歴史系ドラマ・映画の感想を書いたり、妄想キャスティングしています。このブログは純度の高い自己満足で構築されています。
必然的なヒストリー



「重盛、基盛、清三郎、清四郎、みんな俺の子!文句あるか!」
この歌を聞いて何がどうなったら、清盛を「なんて恐ろしい子!」と評価できるのだ。
こんな棟梁、歌会からつまみ出せ。
ここは崇徳院や悪魔の左大臣・頼長の「ま、ま、ま、マジすか学園〜〜〜!」みたいな反応が正しいのです。
こんな歌の意図を本気で聞き取ろうとするな!
この歌のせいで、藤原家成の面目は丸潰れ。そりゃ、成親も反平家になるってもんですよ、ダンナ!


かつて、江や天地人にも「主人公補正」による「説得力なき無条件納得」が幾度も発動されました。
江や天地人はまだ良いのですよ。最初から生ぬるい展開にする意志が十分に伝わってきましたから。
だから、何の期待もせずにただ鼻で笑っていれば良かった。
しかし、平清盛は当初、本格王道歴史ドラマを地で行くような展開にするという雰囲気が伝わってきたのです。

…いや、こう書くと人のせいにしているみたいで嫌ですね。
そうなんです。前にも書きましたが、全て琉河の見る目のなさが原因です。
山盛りコーンスターチや「王家の犬」連呼以外にも公家が透過性のある烏帽子を被っているハレンチ設定だけでも、このドラマの出鱈目さを見抜くことが出来たのです。


でもね、まだ深読みは出来るのですよ。
「家族愛に拘るあまり、清盛は非常識な行動を繰り返し、それが平家滅亡の遠因になった」
これが脚本家の壮大なる伏線だとしたら、拍手を送らざるを得ません。

あと、梅雀さんがトメだとなんだか収まりが悪いですね。
フレンチのコースでいうと
アベリティフ→アミューズ→オードブル→スープ→ポワソン→グラニテ→グラニテ→グラニテ→カフェ(終)
みたいな。「肉料理は来ないの?」みたいな感じ。
大河ドラマの登場人物クレジットはフルコースみたいなもの。華麗かつ贅沢な流れを楽しみたいものです。
安っぽいコース料理なんか大河ドラマに必要ないです。
(別に琉河はコース至上主義者ではありません。どちらかというとアラカルトから注文し自分で好きなコースメニュを作るタイプです。料理関連の批判はご遠慮願います。『か〇むら』最高!)



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さて、裏番組の影響か11%台にまで視聴率が落ちた平清盛。いやいや、内容に比べると十分に高い視聴率ですよ。スタッフは歓喜していいレベルだと思います。
お話の内容は1147年に起きた祇園闘乱事件をモデルにしたオリジナルストーリーだったわけですが、今回はその顛末というかストーリーのオチについて考えてみたいと思います。

「矢が宝殿に当たった事件」については頼長著の「台記」によると坊主と清盛一行の小競り合いの最中に名もなき郎党が放ったとありますが、物語では清盛が当てたことになっていました。それはどうでもいいです。オリジナルストーリーを貫いているのですから、勝手にやればいいです。
問題は、鳥羽法皇の裁決です。
鳥羽法皇としては、この事件を利用して延暦寺をやりこめたかっただけだと思います。その方法が「清盛を罰金刑に留める」であり、その結果が延暦寺の強訴を退けた実績を残すことになるのです。今回利用した武士の力は、後々、朝廷を脅かす存在となるのですが、それはもう少し先のお話。
琉河としては、武力を取るか、寺院の権威を取るか、それに悩む鳥羽法皇の姿を見たかったのですが…。

