ミネルヴァ書房の『ADHDのおともだち』という本がある。
この本を読んでいると、シンプルだけど、すごいADHDのことが分かる気がした。
ADHDという概念は、僕が小さい頃には存在しなかった。もし僕が小さい頃にこの概念があったら、間違いなくADHDと診断されていたらしい(ADHD研究者の話)。幸い、今の仕事は、ADHDでもとりあえずなんとか通用するので、(いまのところ)問題ないが、この仕事じゃなければ、絶対に大きな問題を抱えていたと思っている。
上の本によると、ADHDの特徴はこんな感じだ。
①わすれものが多すぎる
人間であれば、わすれることは誰にでもある。けれど、そのわすれるレベルが他人と違っている。とにかくわすれるのだ。電車に傘を忘れるなんて、もうあたりまえ中のあたりまえ。荷物、バッグもきれいに電車におきわすれる。ドイツの強制収容所にいったときなんて、その光景に目を奪われて、パスポートの入ったポーチをそのままわすれてきたし、二つ以上ものをもつと、必ず一つはどこかに消えている。三つあると、もう事態は深刻で、どうすることもできなくなる。探し物なんて、もう四六時中で、自分の人生、探すことにあるんじゃないか、と思うほどだ。重要な書類であっても、重要な本であっても、家に置いてあわてふためくなんていうのは、ほぼ毎日のこと。電気の消しわすれ、鍵の閉めわすれ、水道のしめわすれ、日々いつでもわすれている。
②あちこち歩き回る
これも、ADHDの大きな特徴らしい。僕もとにかくあちこち歩き回っている。一箇所に留まってられない。一つの場所に留まっていなければならないときでも、いつも身体の一部が動いている。誰かにちょっかいを出すなんてあたりまえ。つんつんしたり、叩いたり、くすぐったり、と、何かをしていないととにかく気がすまない。何かが気になったら、そっちばかりに気をとられ、本来すべきことはどこかにいってしまっている。思ったことはすぐに言ってしまうし、会話泥棒なんてあたりまえ。日々、動きがとまらないんです。
③また約束をすっぽかした
僕は、自慢ではないが、約束のすっぽかしのプロである。毎日の習慣になっていることはすっぽかさないんだけど、イレギュラーで入った予定はほぼすべてわすれている。手帳に予定を書いてもダメ。すっぽかす。それが外からみてものすごい重要な約束でも、完全に頭から抜けていて、結果、その約束の場所にいかなかった、なんてことは、僕の人生で一度や二度ではない。学校の出張費の請求を忘れて、自腹を切ったことももう何十回とある。すっぽかしは、もう僕の人生の一部となっている。普通の企業だったら、確実にクビになっていると思う。
④教室からいなくなる
先生をやっているので、さすがに教室からいなくなることはないが、授業が終わればすぐに教室をでる。でないともう無理。小さい頃から、教室を脱走するのはあたりまえ。大人になっても、常に今の場所から離れよう離れようとしてしまう。職場でも、僕を探す教職員は多い。多大なご迷惑をおかけしている。幸い、理解してくれる人が多いので助かっているが、会社、企業だったら、上司から毎日激怒されるだろう。
⑤きちんと書くのが苦手
僕の文字自体は、習字をやっていたせいか、そんなに汚くはない。誰でも読める字で書くことはできる。が、公式文書や書類を書くとなると、もうそれだけでパニックになる。漢字を書くのもすごい苦手で、人には、「よくそれだけ本を読んでいて、漢字が書けないね」、と言われる。自慢ではないが、漢字を書けない能力は最強クラスだと思う。論文やブログはかなり気合入れて書けるのだが、書こうと思わない文書に関しては、とにかくずさんで、ひどい。今も、もう書かなければならない書類が山ほどつまれているが、どうしていいかわからない(爆)
⑥休み時間にけんかばかり
自分の幼少期を振り返ると、もう日々、毎日誰かとけんかしていた。本当に毎日だった。クラスにグループがあったら、どこにも入らずに、全部のグループのリーダーとけんかしていた。もちろん総スカンをくらう。大人になっても、日々争いが絶えない。どこにいてもケンカをしてしまう。大人だから手は出さないが、言い争いはほんとうに多い。年上だろうが、年下だろうが、とにかくけんかしてしまう。決してけんかは悪いものではないかもしれないが、ここまでみんなとけんかしていると、本当に苦しくなることもある。
⑦「貸して」と言えない、返すのもわすれちゃう
