~ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭2012~
東京国際フォーラム
~5月5日(土)~
ヴラディスラフ・チェルヌチェンコ指揮 カペラ・サンクトペテルブルク
ホールB7(チェーホフ)
【曲目】
1.ポルトニャンスキー/合唱協奏曲第3番「主よ、御力により帝は楽しまん」
2. アルハンゲルスキー/幸いなるかな
3. チェスノコフ/我が祈りが叶わんことを
4.チェスノコフ/神は我らと共に
5. ロシア民謡/ああ、我が広き草原よ
6. 民謡組曲
7.ロシア民謡/カリンカ
8.ロシア民謡/栄えある湖、聖なるバイカル
9.ロシア民謡/広い草原の上空には
【アンコール】
ロシア民謡/バールィニャ(奥様小唄)
CDでも名の知れた合唱団、カペラ・サンクトペテルブルクが、ポルトニャンスキーなどの宗教曲やロシア民謡の数々で、ロシアの合唱音楽の魅力を堪能させてくれた。
60人ほどの団員はパートで分かれるのではなく、男女が交互に並ぶ。ハーモニーを塊として響かせようとするところがロシア的だが、実際に聴こえてきた響きはロシアのイメージと直結するような土臭さや重苦しさよりも、むしろ洗練されたハーモニーだった。響きは力強く輝きがあり、倍音がビンビンと鼓膜を震わせた。曲ごとに団員の中から交替で登場するソロはどれも立派なソリスト級レベルで、この合唱団の層の厚さを証明していた。
最初はロシアっぽさはあまり感じなかったが、聴き進むうちに、ボリューム感や圧倒的なパワー、或いは充実した内声の響きから、西側のスタンダードな合唱団とは違った魅力を感じた。極めつけはビンビンに響く低音。下のC音が地響きするくらいに鳴り響いているのを聴いて、こんな低い声を響かせられる人が何人もいるなんて、やっぱり体の作りが違うのかとも思った。
そして、後半のロシア民謡「聖なるバイカル」で登場したソリストの声を聴いて仰天。マイクを持っているのでは?と確かめてしまったほど、この響かないホールを包みこむように響き渡る太い声。大声を張り上げるわけではないのに、地の底から湧き出るようなその声は正にロシアの大地のイメージそのもの。合唱団から聴こえていた強力な低音は、この人ただ一人の声かも。長年声楽のコンサートはたくさん聴いてきたが、こんな声を聴いたのは初めてだ。このソリストの名前が是非知りたい!
後半のロシア民謡では民族的な要素が色濃く反映した歌い回しやハーモニー、独特の呼吸などが多く、こうなるとロシアならではの熱くて濃い人間臭さが、抜群の精度や響きが犠牲になることなく合唱からムンムンと伝わってきた。ロシア音楽がテーマのラ・フォル・ジュルネだからこそ聴けたコンサート。
ドリアン・ウィルソン指揮 台北市立交響楽団
ホールC(ドストエフスキー)
【曲目】
1. チャイコフスキー/「エフゲニー・オネーギン」~ポロネーズ
2. チャイコフスキー/交響曲第4番へ短調Op.36
台湾から台北市立交響楽団が登場。台湾好きファミリーとして、家族4人で応援に駆け付けた。pocknはこのコンサートのために「熱情台湾」と書かれたTシャツを着て行った!台湾では台湾人のエネルギーにいつも圧倒されているだけに、チャイ4はその意味でも期待大。
最初は「エフゲニオネーギン」から有名なパーティーの場面の「ポロネーズ」。華やかなサウンドで生き生きした演奏が披露され、オケとしてのレベルも高そう。そしていよいよチャイ4。冒頭のホルンの強奏はちょいと転んでしまったが、パワー炸裂でエネルギッシュな演奏に引き付けられた。骨太で頼もしく充実した響きの金管ブラスが活躍する「熱い」部分だけでなく、温かく豊かな表情のチェロや、優しく撫でるような肌触りのソットボーチェを聴かせたヴァイオリンなど、弦楽器の柔らかな表現も素晴らしい。
指揮者のウィルソンは、曲の聴かせどころを確実に押さえ、堅実に音楽を組み立て、頂点に向かって盛り上げて行ったが、途中もっと火に油を注いで(加油!)オケを煽る場面があってもいいとも思った。それでも終楽章の盛り上がりはなかなかのもの。台北市立響は確実な合奏力で勇ましく山を登るようにエキサイティングなクライマックスを築き上げた。
万雷の拍手とあちこちからのブラボーに包まれ、団員達も満足の表情。台湾朋友、太棒了!
