蒼ざめた馬の “一人ブラブラ、儚く、はてしなく”

山とスキー、車と旅、そして一人の生活

ブラジルの爺ちゃんが歌うテンポで登っていたこの冬

2014-05-03 23:07:13 | 山とスキーでブラブラ

栂池通いが終わってから3週間経ってしまった。
先週の全国的な晴れの日、針ノ木へでも行くべきだったが、ダラダラ過ごしてしまい、気付いたらゴールデンウィーク。

ワタクシ、毎日が連休のお独り様なので、普段働いているカタギの衆が押し寄せる連休に、今一つ行く気がしない。しばらくは冬シーズンの片付けでもしておいて、春山へは休みが明けてから行くことにする。ヤル気が残っておればですけど。

この冬、信州・栂池には12回通って、37泊した。

385 白馬乗鞍には6回登頂。

383 天狗原にも5回。

325 船越の稜線にも登って、これらは今までの最高回数。

行けるトコまで行ったらエエわ、と思いながらボチボチ登っていたら、いつの間にかテッペンに着いていた。

そんな感じで、そこそこ元気に登っていた3ヶ月だったが、ただゲレンデを滑るだけでも楽しかった。

そしてこの冬、スキーが上達した、上手くなった、と言うか、一皮剥けた感じがする。

何年か前、林道で遭遇し、その後、白馬乗鞍の山頂ケルンまでお連れしたYサンは、若い頃は草レーサーで、スキーレースでの面白い話しを色々聞いたが、スキー上達にはスピードになれる、スピードに乗ることも肝心だとアドバイスを受けていて、確かにこの冬、ターンの度に加速する感覚がやっと判った様な気がする。

いつもエラそうにしている元都知事で暴走老人の友人であり、沢山の大企業から1億円(?)出してもらって80歳でエベレストに登ったプロスキーヤーは、そのオヤジも超有名なスキーヤー。100歳近い歳になっても滑っておられたそうで、「オヤジは、あしたはもう少しスキーが上手くなるだろうか、と言っていた」、そんなセリフのCMを見た記憶がある。
ワタクシ、このお二人、あまり好きではありませんが、このセリフはキライではなかった。
確かにスキーは老人になっても上達するモノなのかも知れない。

地震、津波が破壊した原発の放射能を恐れ、スキー場から逃げて行ったガイジンは、この冬、戻って来たそうだが、それとは別に沢山の老人もよく見かけた。ワタクシより10歳程先輩の人達。

ご夫婦も沢山いた。

ワタクシの前でペアリフトに乗ろうとしていた老夫婦。
しかし立ち位置が丁度一人分ずれていて、アア~ッと思っている間に、“イス”はジイサンだけをすくって行ってしまった。
乗る位置に進もうとしていたワタクシの後ろには、次の“イス”が迫って来た。前には残されたバアサンがポツンと立っている。
ワタクシ、ササッと横に寄り“イス”を避けると、バアサンはそれにすくわれてジイサンの後を追って行った。
若いボーダーならこんな時、騒ぎたてて、ワザとコケたりして、係員は非常停止ボタンを押したりするのだが、リフトはフツーに動き続け、係員は苦笑しながらワタクシに会釈した。
老人には、色んなペアリフトの乗り方があるモンだ。

お独り様のジイサンからもよく声を掛けられた。

「以前も来られてましたよねぇ」、定宿でも声を掛けられ、少しお話しした。
それを見ていた大女将、「今の人、ダレ?オトモダチぃ?」
「イヤ、前ここに泊ってはって、その時、話ししたらしいですワ」
「エエッそう、ワタシ、泊ったお客さん、ほとんど覚えるンだけど ・ ・ ・ 」
大女将は去年、オバアチャンになってこの時も孫娘をダッコしていた。しかし、ワタクシより少し年下で、まだお年寄りではない。定宿にはまだ大々女将がいる。

そして、無理矢理関連付けるつもりはないが、この冬、行き帰りの車の中で流していたのも、ブラジルのジイサンの歌だった。

夜行列車で信州へ行っていた頃は、ピュアなモダンジャズファンだったワタクシ、車で行く身分になると、車内で流していたのは杏里チャンだった。
それに高橋真梨子サン、竹内まりあチャンが混ざり、金子由香利サンなども混じり、しかし7年前、公私ともお独り様になって、栂池通いが始まった車内では、ダイアナ・クラール、シーン・モンハイト、ディ・ディ・ブリッジウォーター、イリアーヌ、クレモンティーヌ、akikoなどのオネエチャンになっていた。そしてこの冬はブラジルのジイサン、カルトーラ。

カルトーラと言う歌手、作曲家、作詞家は、ブラジルポピュラー音楽界ではとても有名だそうで、しかしワタクシ、「Acontece」と「沈黙のバラ」の2曲を、長谷川きよしサンが日本語で歌ってルのを聞くまで知りませんでした。ブラジルの曲と言ってもボサノバやサンバのリズムではない。これがサンバカンソンと言うヤツか、中々エエやンこの雰囲気。

去年の秋頃だったか、偶々点けていたFMから、カルトーラ本人が歌う「沈黙のバラ」が流れてきた。ほぅ、長谷川きよしサンが歌うあの曲は、ポルトガル語ではこんな感じになるのか。
声の感じは若くもなく、老いてもおらず、チョット悟りを得たようなオジサンの雰囲気、もうチョット聞いてみよう、と言う事で早速CDをネットで検索。

しかし、流通しているCDは驚くほど少ない。そもそも発売されたレコードが4枚程で、これらは70年代後半に70歳になる前、つまり亡くなる数年前に録音されたモノらしい。
手配しても入手不可でキャンセルされたりもして、結局日本語解説付きが3枚、ブラジル製が1枚、ブラジルのオネエチャンが歌っているモノが1枚、計5枚、ダラダラと購入してしまった。
逝ってしまう事を考えて、極力遺しモノは減らそうとしていたのに、また増えてしまった。

とは言え、この5枚の爺ちゃんの曲はよかった。ポルトガル語なので、なに歌ってルのかは英語の歌以上に判らないが、サンバらしいモノや、メロディが非常に美しいモノも多く、聞けば聞くほどイイ。

「O MUNDO E UM MOINHO」と言う曲、カルトーラの最高の名曲と解説されていて、「人生は風車」と訳されているが、これ直訳すると、「世界は粉砕機」(?)。訳詞の中にも「キミのささやかな夢すら砕いて、空想を粉々にしてしまう」とある。
とてもエゲツナイ事を言っているのだが、このメロディはとても美しい。このメロディにのって、こんなスゴイ事を爺ちゃんが歌うと、「確かにそうですよね」と改めて納得してしまう。

そしてこの冬、行けるトコまで行ったらエエわ、と思いながら乗鞍の斜面をトボトボ登っていたら、そのテンポが、「O MUNDO E UM MOINHO」のテンポだと気付いた。

ジイサンになるまで後10年弱、まだ後10年はこの様に冬を過ごす事が出来る。これはアリガタイ。