軌道エレベーター派

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専門書・論文レビュー(5) 図説 50年後の日本

2009-06-18 23:39:12 | 研究レビュー

図説 50年後の日本
東京大学・野村證券共同研究 未来プロデュースプロジェクト
(三笠書房 2006年)


 東大の研究者が野村證券と協力して、2005年に開いたシンポジウムの内容を書籍にまとめたもの。研究者15人が、産業・生活・世界の3テーマで50年後の未来像を討論した。軌道エレベーター(以下、本書の表現に沿って「軌道エレベータ」と記す)の専門書ではないが、軌道エレベータの記述が親詳な上、同時期に実用化が予想される多様な技術を紹介しており興味深く、ここで取り上げることとした。

1.本書の軌道エレベータ
 軌道エレベータに割かれているのは10頁で、基礎知識にとどまっているが、要点をきちんと踏まえてわかりやすく解説してある。本書独特の具体的なモデルの描述もあるほか、「2055年には、一般の人が軌道エレベータを使って地球と宇宙のさまざまな活動拠点(中継ステーション)を行き来しています」という、イラスト付きの導入部から始まる。むしろこの構想に初めて触れる人には、イメージを持って入り込めるうってつけのやさしい解説ではないだろうか。

 本書で紹介されている軌道エレベータの概観は次の通り。全長は数万kmで、セイロン島とガラパゴス諸島に地上基地が設けられ、2階建てで定員約20人の「搭乗部」に乗って上昇。搭乗部の内部には、外を向いた長椅子があり、飲食もできるという。
 高度に応じた重力に合わせ、薬品や半導体の工場、医療施設、ホテルなどが設けられている。高度5000kmのステーションからは約2時間、末端からは6時間で地上基地まで降りることができるという(上りのスピードではないらしいが)。



 本書では軌道エレベータ実現に必要な技術として次の4点を挙げている。
(1) 素材
 やはりカーボンナノチューブを有望視しており、軌道エレベータに必要な強度について「これから50年間の素材技術の進歩は、それを十分に実現できると思います」という。
(2) エネルギー
 電力供給を大きな技術的問題に位置づけており、静止軌道ステーションからのレーザー送電を「有望」とする。本書では、1tの荷重(搭乗部の自重を含む)を高度5000kmまで2時間で持ちあげるのに381万wを要すると試算している。
(3) 軌道エレベータの重心
 重心を静止軌道に維持しなければならないということで、これは問題というよりも大前提(研究によってはアンカー質量によって外側へテンションをかけたものもあるが)なので、これを技術上の問題として特筆しているのは珍しい。静止軌道の拠点から建造を始めることを説明しているほか、静止軌道よりも上部に投射機能を持たせることにも触れている。
(4) 地上駅の設置場所
 重力ポテンシャルの偏りに軌道エレベータが引きずられにくい、重力のひずみが極力少ない場所として、赤道上の東経75度、西経105度を推奨している。設置方法は陸上かメガフロート。

 最後に、2018年に初荷揚げを宣言していたLiftport groupに触れ、「いくらなんでも2018年は早すぎる」と述べている。事実、同社は2018年の目標は取り下げてしまったので、ネガティブな予想だが的中したことになる。むべなるかな。。。

 以上の軌道エレベータに関する考察や紹介は、要点を過不足なく抑えている上に誇張の感もない。どこが50年後の「日本」なのか首をかしげなくもないが、わずか10頁であっても軌道エレベータ関連書の良書であり、初心者にお勧めできる。

2.その他の50年後の技術
 このほかにも、冒頭で述べたように、軌道エレベータの実現を予想している時代に、同様に実用化されているであろう構想の数々も興味深い。

 本書で50年後に実現するという構想のうち、宇宙に関するものは、超音速で大気圏外をかすめて飛ぶスペースプレインや、月面天文台による探査などを挙げている。
 ユニークなのは無重力環境を利用した「3次元サッカー」で、添付イラストには、羽を付けた鳥人間か、あるいはクリオネのような格好の選手たちが、無重力の環境でサッカーに興じている様子が描かれている。これは軌道エレベータと一緒に実現するに違いない。

 このほか、事故や渋滞知らずの知的交通制御システム、自家用ゴミ発電ロボット、犬の嗅覚活用による診断、自分の細胞で病気を治す個別化医療、免震効果のある人工地盤、量子コンピュータなど、既述を含め約30項目に及ぶ。「都市間リニアチューブ」は軌道エレベータの昇降技術に貢献するだろう。こうした多様な構想について、基礎知識や現在の技術水準の情報などとともに紹介している。

 こうしたアイデアの中には、50年たっても結局実現しないものもあるかも知れない。しかし、逆にもっと早く実用化されるものもあるに違いない。たとえば洗浄機能もあるタンス「バイオミストボックス」などは、コストや大きさを度外視すれば今の技術でも作れてしまうのではないか。自己細胞による治療も、近年、細胞外マトリックスによる治療などが進んでいる現状を見ると、現実味はかなり高いのでないか。

3.未来を語る上で求められる認識力
 以前、この研究を紹介した相手が「万里の長城は宇宙から肉眼で見える唯一の人工物」という都市伝説を信じていて、軌道エレベータを「万里の長城を造るのにどれだけかかったと思うの? 荒唐無稽」と語っていた。

 「未来の技術」を語る時に多くの人が陥る誤りは、現代の技術水準のものさしでゴールまでの距離を測ろうとする点ではないだろうか。軌道エレベータなどはスケールが大きすぎるため、そんな思考にとらわれる典型だろう(上述の例は現代どころか何世紀も前の水準だけれども。だいいち万里の長城が宇宙から見えるなら、もっと幅も高さもあるピラミッドが見えないはずがない。「唯一」のわけなかろうに)。しかし、技術は常に、それまでの蓄積の上に築かれる。

 計算機の発達を見てみるといい。世界初(異説もあり)と言われるENIACが、ちょっとしたビルのワンフロアを占領するほどもあったのに対し、半世紀で掌に乗るほど小型化し、演算能力も桁はずれに向上した。あるいは、スプートニク1号が初めて地球を周回してから、そのおよそ半分の時しか経ずにパイオニア10号が太陽系を脱した。本書で「今から50年かかる」ことが、10年後にはばその半分になっていることもあるに違いない。

 一見、派手さに欠ける説明文の羅列のようで、情報密度の高い1冊である。1回で終わらせるのは惜しいプロジェクトだったのではないだろうか。本書のアイデアの数々が、この先いつ実現するかに注目し、可能なら何年後かにアセスメントを行ってみたい。
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