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【完全】義務教育国庫負担金の話・後編【削減】

2005年11月16日 01時06分07秒 | 社会と教育
  そういえば、朝日新聞が10月28日の社説で、義務教育国庫負担金制度についての中教審(中央教育審議会)の答申を批判していました。
  典型的な「的外れ」論評なので、以下に部分的に紹介します。なぜ全文を掲載しないのかというと、朝日新聞のウェブサイトが古い社説の検索を有料にしている(しかも、月525円。高い)ので、手入力になってしまったからです。では、どうぞ。

「中教審の答申は、『義務教育こそ外交や防衛と共に国が担うべき最重要政策』とする。そのうえで、人材や財源の確保は国が責任を持つべき事柄であ(ると)・・・強調している」
「子どもたちの教育が大切なことは論をまたない。とりわけ、義務教育はどこでも一定の水準を保たねばならない。だからといって、教職員の給与の半分を国が握っておく必要があるのだろうか」
「私たちはこれまで地方に税源を渡すことについて、『義務教育も聖域ではない』『教育を変える好機にしたい』と主張してきた。」
「子どもたちの教育は、・・・一人ひとりにふさわしいものでなければならない。地域ごとに中身や学級編成に工夫をこらす必要がある。そのためには、教職員の人材や財源を行かす仕事は、現場を肌で知る自治体にまかせた方がいい。」
「戦前の義務教育は国の仕事とされ、政府が指揮、監督していた。戦後、地域の教育は自治体が担うことになったが、実態は理念とはかけ離れたものだった。」
 「都道府県などの教育庁の任命に大臣の承認が必要だった。国はさまざまな方針を『指導・助言』として伝えたが、地方は丸のみをせざるをえなかった。」
「そのうえ、国は教える内容を学習指導要領でこまかく決め、教科ごとの授業時間数も全国一律で決めてきた。こうした国の影響力を後ろで支えてきたのが国庫負担金制度である。」
「地域の教育が息を吹き返し始めたのは中教審が98年に、教育庁の任命承認制度を廃止するよう提言してからだ。」
「『教育県』を宣言し、独自の教育計画をつくるところが相次いだ。少人数学級を実現したり、授業日数を増やしたりする自治体も増えた。この流れをさらに進め(るの)・・・が中教審の使命ではなかったのか。
「中教審は教育学者や有識者らで構成されている。残念ながら、この答申は、地方への発言力を手放したくない文科省の思惑を代弁したものとしか思えない。」

  まず、この社説は文部科学省は悪の牙城だとでも思っているようです。学習指導要領は少しも「こまかく」ありません。「ここに書いてあるようなことはちゃんと教えてください」という指示に過ぎません。その最低限の要求さえ満たせないような授業がまかりとおっている現状を、朝日の論説委員は全く知らないのでしょう。何より、「こまかく」ぐらい漢字で書け!と言いたいです。
  それに、文部科学省への批判も、ただの言いがかりになっています。「教科ごとの授業時間数を全国一律」にするのはダメだ、と言いながら、「どこでも一定の水準を保たねばならない」と言っています。
  朝日はどうすれば一定の水準を保てると思っているんでしょうか。一定の水準を保ちたいと思うからこそ、指導要領や授業時間数の規定があるのではないでしょうか。朝日の言っていることは、彼らの大好きな憲法第9条同様、具体的な問題への対処に全く役に立ちません。

  しかし、何よりいちばんまずいのは、この社説が「地方への教育権限や財源の委譲」というものを賞賛していることです。
  朝日は、このブログと同様、国庫負担金制度はいらない、と言っています。しかし、勘違いしないでほしいのは、私は「無駄な施策に使うお金はもう要らない」と言っているのに対して、朝日は「そういうお金は国ではなく地方が自由に使える金にしろ」と主張していることです。
  私が前回指摘したのは、少人数でのきめ細かな指導や、生きる力の育成などというのは、公教育の使命ではないということでした。だから、国庫負担金の分のお金はそのまま削ってしまえばいいということです。
  しかし、朝日の社説は、これと全く逆で、「独自の教育計画」をやる自治体をもっと増やせ、というものです。つまり、公教育でもっとバラエティ豊かなことをやろう、という、まるで「文科省の思惑を代弁したものとしか思えない」主張だと言えます。そして、その主張を実践させる原資として、財源は地方に移譲しろ、と言っているわけです。
  朝日の論説委員というのは、公教育の使命というものを明らかに誤解しています。基礎的な知的能力を付けること以外に、公教育がやるべきことはありません。
  朝日に限らず、学校教育が夢のようなシステムだと勘違いしている人々に共通しているのは、学校は「個性」や「自由な発想」や「創造性」を育む場所だと捉えていることです。この社説の、子どもの教育は「一人ひとりにふさわしいものでなければならない」という部分にもそれが現れています。
  そして、そういった薔薇色の理想が、地方に財源を委譲することで実現すると勘違いしているわけです。

