お久しぶりでございます。
先週一杯、神戸に2週間ほど帰省しまして、こちらに帰ってきてようやく疲れも取れ、マイペースを取り戻したところです。
実家での父の介護としましては、月曜の訪問看護と、木曜のデイサービスという順繰りで、私がやることはほとんどなく、
家事も、私のやることなすこと気に入らない母がほとんどをこなしてますので、物理的に疲れることなど何もないのですけれど。
何が疲れるのかと言いますと、一日中大音量でテレビがついていること、母がすごいテンションで働き続けていること、でしょうか。
大きな社会的な責任を負っているわけでもない、父母との陰湿な人間関係で悩んでいるわけでもない、
そんなことで疲れたという愚痴を言う私も人から見れば贅沢な甘えでしかないのかもしれません。
それでもやっぱり一日中大音量でテレビがついていて、1階のどこにも静かでくつろげる場所がない、
毎日毎日洗濯を欠かさず、いったん庭に干しても、曇ってきたからと言って洗濯物をガレージに干し直し、また晴れてきたと言って庭に干し直し・・・、
大体、天気予報が「雨」という日に洗濯なんてやらなくていいでしょ!という気持ちでいっぱいの私が、
そんなに何度も洗濯物の干し替えに付き合ってられないと無視を決め込んでいると、母の態度から「ちょっとは手伝え!」という思念が飛んでくる。
は~、疲れる。
月に一度、ケアマネさんが訪問してくださって、色々お話させていただきますが(含愚痴)、帰りにケアマネさんが一言、
「ここは実の娘さんがいてくださるから、奥さんも幸せね。」
ん~、母も私も頭の中が愚痴で一杯で、恵まれているなんてこれっぽっちも思ったことがないけれど、
これ、確かに嫁の立場だったらぜったい無理でしょうね。
こちらに帰ってきて、
大体2~3か月に一度帰省しているという私の話に対し、お友達に「大変ね~」と、
それは経済的なことも含んで心配してくれているのだとは思いますが、それは別として、
「でも、こちらの世界と神戸の世界、全く別の世界を二つ持っているってことは良い事よ。」
なんて答えていましたが、これはほんとに負け惜しみではなく、本当にそう思う事は多々あります。
「介護」という誰にも有無を言わせぬ印籠を突き付けて心置きなくこちらの世界から逃げて帰れる場所があって、
その間はこちらのこと、家族のことも仕事のこともすっかり忘れて、
毎日「テレビの音量を下げてくれ~」「おばあちゃん働き過ぎ~」などとかなり低レベルなことで頭を悩ましながら過ごす2週間があるっていうのも
疲れたと言いながら、楽しい?部分もあることは確かなんです。
これを言うとまたその友達から「ROKOちゃんは明るいね。」
なんて言われましたけど。
こんなこと、くどくどブログに書いていること自体、私にとっては愚痴なんですけどね。ご勘弁を!( ̄∇ ̄;)ハッハッハ
さてさて、こちらに帰ってきて昨日久しぶりに太郎君と話をしました。
太郎君が、この本良い本だよと勧めてくれた本を今読んでいますが、
その話の延長線で、今「LGBT」についてネットで炎上している話になりました。
性的マイノリティーについては太郎君はかなり現実的な経験をしていて、私も太郎君を通じて色々考えることもあったから、
杉田水脈議員が「非生産的」という言葉で行政から切り捨てるのはちょっと・・・、と思います。
今日の午前中からいろいろな記事を読んで考えているうち、考えがあちこち飛んでしまってまとまらないので、
考えたことをまず箇条書きにしておきます。
①「生産性」について
②「LGB」と「T」:トランスジェンダーの違いについて
③このたびの新潮45の反論小川榮太郎さんの論理について
④マイノリティーの人権について
とりあえず、私と太郎君に何があったのか。
・・・太郎君が通っていた中高一貫校は男子校で、小学校6年生の段階で「男子」というくくりで生きている子たちが受験します。
勿論親も子供も(?)当たり前のように男子は男子校を、女子は女子校を受験します。
入学すると学校内では男子校は男子ばっかり、女子校は女子ばっかりになって、自ずと教育の仕方も差異があります。
男子校はなんだかんだと言ってもサルの集まりですから大声やちょっとした体罰、げんこつやデコピンは茶飯事です。
女子校では体罰なんて論外、先生方は皆、言葉も物腰もとても上品で丁寧です。