鳥羽法皇がやったことは常人では理解できない一人芝居
しかも本気だ

まずは「上のたつものは自分の目で真実を見出さなければならない」という国民としては誠にありがたい思し召しのもと、神の子孫が自ら検非違使庁に向かっていく!
凄いです。歴代天皇では絶対出来ない、一歩間違えれば院の近臣が処罰されかねないことを次から次へとこの人物はやってのけます。
それもダメですが、この後がもっといけなかった!
清盛を目の前にして鳥羽法皇の思考回路が破滅します。
こんな感じで正しいか?文章に起こすと随分間の抜けたことになりますが…。

「清盛君はわざと矢を放ったのかね?朕は真実を問いただすぞ!問いただすぞ!」→
「ィヤッホー!じゃあ朕を討て!でも、真似だけでいいからね。実際に矢を放つと神の子孫とはいえ死んじゃうからね。」→
「当たった、当たった!朕しか見えない矢が当たりおったわ!おお、見よ!ワガミニスマウモノノケノチガ…云々」→
「清盛よ!君自体が、神輿に放たれた矢なんだ!荒廃する平安の御代に放たれた時代をただす矢なのだ。」
‐完‐

見たか!どんどん移りゆく話題の核心!
それでも我々は知っている!
法皇は一生懸命生きている!
上手いこと言ったつもりの鳥羽法皇カッコいい!
さすがトレンディを極めた法皇!
君の瞳を逮捕する!

律令なんか関係ねえ!理屈じゃない!感じるんだ!

…。
…いやダメだろ。
真面目なことを言ってしまうようだけど、上の立つ者がこの発言。誰がコイツについていくんだ。
ああ、謀反の芽がチラホラ…。
例えば「こうこう、こう言う理由でAという結論に至った」という思考ではなく「AだからAなんだ」という身も蓋もない思考によりたどり着いた今回のオチ。
法皇はこの後、藤原頼長に「ワガミニスマウモノノケノチガ…云々」とか「清盛は矢だ!」と捲し立てたのか。
聞いてて呆れるしかない藤原摂関家の方々。同情します。
まあ、それはともかく。大事なのは次のこと。

今回の言動により法皇様は見事「近所にいたら迷惑な“あーゆー人”」になられました。
誠におめでとうございます!
パチパチパチパチ
今後はいじられキャラとして精一杯頑張ってください!

NHKは公式HPに「今回の鳥羽法皇」とか「鳥羽法皇語録」といった特設ページを作るべき。
もっと言えば、ドラマが終わった後にテリー伊藤の解説による「本日の鳥羽法皇」とか流すべき。
今回だって祇園闘乱事件なんぞ、どうでもいい。番宣は、異様に張り切ってる坊主姿の三上さんだけ流していれば良かったんだ。
退場が刻々と迫っている鳥羽法皇。
いや、鳥羽法皇というより三上博史そのものと言った方が宜しいか!
三上博史こそが、乱れに乱れた大河ドラマを射抜いた矢そのものなのだ!

ちなみに今回、國村さんが語っていた藤原師道は38歳の若さで急死。当時、若く力が無かった息子の摂政・忠実は政治の実権を師道と協力せざるを得なかった白河法皇に事実上奪われ、院政は全盛期を迎えた。こうして藤原摂関家は没落していった

このドラマは時々、こういった琉河の琴線に触れることを言い放ってくれるのですが、如何せん、そのままスルーしてしまうのですよね



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遊びをせんとや生まれけむ
戯れせんとや生まれけん
遊ぶ子供の声聞けば
我が身さへこそ揺るがるれ

言うまでもなく平清盛によく出てくるフレーズですね。
どうやら、この2102年度の大河ドラマ「平清盛」。
この歌の意味のごとく『子供の元気な声を聴いていると、何だか体がウズウズして遊びたくなってくるわい!
とドラマ関係者が意気込んだ結果、生まれた作品がよもや彼岸の域に達していようとは誰が予想したことでしょうか。

