君の友達

日頃思っていること、感じていることを書いていきます。

ペテロ

2017年05月17日 | 日記

ペテロ

今日は、キリスト教の話。


ゲッ、仏像の話からいきなりキリスト教?

私、宗教に対する節操、全くありませんので私の中では全く持ってOKなんですけど、

おそらく、一般の方、特にキリスト教系の方からすると何と無節操な、ほとんど悪魔に取りつかれている?レベルの人間になると思います。

キリスト教って、やればやるほどひょっとして私は悪の権化?と思ってしまいます。

もう、開き直っていますけど。死んで天国に行く気はさらさらありません。(`^´)

(地獄にもいきたくありませんけど。)

仏教は良いですね。死んだあといくつもの階層に分かれていて、私にぴったりの世界に行くことができます。

キリスト教のように二つに一つではないので。

すみません、軽口をたたいてしまいました。


何とか、バッハの話につなげたいと思っていますが、

バッハの魅力はほとんどバッハの人間そのものと思っているので、確かに有名な名曲と言われる曲ありますが、

それも含めてバッハの全体に魅力を感じるためには、どうしてもキリスト教の説明が必要です。


だって、仏教がなければ、鎌倉にお寺もなく、運慶の仏像もありません。

運慶自身がどれほど仏教を信仰していたのかはともかくとして、

時代と背景、鎌倉時代に仏教が広まって、日蓮さんや親鸞さんが一生懸命仏教を広めた背景があって、初めて運慶の仏像の価値があるわけです。

反対に、運慶の仏像を眺めていると自ずと仏教の神髄に触れざるを得なくなってくる。

同じことがバッハにも言えると思うんです。


ただ、バッハの時代にはもう一つ、宮廷文化というか、華やかな貴族の文化があって、バッハの中でどこからが、って線引きはできませんが、

そういうところも混ざっています。

同じバロックでもヴィヴァルディやハッペルベルなどはそっちの方が強い気がします。


さてさて、キリスト教の話、私は伝道者ではないのでどうしても自分の経験、そこから得た知識からしか書けないのでね。

山浦玄嗣さんの話にするか、聖書の話にするか・・・。 

このはなし、おそらく私、いくらでも長く書けますので、初めから結論を言わずにぼちぼちいきますか。

少しだけ山浦さんの話をして聖書の話をします。


はなちゃんが通っている女子高、カトリックの学校でして、時々父兄を集めてキリスト教のお話があります。

その一つで何年か前、山浦玄嗣さんの講演会に行きました。

もうね、目から鱗でした。

この方の講演会、youtube に上がっていますが、そんなに感動するような講演会ではないです。

普通の人にとっては楽しい後援会、この方お医者さんで、講演会では東北の震災の話をよくされていますが、

私の聞いた講演会は、カトリックの学校という事もあってか100%キリスト教、聖書のお話と、バチカンのパパ様にお会いしたお話でした。

ギリシャ語から直接気仙語(東北弁)に聖書を訳されたので、聖書に関してかなりの知識を持っておられ、

誰もが知らないような知識を交えながらのお話だったのでキリスト教に関心がなくとも楽しいお話だったとは思います。


でも私、涙ボロボロでした。

おそらく今まで、「聖書の真意を知りたい、知りたい、知りたい。」

と何十年も思ってきて、家に来られるキリスト教の新宗教の方にまで教えてもらっても、ここまで理解できなかった聖書が、

一瞬にして、山浦さんの講演会で腑に落ちた気がしました。

それからイエス・キリスト、イエス様がとても身近に感じて大好きになりました。

 

