だが、跡継ぎではない。気楽な三男坊で大学の助教をしている。しかし、神職を拝命しており、当社の神主でもある。普段は大学の近くでマンションを借りて住んでいるが、時折、こうやって助勤=神明奉仕をしている) 

 私は、夕拝のために装束をつけて、社務所を出てお宮へ向かった。夕闇の迫ってきた境内は日没観を呈して静まり返っている。ザッ、ザッ、ザッ、小砂利を踏む浅沓の音が耳に心地良い。私は拝殿に入り、ご神前でいつもよりゆっくりと拝礼を済ませ、灯りを消してしばし瞑想し、心を洗い清めた。
 そのとき微かに砂利を踏む音が聞こえたような気がした。あまりの静けさに、先ほどの自分が踏む音が耳に残ってるのかなと思ったが、違う。確かに音はこちらの方へ近づいて来るようだ。やがて、砂利道を逸れたようで音が止んだ。帳の隙間から覗いてみると、拝殿の左手の木立の中に微かに人影が見えた。装束をつけてる。拝殿の横手の木立の中を足早に通り過ぎて、鎮守の森の奥へ向かっている。
 ー誰だろう。一瞬、今夜は望月? いや、日直は何も無いと言っていた。森の中へと進めば、あの奥は望月の社ー
 お宮に常備してある草履と小型のLEDのペンライトを掴み、拝殿に付属している用具所の木戸から拝殿の脇へと出た。既に人影は見えない。森の中へと入り、望月の社の見えるところまで来て様子を窺う。少し近づいてみると、表の格子戸が僅かに食い違ってるのが見て取れた。ここだ、間違いない。
 静かに正面へ回って、格子戸の中を覗く。人の気配は無い。格子戸を開いて薄暗い中をペンライトで照らしらた。
 拝所は狭く片側に大人3人が並んで座れるくらいの奥行きである。正面奥、数段高いところに大床があり御扉が見える。御錠が掛かってるので閉まってることがわかる。以前、すす払いの時に掃除に来たことはあったが、中を良く見たことは無かった。
 御扉の左右には空間があり、壁と奥は赤、白、浅黄、黄で彩色された幾何学模様のような大き目の柄状の、どこかパズルのような印象を与える柄が描かれている。他に金色の小さな小紋柄が所々に散りばめられていた。
 LRDライトで全体を照らしてみても誰もいない。この広さでは隠れる場所もない。拝所の左右には矛と楯、旗が置かれているのみであった。心持、据楯の置き方がずれているように感じたが、気になるほどではなかった。

 ーここではなかったのか?ー
 外へ出て格子戸を閉じた時、背に手を感じた。(つづく)

 
神魂布瑠ノ森(1)       3
 自分の背に人の手を感じた。一瞬ギョッとなる。
 -あの装束の男か?-
 
 振り返った。
 そこにいたのは当社の用務職員、飛田正之だった。
 「先生!」 小声だった。
「飛かッ、脅かすな!」 こちらも小声で応えた。
 「何かありましたか?」 更に小声で聞いてきた。
 身をかがめて森の方を窺う私を見つけて、後を追ってきたそうであった。

 「夕拝を終えたとき、拝殿の横手の木立の中を足早に森へ向かう装束姿の男が見えた。今頃?誰かと不思議に思い後を追ったんだが・・」
 「ここは望月の社ですよね、先生」 飛も周りを窺いながら中を覗いた。
 「私も念のため中を見たんだが、誰もいなかったんだ」
 「先生、実は俺も見た事があるんです」 だから、私を追ってきたらしかった。
 「何日のことだ」 
 「はい、正確な日は覚えていませんが、今日のように変に暗い晩でした」
 猿飛びが言うには、初め、神主の誰かかと思ったが既に暗くて判別できず、社務の事では何も聞いていないので変だと思って後をつけたそうであった。
 辺りはもう真っ暗だ。ひとまず社所へ戻り、それから詳しく聞くことにした。

 社務所へ戻ると、私は暦に目を通した。このところ暦に目を通してなかったが、今日は朔だった。
 「朔か!」 
 望に朔、何かありそうだ。
 「飛、そのときの事をもう少し詳しく話してくれ」
 飛の言うあらましは、次のような事であった。
 追っていったが、既に森への入り口付近には装束の男の姿は無かった。この先は望月の社しかないので、真っ直ぐ社に向かったそうだ。社が見えるところまで来て様子を見ると、横手から見る社は後方から薄いモヤに包まれていくような感じだったそうである。落ち葉で足音が消されているものの、慎重に社に近づいて耳をそばだてると、微かに祝詞の奏上らしき声が聞こえたらしい。
 「飛、どんな言葉だったか分かるか」
 「いつもお宮で聴く感じとは違ってました」
 「違う感じとは?」
 「それが、トホホ・・、トホホ・・、みたいな聞いたこともないものでしたよ」
 それから、ごそごそっと音がして、その後まったく音がしなくなったそうであった。社の後方のモヤは霧のように一層濃さを増したそうである。
 チョッと間をおいて、
 「飛、お前、暇か?」
 「えっ、暇かって言われれば暇ですが・・。ひょっとしたらひょっとしますか?」
 「よし、今からまた行くか?」
 「何か分かったんですね。俺はこのままで良いんですか?」
 「そのままでいい。私もこのままだ。LEDのライトを持ってきてくれ」
 飛に気合が入ったようだ。テキパキと動き出した。
 社務所の明かりを消し、戸締りを済ませると外へ出た。事務棟にはまだ明かりがついている。