Pf:アダム・ラルーム/モディリアーニ弦楽四重奏団
ホールB7(チェーホフ)
【曲目】
1.ボロディン/弦楽四重奏曲第2番二長調~ノットゥルノ
2. ショスタコーヴィチ/ピアノ五重奏曲ト短調Op.57
ピアノのラルームもモディリアーニ弦楽四重奏団も、過去の「ラ・フォル・ジュルネ」で聴いて好印象を持った演奏者。1曲目はカルテットが単体でボロディンの弦楽四重奏曲の有名な楽章を演奏。とてもロマンチックな音楽だが、このカルテットはどちらかといえば淡々と演奏を進めて行く。歌い回しもスマートで、ひとつひとつの音を丁寧に発し、柔らかな線を描いていく様子がとても上品で、4人が繊細で美しい織り物を格調高く織り上げて行くようだった。
ピアノのラムールが加わった後半のショスタコのクインテットはやはり淡々とした演奏だが、美しさを極めるというものではなくソツなくこなした観あり。この曲の性格を考えれば、ユーモアやアイロニーを強調しておもしろく聴かせるとか、深刻な闇の中へ引きずり込むようなアプローチとか、もっと強烈な個性を聴かせてもらいたかった。
Vn:庄司紗矢香/Vc:タチアナ・ヴァシリエヴァ/Pf:プラメナ・マンゴーヴァ
よみうりホール(トルストイ)
【曲目】
1.ショスタコーヴィチ/ヴァイオリンとピアノのための前奏曲
2. ショスタコーヴィチ/ピアノ三重奏曲第2番ホ短調Op.67
「ラ・フォル・ジュルネ」において常連の大物アーティストの一人である庄司紗矢香が、ショスタコのデュオとトリオ聴かせてくれた。
ピアノとのデュオによる「前奏曲」では様々な奏法を駆使した音楽を、そうした表面的なパフォーマンスは音楽の一表現手段としてさらりとこなし、そのもっと奥底にある音楽の本質に深く鋭い光を当て、そこに的確に照準を定めて描き出す。庄司さんはどんな音楽と向き合うときも、その音楽の最奥の内面を透視するかのように見極め、それを鮮やかに表現するということにおいて、常に真剣勝負の気概を感じさせる。
その姿勢は、チェロも加わったアンサンブルでも微動だにしない。共演のビアニスト、マンゴーヴァとチェロのヴァシリエヴァも研ぎ澄まされた感覚の持ち主で、庄司と同じ方を向き、隙のない緊張感に満ちた演奏を繰り広げた。
アンサンブルDITTO(Vn:エリック・シューマン、ジョニー・リー/Vla;リチャード・ヨンジェ・オニール/Vc:マイケル・ニコラス/Pf:ジ・ヨン)
ホールD7(パステルナーク)
【曲目】
1.ストラヴィンスキー/イタリア組曲
2.チャイコフスキー/弦楽四重奏曲第1番二長調Op.11~アンダンテカンタービレ
3. ショスタコーヴィチ/弦楽四重奏曲第8番ハ短調Op.110
アンサンブルDITTOは去年紀尾井ホールの招待コンサートで初めて聴き、若々しく瑞々しく、エキサイティングな演奏に新鮮な驚きと感銘を覚えたが、今日再びこのアンサンブルの演奏を聴いて、その印象は益々増強された。
最近デュオヴァージョンで聴く機会が多いストラヴィンスキーのイタリア組曲だが、今日の演奏はその中でもピカイチのインパクト。ヴァイオリンのリーとピアノのヨンは、この曲をまさしく新古典的に演奏した。本来の音楽に何となく付加されがちな、音楽とは別のところから持ち込んだような詩情や装飾を廃し、ぶれることなく真っ直ぐに作品に向かい、まさに今この瞬間に音楽が生まれたような新鮮さとリアリティ。自信と確信に満ち、鍛え抜かれたテクニックで提示される演奏は、ストレートに心の琴線を震わせ、ライブならではの心地よい興奮をもたらしてくれた。
ピアノのヨンに代わりヴァイオリンのエリック・シューマンが入って演奏されたカルテットも、作曲家も音楽の様式も異なるが、そうした強烈なリアリティとライブならではの興奮をもたらしてくれるという点においては変わらない。チャイコフスキーでカンタービレのメロディラインを受け持ったエリック・シューマンのヴァイオリンは、うっとりする極上の美音を奏ではするが、その美しさは不純物のない透明で研ぎ澄まされ、覚醒した音。