いや最初から懐疑的に見ていた人は「王家」という言葉や「溢れ出るコーンスターチ」を見た時点でピンと来たのかもしれませんが、不肖、この琉河はまんまとこの作品に期待し勝手に絶望することと相成りました。
一般的にいう源平合戦よりも一世代前のあまり馴染のない時代だから、描きようによっては面白くなると思ったのですが・・・。
ここまで通説を無視して異説に走ってくれると、こちらが何を言っても空しくなるばかりですね。琉河はまず王道的な通説を基にした物語があって、初めてそこから派生する異説が生きてくると思うのですよね。忠臣蔵で例えると、「吉良上野介を悪」とした展開を『通説』とすると、ここ最近、放映されるようになった『浅野長矩、神経衰弱による乱心。吉良上野介はとばっちり』という展開が『異説』になるわけです。
『異説』は広範囲に広がっていて、例えば深作欣二の八犬伝(鎌田敏夫・原作)のような滝沢馬琴の設定を借りただけの面白ハッタリ展開も『異説』に含まれてもいいと思います。

まさにここ「ドラマ清盛」は第一話から深作欣二の八犬伝ばりのハッタリ展開がバシバシでてきます。
前述のとおりそれはそれで、面白いのです。
どのくらい面白いかというと、ヤングジャンプあたりで連載していたら全巻そろえてしまうぐらいの面白さです。(それがどのレベルかというのはご想像にお任せします)
あっ、今、深作監督の八犬伝を引き合いに出してしまいましたが、勿論、完成度は清盛より八犬伝の方が数百倍は上です。

「ドラマ清盛」は琉河的には漫画的なハッタリ展開ばかりだと思うのですが、別にハッタリ展開をバカにしているのわけではありません。堅苦しい歴史イベントばかり並べたてても知識欲は満たされるものの、続きを見たいと自発的に思えなくなってしまうし、再現ドキュメンタリーみたいなドラマになってしまう。要は、ハッタリ展開の塩梅が重要なわけで、「ドラマ清盛」は明らかにこの分量を間違えているのです。
視聴者を退屈させまいとして、毎回これでもかと『異説』を語り続け、不必要な設定をこさえて無駄な伏線を貼りまくった(※1:皮肉なことに『通説』を知っている人でないと伏線と分かりにくく、知らない人は単なる荒唐無稽な展開にしか成り得ない)のでしょうが、全部裏目で出ていますね。視聴率の推移を見れば明らかです。

さて、では琉河が思う裏目に出たと思われる設定やストーリー展開を語ってみましょうか。(例によって批評という名のストレス発散ですよ

さて、1番目は「王家の奴ら」 
こいつらは全員どこかしらダメ。何で、行動パターンがいちいち家庭サスペンスとかご近所の悪い噂みたいになっているのだ。ぶっちゃけ琉河はこの手の話は大好物です。特に三上法皇はわざわざ自分から地雷を踏みに行くという凡人では耐え難い苦行に挑んでいる。毎回毎回、律儀に自爆していく様は見ていて面白い。しかし、王家にまつわる肝心な話は全て事後なんだよね。お子様に聞かれたら親はどうやって答えるのだ。
というわけで琉河的には好みでも、絶対に家族でまったり見たい層には支持されない。