余談ですが、「イエス」と聖書には書いてありますが、実際はガリラヤではイェシュー、ガリラヤはヘブライ語がかなりなまっていますから、

エルサレムの標準ヘブライ語ではヨシュアだったそうです。

イエスの本当の名前はヨシュアだったと。

ヨシュアっていうと旧約聖書でモーセの後をついでユダヤの民をカナンの地に導いた指導者ですが、

イエスは本当はそのヨシュアと同じ名前だったという事です。

ただ、ヨシュアというのはユダヤの中ではかなりありふれた名前だったそうですが。

この講演会、ほんとに目から鱗のお話が山積でしたが、その話は後に回します。


「聖書」の話。

これもね…、どこから・・・。

ん~ではペテロの話。

聖書の中で、イエスの12人の弟子の中で、一番生き生きと人間らしいのがペテロですよね。


今ある聖書、一番古い写本で4世紀、紀元300年代のものですので、イエスが死んでから300年はたっています。

聖書の一つ一つの文が、最初に書かれたそのまま写されてきたかどうかはわからない。

もともとの原本も事実、そのままを書いているかわからない。


イエスの死後、12人の弟子たちは各方面に分かれて布教活動を始めましたが、

弟子たちは、自分がイエスのもとで見たこと、経験したことを布教のために使うわけですから、

イエスがどれほどすごいかを言うために誇張もあるでしょうし、尾ひれもつくでしょう。

そして、直接の弟子が亡くなった後はその後の人たちがまたその話を布教に使います。


直弟子マタイが書いたとされるマタイの福音書ですが、実際マタイが書いたかどうかはわからない。

マタイが布教した先の会衆がマタイが言っていたことをもとに編纂したかもしれないし、

その頃のキリスト教、(原始キリスト教)は、12弟子の名前を冠に付けることで正統派だとされていましたから、

後からナグハマディやオクシリコンの写本が出てきて、ペテロの福音書やマグダラのマリアの福音書なんて言うのもありますが、

本当にその人が書いたかどうかはわからない。

会衆が自分の経典に箔をつけるために「マタイ」や「ペテロ」や「マリア」を付けたのかもしれない。

私は好きなので読みましたけど、とても内容がスピリチュアルというか霊的で、良く分かりませんでした。

聖書の福音書とはかなり違っていてホントにキリスト教なの?という感じです。


今の聖書、極力キリスト教を大衆化するためにそういうスピリチュアルな部分が少ない福音書が選ばれてるという事ですが、

イエスキリストが、12弟子に伝えたもの、病気をいやす力と書かれていますが、それだけではないはずです。

イエスと弟子だけが超能力のように病気を治したり、パンを増やしたりしたのではない。

パウロの書簡「エフェソスへの手紙」や「コロサイへの手紙」の中に書かれている「神の奥義」、私にはどういうものかはわかりませんが、

原始キリスト教、12弟子の影響が色濃かった時にはキリスト教はもっとスピリチュアルなものだったと思います。


パウロは12弟子ではなかったので、こういう力は持っていなかったようです。

「私にも神の奥義を見せていただいた」と喜んでますから。

これが、コンスタンチヌス帝の時代、国教になるという事は世間で出世をするためにだけ、キリスト教を信じる人がたくさん出てきた。

出世を目指す下世話な人、霊だのなんだの、さっぱりわかりませんから。

そんなもので信仰心が高いだの低いだの、眉唾物だぁっ、そんなわけがわからんことで、出世が阻まれてたまるかっ、と言って、

「神様の啓示があった」とか、「イエスが私に語りかけた」とかいう人を片っ端から弾圧したのが、いわゆる「魔女狩り」。

こういうこと言う人、女性に多いですからね。


ペテロの話を書いたとされるマルコも、もともとペテロが事実をそのまま言っていた保証はないわけですし、

奇跡なんてありえないことであればあるほど布教するには良いですので、尾ひれ背びれがついてもおかしくないと思います。

最後にニカイア会議、キリスト教を政治に利用しようとしたコンスタンティヌス帝のもとで開かれましたが、

そこでアタナシウス派が正統とされ、今のカトリックにつながっています。


今のカトリック、バチカンが総本山ですが、このバチカンの地下にはペテロの遺骨が眠っています。

ペテロというのは「岩」という意味でヘブライ語のケファをギリシャ語に訳したものです。

ペテロは本当はシモンという名前だったところ、イエスがケファ(岩)と命名し、

バチカンの教会は岩つまりペテロの上に教会をたてると言われたイエスの言葉に拠っています。