最後のショスタコでも澄みきった美音で始まった。これらがポリフォニックに複雑に絡み合ってもハーモニーの純度は決して落ちることはない。そして第2楽章の烈しい火花の散らし合いでは、真剣勝負で聴く者に立ち向かい、掴みかかって放さない。聴いていて身動きひとつできない状態になった。終楽章の深刻で闇に閉ざされたような音楽でも、最後の音が消えてなくなるまで、カルテットのメンバーは責任を持って聴き手に発信し続ける姿勢が伺えた。ショスタコのカルテットはいつか全曲をちゃんと聴いてみたいと思っているが、このメンバーの演奏で聴きたいと強く思った。
ヤーン=エイク・トゥルヴェ指揮 ヴォックス・クラマンティス
ダンス:勅使川原三郎、佐東利穂子、ジイフ、顎川枝里、高木花文、山本奈々
ホールC(ドストエフスキー)
【曲目】
1.クレーク/夜の典礼
2.ズナメニ聖歌/讃歌「沈黙の光」
3. ペルト/カノン・ポカヤネン~オードⅠ・Ⅲ・Ⅳ、コンタキオン、イコス、カノンの後の祈り
ヴォックス・クラマンティスの公演は期間中5回あるが、ダンスが入るのはこの最終公演のみ。純正調のアカペラ合唱とダンスが織り成す夢幻の世界を堪能した。
ヴォックス・クラマンティスは作曲家のアルボ・ペルトの信望も篤いということだが、最初の2曲(古い聖歌?)の演奏を聴いただけでは、ちょっと上手なアマチュア合唱団というイメージだった。ところが次のペルトの曲になるとこの合唱団は驚くほどの本領を発揮し始めた。ビブラートをかけないまっすぐで清らかな声がピタリと倍音にハマって生み出される清澄なハーモニーは、これぞ純正調の響き!と言える別世界の響きがする。
ゆっくりとしたテンポでペルト独特の神秘的なハーモニーが延々と続くなか、暗闇にスポットライトを照らされた勅使川原三郎らによる、これも独特で神秘的な舞踊が、音もなく、しかし高いテンションで舞われる様子が、不思議なほどに共鳴した。合唱で歌われる歌詞は宗教的な罪とか懺悔とか救いとかいったものだが、字幕が出るわけではないので歌詞とダンスが、具体的にどのようにリンクしているかはわからないが、音楽の動きにダンスはピタリと合い、ダンサーは指先、足先まで大きく使い、滑らかな曲線を描いたり、小刻に震えたり、まさに全身全霊でダンスで音楽に奉仕していた。
ヒリヤード・アンサンブルとサックスのヤン・ガルバレクがコラボした「オフィチウム」や「ムネモシメ」というCDがあるが、勅使川原のダンスはちょうどこのヒリヤード・アンサンブルの歌に合わせて即興で奏でるサックスの調べを思わせた。清澄で昇華された世界に、一滴の毒味が垂らされたことで、単なる清らかな美しさだけでない情念の呻きのようなものも感じ、心が震えた。これも「熱狂の日」ならではの貴重な体験。客席ではスタンディング・オベーションでアーティスト達を讃えた。
この公演は、予定時間を超過したことも原因だが、次の別公演のために途中退場する人が多かった。ダンサーもあれだけ激しい動きをしながらも、全く足音を立てない静寂な世界に、退場する人の靴音が響いたのはとても迷惑。靴音を消せない人は靴を脱いで歩くぐらいの配慮が欲しかった。
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭2011
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭2010
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭2009
東京国際フォーラム
震災の昨年は、縮小開催となって寂しいフェスティヴァルとなった「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」だったが、今年は東京国際フォーラムにまたいつもの華やぎが戻った。昨年、この会場でルネ・マルタンが予告した通り、今年のテーマはロシアの祭典を意味する「サクル・リュス」と題して、ロシアとその周辺の音楽が特集された。3日間の会期の最終日、5月5日に出かけ、家族総出で台北市立交響楽団の演奏するチャイコフスキーを聴き、pocknだけその他5公演を聴いた。 このフェスティヴァルの名物ともなっていたミシェル・コルボの公演は、去年中止されて今回もなかったのは寂しかったが、「熱狂の日」ならではの珍しくも素晴らしい公演にいくつも接することができた。以下は6公演のレポート。 |
