おかもろぐ(再)

趣味のブログ

<< ようこそ! >>

主な記事のインデックス
ゲーム関連
ゲームクエスト投稿文
クラシックCD紹介
旅行記
日野日出志作品紹介
   

アルテリオス

2017-05-21 21:46:43 | ゲーム
 ニチブツ(日本物産)のゲームといえば『クレイジークライマー』や『ムーンクレスタ』のような独創的なものや、『マグマックス』みたいにジャカジャカしてて良い意味でテキトーなシューティングのイメージがあります。そんなニチブツの『アルテリオス』なるゲームが、リサイクルショップのワゴンの中古ゲームの山の中にありましたので、100円+税で購入してみました。

 どんなゲームかも知らずに買ったのですが、カートリッジにはSF的な絵がありましたのでアクションかシューティングかと思ったら、SF風味のRPGでした。RPGはシステムが複雑で、そういったことは説明書に書いてあるはずですが、購入したのは裸カートリッジなので当然説明書なんかありません。そこでネットで検索してみると、「アルテリオス計算式」なるワードが頻出しました。なんのことかと読んでみると、どうもRPGのダメージ計算を「攻撃側の攻撃力」マイナス「防御側の防御力」という単純な式で行っている、というもののようです。このような計算方法はそれ以前の古くからありますが、このアルテリオスのプレイ配信によって広く認識されたらしいです。

 この式でのダメージ計算の問題点は、強い相手には全くダメージを与えられず、弱い相手には急激にダメージが大きくなる、ということです。補正とかまぐれ当たりが一切存在しないので、勝てる相手が自動的に決まってしまい、プレイの柔軟性が乏しくなりがちになるのです。うーむ、悪い意味でテキトーなゲームなのでしょうか……。

 さてネットで説明書を探してみるとストーリーが書いてありました。手短にまとめると、古代の地球人がブラックホールに吸い込まれ、抜けた先の別の宇宙「アルテリオス」で暮らしていた。ところが、その宇宙を支配しようとしたサーベラーという軍人が、星系ごと空間を閉じ込めてしまった。ラド博士は地球へ帰還するためのワープホールを作っていたが、空間が閉じ込められた際に一人の青年を地球からワープさせてしまう。ラド博士はサーベラーに捕まるが、地球の青年にアルテリオスの未来を託し、サイボーグに改造する、というものです。スケールだけは無闇とでかいですが、青年にとってはとんでもなく迷惑な話ですね。



 無理やりサイボーグに改造されて研究所を出てみると、こんな感じの宇宙空間でした。中央の赤いのがプレイヤーのサイボーグで、左の民家みたいなのが宇宙ステーション。ここは小惑星帯で、白い(点滅している)丸が敵です。敵とのエンカウントはこの白い丸と接触することのみで発生しますので、ある程度は敵を避けて進めることが可能です。



 そして敵との戦闘シーンがこちら。敵が画面を飛び回り、それに照準を合わせて撃ちます。舞台といいマップ画面といい戦闘システムといい、なんかプレステの『10101 "WILL" The Starship』と同じような感じです(当然アルテリオスの方が先)。

 小惑星帯は非常に複雑な迷路になっていて、マップがないととても進めることができないでしょう。実は説明書には小惑星帯のマップが載っていたらしく、ネット上の説明書にもありましたので、それを見ながらなんとかプレイできました。

 この閉じた宇宙には5つのフィールドマップがあります。そのうち2つが小惑星帯で、3つが惑星上となっています。



 惑星上では通常のRPGのような見た目になります。上の写真は町の様子。小惑星帯とは違い、こちらの方は見慣れていて落ち着くし、マップもわかりやすくなっているので、ずっとプレイしやすくなりました。



 惑星上での戦闘シーン。うーむ……。

 戦闘シーンといえば、例のアルテリオス計算式は私にとって特に問題となることはありませんでした。私がRPGをプレイする場合には、一つのマップを納得できるまで隅々まで周るので、その間に自然とレベルが上がっているからです。また数種類ある武器のうち、エネルギー消費のないビームガンだけでほとんどの場所を突破できました。アルテリオス計算式サイコーですね。



 本作には謎解きらしいものはあまりありませんが、10箇所ほどパスワードが必要な扉がありまして、その情報を探すことが中間目的になります。ですがこのパスワードがプレイによって変わるらしいので、ネットでパスワードを調べればOKという安易なプレイができないようです。それともう一点手間が必要なのは、宇宙人と会話できるようになった後、パスワード聞き込みにためにまた小惑星帯や町をめぐる必要があること(上の写真は宇宙人)。この手間を惜しまず、パスワードもしっかりメモしておけば、特に難解な部分もありません。



 そしてゲーム終盤、ついにラド博士の娘を発見! けれども「あのときのちきゅうのかた!」と言われましても、あなたとは初対面です。しかもお前ら人の体を勝手にサイボーグにまでしくさって! と思っていたら、この娘とやらもサイボーグでした。この会話で最後のパスワードが得られますが、直後に娘は消えてしまうのでメモをし損なうとゲームが詰みますので注意(詰んでしまったら16進数4桁の65536通りの総当たり入力)。



 最後の扉の向こう側にはアルテリオスを閉じ込めたサーベラーが! いざ決戦だ!