 二人は境内を横切らず、瑞垣に平行して木立の中を小走りに進んだ。森の中へ入ると更に闇は深くなり真っ暗だ。飛は勝手知ったる庭、ずんずん進んでいく。飛が着ている海老茶の作務衣は闇に溶け込んでいるので、私は彼の足下を見つめて進んだ。
 社の横手前10メートル位の所で一旦様子を見た。人の気配は無い。確かに社の裏手は、そこだけ白っぽくモヤがかかっている。
 「ここからは、私が先に行く」
 「はい、ここから正面に回ってください」
 そっと社に近づく。中から物音は聞こえない。後ろを振り向き、飛に合図を送り、正面の格子戸を開けた。一呼吸置いて、二人して中に入った。飛はサッと履物を拾い上げて作業袋へ納めて腰へ下げた。

 私は正面前方、一段高い所の御扉の手前で座して、正面を見据えて深く一礼する。更に歩を二歩進めて御扉の真下で起拝を行い再拝して、唱え言葉(祝詞)を奏上した。
 私が初めから唱え言葉が分かっていたわけではない。先ほどの飛の言ってたことで閃いた事があった。以前、古神道の社家の友人から作法らしきを聴いた事があったからだが・・。
 -この際だ、やってみようー
 「・・とほかみえみため とほかみえみため 遠つ御祖神 恵み給へ、このあさくらに降りまして 遠つ御祖神の国へと導き給へ・・」

 「せっ、先生!」後ろで跪いていた飛が後ずさった。
 周りの壁が走馬灯のようにゆっくりと動き出した! 壁は、時計回りに動きを速めて回転している。平伏していても眼が回りそうだ。やがて速度を落として止まった。左右の壁に「亀甲に二縦菱」の大きな模様が現れた。パズルのようになっていた柄が動いて模様が完成したのだ。やがて左の模様が音も無く真ん中から左右に外へと割れた。(つづく)

神魂布瑠ノ森(2)           4
 「扉かッ」 声がかすれていた。
 後ろを振り向いて飛に合図したが、思わぬ展開に飛はうなずくばかりで声にできなかった。
 扉を潜ると、目の前に開けた四角い空間が見えた。さほど広くはない。白い砂が敷き詰められていて、その周囲は木々で囲まれていた。中央にはヒモロギが台の上に据えられている。案らしきものが左右に置かれ、こちらから見て右、左面のものには御鈴が置かれている。
 
-これは磐境なのか?- 
 欄干に手を置きながら廊を伝って中央から下に降りた。飛から手渡された草履を履いて一歩踏み出した。「キューン」と砂が鳴った。音がしたのではない。砂が鳴ったのだ。
 -鳴る砂だ!- 飛が二三歩跳ねた。「キュン、キュン、キューン」と旋律を奏でた。
 「シーッ、静かに!」 抜き足差し足で回り込んで移動した。
 前方、ヒモロギの正面は少し開けていて出入り口になっている。その先は濃い霧に遮られて視界は利かない。この磐境と思しき空間は白い霧に囲まれているのだ。周囲の木を良く観ると榊だった。
 
 そのとき、白い霧の向うに微かに足音がした。誰かこちらに向かってくるのか。 「・・・」無言で飛に合図をして、榊のなかに身を隠した。出入り口の所でごそごそやっている。
 やがて、霧の中から装束姿の男が姿を現した。見慣れない顔の老人だった。一礼してヒモロギに向かって真っ直ぐに進んだ。身のこなしは軽い。引き締まった身体つきは古武士を思わせるが、品性豊かなその顔は少し憂いを帯びているように見えた。
 ヒモロギに一礼してから、帯刀していた剣を帯緒と共にもう一方の案らしきものの上に置いた。それから御鈴に一礼してそれを取り、両の手で胸高に持ちてヒモロギの前に戻った。二拝して静かに御鈴を振りはじめた。やがて厳かに唱え言葉(祝詞)を奏上した「ひい、ふう、み・・」
 一瞬、その場にも白い霧が湧きあがった。すると社の左の壁がその霧を押しのけるように開いた。来たときとは反対側の壁だ。男は一礼して御鈴を置き、段を上りその扉の中に消えた。

 扉が閉まると同時に、飛が小声で「さっきといい、いまといい、自動ドアですね」と言った。少し気持ちに余裕が出たようだがどうだろう。霧が徐々に薄くなってくる気配だ。社務所を出てきた時は真っ暗だったが、今ここは陽射しはないものの明るい。二人して同時に懐中時計を取り出した。時計は止まったままだ。
 -時を刻んでないのか-

 「霧が晴れたら、この異空間に取り残されるな・・」 ここを出て、男が来た方へ行ってみたい気もするが、飛を見ると頭を振っている。
 「この先に何があるか分かりませんよ。ここは一旦引き上げましょうよ」 飛は声がトーンダウンしていた。目の前で見せ付けられた光景で、冒険好きの飛びにしてはいつもより用心深くなってるようだ。
 「そうだな、この異空間から引き上げる方法を確認しておくのが先だな」
 「そうしましょう、そうしましょう。帰れなかったら事ですよ!」 更に、「ところで、大丈夫ですか?」(つづく)