~5月5日(土)~
ヴラディスラフ・チェルヌチェンコ指揮 カペラ・サンクトペテルブルク
ホールB7(チェーホフ)
【曲目】
1.ポルトニャンスキー/合唱協奏曲第3番「主よ、御力により帝は楽しまん」
2. アルハンゲルスキー/幸いなるかな
3. チェスノコフ/我が祈りが叶わんことを
4.チェスノコフ/神は我らと共に
5. ロシア民謡/ああ、我が広き草原よ
6. 民謡組曲
7.ロシア民謡/カリンカ
8.ロシア民謡/栄えある湖、聖なるバイカル
9.ロシア民謡/広い草原の上空には
【アンコール】
ロシア民謡/バールィニャ(奥様小唄)
CDでも名の知れた合唱団、カペラ・サンクトペテルブルクが、ポルトニャンスキーなどの宗教曲やロシア民謡の数々で、ロシアの合唱音楽の魅力を堪能させてくれた。
60人ほどの団員はパートで分かれるのではなく、男女が交互に並ぶ。ハーモニーを塊として響かせようとするところがロシア的だが、実際に聴こえてきた響きはロシアのイメージと直結するような土臭さや重苦しさよりも、むしろ洗練されたハーモニーだった。響きは力強く輝きがあり、倍音がビンビンと鼓膜を震わせた。曲ごとに団員の中から交替で登場するソロはどれも立派なソリスト級レベルで、この合唱団の層の厚さを証明していた。
最初はロシアっぽさはあまり感じなかったが、聴き進むうちに、ボリューム感や圧倒的なパワー、或いは充実した内声の響きから、西側のスタンダードな合唱団とは違った魅力を感じた。極めつけはビンビンに響く低音。下のC音が地響きするくらいに鳴り響いているのを聴いて、こんな低い声を響かせられる人が何人もいるなんて、やっぱり体の作りが違うのかとも思った。
そして、後半のロシア民謡「聖なるバイカル」で登場したソリストの声を聴いて仰天。マイクを持っているのでは?と確かめてしまったほど、この響かないホールを包みこむように響き渡る太い声。大声を張り上げるわけではないのに、地の底から湧き出るようなその声は正にロシアの大地のイメージそのもの。合唱団から聴こえていた強力な低音は、この人ただ一人の声かも。長年声楽のコンサートはたくさん聴いてきたが、こんな声を聴いたのは初めてだ。このソリストの名前が是非知りたい!
後半のロシア民謡では民族的な要素が色濃く反映した歌い回しやハーモニー、独特の呼吸などが多く、こうなるとロシアならではの熱くて濃い人間臭さが、抜群の精度や響きが犠牲になることなく合唱からムンムンと伝わってきた。ロシア音楽がテーマのラ・フォル・ジュルネだからこそ聴けたコンサート。
ドリアン・ウィルソン指揮 台北市立交響楽団
ホールC(ドストエフスキー)
【曲目】
1. チャイコフスキー/「エフゲニー・オネーギン」~ポロネーズ
2. チャイコフスキー/交響曲第4番へ短調Op.36
台湾から台北市立交響楽団が登場。台湾好きファミリーとして、家族4人で応援に駆け付けた。pocknはこのコンサートのために「熱情台湾」と書かれたTシャツを着て行った!台湾では台湾人のエネルギーにいつも圧倒されているだけに、チャイ4はその意味でも期待大。
最初は「エフゲニオネーギン」から有名なパーティーの場面の「ポロネーズ」。華やかなサウンドで生き生きした演奏が披露され、オケとしてのレベルも高そう。そしていよいよチャイ4。冒頭のホルンの強奏はちょいと転んでしまったが、パワー炸裂でエネルギッシュな演奏に引き付けられた。骨太で頼もしく充実した響きの金管ブラスが活躍する「熱い」部分だけでなく、温かく豊かな表情のチェロや、優しく撫でるような肌触りのソットボーチェを聴かせたヴァイオリンなど、弦楽器の柔らかな表現も素晴らしい。
指揮者のウィルソンは、曲の聴かせどころを確実に押さえ、堅実に音楽を組み立て、頂点に向かって盛り上げて行ったが、途中もっと火に油を注いで(加油!)オケを煽る場面があってもいいとも思った。それでも終楽章の盛り上がりはなかなかのもの。台北市立響は確実な合奏力で勇ましく山を登るようにエキサイティングなクライマックスを築き上げた。
万雷の拍手とあちこちからのブラボーに包まれ、団員達も満足の表情。台湾朋友、太棒了!