  朝日だけでなく、地方への権限・財源の委譲を崇め奉っている人々は、教育に国が介入することを忌み嫌っている傾向があるのではないでしょうか。国が一定の方針に従ってその国の文化や実情に合わせた人材を育てるのは、当然のことです。それを毛嫌いして、現場に任せれば個性や自由な発想が育つと主張する・・・・。

  あれ、どこかにこんな団体がありませんでしたか?

  そうなのです。実は、朝日新聞の言っていることは、日教組とある一点を除いては全く同じなのです。その一点とは、国庫負担金制度の扱いです。
  日教組は、「国庫負担金制度はそのままにして、地方(というか自分たち)のやりたいようにやらせろ!」と言っています。まるで、ドラ息子です。どうしようもありません。
  それに対して、朝日新聞は「国庫負担金は文部科学省が地方をコントロールするための手綱だから、それをなくして代わりに財源も権限も地方に移せ!」と言っているのです。
  違うことを言っているようですが、両者は「国は現場のやり方に口を出すな!」という点では全く一致しているのです。国の関与を否定して、自分たちの「思想」が浸透しやすくなる、とでも思っているのかもしれません。

  そして、もう一点、朝日新聞と日教組が同じ考えを持っているところがあります。それは、義務教育にかけている金を減らすべきではない、ということです。
  日教組が国庫負担金に反対している理由は簡単です。要するに、自分たちの給料や勤め口が減るのが嫌だからです。
  前回も紹介した●中教審の報告をまとめたPDFの、37ページを見てください。公立中学における都道府県別の平均クラス人数が書いてあります。高知県はなんと、平均22.3人しかいないんですね!埼玉はこれに対して34人です。思ったほど多くはありません。
  これは、ご存じの通り、少子化の影響なのです。日教組が唱えている「30人学級」というのは、実はほとんどの都道府県で実施されているのです。
  それどころか、人口の少ない県では、大都市部に比べて過剰な「少人数」教育(都会との不平等)になっているというのが現状です。なぜそれが可能になっているのかというと、国庫負担金制度があるので、先生をリストラしなくても済むからです。
  だから、国庫負担金を減らすとなると、こういう「恵まれた」県の教職員組合が真っ先に抵抗するわけです。
  朝日新聞の場合は、そこまで露骨ではありませんが、とにかく文部科学省=悪の巣窟という考えですから、地方が自由に金を使えるのとか言うのが反権力的でカッコいい!とでも考えているのでしょう。
  もっと深読みすると、国レベルで金を動かされると手が出せないので、地方に移して現場(教職員組合)が「攻撃」しやすくしようという狙いもあるのかもしれません。そうなると、朝日の主張は日教組(とその手先である教職員組合)の援護射撃と見ることも出来るわけです。
  そういえば、朝日も日教組も、GHQが適当に作った憲法(特に第9条)を盲目的に崇拝していますね。なるほど、文部科学省の統制がなければ、朝鮮人「強制」連行や南京大虐殺といった反日思想教育ばかりできるわ、手抜きが出来るわで、両者にとってお望み通りの事態になりますね。
  暮れぐれもこういう連中の言っている「一人ひとりにふさわしい」教育というのを、信用してはいけません。