他にもダメ人間はいるぞ。三上法皇と共依存に陥っている待賢門院様だ!
この御方は何というかダメとしか言いようがない。一見控え目でおとなしめなのは好印象なんです。しかし、空気の読めなさは異常。相手が言葉で攻められるのが大好きな三上法皇でなければ、とっくの昔に流罪になっていてもおかしくないレベルです。で、挙句の果てに「私の心は空っぽなんです〜」だと!どこの猛禽だ!
でもね、残念なことにこの手のタイプは琉河の経験から行くと、たいていタチ悪い奴に引っかかってヒモと化した男性を養うことになる羽目に陥るのです。しかも、この手のタイプに寄りかかっている男性は対象の女性から拒絶されるとストーカー化することもあります。そういえば、「ドラマ清盛」にもまさに似たようなタイプがいたな…。
で、清盛のライバルとなる予定の雅仁親王。一見、バカな振る舞いも計算です!といった風情だが、それならば何で清盛とのすごろく勝負で、たかだか幼子に邪魔されたぐらいでそんなに怒れるのだ。単なるキレやすい若者じゃないか。「腹に一物抱える大天狗」ならば、そこは豪快に笑い飛ばしてほしかった。
そして、最後はベンジャミン法皇。全てが不快。
設定の上でも王家は失敗している。崇徳帝が白河法皇の息子という噂を真実として取り扱っていること。いくら何でもやり過ぎです。その伏線の回収が11話の崇徳帝による鳥羽院への反旗だとしたら、そこまでの設定は要りません。まさしく(※1)の事象に当てはまると考えます。せいぜい、神経が摩耗し始めた三上さんが懐疑的になるぐらいで十分。
この設定のために王家全体が生々しい大人の世界になっているような気がします。どこまでいってもベンジャミンと待賢門院のあのねっとりとしたやり取りがちらつくのです。どこまでいっても黄昏流星群。はっきり言って気持ち悪いです。

2番目は「元海賊の奴ら」
賑やかし要員として必要なのはわかるけど、とにかく汚い。
そんなに汚くして誰が喜ぶのだ
他に言うことなし。はい、次!

3番目は「藤原摂関家」
このお歯黒軍団は國村さん以外はまともな部類。特に頼長は役人として結構、正しいことを言っているぞ。密貿易のことにしても、王家は乱れている発言にしても、待賢門院に対する義清の罪を求める際にしても、どこまで行っても正しい。なのに、ドラマでは何だかダークサイド扱い。勧善懲悪の凄まじい転倒なのではないか!まるでデビルマンじゃないか!保元の乱後に頼長のちぎれた上半身が清盛の隣で横たわっていても不自然ではない。(まさかその伏線じゃなかろうな…)
後、異様に気になるのが、國村さんのクレジットの位置。単なる偶然だと思うのですが、やけに目立つ位置にクレジットされています(松雪さんも時々この位置にクレジットされます)。トメでも何でもないのに中井貴一さんより目立っています。何だか微調整している臭いんだよな〜。表示時間というかクレジットされる時間の間隔がその都度違うし。う〜む、小癪だ!

4番目「主人公周辺のバ〇野郎ども(平清盛、源為義、佐藤義清)」
全部だめ。何がダメって全部だめ。
まずキング・オブ・ダメおやじの称号を得た源為義。第4話の忠盛闇討ち事件。棟梁自ら、一人でのこのこ暗殺に行くって絶対に有り得ない。しかも、どう見ても格好からして中井貴一の勝ちです。棟梁なのに何故か雑兵みたいな恰好をしている為義。
なんだ、お前。
それしか服を持っていないのか。しかも、どさくさに紛れて「これが息子にしてやれる唯一のことだ!」とか抜かしやがったな。思わず騙されるところだったわ。それは自分が処刑されるときまで取っておけよ。ここで持ってくるなんて、随分と安い命だな。
琉河は以前、この為義のキャラ設定を通説を覆した眼から鱗と評したが、やはりまずは通説通り狼藉者の為義を見たかった。この場合、小日向さんではミスキャストになってしまいますが。

で、次は清盛。ロックです!グレイトです!激動の時代を生きています!愛しさと、切なさと、心強さを持ってます!お父さんの威光を利用してます!以上!
…妻が死んだときに僧に蹴り飛ばしていましたが、これが祇園闘乱事件の伏線だとしたら絶対に清盛を支持しない。まさに(※1)に該当し、下らない伏線。
この時、平家の良心であった盛国が「極論を言えば、法皇のせいで北の方様は死んだのです」とかほざいていましたね。んなバカな。ひたすらみじめな設定になっている三上さんに合掌。ついでに三上さんのクレジット位置が悪すぎるのにも合掌。

