遊煩悩林

住職のつぶやき

住職はホントに忙しい?!

2010年05月25日 | ブログ

草がよく生える時期。雨が降らない日は毎日といっていいほど境内の草を抜きに来てくれている老夫婦がいます。
本来は、寺に居住する者の大切な勤めなのかもしれませんが、住職である私はその時間を未だに見出せない?・・・見出「さ」ずにいるわけです。
坊守は暇を見つけて格闘していますが、とても追いつきません。
午前中の勤めを終えて寺に戻ったとき、ご夫婦に「ご苦労さん」と声をかけたところ「あんたは忙しいで・・・」「やり出すと、やってしまわんと気になる性分やで気にせんといて・・・」「うっとうしいかもしれんけど、好きでやっとるんやでやらせたってぇ」と返してくれました。
自分の勤めもロクに果たさず、上から目線で「ご苦労さん」という自分に対してのその返答に恥ずかしくなります。
おかげで、私は自分の勝手な基準で優先させている勤めを果たしているのです。
パソコンに向かってつぶやいている暇があれば・・・という想いがなくもありません。
「住職は忙しいから・・・」のことばに甘えて、恥をしのびつつ深謝するばかりですが、頭が下がる思いとはいいながら、実際に頭が下がっているのかと問われ、そして彼らの行いとことばはいったいどういうところから来るのだろうと考えさせられました。

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昭和のおもちゃ

2010年05月20日 | ブログ

まさかこんなことになるとは・・・。

ことの発端は、友人宅に家族でお邪魔したときのこと。
設計に凝ったお屋敷でしたので、お宅訪問よろしく各部屋を探索中、子どもの目が止まったのは中学生になるお子さんの部屋にあったテレビゲーム。
それがゲーム機であることを知ってか知らずか「これやりたい!」と。
持ち主が不在でしたので「駄目だ!」といくらいっても聞きません。
妻がそこで何をひらめいたのか「よし!わかった」と。しかも「実は家に用意してある」という。
そうやってなだめすかせて家に帰り、妻が出してきたのはなんと私が子どものときに使っていたゲームボーイ。
20100519_171642知らない人もいるかもしれませんが、本体が大きい割に、液晶は小さくモノクロのあのゲームボーイでした。
カセット(「ソフト」をそう呼んでいた)を差し込み電池を入れると・・・なんと動きました。
「スーパーマリオランド」に長男と一緒にはまってしまいました。
しかもどうしても攻略法がわからず、amazonで攻略本を探したところ・・・恐るべしamazon・・・中古本が届きました。おかげで長男は外出するときはゲームボーイを手放さず、愛読書は攻略本・・・寝るときは攻略本を持って行き、朝それを持って起きてきます。
居酒屋で飲んでいる私たちに付き合いきれずにそれをやっていると、必ず私たちと同世代の店員さんや他のお客さんが声をかけてくれます。「そんなのまだあるの!」「懐かしい!」と。本人も「僕の宝物」だといってご満悦です。

20100516_222010 さて、それだけで済めばよかったのですが、ゲームボーイとともにお蔵入りしていたのは、20年以上も前の初代「ファミコン」。好奇心にかられてテレビにつないでみたところ、あのレトロな画面と音が響きました。
「お父さんスゴイ!」というはじめての子どもの声援を受け、「昭和(末期)のおもちゃ」にハマっています。
同時に、かつてと同じように「いつまでやってるの!」「早くお風呂に入りなさい!」「仲良くやりなさい!」「もう捨てるわよ!」という「母」の台詞も懐かしく感じるのでした。

まさかこんなことになるとは・・・。
妻の心境を察します。

そういえば我が家にはDSもあったのですが・・・。20100516_221456_2

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寺の宝

2010年05月16日 | ブログ

宝が届きました。寺の宝です。
「寺の宝」というと一般的なイメージはどうでしょうか。
建造物や仏像などが真っ先に挙がりそうですが、今回常照寺に届いたのは「教え」という宝です。
「教え」というカタチなき事柄を「宝」とする。物質を離れる世界です。
ですが、そうはいいながらも現実は物質に縛られているのが私です。
宝物という言い方をするならば「教え」は「物」ではありませんから、実質的に寺に届けられたのは「書物」、つまり「本」です。
しかも6冊の・・・桐箱入りの・・・
そこには「顯淨土眞實敎行證文類」と書かれています。
http://www.tomo-net.or.jp/
それを物質的な宝としていくのか、それとも本質的な宝となるのかが問われるわけです。
六冊の「本」が「宝」だというのは、そこに「教え」があるわけです。
どうでもいい「教え」でなくて、「宝」の「教え」です。
それは、そこに示されてある「教え」を「宝」としていただいたときにはじめて「宝」となるのでしょうから、今の私にはモノ的に言っているのかもしれません。
それを「宝」にしていかなくてはいけない、という思いがかろうじてあるといったところでしょうか。
それをタダの「書物」にするのか、それとも「宝物」にしてしまい込むのか、それとも実用的な「宝」とするのか。
世間的な価値観でいえば、「国の宝」つまり国宝に指定された書物の「高精度の写し」が、部数限定で頒布された「オタカラモノ」かもしれませんが、ご門徒の皆さまとともに、この「書物」が物質的な価値としての「宝」でなく、本質的な意味としての「宝」になる、そんな歩みをすすめていかなくてはならないことを思います。