  では、このブログとしては、結局どのような考えを採るのか。最後に、これを明確にしておきたいと思います。
  まず、義務教育国庫負担金は削減すべきです。また、代わりとなる財源の委譲は必要はありません
  そうしておいて、義務教育段階でやるべきことを思い切って絞り込むべきです。これはそれほど難しいことではありません。現行の教育指導要領より少し狭い範囲のことをやればいいだけです。
  フルタイムの教員も、今ほど多く必要ありません。有資格者はたくさんいるのですから、パートタイムの教員を増やせばいいのです。特に、午前中は主婦の方を活用できるというメリットがあります。
  パートには責任が持てない、などというのは公務員の傲慢さです。一般企業には、正社員と同等かそれ以上に真面目に働いているパートやアルバイトはたくさんいます。子どもの管理は、学年主任や教頭・校長がフルタイムでやればいいのです。こういう風にすれば、無駄な学校行事も廃止できます。
  給食関係も、自治体単位で給食センター(ファミレスの「セントラルキッチン」のような感じ)を作ったり、外部に委託すればいいのです。高い金を払って、公務員として専業の栄養職員を複数雇う必要はありません
  
  公立学校というのは、巨大な官営企業のようなものです。国庫負担金を本当に「減らす」ことで、限られた予算で成果を上げるという、私企業なら当たり前のテーマに、教育関係者が取り組んでくれるものと期待したいものです。

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5 コメント

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社説 (ahosidai)
2005-11-16 17:50:44
思想的に真っ白な子供を洗脳すれば、共産主義国家を作ることはたやすいという戦略だったのでしょう。

ネットというものがないままあと20年たっていれば中国に編入されていたのかもしれません。が、もうその戦略も意味を成しませんね。

日教組はその役目を終えました。解体すべきでしょう。



PS.10月28日の、というか今年の6月ごろからの朝日、讀賣、毎日、日経、産経の5紙の社説すべて保存しています。もしよろしかったらお送りいたしますよ?
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子どもにしか通用しない日教組思想 (ろろ)
2005-11-16 22:59:54
>日教組はその役目を終えました。



イギリスの軍事研究家、リデル・ハートがこんなことを言っています。



「新戦術の採用より、旧戦術を追い出す方が難しい」



言い得て妙な言葉ですね。

これを、教育の世界で言えば、



「教科書の採用より、教職員組合を追い出す方が難しい」



とでもなるのでしょうか。



社説、すごいですね!!!

必要になったら利用させてください。ぜひ。

やっぱり、利用価値があるのは朝日かなぁ(笑)
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現在 (¢нIнiЯо)
2005-11-16 23:45:23
近現代の歴史教育があまり日本で行われないのは文科省がストップをかけているらしいからです。(理由は分かりますよね。)だからカリキュラム上、近現代史の時間が少ないのですね。これがカリキュラムを自由にすると今の日教組なら中国ばりの歴史教育をしそうで非常に怖いです。(織田信長、聖徳太子を知らない日本人が大量生産されそうです。)



確かに文科省にも問題があります。小中高一貫エスカレーター大学を卒業したボンボン共に今の公立の酷さが分からないという問題が……



でも改革の方向性を間違ってはいけませんね。



後、やっぱり社説は朝日ですよね。ネタの宝庫です。ネタ本朝日新聞最高です(笑)
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>パートには責任が持てない、などというのは公務員の傲慢さ (takeyan)
2005-11-18 08:45:31
公務員側の主張はパートや私企業人をバカにするものだということには気付いてほしいものですね。

しかし、文部科学省と日教組の戦いはどっちも子供たちの方を向いていないのが特徴です。
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子ども不在の議論・・・ (ろろ)
2005-11-19 09:10:20
>文部科学省と日教組の戦いはどっちも

>子供たちの方を向いていないのが特徴です。



中山成彬文部大臣は個人的に評価に値する

方だと思っておりましたが、国庫負担金に

関しては文科省の代弁者で終わってしまい

ましたね。



しかし、文科省は、ゆとり教育の見直しを

早い段階で打ち出せたので、要は政治家

しだいかなと思います。



山谷えり子参議院議員のような方に、文部

大臣になってほしいです。



>公務員側の主張はパートや私企業人を

>バカにするものだということには

>気付いてほしい



議員のような方にこう言っていただけると

嬉しいです。和光市に期待してしまいます(笑)。
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