最後に佐藤義清
いやはや、このバ〇にはすっかり騙されましたよ
最初こそ、「ちょっとナルシストだけど、知勇兼備の頼りになる奴」みたいなキャラでしたが、第10話で見事に転落。
「何で(美しい)僕を認めてくれないんだよう。(俺はあのダメ上皇より下だというのか!)」
という逆切れで待賢門院の首を絞め、挙句の果てにムシャクシャして娘をキック。見事なまでの虐待行為。しかも、誠意を込めた謝罪もせずに一人逃亡。
誰が共感するんだ、こんなキャラ。地雷震に出てくる小佐野ヒロキかよ!
ネタ的には面白いけど、主人公サイドにこんな人物を置いて物語的に大丈夫なのか。
ええ、確かに義清というか西行は出家を止めようとする娘を蹴り飛ばす逸話は残っていますよ。でも、明らかに使いどころを間違っているでしょう。
一事が万事とは言いませんが、この先、どんなに義清が素晴らしいことを言っても色眼鏡で見られることは間違いないですよ。
しかも、自分の限界を知って自暴自棄。ヒモまっしぐらじゃないですか。
この先、どこまで行ってもネタキャラ扱い。せいぜい、物語のツッコまれ役として頑張ってください。

あと、失敗だと思ったのは頼朝のナレーション。頼朝である必要性が全くない。もう少し、源氏に肩入れした言い方にしたり、敢えて雅仁親王を目の上のたんこぶ的な扱いで語ってくれた方が頼朝らしい気がする。
そして一番小癪なのは、理屈的な説明がなされているように見せて、単なるオーバーな演出の勢いだけで乗り切ろうとするところ。
龍馬伝の時からの悪い癖です。
いくつかあるのでパッとは出てきませんが、直近のもので言えば、崇徳帝が譲位にあたり悶絶するシーン。
「皇太弟だと…、おとうと、おとうと…、違う、違う・・・、おのれ得子。朕を騙したな!」
どうやらARATAさんは松雪さんに騙されたようなのですが、何がどう騙されたのか分からない人には分からないと思います。ARATAさんの立場ではとにかく“息子”ではなく“弟”に帝位を譲るのではマズいらしいです。
きちんと説明して欲しいところなんですけどね。仮にも情報を与える側の人間が「分かる人だけ分ければいい」という姿勢を取るのはどうしたもんですかね。これが「無駄金使って自己満足なドラマを作りました。見たければ見て良いよ」という姿勢なら何も言うことはありませんよ。いっそ、そう宣言した方が楽じゃないですかね。

「もしドラ」を放映していた局なのに、顧客満足を考えないのもどうなのかな。スタッフにとって一番の顧客はコーンスターチ業者なのかな。
何にしても、この時代を取り扱うこと自体に心意気を感じた、あの期待膨らませてくれた思いを、もう一回味あわせてはくれないでしょうか。

最後になりますが、琉河が2話以降、感想を書いていない理由を述べます。
一番の理由は体調の問題です。これは厄介で、原稿の推敲すらまともにしていません。見苦しい文章について、この場を借りてお詫びします。
2番目の理由はこれも簡単な理由で、ドラマを見ながら琉河の脳内でオリジナルストーリーを妄想しているからです。当然キャストもキャラ設定も違う所が出ています。ドラマは本編の進捗具合と妄想ストーリーを照合させるためだけに見ています。特にドラマに求めるものが無いと毎週、感想は書けないものです。ある意味、こういう視聴方法もアリだな、と最近では考えています。



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「対決!もののけ法皇」とも言えるべき第2話。

エロタコ法皇は雄叫びを上げた後、呆気なく崩御。
最後の清盛が舞うシーンで対面した時の法皇の表情。
清盛の豪胆さの中に秘めたる能力を認めたのか、やっぱり蔑んでいるのかいまいち分かりませんが、まあまあまあ、最初に立ちはだかる敵としては良いキャラでした。