 神魂布瑠ノ森(3)           5

 「先生、霧がだいぶ薄まってきました。早くお願いします」
 飛が焦りだした。無理も無い。周囲の霧が灰色がかってきている。先程の老人の所作を覚えているものの、自分も少々不安と言えなくもない。
 ヒモロギの前へ進み、立礼にて二拝し、御鈴をとって頭上にかざした。呪言は所々聞いたことがあるが、先程暗証しておいた。御鈴を振りながら呪言を唱えた。
 「ひふみよいむなやここのたり、ふるべゆらゆらとふるべ、ふるべ 遠祖神、我らを元の座へ帰らせ給へ」 二拝し、拍手を打って深く一拝すると、再び白い霧が湧きあがり二人を包んだ。社の左の壁が霧の動きで開くのが判った。
 それにしても、こちらから観る社は重厚で立派だ。こちら側は社の裏側に当たるはずだが、造りは正面になっている。こちらからも正面なのか。中央の御扉は閉まっているが、左右の壁面は極彩色の模様が描かれていた。
 急いで正面の段を上がり、二人して開かれたその極彩色の壁面に飛び込んだ。

 「お待ちしておりました」
 今日は幾度となくドキッとさせられる日だ。社の中に戻ると、そこには先程の老人が正座していた。思わずこちらも膝をついた。
 「ご老人、どおして我々のことがわかりましたか」 私が尋ねた。
 「拝座に戻りました折、右面に足跡のくぼみがありました。私は左回りですから、私のなら左面のはずです」
 そうだった。左側の扉を出て中央の段を下りたので左足から段の歩を進めたが、飛が私の右側に来て、右端に草履を置いたので右面へ進んでしまったのだった。
 「ご老人の後を追って不思議な体験をいたしましたが、お話いただけますか」
 
  我々は、この老人から遠祖神の話を聞くこととなった。ここから世にも不可思議な物語が始まったのである。(つづく)


神魂布瑠ノ森(4)           6
 あの日、老人は、ここで話すより日を改めて一度自分のところへ尋ねてきて欲しいと言った。詳しく話を聞くにはそれももっともな事で
、そこで再開を約束したが数ヶ月が過ぎてしまった。私が大学の前期セメスターの終了を待っていたからである。
 試験の採点も済んだ頃、飛田正之が休日を利用して上京してきた。約束の時間に学内のランチルームへ降りていくと、すでに飛が待っていた。期末試験もすでに終わり、学内は単位取得に失敗して再試に挑む学生かクラブの学生ぐらいでかなりガランとしている。
 立ち上がって律儀な挨拶をするや否や、「兄貴、調べておきました」
 この時期、数ヶ月連絡出来なかったのでイライラしてたようだ。
 飛は、神社を一歩離れると、私のことを兄貴と呼ぶ。彼の兄と私が高校の同級生で、昔から自分の兄と私を一緒くたにそう呼んで、いつも我々二人の後からくっ付いて来たものである。そんな縁で、身元も確かだということで神社の用務職員に採用されていた。

 「で、飛、それで電話ではそういう場所はあったと言ってたな?」
 「はい、確かにありました。奥の方までは踏み込みませんでしたが、あの老人のいったとおりの景色でした」
 案外近いので驚いたそうである。

 神社の東方に山並みが見える。日の昇る方角である。神社の南と北は広く田んぼが開けていて、西方には町が広がっている。神社の東側の脇は川が流れている。堰もあり南の田園地帯に用水を供給する重要な河川である。その向うに田んぼがあるが、山並みは迫っている。高山はないが、山並みは南北に連なり、山は深い。したがって、人々の目は自然と西方に向けられて、東の方はさしたる用事がなければ農作業や林業の人以外は近づかなかった。

 「俺も、ガキの頃から猿飛とかいわれて調子に乗って、あんなに遊び回ったのに、あそこには分け入った記憶がありません。せいぜいマタギ道の入り口を知ってる程度です」
 「確かにそうだな、山に入って遊ぶということはなかったな」
 山は深いから近づくなと言われてたこともあるが、悪ガキ達も山への関心は不思議となかった。若者の関心を呼ぶようなものが何もなかったからだろうか。妙に踏み込めない雰囲気があった。
 飛が言うには、あの日老人から聞いた入り口はそのマタギ道ではなかったそうである。

 さらに、飛の話は続く。昔、切り出した木材を馬に引かせていた頃の、今は草木が生い茂っているが、およそ数十メートルの短い道の跡があった。その昔の道はわずかな上りで、緩やかに右にカーブしており、入り口はそのカーブの左角にあったようである。
 もちろん外側からは見えない。外側は、まるで衝立を立てたように雑木が幾重にも並んでいて、それをやり過ごしてから、そこに分け入るとトンネルの入り口がある。トンネルは岩壁ををくりぬいたもので、大人の背丈はゆうにあるが広くはない。長さはおよそ30メートル程度か。トンネルを抜けると視界が広がった。そこは、こじんまりとしてはいるが小さな村のようで、周囲を山に囲まれた円形の隠れ里の様相を呈していたそうである。
 飛びはそこから引き返していた。トンネルの入り口の小枝に手紙を結びつけて。そこには、二人して近々訪ねたい旨が記されていた。
 
 (つづく)

