年末にちらりと書きましたが、
12月17日、
兵庫県立飾磨工業高校多部制3部というところに
「幸せに生きる心理学」の講演に行って参りました。
昨年末、アンケートが届いていましたが、
時間がなくて今になりました
今回は、生徒さんたちの記述をすべてテキスト化して
送ってくださいまして…
有り難い限りです
年末のお忙しい中、色々とお世話になりました。
この講演は、
7月に大雨警報で流れてしまったものでした
なので、半年越しにようやく実現したのでした。
評定値は5点満点中4.0点で前よりは下がってしまったんですが、
そんなの関係ねえ
(←懐かしい…)
当日は、講演時の生徒さんたちの態度がいつになくとってもよかったようで、
講演終了後は、先生方が非常に幸せそうになっていて、
その中での先生方とのお話や、生徒さんを思う気持ちをうかがうのも楽しく、
非常に満足して帰路に着いたのでした
。
内容ですが、
前半は、人間の欲求の話と幸せを感じる認知のしくみについて、
後半は、「幸せ≠快楽」ということを軸に上質の幸せについて
お話してきました。
感想を見させていただきますと、それぞれ色んなことを受け止め、
考えてくれたみたいで、とても勉強になりました。
自分と照らし合わせて真剣に聞いてくれてたんだなあと思う
コメントが多く、そうなると、また、こちらの頭が下がるわけです。
私の話を聴いてくれて、ありがとうございます。
とりあえず、「幸せに生きるための心理学」の講演のために
不幸せにならないでほしいな…
って思っていたので、
幸せになった!幸せだと気づいた!という感想が多かったので
安堵いたしました
「今日は寒いから学校を休もうと思ったけど、
学校に来てよかったと思いました。」
と書いてくれた人もいて、なんだかその前半部分のリアルさに
思わず笑ってしまいました
でも来てくれてありがとう。
内容のキーワードは、
【生徒さんの印象に残ってくれた話セレクション】より紹介
幸せな時には幸せに気づきやすく、不幸せな時には不幸せに気づきやすいという所に共感した。
僕は、今日の講演で、人は何かに一生懸命になるには勇気がいるという言葉が印象に残りました。
印象に残ったことは、幸せは他人から与えてもらうものではないとプリントに載っていた。他人から与えられたものは自分の幸せではないということを学んだ。
「幸せ」の中に「辛さ」という字がある、というように、良いことの中には悪いことがある、悪いことの中には良いことがあるということを感じることが出来ました。
落ち込んだときは「快適さ」は「幸せ」を与えてくれるが「幸せ」が「快適なこと」とは限らないっていう言葉を思い出したいと思っています。
人は、生まれてくること、年をとること、、人を愛することは避けられないという言葉がとても印象的でした。
…と、こんな話をしてきました。
今回、「辛いという字は、もう少しで幸せになれそうな字である」
という一般的な話もメタファーとして用いたのですが、
それを調べているうちに、新たな収穫がありました。
この、辛いと幸せの類似は、語源的には根拠のない後付の話だそうですが、
「幸」の語源。
この言葉、若くして死ぬという意味の「夭」(=夭逝)と
「屰」(=「逆」の意味)の組み合わせで出来ていたのだそうです。
つまり、「若くして死んでしまった」ではない状態、
組み合わせると、「生き延びることができた」という意味が
「幸」という字なんだそうです…
へえ~~~
と、せっかくなのでこのこともお話してきました。
前後の先生方とのやりとりも楽しく、
先生方が生徒さんに傾ける熱意には、なんだか打たれました。
心配してくれる人がいるって、幸せなことだと思いますよ
。
せっかくテキスト化してくださったので、
【生徒さんたちの珠玉の言葉セレクション】も載せましょう
人の人生はたまねぎと同じようなもの。一皮一皮むけるたびに涙を流します。
人の欲求は無限と言っていたけど、それは少し違うと思いました。その欲求に線を引くのが人だと思うからです。
人は幸せが長続きしない。だが、次へ次へと欲求のある中で色んな経験をし成長していくことがわかった。
自分が生きている意味は人に教えてもらうのではなくて自分で決めるということだと思う。家族・友達・周りの人がいるから今の自分がいるのです。生きていることに意味がある。
このほかにも自分なりの決意を書いてくれた皆、
その後、どう過ごしていますかー
お互い、幸せな1年でありますように