次週以降から色々な人が出てきて本番ですね。
視聴率が上がるとしたら、これからでしょうか。

毎週、感想を更新していくことは難しいのですが、印象的なキャラクターが出てきたらまた記事をアップしていきたいドラマだと思わされました。



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「王家」
確かに日本では馴染の薄い言葉ですが、この呼称について結構な問題になっていたのですね。
確かに王家というと「王家の谷」を連想してしまう。
琉河も、最初は「エジプトか!」とツッコんでしまいました。

しかしね。何がそんなに怒れるのかはしれませんが、これはこれとして楽しめばいいと思います。
確かに「王」だと存在が軽い印象を受けるかも知れませんが、中世日本の資料に残っている「王家」と諸外国の「王家」は全く意味合いが違うのですから良いと思います。
こういうのは
「白河法皇」が「白河法王」、「鳥羽天皇」が「鳥羽天王」という表記になってから問題にすれば思います。

正直、“中世が舞台のドラマとして”は「皇族」「天皇家」という呼称より合っていると思います。
あ、おまけに言っておくと「朝廷」という言葉もダメです。源為義も平忠盛も朝廷に属しているので、使うと不自然です。

じゃあ、どう呼べばよかったのかというと
「御所」
ではどうでしょうか。
「住まいと勘違いしちゃうぢゃないか」
という意見が出るなら、
「内裏にいる、やんごとなきお方たち」
でどうでしょう。
個人を指すなら「院」「おかみ」で間違いないと思います。

まあ、例え不自然でも最初から教科書とかでよく使われている「朝廷」にしていれば問題なかったのね。
制作者側は冒険心というかエンターテイメント性を考えて、敢えてこういう呼称にしたのでしょうから
そんなに深読みする必要もないと思います。

それよりも法皇の目の前で舞子が血を噴き出して死亡する、という事態の方がよほど有り得ないのですが。



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中井貴一ありきの第1話でしたが、とても面白かったです。
中井貴一の男気は格好良すぎます。
吹石さんを守ろうとする姿勢にはさすがにホロリと来ました。

後、脇役陣もなかなか素晴らしい。
第1話で最も存在感を放っていたのはベンジャミン法皇でしょう。物凄く憎たらしいです。
アレを白河法皇と呼びたくないくらい憎たらしいです。
今日、アンタがしたことは陰陽師にだまされただけじゃん。それをここまで騒ぎを大きくした偉大なる同胞には頭が下がります。
もう何と言うかですね。
「あの眉なしエロタコ野郎、早く〇ね!」と言いたくなります。ていうか、もうすぐ死ぬか。
第2話は祝杯だな!
保元の乱の伏線も何気に張られるとは。エロタコ野郎がくたばった後の待賢門院と鳥羽帝の関係も楽しみですね。
何にしろ「清盛の母がいまいち特定できない」というだけで、ここまでストーリーを作ることが出来たのはいいですね。舞子の存在を通して「平家」「源氏」「エロタコ」すべての人物像が無理なく視聴者にもイメージ出来るように描かれています。

そうそう、源氏に関しては頼朝の語りもなかなか。(北条政子は明らかにツッコミ待ちなので敢えて触れません)
為義「王家は源氏を軽んじておる!」
頼朝「僕が思うに、軽んじられてたのは源氏じゃなく為義だったんだよ」
これは素直に笑えました。その通り、為義は小物臭が漂いすぎている。

源為義というと琉河の中では「無骨者ゆえに世渡り下手で非業の最期を遂げた」というイメージを持っていましたが、なるほどこういう描き方もあるのだな、と目からうろこでした。

最後にOPテーマ曲について。
ラストの女性のつぶやきが何となくホラーです。



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今年の7時間時代劇「忠臣蔵〜その義その愛〜
ようやく見終わりました。

驚いたのが、いきなり高田馬場の決闘から始まったこと!
村上庄左衛門や六郎左衛門がいきなり退場!