Pf:アダム・ラルーム/モディリアーニ弦楽四重奏団
ホールB7(チェーホフ)
【曲目】
1.ボロディン/弦楽四重奏曲第2番二長調~ノットゥルノ
2. ショスタコーヴィチ/ピアノ五重奏曲ト短調Op.57
ピアノのラルームもモディリアーニ弦楽四重奏団も、過去の「ラ・フォル・ジュルネ」で聴いて好印象を持った演奏者。1曲目はカルテットが単体でボロディンの弦楽四重奏曲の有名な楽章を演奏。とてもロマンチックな音楽だが、このカルテットはどちらかといえば淡々と演奏を進めて行く。歌い回しもスマートで、ひとつひとつの音を丁寧に発し、柔らかな線を描いていく様子がとても上品で、4人が繊細で美しい織り物を格調高く織り上げて行くようだった。
ピアノのラムールが加わった後半のショスタコのクインテットはやはり淡々とした演奏だが、美しさを極めるというものではなくソツなくこなした観あり。この曲の性格を考えれば、ユーモアやアイロニーを強調しておもしろく聴かせるとか、深刻な闇の中へ引きずり込むようなアプローチとか、もっと強烈な個性を聴かせてもらいたかった。
Vn:庄司紗矢香/Vc:タチアナ・ヴァシリエヴァ/Pf:プラメナ・マンゴーヴァ
よみうりホール(トルストイ)
【曲目】
1.ショスタコーヴィチ/ヴァイオリンとピアノのための前奏曲
2. ショスタコーヴィチ/ピアノ三重奏曲第2番ホ短調Op.67
「ラ・フォル・ジュルネ」において常連の大物アーティストの一人である庄司紗矢香が、ショスタコのデュオとトリオ聴かせてくれた。
ピアノとのデュオによる「前奏曲」では様々な奏法を駆使した音楽を、そうした表面的なパフォーマンスは音楽の一表現手段としてさらりとこなし、そのもっと奥底にある音楽の本質に深く鋭い光を当て、そこに的確に照準を定めて描き出す。庄司さんはどんな音楽と向き合うときも、その音楽の最奥の内面を透視するかのように見極め、それを鮮やかに表現するということにおいて、常に真剣勝負の気概を感じさせる。
その姿勢は、チェロも加わったアンサンブルでも微動だにしない。共演のビアニスト、マンゴーヴァとチェロのヴァシリエヴァも研ぎ澄まされた感覚の持ち主で、庄司と同じ方を向き、隙のない緊張感に満ちた演奏を繰り広げた。
アンサンブルDITTO(Vn:エリック・シューマン、ジョニー・リー/Vla;リチャード・ヨンジェ・オニール/Vc:マイケル・ニコラス/Pf:ジ・ヨン)
ホールD7(パステルナーク)
【曲目】
1.ストラヴィンスキー/イタリア組曲
2.チャイコフスキー/弦楽四重奏曲第1番二長調Op.11~アンダンテカンタービレ
3. ショスタコーヴィチ/弦楽四重奏曲第8番ハ短調Op.110
アンサンブルDITTOは去年紀尾井ホールの招待コンサートで初めて聴き、若々しく瑞々しく、エキサイティングな演奏に新鮮な驚きと感銘を覚えたが、今日再びこのアンサンブルの演奏を聴いて、その印象は益々増強された。
最近デュオヴァージョンで聴く機会が多いストラヴィンスキーのイタリア組曲だが、今日の演奏はその中でもピカイチのインパクト。ヴァイオリンのリーとピアノのヨンは、この曲をまさしく新古典的に演奏した。本来の音楽に何となく付加されがちな、音楽とは別のところから持ち込んだような詩情や装飾を廃し、ぶれることなく真っ直ぐに作品に向かい、まさに今この瞬間に音楽が生まれたような新鮮さとリアリティ。自信と確信に満ち、鍛え抜かれたテクニックで提示される演奏は、ストレートに心の琴線を震わせ、ライブならではの心地よい興奮をもたらしてくれた。
ピアノのヨンに代わりヴァイオリンのエリック・シューマンが入って演奏されたカルテットも、作曲家も音楽の様式も異なるが、そうした強烈なリアリティとライブならではの興奮をもたらしてくれるという点においては変わらない。チャイコフスキーでカンタービレのメロディラインを受け持ったエリック・シューマンのヴァイオリンは、うっとりする極上の美音を奏ではするが、その美しさは不純物のない透明で研ぎ澄まされ、覚醒した音。