隠れ里(1)          7
2012-01-28 | つたへ
 飛の案内で二人して隠れ里とやらを訪ねた。
 今の世にそのような場所があるのだろうか? 過日のことを考えると一概に否定も出来ないし・・。
 トンネルを抜けると、そこは飛の報告にあったように周囲を山に囲まれた、こじんまりとした円形の盆地が眼下にあった。村のようにも思えるが、実際には淡い霞が掛かっていた。なだらかな九十九折の坂を少し下ると景色が見え出した。左手の一段高い小山の上に屋根が見える。さらに下ると盆地の一番奥にひときわ大きな屋根が見えてきた。坂を降りきると、そこには太い柱が立っていた。
 「何です、鳥居みたいですが・・?」
 「黒鳥居かな?」
 「黒鳥居?何ですかそれは? 鳥居にしては下の横一本が足りませんよ」
 「樹木を樹皮がついたまま組み立てた鳥居を黒木鳥居と呼ぶらしいんだ。鳥居の古い形なのかもしれないな」

 鳥居の形をしたゲートを潜ると一気に視界が鮮明になった。道は真っ直ぐにあの大屋根の屋敷に続いてるようだ。両側に一軒づつある家の前を通り越したが人の気配はない。何処からか誰かに見張られているような気配も皆無だ。まるで無人の里だ。
 大屋敷の前に来た。右手に長屋門というのだろうか立派な門がある。門扉は開かれていた。潜ると、突き当たりの向うに見える玄関までの左右は土塀だ。

 二人が玄関に近づくと、戸が重い音と共に左右に引かれ、作務衣姿の一人の男が出てきて丁寧に挨拶した。
 「ようこそ、お越しなされました。手前どもの長がお待ち申し上げております」
 「約束どおり、二人してやって参りました」 私が応えた。
 土間の玄関は広い。高い上がりかまちの正面には何処かの景色が描かれた大型の衝立が置かれている。左右は奥へと続く広い廊下になってるようだ。右の廊下へと進んで幾つかの部屋の前を通り過ぎ、回り込んで広い庭の見える奥座敷の前へ通された。

 座敷の障子戸の近くには、既に二人の老人が座していた。一人は過日の老人だ。もう一方の、奥側に座している老人が口を開いた。
 「ようこそお越しなされました。手前は、当大元の里の長を務めております大館の大元麻於加と申します。ここに控えておりますのは、過日にお目にかかりました中館の大元麻志古、お出迎えさせましたのは下館の大元伊頭と申します。よろしくお見知りおき下さい」
 二人とも渋い海老茶の作務衣に同色のちゃんちゃんこを羽織っている。奥の老人はひげを蓄え、威厳のある風情はその場を圧倒している。
 「ご挨拶申し上げます。私は久地幸村、こちらは飛田正之と申します」
 二人して上座に通されて、お楽にと座布団を勧められた。

 大元麻於加が口を開いて、
 「過日は、はからずも麻志古がお目にかかりましたが、何も説明せず失礼をいたしました。本日はそのいきさつと、この里の上古よりの伝えをお話したいと思います。また、少しばかりお願いの儀がございますので、お招きさせて頂きました」
 「承ります。不思議な体験をいたしました。ぜひ御説明を願います」
 「わかりました。つきましては、あの日の事をどなたかに話されましたか?」
 「いえ、当社の者を初め、他者は言うに及ばず、一切話してはおりません。例え話したとしても信じてもらえそうにないでしょう。また、信じてもらえる自信もありませんから」

 老人はほほ笑みながら続けた。
 「上古にあって、一集団が西を離れ東に旅立ちました。肥沃な土地を求めての事だったかもしれません」
 大元麻於加は遠くを見るような眼差しで、庭の向う、はるか彼方を見た。
 そして、まず前段、次のような事を語った。
 人はその土地に湧き上がったわけではありません。ある者は渡って来たり、流れ着いたり、夫々に夫々の理由があります。早くに着たか、遅れて来たかの違いもありますが、夫々に夫々の暮らしを作り住み分けていました。
 しかし、文化的優劣の違いが、技術的優劣の違いが、何かの誘因で競い合いに転じ、競い合いが争いになり争いの技術が発展して、争いの文化が生まれたり導入されたのでしょう。
 上古にあっては、火山、地震、大津波を初めとして、異常気象による寒暖の気候の大きな変動が引き金となり、食料の確保が決定的に劣化した事が一番の理由と察せられます。生産性向上の技術革新が始まり、品種改良、品種の導入、生産技術・道具の改良へと移り、「狩猟」から「栽培・耕作」が決定的な生産手段になったはずです。その伝播が派生することにより。各地に「技術の政治経済」が発展したと考えられます。
 その結果、開拓が始まり耕作地の確保が、また、耕作器具は石や木製から金属製に変わり、金属資源の確保が新しい課題として誕生しました。さらに、土地、水、資源を廻っての争いが起こり、この前後で人は集団を形成し、力を蓄える事が必要になったと思います。これが邑であり、郷という国の起こりでありましょう。この段階で優劣の決定的な要因は耕作器具ではなく、鋼鉄の良く斬れる剣となっていったはずです。
 生産手段や品種改良された種苗を独自に確保できなければ、政治的服従によって得なければなりません。生産物や、資源、人的労働力の提供の見返りが生産技術や改良された種苗であっても、服従の象徴は鉾であったり剣であったはずです。しかし、このような穏やかな方法のみならず、略奪という荒っぽい方法があったことはもちろんのことでしょう。なぜならば、やられたらやり返す戦乱が起こっている事です。
 戦乱には、更なる武力の蓄積が求められ、武器と防具と食料、さらに戦略・戦術へと発展してまいります。そして、集団は戦う集団へと変貌を遂げたのでしょうか。