主要科目以外、家庭科や芸術などの授業も違いますし、部活の種類も違います。
トイレも男子校では女子トイレは職員室の横にしかありませんし、更衣室も女子用はないんじゃないかな。
太郎君もすったもんだの中学受験を乗り越え、希望の第1志望校(その上にチャレンジ校がありましたが)を無事合格、
私も始めての参観&父母会にいそいそ参加しました。
まだまだ子供っぽさが残っている中1ですから、授業もワイワイやっていたのですけれど、その中にひときわ「メッチャ可愛い~」男の子がいました。
あんなに可愛いお子さんを持ったらお母さん、息子さんが可愛くてしょうがないだろうなぁと思って、「あのお子さん、なんていう名前?」なんて隣にいた方に聞いたりしていました。
それから毎年クラス替えを経て、高校生にもなるともうクラスを超えて仲の良いグループができ、太郎君のグループはどちらかというと「悪」グループだったのですが(太郎君が一番悪かった)、
太郎君以外はそんなに悪くはなく、単に「勉強をしない」&「放課後ゲーセンに寄る」グループだった・・・今から考えると、勉強をしないでゲーセンに入り浸ることが「悪」になるのかどうかわかりませんが、
その頃の私は「学生は勉強をして当たり前」という固定観念が強かったし、学校もかなりの進学校だったから太郎君とはよくぶつかりました。
話がそれましたが、その太郎君のグループに時々その中1の時の可愛いお子さんが入っているというのを聞いて、「へぇ~」と思ったことを覚えています。
ある日、太郎君が血相を変えて学校から飛んで帰ってきて、涙ながらに今日大変だったとこちらが聞きもしないのに話し出したことがありました。
いつも学校でも家でも親や先生の説教などものともしない、悪びれた様子も微塵もない態度だったから、「鬼の目にも涙」でしたが、
話を聞くと、その可愛いお子さん(これからトランスジェンダー君と呼びます)が、校舎の屋上の柵を乗り越えて、校舎の一番角(かど)に座って今にも飛び降りそうだった、
太郎君ともう一人のお友達がそれを見つけて慌てて職員室に駆け込み、先生とみんなで必死に飛び降りないよう説得し、最後はお母さまもいらして連れて帰られたそうで、
それが太郎君には大きなショックで、話しながら泣いてしまうのには私も驚きました。
話によるとそのトランスジェンダー君、中3辺りから学校に来ているのかいないのか、授業中にいないことが多くなって、
いつも屋上で一人で膝を抱えて泣いていた、
太郎君のその時一番仲の良かったお友達がとても優しいお子さんで、トランスジェンダー君の相談にもいろいろと乗ってあげていたら、
ある時トランスジェンダー君からコクられてしまった、
その優しいお友達は、やはり身も心も男ですから、話を聞いてあげることはできてもそれ以上の気持ちにはなれず、「友達として」ならと答えたという事でした。
当たり前ですけれど、単なる普通の男子校の男子生徒ですから、そんなことを言われて、驚き、困惑したことだと思います。
その時、そのお友達のお母さまも、息子さんにトランスジェンダー君から何度も手紙が来ていて、息子が困っていると困惑気味におっしゃっていました。
たまたまですけれど、全く別の縁でトランスジェンダー君のお母さまとも私、知り合いになりまして、
その時は「私の息子も同じ学校なのよ」とおっしゃって、あちらは太郎君のことをよく知っていらっしゃるようだったのですが、
私の方はすっかりお名前を忘れていて、後で太郎君から「あいつの親だ」と聞いてびっくり。
その後もなかなかその話はできなかったけれど、静かな感じの優しそうなお母さまでした。
その事(男のお友達にコクったこと)がトランスジェンダー君の心にどう影響したのかは私にはまったくわかりませんが、
卒業間近に「僕は大学に入ったらもう女として生きていく」と言っていたと聞きました。
その後大学生になって太郎君とその時のグループのみんなで旅行に行ったとき、そこにトランスジェンダー君も来ていて、
その時にはもうスカートをはいて、言葉もしぐさもすべてどこから見ても女性にしか見えなくなっていたそうです。
学習面ではとても優秀で、某国立大学の医学部でお医者さんを目指してがんばっておられるそうです。
私としましてはなんとなく「頑張れ!」と応援したくなってしまいます。
とりあえず今日はここまでとします。