君の友達

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日の名残り

2017年10月06日 | 日記

どんぐり

 

今日のタイトル、「カズオ・イシグロ」だとなんかノーベル賞万歳でミーハーチックだし、

「私を離さないで」だとちょっと題としてショッキングなので、「日の名残り」としました。 

 

今年は日本人のノーベル賞受賞者が理系分野ではだれも出なくて、さすがに4年連続っていうのは無理かしら・・・、

と思って、密かに村上春樹さんに期待をしていたら、カズオ・イシグロさんだというので驚きました。

これは日本人として喜んでいいのかしら、と一瞬思いましたが、

ノーベル賞というのは国籍に与えるものではなく、個人に与えられるものだから、

国籍関係なく喜んでよいと自分で納得しました。

イギリス人も喜べるし、日本人も喜んで、そこには葛藤なんてありませんものね。

 

始めは驚きましたが、決まってから考えると、かなり納得するところはあります。

私も一時カズオ・イシグロさんにはまった時がありました。

最初に読んだ、「私を離さないで」が衝撃的で、かなりショックを受けたので、

何年か前に読んだにもかかわらずかなりの部分のストーリーは覚えています。

 

これはイギリスでも映画化され、日本でもドラマ化されたという事ですが、

私の場合そんなことは露知らず、カズオ・イシグロさんの経歴に興味をもって「どれどれ、1つ読んでみようか」的なノリで読み始め、

予備知識ゼロだったものだから、余計に衝撃を受けたのかもしれません。

 

始めはある女性の回想という形で話が始まり、なぜこの子供たちがこういう状況下にあるのかがわからないまま話は進んでいき、

設定が良く分からないまま1日数ページから数十ページ読んでいましたが、

途中、あるところで状況が明らかになってからは、一挙に、時々涙ぐみながら、最後まで読んでしまいました。

多くのことを含んでいるので一言では言い表せませんが、

・・・というより、多くのことを考えて、結局は「かわいそうな子たち」「こんなことはあってはいけない」というところに帰結しますが、

人の子の親として、「いたたまれない」気持ちにされます。

 

「一寸の虫にも五分の魂」と言いますが、人って何だろう、魂って何だろう、

とりあえず人の社会では人間の魂は犬や猫の魂よりも優遇されますが、

人間と間の境目はどこ?

人と同じ形をもって生まれ、人と同じ感情や知性を持ち、自分のルーツを知りたいと切望し、少しでも長く生きたいと藁をもすがり、

精神的に大人として成熟しないうちに、自分の置かれた境遇を客観視できるようになる前に命を絶たれてしまう子たち。

かなりストーリー性があるので、できれば映画やドラマを見る前に、予備知識なしで読むことをお勧めします。

ただ、経験上、本を読んでしまってから映画を見ても少し物足りなさは感じますけれども。

 

もう一つ「日の名残り」。

こちらは「私を離さないで」に比べて設定が穏やかなので、ある程度ネタバレしてもかまわないかな。

大きな御屋敷の高貴な方に仕えていた執事のお話。

有能な執事の条件が、どういうことかというウンチクをこれも回想の形で書かれています。

 

お仕えするご主人様を限りなく尊敬し、ほとんど御屋敷と一心同体となり、自分を100%殺してお仕えしてきた年老いた執事が、

大戦後、主人が失脚した後、御屋敷と共に新しいアメリカ人の主人に売られ、新しいご主人様のアメリカ式ジョークに戸惑いながら、

一生懸命かしこまってジョークの練習をするところが微笑ましくも悲しくもあります。

 

イギリスの上流社会というのでしょうか、イギリスの貴族やフランス、アメリカの著名人が出入りする御屋敷で執事として、

何十年も国の明暗の裏を見てきた執事が、

それを誇りとしながらも、驕らず、出しゃばらず、自分の結婚や親の死に目も犠牲にして、権力者である主人にどこまでも忠誠を尽くし切った、

悲哀というのでしょうか、イギリスの古い時代の価値観で突っ走ってきた執事の回顧録です。

 

この2つの作品、共通して言えるのは、人の持つ「運命」、少し違うかな、「生まれ」うーんこれも違う「階級」でもないし、「差別」でもない、

「宿命」、これが近いかもしれない、・・・表現がむつかしいですけれど、その辺りの言葉を足して、5で割ったような、

自分ではどうしようもない、努力とか、才能とか、運ではびくともしない人生の壁に囲まれて、壁を壁とも思わず・・・、

 

例えば、ニュートンがりんごが落ちるのを見て引力を発見したという事ですが、

物が落ちるのは地球ができて以来ずっと落ちていて、

恐竜も、サルも、原始人も誰もそれに対して疑問など思わずに何万年、何億年も過ごしてきた、

言われると気づくけど、言われるまで気づかない、当たり前のように立ちはだかっている社会の壁が、主人公たちの前に立っている、

読んでいる方には見えているけれど、本の中の人たちは気づいていない・・・、

そういうところでイシグロさんは悲しさを演出しているというところでしょうか。

 

ありますよね、そういう壁。この年になって見えてきた、階層の壁。

おそらく日本より、イギリスの方がそういう壁が強いのではないかと思います。

EUも一見したところでは、移民等、数多の人種の方が集まっていて、日本に比べて人種的な壁は低いかもしれませんが、

数多の人種が集まれば集まるほど、階級の壁が厚くなっているのかもしれません。

どこかのマスコミがイシグロさんが「自分の中にいつも日本がある」とおっしゃったと、無邪気に喜んだ感じの記事を載せてましたが、

イギリスの中で、そう思わされてきたという風にも取れます。

それは単に「差別」とかいうものではなく、代々イギリスをルーツとしている人の中にあって、自分のルーツをおのずから意識するという

おそらく海外で暮らす方ならほとんどが意識する、人としての精神活動だと思います。

ただこれは、絵本と同じで読む人によって感じ方はそれぞれですし、イシグロサンの著作はいろんな読み方ができるので、

私はこう感じた、という話。

 

いつの間にか最新作が出ているということで、

早速読んでみようと思います。


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