(つづく)



 この物語はフィクションです。
 伝えには諸説があり、また、今日いろいろな伝説や物語になっていることを承知しています。
 地名、人名などなど、歴史上の事実や実際のものとは関係ありません。ご了承下さい。
隠れ里(2)          8

大元麻志古が話を引き取る。
 「西を離れた氏族は十一、150名余りでした。この地域の人々が争いを好まなかった事もありますが、その必要がない農業生産に優れた人々で、その御祖を開拓・農業振興の神として祀っていたからです。東へと向かい、幾世代もかかってたどり着いたのがこの地だったのです。ざっと数えても二千数百年・・」

 麻志古は、我々に茶を勧めながら湯呑みを取り口を潤した。
 「十一氏は、古里の神、開拓と農業振興の神を中心に結束し、結束が崩れる事はありませんでした。その根源の神が大元の神です。氏族は枝分かれすると共にこの根源の神は各地に広まっていったのです。この地にたどり着いた十一氏は初代の直系の子孫で、根源の神を親神として初代を夫々の氏神として祀ったのです。これが郡内十一社の起こりです」
 「まさにグレートジャーニーですね!」飛が相槌をうった。

 麻志古は続ける。
 「この物語は伝説となり、口伝の間に興味を多くしようとして、新しい話が加えられたりし、特に戦国時代には自家に都合の良いように歪められて原説に変形が生じ、やがて忘れられてしまったようです」
 「各時代の波に洗われたんですね。元の時代を知る手掛かりは何でしょうか?」 私は、速く確信に触れたかったが・・。
 「御社にある『望月の社』と呼ばれている社こそ、大元の神『大の君』が祀られていた社なのです。そして、十一社は、元は出身地の国名当時は郷名を現しておったはずです」
 「そうですか。かっては大元の社と呼ばれていたんですね。それで、国とは?」
 「国といっても、当時の国は郷と呼ばれた氏族集団、その邑です」
 「そういえば、昔からやけに『大』の字が多い所だと思っていたなー」 飛は高校時代、自分の同級生の中に大の字の付くヤツが多かった事を思い出しているようだった。
 その思いは、私も同じだった。よくあったことなのだ、きっと苗字に取り入れたんだろう。そういえば、家の神社も『大』の字が付く。しかし、どうやら変形したような気もする。

 「その十一国を教えていただけますか」
 「もちろんです。中心の国を大国。『おおぐに』といいます。大元は、大国の大君の末の一族で、祝部として祭祀にたずさわり、根源の神をお守りすると共に、語部として大部族の口伝の司に従事しておりました。国々は大屋、大代、大江、大家、大森、大田、大原、大朝、大佐、大麻です」
 やっぱり、私の予感は当たった。
 「当社は、この中にありませんが・・」
 「オオグニからオオクジと変わって行ったようです。長い間に呼び方に方言の音が加わり、その地になじむと共にその地の環境や、時代の状況に同化していくのです」
 「先生。二千数百年、変わりもしますよ」 飛は慰めの気持ちか、いや、飽きた口調になっていた。

 「創生の神から大自然の神が生まれ、その後、生活に密着した神が次々と生まれ、人はその神と共に歩み、神の役割も変わったはずです。それはとりもなおさず、技術の革新や進歩による生産の拡大の中で、人の生活基盤が拡がった事を意味しています。その過程で、歴史が刻まれていったのです」
 「おっしゃるとおりです。神々の系譜をひも解くと、人の視座の広がりと行動が理解できますね」
 「先生、話が難しくなってます。早く先へ行きましょうよ」 飛は完全に飽きたようだった。
 それを察してか、麻於加が再び口を開いた。
 「古里が消えたのです。きっとスキやクワがツルギに破れたのです」

 古里は農業振興の奨励、大の君を中心に農業生産に優れた国々を作り上げていってたのだ。だからツルギよりスキやクワが大事だった。ツルギを手にした時は遅かった。多くの民を犠牲にするより、彼の地を放棄したのかもしれない。多くの民はにされる事を避けその地を離れたかもしれない。
 「流民となり、にされた者も多かったでしょうね」

 麻於加が一呼吸置いて切り出した。
 「はい、実はその事実を調べに行っていただきたいのです。その後の伝えがないのです。欠史なのです」

 「えーっ!」飛が飛んだ。しかし眼は輝いている。
  麻於加は続ける。
 「上古にあっては、ある地より東は常世と申して、最果ての地、人の住まわぬ所と考えられていましたが、十一氏はそこをはるかに越えたのです。しかし、その間の事情の伝えが無いのです。このような地の果てまで来たというのが謎なんです。後にクシという名に変えたのに意味があるのでしょうが、逃げてきたのならその経緯などが残っているはずです」

 急に持ち上げられても・・。
 「上古に行ってくれって言ったって神代でしょーが・・」 そういう割には、飛の顔は嬉しそうだ。
 「ようやく少し飲み込め始めましたが・・」 飛を押さえながら、私の膝も前のめりに進みそうになっていた。 
(つづく)