これもどんぴしゃ。僕は、人のものを普通に自分のもののように使う能力をもっている。相手からしたら腹が立つことだが、どういうわけか、貸してと言わないで借りてしまう。借りるだけならいい。返すのを忘れて、持って帰ってきてしまうのだ。うちの研究室に、いったいどれだけの人のボールペンがあるだろう。返そうと思うが、誰から借りたのかが分からず、途方に暮れている。きっと、貸したほうも僕に貸したことを後悔していると思う。借りたものを返さないでもって行ってしまう、というのは、僕の人生35年間ずっと続く悪行だ。
上の本には、大人のことも書いてあります。
・仕事で必要な書類を期日までに提出できない
・重要な書類の読みちがいや記入ミスが多い
・ものがかたづけられない、大事なものをなくしてしまう
・好きなことに度をこえて熱中するかと思うと、すぐに飽きてしまう
・時間や約束を守れない
・思ったことをそのまま口に出すため、対人関係のトラブルが多い
(p.52より引用)
リアルな僕を知っている人なら、みんな「おー!そのとおり」って思うだろう。上のすべてが当てはまる。好きなものに度を越えて熱中するというのも合っている。しかも、それが飽きずに延々と続くので、もっとやっかいだ。
さらに、こんなことも書いてある。
「本書で取り上げられた『ADHD』の人たちは、障害があることに気づかれないまま、「わがままだ」、「反省しなさい」と言われ、自信をなくし、ストレスを抱えて過ごしています。そのまま支援を受けられないと、不登校の問題などを引き起こすこともあります」(p.54)
まさに、まったくその通りになったのが、僕ですね。すごいでしょ。まさにKING OF ADHDとは僕のことだと思います。法律的にも、ADHDは、『発達障害者支援法』に規定された立派な「障害」らしいです。
ただ、僕は、偶然(というか色んな人の援助があって)、今の職業に就きました。今の職業は、ある種すごい恵まれているので、なんとか働き続けられています。発達障害者は、「発達障害を有するために日常生活又は社会生活に制限を受ける者」のことをいうので、僕自身は厳密には発達障害者ではないと思われます。でも、それはたまたま(現在までのところ)恵まれた環境にあるからであり、普通の企業や会社に入れば、一ヶ月もしないうちに消えていることでしょう。つまり、僕は社会生活がたまたまうまくいっているから、発達障害者と呼ばれないだけで、今の社会生活が破綻すれば、一気に「問題のある大人」になるでしょう。
20代前半の僕は、「自分が生きていく道は、大学の教員しかない」と思いました。それは、憧れというよりは、それしか道がなかったんです。もともと中学校の先生になりたかったんですけど、中学校には僕みたいな人間は必要とされていない、ということを痛感したりもしました。同僚との争いも絶えないでしょうし、上記の特性からしても、とても担任が務まるとも思えません。今の仕事に就けたことが奇跡としか思えないのです。
ADHDの人は、職種が厳しく制限されていると考えた方がいいかもしれません。
『ADHDのある人は、何か新しいアイデアを考えたり、今までにないものを思いついたり、つくったりすることが得意な人がたくさんいます。それは、世の中の常識のようなものにとらわれないで自由に考えるからです。・・・ADHDのある人は、その発想のおもしろさと、くるくるとテーマが変わるスピードのあるおしゃべりで、人を楽しませる才能もあります』(p.47)
だから、ADHDの人は、何かクリエイティブでエンターテイメント性のある職業に進むのが望ましいのです。学者、あるいは大学の先生って、まさにそういう仕事だったりします。多分、僕の講義や授業が面白いのって、僕が面白いからではなく、ADHDだから面白いんだと思います。不思議な生きものですからね。
僕は、外側から「発達障害者」と規定されてはいません。でも、それは僕の内在的な理由からではなく、たまたま「障害者」と規定されにくいような職場にいるからだと思っています。それでも、ときおり、すごい目で僕を見てきます。その目は嫌悪と憎悪と偏見に満ちています。でも、だからこそ、「障害者」と規定される人からも、愛されるキャラクターなんでしょう。障害をもった人に、「おまえ、障害者か」と言われるっていうのも、ある意味、特権的なものかもしれません。子どもにも、「keiって、大人?それとも子ども?」と言われたことがあります。きっと「僕」という人間が不思議だったのでしょう。
講義では、ADHDについてはあまり触れませんが、多分ADHDについて語らせたら、僕以上に語れる人間はそうそういないんじゃないかなとも思っています。
結論からいえば、このADHDという特性ゆえに、自分の人生は大変ではあるけれど、楽しい人生にもなっているかな、と。