 ……。



 サーベラーを倒すと捕まっていたラド博士が出てきました! なんかフライドチキンを売ってそうなビジュアルです。何度も言うけど、人の体をこんな姿にしやがって!



 宇宙に平和が戻り、私は元の体に戻って地球に帰ることができました。

 というわけで、100円+税の割には随分と楽しむことができました。アルテリオス計算式もじっくりとプレイする私にはむしろプラスだったし、メモをしながらというのも懐かしい感覚でした。設定や雰囲気のみならずシステムまでアバウトで、それでもガチャガチャといじっているのが楽しいニチブツのゲームでありました。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

AKIRA

2017-02-13 23:39:50 | ゲーム


 2020年東京オリンピックが決定した時に「まさにAKIRA」との声をよく聞きましたが、私にはなんのことだがわかりませんでした。

 私はAKIRAの原作漫画を読んだことはありませんし、映画もちゃんと観たことがありません。これまでに映画のテレビで何度か映画を放送していたようですが、事前にチェックをしていなかったため、たまたま私が目にした時はいつも鉄雄が膨張していくシーンあたりなのでした。

 漫画を読もうというほどのAKIRA欲はないのですが、なんか気になるから映画をひと通り観たいという思いは若干あります。けれどもDVDを借りに行こうというほどでもありません。まあそのうちまたテレビで放映するだろう、といつまでもぼんやり考えておりました。そんな私がリサイクルショップでファミコン版のAKIRAを見かけたので、せっかくだからと338円+消費税で購入したのでした。

 さてこのファミコン版『AKIRA』は映画版をある程度忠実にトレースしていることは知っていたのでこの機会に入手したのですが、それと同時に極めてしんどいクソゲーであることも知っていました。というのも、とにかくすぐゲームオーバーになるらしいのです。恐る恐るプレイしてみると、確かに始めて数分のうちに数回死にました。正解でない(あるいはまったくどうでもいい)選択肢を選んだだけで即死です。映画版の展開を知っていたら回避できるのかもしれませんが、とにかく選択肢を見たら即死だと思えというくらいに死にます。

 その死に方もシチュエーションに応じたズッコケエンドならまだ楽しいのですが、ゲームオーバー画面は



 …か、または、



 …しかないので、結構うんざりします。死んでも少し前からやり直せるとはいえ、即死選択肢は連発で出ることが多く、同じことを何度も繰り返すうちに精神的にまいってきます。まあ、選択肢に迷ったら一番下のを選ぶと少しだけ効率がいいかもしれません。

 いきなり不満点から書いてしまいましたが、グラフィックはまあまあで、私の嫁が一目見て『AKIRA』だとわかるほど(嫁はなぜかAKIRAを何度も観ているらしい)。これで音楽が映画版の芸能山城組によるものだったらぐっと雰囲気が出てたのですけどね(なぜかサントラCDだけ借りて聴いたことがある)。



 鉄雄に呼び捨てにされた金田の(おそらく)名セリフ。ちょっと絵はチープな気が…。

 そういえばカートリッジには「360°マルチスクリーン」などと書いてありますが、思い当たる部分といえば部屋に閉じ込められた時に「部屋の風景のスクロールがループする」という点と、軍の戦闘マシンに襲われた時(手動で振り返る必要あり)くらいなものです。きっと単なる誇大広告でしょう。

 物語も中盤、鉄雄を狙った衛星レーザーに巻き込まれそうな金田、その時に現れる選択肢がこれ。



 もう「選んでくれ」と言わんばかりであり、私もこういうのは全部選んでみましたが、やっぱり死に様は同じでした。

 ファミコン版ならではの展開として、マルチエンド(みたいなバッドエンド)が幾つかあります(以下ネタバレ)。



 まずは誰もが知っているであろうノーマルエンド。



 こちらはアキラ復活、鉄雄消滅パターン。



 これはあっけなく鉄雄を倒したグッド(?)エンド。以外と簡単に到達できます。



 巨大化した鉄雄が取り残されるパターン。



 そして復活したアキラと鉄雄が対面するパターン。話によると漫画版に続き得る展開のようですが。

 そんな感じで数時間それなりにAKIRAを楽しむことができました。ただ他の人がプレイしたらどう感じるでしょうか。ほぼ映画そのままですからAKIRAファンならわざわざファミコンでプレイする必要もないですし、AKIRAをまったく知らなかった人にとっては展開がダイジェスト的で尺も短いからよくわからないでしょう。したがって想定される購買層として、AKIRAをいくらか知ってはいるが映画を十分に観ていないことを気にしており、しかも少々のクソゲーなら笑って楽しむことができる、というのが挙げられるでしょう。実に私のニーズにピタリとはまった一本でした。それにしても極めて狭い購買層ですね。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