沈黙の森(1)          9
2012-03-11 | つたへ
 
 ローカル線の無人の駅に一人の男が降り立った。
 たった一両の車両は男を降ろすと桜のトンネルをくぐって真っ直ぐに東へ遠ざかっていく。
 一、二回警笛を鳴らした。
 男はホームから道路へと出て、手に持ったコピー用紙の地図に目を落としてから線路に沿った道を電車の後を追うように歩き出した。前方2km程先か、こんもりとした横長の森が見える。歩いて20分程か。

 男は歩きながら思い出していた。年度末行事も終わった頃、自分の研究室が新しい建物に移るので助手達と引っ越しの荷作りをしている時だった。書籍を段ボールに移しているとき、一冊の本を手にしてハッとした。その本はまさしく久地に貸した本だったからだ。本にはコピー用紙を数枚使って手紙と地図が書いてあった。そうか、留守の時ここに来たのか。一年前のその頃、私は研究のフィールドワークで留守をしていた。

 遠くに見えていた森が眼前に迫っていたがまだ着かない。近くて遠いは田舎の道とはよく言ったもんだ。心の中でつぶやきながら笑った。
 ようやく高い檜が南北に並んだ森が壁のように立ちふさがっている所にたどり着いた。更に近づくと赤い鳥居が目に入った。近づいてみると立て札には、「式内の古社大奇神社」と書いてある。
 広い境内に出た。左手に大屋根の社務所、前方には札所があり、若い巫女さんが一人座っている。左に折れると一段高い正面に拝殿が見える。後ろを振り返ると長い参道が南へと延びている。あちらが正面、表参道なのか。
 お水屋で型どおり手水を使い、石段を数段登り、石の鳥居をくぐる。参道を進み社頭に立つ。見上げる拝殿の雌雄の龍の彫刻が美しい。江戸期の彩色の華やかさが伺える。
こんな片田舎に・・、きっと江戸と直結した何かがあったんだろう。

 参拝して、拝殿を左から回ってみると、本殿が見えた。近づいて見上げると彫刻が更に美しい。安土桃山期のあでやかさが見て取れる。更に裏へ回ると、瑞垣の間から本殿の壁面が見える。壁の模様は千代紙のような小紋柄で、まさに都造りを思わせる。改めて片田舎の神社とは思えない作りに感銘を受けた。

 本殿裏の鎮守の森の奥に作業員らしき姿がかいま見えたので近寄ってみた。木立に中の一角が立入禁止の黄色いテープで囲まれていた。
 「失礼ですが、何かの御造営ですか?」親方らしき人に訪ねた。
 「ここにあった社を建て直したんです。遷座祭前の点検です」手を休めずに答えてくれた。
 「そうですか、何の社でしょう。ご参拝に来た者なんですが」
 今度は手を休めてこちらを一瞥した。
 「ちょうど一年ちょっと前になりますか、雷が落ちましてね。ここにあった境内社がバラバラになっちまったんですよ」
 「落雷、燃えたんですか」
 「いや、それがね、積み木を崩したようにバラバラになっててね、何と部材はほとんどまた使えたんだよ。何とも不思議だったね」
 「燃えなかったとは、何とも不思議ですね」
 「ここいらは確かに雷が多い所なんだが、雷の季節はこれからだ。しかも一発だ。何かねらい澄ましたようだったね」
 親方が言うには、雷の季節にはよく落ちるらしい。ここの神社にも避雷針が建っているという。落ちた場合の被害はあるそうだが、あまり火災にはならないらしい。
 跡地の後ろ側に回り込んでみたときである、何かに押された。一歩進むと間違いなく今度は何かに引っ張られたようだ。それを見ていた 作業員の若い衆が、笑いながら「時計はもうだめだぁね」と言った。確かに私の電波ソーラ時計はダウンしていた。
 「もうちょっと奥へ行った所に岩があるんだが、そこも不思議ポイントだぁ。行ってみるといいよ」
 「不思議なとは?」
 「その岩の所で作業をしたことがあるんだけんど、物音や人の声が聞こえるんだぁ。近くのようだけんど、遠くのようでもあるんだぁ。遠くの音が跳ね返ってくるんだと思ってるんだが、足下で聞こえると気持ち悪いんだぁ。いつもじゃないけんどね」
 「こっちの奥ですか?」森の奥へ続く道を指さすと。
 「ん、すぐそこだよ。大っきな岩があるから」

 鎮守の森の奥へと進んだ。大きな岩が見える。磐坐だ! 近づくと、また空気に押される感覚が強くなった。周りの景観からして、ここは御阿礼所に違いない。音は聞こえなかったが、気持ちが引き込まれそうになった。