また、天国の鍵をペテロに預けるという事も。


前にも書きましたがペテロはパウロとともにネロ帝の迫害のもと、たまたまローマで亡くなって、その遺骨がバチカンに眠っているという・・・。

なんか、人為的なものを感じますよね。後から聖書、書き足したんじゃないの?って。

私の思い過ごしかもしれませんけど。


でも聖書の中のペテロ、神格化されているわけではなく、とても人間的。大好きです。

イエスがとらえられる前、ひとりひとり、イエスが弟子たちの足を洗っていって、ペテロの番に来た時に、

ペテロが「旦那様に足を洗っていただくなんて滅相もない、できません。」と謙遜して言ったところ、

イエスに「足を洗わせなければお前はもう私の弟子ではない」と叱られ、

慌てて「すみません、足、洗ってください、ついでに頭も」と言って頭も差し出したとか。

聖書にもこういう笑い話、あるんですよね。


イエスがこの先わが身に起こるであろう苦難を思って、山で血の汗を流して祈っていると、そこに天から光が舞い降りて、

モーセとエリア、モーセはエジプトからユダヤの民を引き連れて出てきた指導者で旧約聖書前半を書いたとされています。

エリアはこれも旧約聖書中の預言者ですが、二人ともとっくの昔に亡くなっています。

この二人がイエスの前に立ったと。

それを見たペテロが

「せっかく3人お揃いなので、ここに天幕を張りましょう。

1つは旦那様(イエス)のために、1つはモーセさまのために、1つはエリアさまのために。」

この部分、ずっと意味が解らなかったのですけれど、山浦さんの「ガリラヤのイェシュー」を読んで初めてわかりました。

ペテロが驚きのあまり、トンチンカンなことを言い出しているんです。笑っちゃいました。

でもとっくに亡くなっているはずの二人を見てなぜモーセとエリアだってわかったんでしょうかね。


よく言われるのがイエスが捕らえられる前、ペテロに向かって「明日の朝、鶏が鳴く前に3回あなたは私を知らないと言うでしょう」

と言われ、「そんなことは絶対ありませんっ!」と言いながら、

間もなくイエスが捕らえられ、ヘロデのもとに連れられて行って、裁判にかけられている最中、こそこそと他の人たちと一緒に様子をうかがっていたところ、

ある人に「お前はあのイエスの一味だった奴だ」と言われ、怖くなって

「私はイエスなんて人は全く知りません。無関係です」と、

その夜の間に同じ指摘を3回され、同じことを3回言った後、鶏が鳴いて、

それでペテロは後悔のあまり号泣したという、かなり弱っちだったペテロが聖書に書かれています。

気持ち、わかりますよね。周りの群衆は「イエスを死刑にしろ」とすごい勢いで言っているわけですから、

そしてそのなかでイエスは一人でヘロデやピラトと戦っている。

自分はなんて情けないんだろうと。


その後、イエスが復活した後、「あなたは私を愛していますか?」と聞かれ、「もちろん愛しています。」

またイエスに「あなたは私を愛してますか?」と3度同じことを聞かれ、

あの時、「私はイエスなんか知らない」と言い張ってしまったこともあって、

悲しくなって、「私はこんなにあなたを愛して慕っています」と半べそで答えたペテロ、

その時イエスは、ペテロがこの先に遭遇するであろう苦難をほのめかしていますけど、

イエスにとって、このペテロ、かわいくてかわいくてしょうがなかったんじゃないかな。


このペテロ、福音書では弱っちで、イエスに「お前は信仰心が足りない」と言われてますが、

精霊が下った後のペテロは人が変わったように強くなって、布教にまい進するようになりました。

このころの布教は命がけ、それもあり得ないようなひどい拷問を受けての死刑です。

イエスが亡くなってから、ニカイア会議までの300年間、何があったのか。


もう少し、バッハは脇に置いてキリスト教の話、しようと思います。

 

ジャンル:
ウェブログ
コメント (1)   この記事についてブログを書く
« 鎌倉 仏像を訪ねて | トップ | ローマ »

1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
相変わらず (雄陽丸)
2017-05-18 17:18:54
ROKOさんの博識さに、頭を垂れている私です。
ペテロの「ついでに頭も」だけは
笑わせて戴きました。では又(^o^)丿。

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。