安兵衛が主役なのだから楽しみにしていたのですが…。少し残念。
後、残念なのは土屋主税や脇坂淡路守、垣見五郎兵衛といった主に大物俳優が演じる(特別出演が付く場合が多い)お馴染みの人物が出てこなかったこと。特に新説を取れているわけでもなく、単なる忠臣蔵でしか無かったわけだから入れても良いエピソードだと思ったのですが。

反面、良かったのは柄本明さんの吉良上野介!
赤穂浪士に捕縛された後、いきなり活き活きし始める吉良上野介!
何故かバンザイ?して何かをやり遂げた顔をする吉良上野介!
その達成感はどこから出てくるのか全くもって不思議だ。

内野さんの安兵衛は期待を裏切らないキャラクターでしたが、最後に柄本さんに全部持ってかれた気がしますね〜。



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琉河が餓死していない真実はここにありました。

今年は大河ドラマがとんでもないことになっていましたが、世間からの評価も辛辣なものだったので大変満足です。
あのドラマは今思っても視聴者を舐めすぎだと思います。当然の評価で安心しました。

大河ドラマはダメでしたが、その他のドラマは面白いものが多かったです。
鈴木先生、JIN、ミタと琉河好みのドラマが多かったです。特にミタは漫画・小説原作に頼らないオリジナルものだったのが良かったです。

それはそうと、クッキングパパの良さがわかる年齢になってきました。
昔はレシピのみ参考にしてストーリー自体には目を向けていませんでしたが、物語を読み解いていくと、なるほどマッタリ感にホロリとくるものがありました。まことの成長ぶりを見るにつけ、おお子供がいると親はこんな感情を持つのだなと感激してしまったり。
それにつけても、些細なことでもホロリと来ることが多くなりました。
先日も喫煙所で100円ライターの火がつかずカチカチやっていたらヒルクライムっぽい人が火を貸してくれました。琉河が美人なので近づいてきたという事実を差し引いても(※1)、こういう見ず知らぬ人同士の小さい助け合いは素晴らしいものだと思いました。
来年はきっと黄昏流星群に共感できていることでしょう。

(※1)ドン引きするところですよ



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キャストの豪華さは半端なかったです。これほど見応えのあるクレジットは久々に見ました。

で、内容ですが、渡辺謙さんの声が良かった。
渡辺謙さんは今後もドキュメンタリーのナレーションを続けて欲しいと思います。小難しいストーリーによく合う声質だと感じました。
全13回、本当に素晴らしい司馬遼太郎の価値観に基づくドキュメンタリー再現ドラマでした。

「天地人」「江」と続けば(「龍馬伝」は坂本龍馬はちょっとアレな奴だ!という設定だと考えればOK)、歴史好きの方は物語が面白いか、面白くないかに限らず評価せざるを得ない作品なわけです。
というわけで歴史を勉強し直す機会をくれた作品として評価したいです。
でも全体的に退屈でした。戦争シーンは目玉でもあるので、面白いのは当たり前でここは敢えて褒めるところではないでしょう。

分かり易い伏線を貼り、見事な演出で回収するとか、そういう試みも欲しかったですね。題材的に難しいかもしれませんが、実例を挙げると次のシーン。
二〇三高地で児玉が乃木の指揮権に介入するシーン。あの少年時代のエピソードは児玉が乃木邸に訪れ日露戦争への動員を促すシーンに使ってもいいんじゃなかろうか。そうすれば、伏線として残り、指揮権介入シーンも「後付け設定」みたいな描写は避けられたと思う。確かに児玉が乃木を迎えに行くシーンは見応えがりましたが、それは旅順攻略における乃木と児玉の関係があればこそ見応えが出るわけで、何の予備知識を持ってない人が見たら「あ、高橋英樹がドラマに出てる」ぐらいの印象しかないでしょう。