 作業員の所に戻ると彼等は休憩していた。
 親方が「どちらから来なすったかね」と聞いてきた。
 「東京からです。大学の教員をしてます」
 「そうですか、大学の先生ですか」
 「古い社があると聞いてたものですから」
 「ここいらは、この地方でも古い土地柄です。近くに国分寺跡もありまして、古代には役所も置かれていたんだそうです」
 「そうですか、少し周辺を回ってみたいですね」
 「古老の話によると、更なる上古にあっては優れた農耕文化を持った人達が西からやって来たという伝え話があるそうです」
 「ますます興味が沸きますね、一泊するかなぁ。何処か泊まれる所がありますか?」
 「それなら、街に旅館がありますよ。老舗旅館で『かなめ屋旅館』といいます」
 「そうですか、ありがとうございます。行ってみます。ところでもう一つお伺いしたいんですが」
 「何ですか」
 「先ほど、一年前に落雷があったとおっしゃいましたが、正確にはいつの事でしょうか?」
 「日にちは覚えてないが、桜の頃だからちょうど今頃かな。おい、おまえ達覚えてるか?」
 「はい、今頃だったと思いますよ。二人がいなくなったていう直後だったすよ」
 「二人がいなくなった? 二人ですか」
 「ええ、この神社の関係者が二人行方知れずになったんです」若い衆が声をひそめて言った。
 「あんまり余計なことは言わんでもいい」親方が言った。
 「ありがとうございました。おじゃま様でした」一礼してその場を離れるとき、
 「そこの川に沿って15分ほど行くと橋と信号がある。その近くだよ」親方が教えてくれた。
 再び一礼して、森を出て境内を横切ると川に出た。川の向こうは田圃で、その向こうに青黒くかすんだ山並みが見えた。
 川の上手に鉄橋が見える。先ほどの鉄道のだ。下手に向かって歩き出した。どこもかしこも桜、桜だ。 (つづく)

 
 沈黙の森(2)           10
2012-03-19 | つたへ
 いなくなったのは二人だったのか・・、もう一人いたんだ。
 「二級河川勤行川」の標示板を見ながら川沿いを歩くこと15分、橋が見えてきた。そばに交差点の信号機もある。
 老舗旅館『かなめ屋旅館』は、勤行川を右手におれた旧市街の中心、その裏手にあった。
 「すいませーん」玄関を入って本宮は大きな声を出した。
 「はーい、ただいまー」奥から声がした。
 
 「いらっしゃいましぃー」女将らしき60代位の女性が顔を出した。
 「神社で作業していた親方からこちらの話を聞いて来たんですが、泊めていただけるでしょうか?」
 「はい、そうですか。大丈夫ですよ。お上がりください」
 宿泊者名簿の用紙に記入して渡した。
 「本宮比呂志様、ご一泊ですか?」
 「はい、お願いします」
 「では、お部屋にご案内します」
 女将は先に立って奥へと案内してくれた。長い廊下を経て二階へ上がった。どこも老舗旅館らしく風格がある。
 「こちらをお使いください」
 二間続きの和室だ。

 女将はお茶の用意をしながら「東京からお越しですか?」
 「はい、ちょっと神社に興味がありまして、こちらに参りました」
 「そうですか。うちも氏子ですが、由緒ある神社ですよ。おおくしさまは」
 「ところで、神社で作業していた人達から聞いたんですが、昨年、雷が落ちたんだそうですね」
 「えぇ、昨年は不思議なことばっかり・・」
 「行方知れずの方もいると聞きましたが・・」
 「そうなんですよ。神社の息子さんで大学の先生をなさってる方が、ある日突然いなくなりましてね。その後でしたか雷が落ちたのは」
 「二人だったんですよね」
 「はい、もう一人は飛ちゃんと言って神社の男性職員で、うちの次男と同級生で飛田造園の息子さんです」
 「息子さんにも少し話を伺えませんでしょうか」
 「私はそれぐらいですが、息子の龍二は飛びちゃんと友達でしたから何か知ってるかも知れませんね。ちょっと呼んでみましょう」
 女将は席を立って、呼びに言ってくれた。

 次男は旅館の営業を担当してるそうである。
 やがて、中肉中背の身体の引き締まった青年がやってきて、部屋の入り口で挨拶をした。
 「要 龍二と申します。いま、お袋から飛田のことについて聴きたいと・・」
 「はい、実は、私はいなくなった久地と同じ大学の同僚なんです。お話を伺うともう一人行方知れずの方がいることを知りました。女将さんがおっしゃるには、貴方と同級で友達だと・・」
 「はい、飛田政之といいまして造園の息子です。私とは大学は異なりましたが、東京の大学へ進学しました。高校時代同じ剣道部で友達でしたので、卒業してこちらに戻ってからも警察の道場にある同じ市民剣友会に入ってました」

 飛田は高校時代既に二段を持っており、県内でも指折りの選手だったそうである。龍二も剣道部に入り飛と友達になったそうである。ちなみに龍二は当時初段で、二人して高校の対外試合で活躍したという。
 「飛田さんのことを何かご存じありませんか?」
 「それが、行方不明になる少し前に私を訪ねてきたんです」
 「えっ、貴方をですか?」
 「はい、といっても私がよく行く居酒屋へ、飛が私を探しに来たんです」
 「お差し支え無ければ、どんな用件だったか教えていただけませんか?」
 「『ななし山』のことを聴きに来たんです」
 「ななし山?」
 「はい、ここから東の方にある山並み中にある山なんですが、ななし山について知ってることはないかとの事でした」

 龍二も、子供の頃から活発な少年で、あちこちを飛び回っていた。しかし、ななし山には近づかなかったそうである。入山する道が分からなかったこともあるが、どこかもうひとつ近寄りがたい雰囲気があったそうである。
 「飛に何でだと聞いたら、俺にも分からないんだが・・、と言っていて、こっちも分からないので話はそこで途切れてしまいました。久しぶりに飲み明かして別れました」
 飛さんとやらは龍二のところへ聴きに来ていた・・。
 「そうでしたか、話はそこで途切れますね」
 「ところがです。飛がいなくなった後のことですが・・」
 「何かあったんですか?」私が膝を乗り出すと。
 龍二は手で私を制して、いったん座をはずして自分の湯のみを持ってきて、口を潤してから続けた。話が前に進んだのである。
 
