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ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭2015

2015年05月03日 | pocknのコンサート感想録2015

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン
「熱狂の日」音楽祭2015
PASSIONS
恋と祈りといのちの音楽

東京国際フォーラム



ゴールデンウィークの風物詩として定着したクラシック音楽の一大フェスティバル「ラ・フォル・ジュルネ」。11周年を迎える今年は「新たな1歩を踏み出す」という意味をこめ、特定の作曲家や時代、都市などをテーマとしたこれまでのやり方から、もっと普遍的なエレメントをテーマに、「時代やジャンルを越えた拡がりのあるプログラムにしたい」という、音楽祭のアーティスティック・ディレクターを務めるルネ・マルタンのアイディアで、《PASSIONS パシオン》がテーマとして選ばれた。

《パシオン》への入口として「祈り」「恋」「いのち」という3つの扉を用意して、それぞれの扉からそれぞれの《パシオン》の世界へ誘(いざな)われるという趣向。「祈りのパシオン」と聞いて真っ先に思い浮かぶのはバッハの受難曲だが、そのバッハの大曲「マタイ受難曲」と「ヨハネ受難曲」もプログラミングされた魅力的な3日間の音楽祭から、コルボの指揮で「ヨハネ受難曲」が聴ける2日目の5月3日に絞って5つの公演と、久々にマスタークラスを聴いた。以下、その感想を演奏順に紹介する。


~5月3日(日)~

プラジャーク弦楽四重奏団
ホールB5(ヒューム)

“チェコのパシオン~ドヴォルザークとスークの詩情”
1.ドヴォルザーク/弦楽四重奏のための「糸杉」~第2、3、7、11番
2.スーク/「聖ヴァーツラフ」のコラールによる瞑想曲 Op.35a
3. スーク/弦楽四重奏曲第1番 変ロ長調 Op.11


1972年結成の歴史を持つチェコを代表するプラジャークSQが、美しく心に沁みるハーモニーを聴かせてくれた。ドヴォルザークの「糸杉」は原曲が歌曲集で、メロディーは第1ヴァイオリン、他のパートは伴奏系というスタイルで進んで行く。メロディーを受け持つレオシュ・チェピツキーのファーストヴァイオリンは、 感情過多になることなく 温かく優しい語り口で奏でられ、他の3人が作り出すハーモニーが雲間から漏れる陽光のように淡く、時間と共に微妙に光の加減を変化させつつメロディーに寄り添い、潤いを与えて行った。今日は抜粋で演奏されたが、是非全曲を聴いてみたくなった。

続く2曲はドヴォルザークの次世代でチェコを代表するスークの作品。エモーショナルな感情をうちに秘めた音楽を、プラジャークSQは緻密かつ親密なアンサンブルで、込み上げる情熱をむしろ中へ包むように織り込んで行く。語り口は前半のドヴォルザーク同様に柔らかくて滑らか。その奥には痛みを伴った哀愁が漂う。そんな魅力が最も伝わってきたのは弦楽四重奏曲の第3楽章。じわりじわりと心のひだに分け入り、熱くて深い感銘が静かに呼び起こされた。

アンサンブルとしての高次元の熟成度も伝わってきたプラジャークSQは、今最も充実した演奏を聴かせる弦楽四重奏団ではないだろうか。

ダニエル・ロイス指揮 ローザンヌ声楽・器楽アンサンブル
ホールC(ヘーゲル)

“祈りのバロック~バッハによる感謝のモテット”
1. バッハ/モテット「来たれ、イエスよ、来たれ」BWV229
2. バッハ/モテット「イエス、わが喜び」BWV227
3. バッハ/モテット「主に向かって新しき歌をうたえ」BWV225


ラフォルジュルネには欠かせない存在になっているローザンヌ声楽アンサンブル。このステージで指揮したのは、コルボではなく今年からこのアンサンブルの芸術監督に就任したというダニエル・ロイス。合唱や古楽畑でのキャリアも豊富なこの指揮者は、合唱団の持ち味である柔らかく美しいハーモニーを引き立たせた。30人そこそこの合唱団は、パワーとは対極のやり方で聴き手を引き付ける。それは、無理のない自然な息使いから醸し出され、立ち上ってくる極上の美しい響きと、柔らかく陰影に富んだ表情。

歌詞の扱いも自然で、曲の核となるような言葉も、ことさら発音を強調することなく、その場の空気をわずかに震わせたり緊張させることで聴き手の気持ちをそこに向かわせる。言葉が研ぎ澄まされてキラリと光り、歌詞全体が生き生きと語りかけてくる。