後は、分かり易い「やられ役」。立場的に悪役っぽいキャラもいると面白いでしょう。
例えば、日清戦争、そして日本がロシアと対立する遠因にもなった閔妃の活躍!
こいつが出てこないと面白みに欠けます。
琉河が考えたキャストはこうです。

閔妃・・・キム・テヒ
三浦梧楼・・・高岡蒼佑
高宗・・・岡田准一(友情出演)

どうでしょうか。そして閔妃が暗殺されたときは親露派の人民にあの泣き方(注1)をさせれば完璧です。
ここまでやると「坂の上の雲」が原作じゃなくてもいい気がしますが。
原作と言えば、日本の未来を憂う悲観的観測で終わるところを外したのは正解だったと思います。
欲を言えば「明治以降に活躍した長州人は役立たずばっかり!でも伊藤博文だけはちょっとだけ評価してやる!」という御大の得意な描き方ももう少し払拭してくれると良かったのですが。

通年大河ドラマにはない躍動感、その時代の価値観を感じさせるリアリティを描き切ったのは確かだと思いますので、視聴率を気にせず次にトライしてくださいね。

 

(注1)ひざまついて地面をたたきながら泣く。



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本当に今更ですが、「江〜姫たちの戦国」の最終回感想を書きたいと思います。
琉河の「12月12日までにやっておくことリスト」において優先順位が低かったために遅れてしまったわけですが、なにとぞご容赦ください。

で、いきなり冒頭で草刈正雄さん退場。
これは見逃した人も多かったのでは!
せめてOPテーマが流れてからしてあげてくださいよ。さすがに同情します。
最後は「頭皮は大切に!」というようなことを正信は言いたかったのだと思います。

でもって、内容に至っては詰め込み過ぎ。
何で最終回でこんなに忙しい展開になっているんだい?
北大路〇也先生が出番増やせとゴネたのか!?
今回の話こそが「江」にとって本当の主人公になり得るストーリーじゃないのか。
ドラマでは大奥法度が出来た背景には保科正之が関与していた!なんて素っ頓狂な説を唱えていましたが、別に今更驚きもしませんよ。
だから、この辺はじっくり丁寧に描いてほしかったところです。
最終回の内容だけでも
第46話「日光東照宮」
第47話「大奥法度」
第48話「御三家誕生」
第49話「娘の入内」
第50話「宇都宮釣天井」
第51話「三代将軍家光」
最終話「思うがままに生きてみた」
と7回分のネタはあるわけですよ。
本当に何がしたかったんだ、と言いたくなる展開でした。

それとお福の存在。
いつの間に江の犬になり下がったんだ!
確か第45話のラストで家光と江が和解するシーンはありましたが、それだけでお福は江に無条件降伏したのですか!
何で最終回だけ取ってつけたかのように(江にとって)物わかりのいい人物になっているのでしょうか。
この大河ドラマの最後の謎です。

ラストもラストで何となく感動して頂戴!みたいな展開にしていましたが、今までの功績のお陰で全く心が動きませんでした。
元々、無理があったんだな。篤姫と同じように江を語るべきではなかった。
琉河が本当に見切りをつけたのは第5話の本能寺の変の回でした。
信長の今わの際に登場する人物が「江」って、普通にありえない。出てくるとしても母上のお市の方でしょうに。
脚本家の「年上好きで知られる信長が実は…!」という石原都知事への挑戦とも受け取れる意気込みは分かりますが、信長が江を評価するに至る材料がドラマでは少なすぎました。
これで完全に白けてしまったのです。

優良コンテンツである戦国時代を扱っていながら、ここまで魅力のないお話を作ることが出来た脚本家をはじめとするスタッフ陣には敬意を表します。
ただ、一視聴者としての意見ですが、叶うならば今度は余計な設定を省いたオーソドックスな作りにしてください。主人公(というか脚本家)の崇高な精神は一般人である琉河では理解することが出来ないので。



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