 「うちで使う野菜を作ってくれてる農家があるんですが、うちに団体が入り野菜の量が多いときは私が取りに行くんです」龍二の話し方に身が入ってきた。
 ある日、ちょっと早めに龍二が行くとオヤジさんも畑から戻ったところだったそうで、二人して今し方取ってきた野菜を水洗いをしながら世間話に興じたらしい。そのとき龍二は久しぶりに飛に会って、ななし山の事を聴かれたが何も知らないので答えられなかったが、久しぶりにななし山の名を聞いたと話したそうである。するとオヤジさんが不思議な話をしたそうである。
 そのときはまだ龍二は飛がいなくなった事を知らなかったので、変な話だとは思ったが、オヤジさんの話をそれ以上気にすることもなく、ましてや飛に関連することには結びつけなかったようである。

 「そのオヤジさんの家は代々マタギだったそうで、今は農業を営んでるとお袋が言ってました。うちとは長い付き合いです」
 「そのオヤジさんはどんな話をしたんですか?」 龍二は、今でも飛の行方不明とは関連づけられないと思っているのか、本宮はもどかしく少しイライラした。
 「オヤジさんが言うには、ななし山の辺りから太い火柱が上がったって言うんです」
 「火柱ですか、山火事ですか?」
 「それが火事にはならなかったそうです」

 神社の落雷と同じじゃないか! 本宮は心の中でそう叫んだ。
 「神社に雷が落ちたときも焦げめ一つなかったそうですね」
 龍二は、ようやくこの二つの出来事を関連づけた顔になった。
 「龍二さん、その農家のオヤジさんに会えますかね」
 龍二は、話のつながりを認めたらしく、うなずくと、階下に降りていった。

 女将さんに話を通したらしく一緒に戻ってきた。
 「先生、話は龍二から聞きました。そういうことでしたら、早速私から電話してみましょう。昔からうちの野菜を作ってくれてる農家で黒子修造さんていいます。うちとは古い付き合いですから、話を聞けるでしょう」 女将さんはそう言ってくれて、再び階下に降りていった。龍二も後を追った。
 ややあって、龍二が戻ってきて「先生、今からでも大丈夫ですって、私がご案内します。まだ陽も高いから行きましょう」
 黒子修造さんとやらに会って見れば、謎を解く糸の端が見えるような気がした。
 「お願いします。連れてってください」

 龍二の運転するワゴン車で黒子修造の家へ向かった。
 車内は土とか野菜など色々な臭いがする。龍二は営業というより旅館の細々としたことを一手に引き受けているのだろう。明るくて気のいい青年だ。
 田舎道を車で走った。川を渡ってから直ぐに山並みが見えたのだが、それにしても南北に長い山脈が続いている。「北側の青黒く見えるのがななし山です」龍二が指さしてくれた。
 15分位は走っただろうか、ゴツゴツした岩肌が木々の間に見え隠れする。周りと趣が違う山がはっきりと見えてきた。やがて車は一軒の農家の庭先に横付けされた。周辺は農地で、他の家は見えない。
 
 中年の男が手を挙げながら近づいてきた。
 「オジサン、先生を連れてきたからよろしくね」
 「オー、龍二さん、女将さんからさっき電話をもらいましたよ。こっちに来てお入りください。ちょうどお茶にすべぇと言ってたところだ」どうぞどうぞと、私達に向かって手招きをした。
 土間に入って、上がりかまちに座るとお茶とお新香が用意された。ぬか漬けの臭いは久しぶりだ。相手は、農作業の途中でまだ泥が付いてて座敷に通せなくて申し訳ないと、しきりに謝っていた。

 「私は、久地の同僚で本宮比呂志と申します。かなめや旅館の女将さんから紹介を頂いて伺いました」
 お茶を勧めてくれながら、「はい、詳しく話してくれと聞いとります。私は黒子修造と申します」
 「早速ですが・・」
 「はい、あれは確かおおさき様に雷が落ちたと聞いた、しばらく後のことでしたか、夜中に厠に立っての戻りでした。何気なく山の方へ眼をやると、太いオレンジ色に輝く柱のようなものが上に向かって伸び出してました。まるで写真で見たエレベーターが昇っていくようでしたよ。やがて一本の太い柱が立ち上がって、少し空気が振動したのかキュンというような変な音がしてから一瞬にして消えました」
 修造はとっさに山火事かと思い、庭に飛び出して山の方をへ走り出したが、煙ひとつ昇らず、臭いもせず、しばらく眺めていたが辺りは静まり返っているので、家に戻ったそうである。
 「雷が落ちたと聞いたしばらく後のことだったようでしたが、いつ頃か覚えてませんか?」私は、久地の残したメモからあたりをつけていて、それを確認したかった。
 「そうだあれを見れば、確か書いといたはずだ。オーイ、去年の作付け日誌を持ってきてくれ」修造は奥に向かって声をかけた。
 「これだこれだ、ほれここにあるだよ。えーと」老眼鏡をかけ直して指を差した。
 「農暦も書いてありますか」
 「もちろん、あるだよ。旧暦朔日だ」
 「やっぱり同じだ!」 (つづく)