顯淨土眞實敎行證文類 http://ja.wikipedia.org/wiki/

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僧侶の好物

2010年05月14日 | ブログ

昨日、某会議で京都へ。
?帰りに一杯やってきました。?
帰りの電車に配慮して下さった担当者に連れて行ってもらったのは、京都駅の目の前にある「へんこつ」。?お寺の業界では、ご存知の方も多いと思います。
夕方5時を過ぎた頃でしたがそう広くはない店内はすでに満員状態。?相席のテーブル席に肩身狭く腰をおろし、牛テールの煮込み、名物「サルベージ」、生レバーなど堪能してきました。?「僧侶の好物」といっても酒を好まない方も肉を好まない方もいらっしいますが、少なくとも私にとっては「好物」づくしでした。
食べるものだけでなく、店の雰囲気といい、熱燗や焼酎の飲ませ方、提供の仕方が見事!?酒飲みにはたまらない演出というか仕掛けといってもいいと思います。?だらだら長居する店ではありませんが、ついついオカワリがすすみます。?
「団参(団体参拝)」は無理ですが、ちょこちょこ通うことになりそうです。

食べログ「へんこつ」http://r.tabelog.com/kyoto/

ついつい駅裏にも足を伸ばしてもう一件。記憶は定かでありませんが、きちんとその日のうちにはお寺に帰り着いていました。
意識があろうがなかろうがきちんと「還るところに還る」ことの不思議です。
記憶のないところでは、どこで誰にどんな迷惑をかけているかもわかりません。

ところで「お坊さんもお肉食べていいの?」という質問は「何でお坊さんなのに髪の毛があるの?」という疑問と1位2位を争う問題ではないでしょうか。
いずれも法律上は明治時代に解決した問題であるはずですが、そのイメージが今まで脈々と受け継がれているのはなぜなのでしょうか。

僧侶肉食妻帯蓄髪並ニ法用ノ外ハ一般ノ服着用随意タラシム
(明治5年太政官布告第133号)

僧侶が肉を食べ、妻帯し、髪を蓄え、法要の時以外は一般の服を着ても構わないという告示です。
さて、どうしてそれまでは僧侶の肉食妻帯蓄髪を法律で規制する必要があって、どうしてそれが必要なくなったのか、その背景を訪ねていくと思ってもみないような現実的問題にたどり着きます。
ひとくちに僧侶といっても、当時この規制の対象となる僧侶や教団とそうでない僧侶や教団があったと思います。
いわゆる「公務」としての儀式を執行する僧侶は、今でいう「公務員」として地位や身分を保障されていたわけです。そのかわり職務規程があったといえます。
規定を遵守することによって国から保護されていたとすれば、その規定がなくなるとことは何を意味しているか。
規定の撤廃は保障の撤廃を意味しています。つまり僧侶や仏教教団の保護を廃止したということです。
国は仏教の公務的擁護をとりやめた背景には、それを排してでも建てていきたい「何か」があったわけです。
私たちは、いま現在においてそれが「何か」を確かめる必要に迫られているのではないでしょうか。

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住職の平均年齢

2010年05月12日 | ブログ

「住職」の平均年齢っていくつでしょうか。
正確にはわかりませんが、30代というのは随分平均値を下回る年齢だと思います。
同世代には住職の子や孫もまだまだ多く、三重教区には若手の寺族を中心に仏教青年会(仏青)が組織されています。
30代が「青年」なのかはとにかく、たまたま私が所属するグループには30代の住職が4人いて、学びが浅い自覚をもとに、若い寺族を中心に「一闡提の会」という学習会を月例で開催してます。立地的な条件などもあって教区の活動に参加しにくいこともあって、自発的に生まれた有志の集いです。
5月10日と11日の両日、三重教区の「仏教青年会」と「一闡提の会」の交流学集会が鳥羽市の答志島で開催されました。
昨年に引き続いて2回目の交流会。
あいにくの雨模様でしたが、各地から定期船乗り場へ集合し、わずかなタイミングで乗り遅れた1名を残して離島へ。
日ごろの生活環境をはなれたところで、教区の木名瀬駐在教導から「憧れと菩提心」という講義を受け、夜遅くまで?朝早くまで?語り合いました。
同世代の僧侶と一口にいってもそれぞれの寺や環境によって抱える苦悩はバラバラです。それぞれが身をおく現場での苦悩を引き受けて、苦しみきっていくことの中で大切な事柄が自ずと見出されると、理屈の上ではわかっていることですが、実は苦悩を引き受けることも、それによって苦しみたくもないのが「私」です。
苦悩にどっぷり浸ることに宗教的な憧れを抱きつつも、実際はそこに足も浸けようともしない自分自身の自覚とともに、苦悩こそ真実であるといいながら、苦しみを遠ざけ、滅しようともがいているのです。
そんなことをいくら自覚してもがいてもイカンわけですが、同世代の仲間たちとそれを共感し、酒を飲んでバカな話をして慰めあい、またお互いの刺激を交換した一泊でした。(ちなみに乗り遅れたメンバーは2時間後、無事に合流しました)

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