「死」と向き合い、それを受け入れることが歌われる最初と2つめのモテットでは、確信を持って穏やかな気持ちで死を迎え入れる魂の凛とした姿が伝わってきた。新しい歌で主を讃える、喜びに満ちた3つめのモテットは、天上の世界で天使たちが軽やかに踊り戯れる幸福感を伝えてくれた。

どのモテットでも、魂が解き放たれて神さまへ向かっていることが感じられ、これこそバッハが伝えたかったエッセンスに違いないと感じる演奏だった。
井上道義指揮 オーケストラ・アンサンブル金沢/松原混声合唱団
ホールC(ヘーゲル)

“祈りのバロック~バッハによる喜びのマニフィカト”
1.バッハ/カンタータ第147番「心と口と行いと命」 BWV147~第1曲、第10曲コラール「主よ、人の望みの喜びよ」
2.バッハ/マニフィカト ニ長調 BWV243

S:小林沙羅、熊田祥子/MS:相田麻純/T:畠伸吾/B:森雅史

バッハの合唱作品が続くが、こちらは大所帯のアマチュア合唱団による演奏。松原混声合唱団は合唱の世界での大御所、関屋晋が鍛え上げ、長い活動歴を持つ実力ある団体で期待したが、最初のカンタータ147番はいただけない。

このカンタータの冒頭合唱には瑞々しく弾ける活力が欲しいし、有名なコラールでは溢れる愛の呼びかけが欲しいが、冒頭合唱には覇気も冴えもなく、コラールからはイエスへの思いは伝わってこなかった。コラールに出てくる"Freude"(喜び)、"Leide"(苦悩)、"Sonne"(太陽)といった言葉を合唱団はどのぐらい自分の「思い」として歌えていたのだろうか。これには井上道義指揮アンサンブル金沢の演奏にも責任があるように思う。入りの不揃いをはじめ、全体から魂も生気も伝わってこなかった。

しかし、合唱もオケも、次のマニフィカトでは大挽回した。こちらは、瑞々しく活きのいい音楽が響き渡り、喜びと賛美が心に響いた。合唱の各パートのくっきりと生き生きと刻むメリスマも堂に入っているし、ハーモニーはよく磨かれて美しく響く。

演奏に加わったソリスト達がまた素晴らしかった。なかでも強い印象を刻んだのは、小林沙羅のソプラノと相田麻純のメゾ。小林さんは滋養たっぷりの美声でしなやかに、そして格調高く救い主への賛美を歌い上げた。相田さんの演奏からは全体を大きく掴んで包み込む包容力と、音楽をシャープに掘り下げる深い表現力が伝わってきた。合唱、オケ、ソリスト達が指揮者のもとで心を合わせていい音楽を作った。
プラジャーク弦楽四重奏団
ホールB5(ヒューム)

“恋する作曲家たち~秘められた恋”
1. ベルク/抒情組曲
2. ヤナーチェク/弦楽四重奏曲第2番「ないしょの手紙」


再びプラジャークSQの演奏を同じ会場で聴いた。席はステージを真横から見るエリアで蚊帳の外の気分。今度はお国もののヤナーチェクの他に、毛色の異なるベルクの作品が前半に置かれた。

さっきはドヴォルザークとスークで素晴らしい演奏を聴かせたが、ベルクの作品をどんな風に演奏するか興味深かった。無調でもベルクの音楽には「体温」があるが、プラジャークSQの演奏からは様々な「情念」が伝わってくるなー、なんて思いながら聴いていたが、昼下がりの休日で会場は響きがデッドなうえに席も「離れ」みたいだったせいか、眠くなってしまったので感想は書けない。。

しっかり起きて聴けた次のヤナーチェク。これは、狂おしさ、焦燥、熱くて深い思いが塊になって発せられる、まさに「情念の演奏」と言いたくなる濃厚な演奏。ヤナーチェクが親子以上の年の差の人妻へ恋文を出し続けた思いが託された曲であることから、「恋のパシオン」として組まれたこのコンサートの真髄を表現していた。プラジャークSQの人間味溢れる完成度の高い演奏が頂点を極めたようだった。

マスタークラス:エマニュエル・シュトロッセ(ピアノ/連弾作品)
G402(スピノザ)