最後のショスタコでも澄みきった美音で始まった。これらがポリフォニックに複雑に絡み合ってもハーモニーの純度は決して落ちることはない。そして第2楽章の烈しい火花の散らし合いでは、真剣勝負で聴く者に立ち向かい、掴みかかって放さない。聴いていて身動きひとつできない状態になった。終楽章の深刻で闇に閉ざされたような音楽でも、最後の音が消えてなくなるまで、カルテットのメンバーは責任を持って聴き手に発信し続ける姿勢が伺えた。ショスタコのカルテットはいつか全曲をちゃんと聴いてみたいと思っているが、このメンバーの演奏で聴きたいと強く思った。
ヤーン=エイク・トゥルヴェ指揮 ヴォックス・クラマンティス
ダンス:勅使川原三郎、佐東利穂子、ジイフ、顎川枝里、高木花文、山本奈々
ホールC(ドストエフスキー)
【曲目】
1.クレーク/夜の典礼
2.ズナメニ聖歌/讃歌「沈黙の光」
3. ペルト/カノン・ポカヤネン~オードⅠ・Ⅲ・Ⅳ、コンタキオン、イコス、カノンの後の祈り
ヴォックス・クラマンティスの公演は期間中5回あるが、ダンスが入るのはこの最終公演のみ。純正調のアカペラ合唱とダンスが織り成す夢幻の世界を堪能した。
ヴォックス・クラマンティスは作曲家のアルボ・ペルトの信望も篤いということだが、最初の2曲(古い聖歌?)の演奏を聴いただけでは、ちょっと上手なアマチュア合唱団というイメージだった。ところが次のペルトの曲になるとこの合唱団は驚くほどの本領を発揮し始めた。ビブラートをかけないまっすぐで清らかな声がピタリと倍音にハマって生み出される清澄なハーモニーは、これぞ純正調の響き!と言える別世界の響きがする。
ゆっくりとしたテンポでペルト独特の神秘的なハーモニーが延々と続くなか、暗闇にスポットライトを照らされた勅使川原三郎らによる、これも独特で神秘的な舞踊が、音もなく、しかし高いテンションで舞われる様子が、不思議なほどに共鳴した。合唱で歌われる歌詞は宗教的な罪とか懺悔とか救いとかいったものだが、字幕が出るわけではないので歌詞とダンスが、具体的にどのようにリンクしているかはわからないが、音楽の動きにダンスはピタリと合い、ダンサーは指先、足先まで大きく使い、滑らかな曲線を描いたり、小刻に震えたり、まさに全身全霊でダンスで音楽に奉仕していた。
ヒリヤード・アンサンブルとサックスのヤン・ガルバレクがコラボした「オフィチウム」や「ムネモシメ」というCDがあるが、勅使川原のダンスはちょうどこのヒリヤード・アンサンブルの歌に合わせて即興で奏でるサックスの調べを思わせた。清澄で昇華された世界に、一滴の毒味が垂らされたことで、単なる清らかな美しさだけでない情念の呻きのようなものも感じ、心が震えた。これも「熱狂の日」ならではの貴重な体験。客席ではスタンディング・オベーションでアーティスト達を讃えた。
この公演は、予定時間を超過したことも原因だが、次の別公演のために途中退場する人が多かった。ダンサーもあれだけ激しい動きをしながらも、全く足音を立てない静寂な世界に、退場する人の靴音が響いたのはとても迷惑。靴音を消せない人は靴を脱いで歩くぐらいの配慮が欲しかった。
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭2011
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭2010
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭2009