結婚指輪は外したけど

自活できるだけの貯えが無かった。

音楽教室講師・・と言っても、自宅で元夫の扶養の下、収入よりも生徒さんと楽しみながらピアノやエレクトーンを教えていたので、出ていくだけの生活力にはならなかった。
いろいろ考えた末、私は仕事を探した。
今の生活を変えずに収入を得るために、選んだ仕事は夜中のお弁当工場だった。
深夜１２時から早朝５時まで。
残業になれば７時過ぎることもある勤務だけど、子供たちが寝た後に出られるし、午後からの音楽教室には支障は無いし、PTAの委員会にも参加できる。
何より時給も良いし♪

・・・と言うわけで、子供たちを寝かしつけてから深夜に出かける生活が始まった。
通勤には専用送迎バスもあったが、私は自家用車を使った。
ドアツードアでなければ、たぶん勤まらなかっただろう。
当時　乗っていたクルマはAudi。
雨の日も寒い冬の日も・・５年間も夜勤を続けられたのはAudiのおかげだと思う。
夜勤を始めたことは両親と子供たち以外誰にも話さなかったので、Audiはほんとに苦楽を共にした「心の友」だった。

朝８時に子供たちを送り出し掃除洗濯など家事をしてから午後２時半近くまで寝る。
午後はレッスンが夕方５時頃まで。
夜は子供たちの夕飯・お風呂などの世話をして９時頃ひと眠り。
そして夜中１１時には出勤する。
コンビニ弁当なので土日も祝日も年末年始も無い。
４つのラインでそれぞれ２・３種類のお弁当を総計５０００食ほど作る。
社員は数名、パートさんも日本人半分、あとは日系ブラジル人・中国人・フィリピン人などなど１００人近い。
世間知らずでお気楽主婦でいた私が初めて踏み込んだ世界。
頭髪１本も入らぬよう、頭巾使い捨てマスクと手袋洗濯したてのユニフォーム。
目しか見えない同僚なので、最初は着替え前にロッカールームで会っても誰だか分らない始末だった。

けど、仕事がら人付き合いは上手なほうだし、仕事の覚えも早く、眼だけならそこそこ美人だったりして（？）、ほどなく私はおにぎりラインに引き抜かれた。
・・後から聞いた話だと、そこは社員Oの好みの女性で構成されてるとか。
確かにみんな若くて美人が多い・・・眼だけ見ると。
仕事内容と言えば、一晩に手巻きおにぎりを総計７０００個ほど作る。
キャンペーンで増えると１００００個はザラだし。
ちゃんと機械で作るから何とかなるんだけど。
「しぼり」と呼ばれるおにぎりに具を入れる人がそのラインの責任者で、普通はご飯入れやできあがったおにぎりをバットに入れる下取りから始めるのだが、私はいきなり「しぼり」だった。
最初は１５００スピードでゆっくりやっても追いつかなかったのが、やがて２５００スピードでできるようになった。
機会の調子もわかるようになって直せるようにもなった。
・・・だから何・・・って、実生活には何の役にもたたないのに。

安く買えるメリットで仕事のたびにおにぎりを持ち帰っていたら、子供たちはそのうち見向きもしなくなった。
せっかく食費が助かると思ったのに、あてが外れた。（当たり前か）

夜勤を始めたことは元夫にすぐ知られ・・・寝室は別だから元夫が帰宅する前に出勤してしまえばわからないだろうと思っていたのだが。
結局、収入の半分を生活費にあてることになってしまった。
家計は元夫が管理していて、私が必要な分をもらって生活をやりくりしていた。
給料が減ったと聞かされ、子供たちに不自由かけたくない思いで承諾したのだった。
離婚する時は子供たちを置いてひとり出ていく話になっていた。
家計を助ければ、とりあえず今すぐ離婚ということにはならないだろう。
元夫には子供たちの教育を任せたくないのが本音だった。

仮面夫婦の生活が始まった。
生計は共にしていても話もしない冷たい夫婦。
子供たちといられることはひと安心だとしても
私の人生はこれで良いのだろうか。。。