【受講曲目】シューベルト/幻想曲
【受講生】坂本リサ、坂本彩

ラフォルジュルネのマスタークラスを聴くのは久しぶり。ピアノの連弾曲が受講曲という珍しいレッスンは大変充実したものだった。芸大と桐朋にそれぞれ通うという坂本さん姉妹の演奏は、情感がこもり、シューベルトらしい陰影に富み、ある意味完成された状態でレッスンに臨んだが、シュトロッセはここから多くの大切なポイントやメッセージを伝えて行く。

この音楽にはシューベルトの歌曲の世界と同様に「言葉」があり、「歌」があるということ、伴奏形の一つ一つに与えられた役割りのこと、今聴こえている声部のそれぞれがどのような役割分担で、どの声部を聴かせるべきか・・・ 実にたくさんの示唆に溢れていて、レッスンにどんどん没入し、何よりもこのシューベルトの幻想曲がいかに素晴らしい音楽であるかということへの感動が募って行く。

シュトロッセがレッスンで伝えてくれた最も大切なことは2つ。まずこの音楽の性格を捉えたうえで、音楽を構成する全てのパーツに、音楽の性格を伝えるための大切な役割と意味があること、そして、これらを表現するには常に全曲を大きく捉え、その中で「部分」を見なければならないこと。これを自らピアノを弾いて聴かせながら立証し、受講する学生の演奏を修正して行く様子はまるでマジックのようにも感じた。こうしたて一音たりともおろそかにせずに音楽に向き合い、それを伝える行為を積み重ねるという演奏者の「姿勢」と「結果」が、聴き手に感動を与えるんだなとつくづく実感。

シュトロッセのフランス語を直接理解することはできないが、まるでシュトロッセ自身の口から伝えられるメッセージのように適切な言葉と口調で通訳した女性の功績も大きい。
ミシェル・コルボ指揮 ローザンヌ声楽・器楽アンサンブル
ホールA(デカルト)
“受難曲の傑作~バッハの金字塔「ヨハネ」”
♪バッハ/ヨハネ受難曲 BWVOp.48
S:?/カウンターT:?/T(福音使家)?/B(イエス):?、?

今回のラフォルジュルネの公演で唯一コルボが登場したのがこの「ヨハネ」。今回はオケも手兵のローザンヌ器楽アンサンブルだ。休憩なし、2時間通しで行われた演奏は充実の極み。この長大な作品には様々な解釈やアプローチの方法があるが、コルボが提示した「ヨハネ」は、他のどんな優れた「ヨハネ」の演奏とも比べることができない、孤高にして崇高な領域に達していることを感じずにはいられなかった。

「マタイ」と比べてエモーショナルな表現が勝っていると言われる「ヨハネ」だが、コルボはこの受難曲から、そうした心を揺さぶる激しさではなく、イエスの受難に対する深い悲しみ、私達の罪深さ、更にその悲しみを超えたところにある「愛」を、こちらをじっと見据えてささやくように伝えてきた。

抑制された表現から、悲しみを押し殺した悲痛な心の叫びが聴こえてきた冒頭合唱。その後の合唱も、群衆が有無を言わさずイエスを追い詰める圧力や、コラールでの純粋でひた向きな祈りや慈しみの表情など、この受難曲のスピリッツが心に沁みた。ダニエル・ロイスの指揮でバッハのモテットを聴いたとき、軽やかで解き放たれた表現にバッハの真骨頂を感じたが、そこに更に深化したメッセージ性が加わった。

ソリスト陣も充実していたが、何と言っても素晴らしかったのがエヴァンゲリストを務めたテノール(アリアも担当)。いつでも冷静さを失うことなく、イエス受難のドラマ全体を大きく捉え、思慮深く伝えていった。その姿は確信に満ちて気高い。カウンターテナーのやわらかな美声による慈しみ深い歌も深く心に沁みた。ソリストの名前が発表されていないのは残念!わかる方がいたら教えてください!

2時間に及ぶ演奏の末に至った最後のコラールの一つ前の合唱でも、感情を煽ることは一切せずに、ただただイエスの安らかな眠りを祈りから、溢れる愛を歌う終曲コラールへと移ったときには聴いていてジーンと涙が溢れた。本当に素晴らしい「ヨハネ」、そしてそれを主導したコルボ!大きな拍手とブラボーはいつまでも続き、最後はコルボ一人がステージに呼び戻される「一般参賀」も起こった。コルボの演奏、また聴きたい!


ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭2014
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