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ちぎれ雲

熊野取材中民俗写真家/田舎医者 栂嶺レイのフォトエッセイや医療への思いなど

立松和平先生

2010-02-15 | 知床
毘沙門堂例祭で撮っていただいたもの。
心からお悔やみ申し上げます。自分の初の本の帯を先生に書いていただいたのが最大の思い出になってしまいました。


 先週は兵庫、和歌山、三重、静岡と、取材・病院の仕事・自分の親のお見舞い、と広範囲を移動していました。
 熊野の山中にいる時はだいたい携帯も圏外なんですが、そんな熊野まで訃報が追っかけてきました。
 先月からお世話になった人の訃報が続いて、凹みます。カメラを抱えて歩き回っているうちは、まだ何だか遠い世界の知らないニュースみたいに実感が湧かなかったんですが、三重県に95才になる百夜月のHさんをお見舞いに行って、Hさんが足と言葉が不自由ながらもお元気そうにニコニコしているのを見た瞬間、なんだか泣けてきました。ああ、Hさんはお元気だった。元気でよかった。生きててよかった。お世話になった人がしんじゃうのは、イヤだもんなあ。いつまでも、元気で、生きててほしいのにさ。なのになあ。

 自分が医者だからかもしれませんが、私の記憶の中の立松先生は、いつも疲れてぐったりしていて、人知れぬストレスがおありなのだどうなあと思った覚えがあります。そういう自分も、先生の仕事を増やしてしまった一人なのでしょう。先生に突然「うらやましい!」と言われて仰天したこともありました(「うらやましい!」のは周囲の誰もが先生に言う台詞でしょう) 好きなところに行って好きな記事を書いていることを言われたと思いますが、逆に、先生はそうじゃないのか?と、心配とも不安ともつかない気持ちになったものです。

 先生が遺していってくれたものをどう受けとめて、自分は何をやっていくのか、重たく思案しています。 

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