スクリャービン/ネムティン:神秘劇序幕より「宇宙」、他

2017-01-09 23:27:00 | CD


アレキサンドル・スクリャービン、アレキサンドル・ネムティン:
・神秘劇序幕 第1部「宇宙」
 ピアノ:アレクセイ・リュビモフ
 オルガン:イリーナ・オルロヴァ
 ユルロフ・ロシア合唱団
 モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団
 指揮:キリル・コンドラシン

・交響的詩曲 ニ短調
 ソビエト国立放送交響楽団
 指揮:ボリス・デムチェンコ

・ピアノと管弦楽のための幻想曲
 モスクワ放送室内管弦楽団
 指揮:ミハイル・ユロフスキー

Russian Disc: RD CD 11 004



 スクリャービン先生はモスクワ音楽院ピアノ科を出ており、作品の多くはピアノ曲ですが、交響曲もそれぞれ趣向を凝らした5曲があることを知っているのはなかなかディープなマニアでしょう。

 ある日、私は石丸電気でまだ聴かぬイカした曲はないかと店内をうろついておりました。そこでスクリャービン先生のコーナーを見ていたら「スクリャービン:交響曲第6番『宇宙』」という手書きのラベルが入ったCDがありまして、それを見た瞬間に「ウソつけコノヤロウ!」と憤慨しながらCDを持ってレジに走って購入したのでした。

 秋葉原の今はなき石丸電気、その輸入版クラシックCDには手書きの日本語タイトルが記入されたラベルが表示されていました。そしてそこにはこのように天然ともネタともつかない奇妙なタイトルが付けられていた場合が往々にしてあったのです。

 それにしてもありえない第6番のナンバーと、「宇宙」というデカいスケール。いったい何をどう間違ったらこんなタイトルになるのかと家に帰ってCDを検分してみると、どうもこの曲はもともとスクリャービン先生が「神秘」という曲として構想してたもののようです。音と色彩の共感覚の持ち主であったとされるスクリャービン先生は交響曲第5番「プロメテウス」にて音楽と色彩の融合を意図したわけですが、それをさらに推し進めて、光、香り、舞踏などを伴ったマルチメディア芸術として構想されていたのが「神秘」だったそうです。この作品はインドの寺院で数日にわたって上演されるというイメージがあったようで、もともと奇人変人だったスクリャービン先生でしたが、このころは誇大妄想が暴走してかなりイっちゃってたようです。そんな先生は唇の虫刺されが原因で43歳の若さで亡くなってしまいました。なんという損失!

 そんないきさつから永遠にお蔵入りするかに思われた「神秘」ですが、ネムティンなるロシアの作曲家が26年の歳月をかけて補筆完成させたのが「神秘劇序幕」であり、その第1部が本CDの「宇宙」なのだそうです。「神秘」のエピソードは知っていましたが、さすがに「宇宙」までは知らなんだ。ちなみに第2部は「人間」、第3部は「変容」だそうです。なんとなく交響曲第3番の構成に似てる?

 さてそんな「宇宙」を聴いて感じました。これは『プロメテウス』の拡大コピーじゃないかあ!

 従来のスクリャービン先生の管弦楽法と同様に、妖艶なソロ・ヴァイオリン、独自の自我を持ったかようなソロ・トランペット、神界へと飛翔するトリルを奏でる木管楽器が全編にみなぎります。その上でピアノ、オルガン、歌詞のない合唱が炸裂し、全体を極めて無調な「神秘和音」が支配するのがまったく『プロメテウス』そのまんま。しかも演奏時間が40分と拡大されております。けれどもネムティン氏はあえてこのようにスクリャービン的マンネリズムを拡大したのでしょう。

 とにかく細部のモチーフも全体の構成も何が何だか判別することもできないのですが、とにかくやたらとスケールが大きいのはよくわかります。「宇宙」のタイトルは伊達ではありません。映画『2001年宇宙の旅』で流れていてもおかしくないような音楽です。



 こちらの動画は最初と最後の部分をダイジェストとしてまとめたもののようで、これだけでも精神が宇宙(というかあっちの世界)に行ってしまいそうです。

 いずれ第3部までの通しの演奏を聴かねばならんでしょう。3時間かかるらしいですが。

 カップリングの『交響的詩曲 ニ短調』は24〜5歳のころの作品のようで、まだワーグナーの影響もありながら、若きスクリャービン先生特有の過度にドラマティックな旋律が前面に出ている作品。作品番号もなく、先生としては習作なのかもしれません。交響的詩曲、と書きましたが、「Symphonic Poem」ですから「交響詩」と書いても正しいです。けれども「詩曲」というジャンルを開拓した先生に敬意を表して「交響的詩曲」と呼びたいところ。

 もう一曲の『ピアノと管弦楽のための幻想曲』はさらにさかのぼり15〜6歳ころの作品です。こちらはショパンのような華麗なピアニズムにいまひとつ冴えない管弦楽がからむという、良く言えば若々しい一曲。幻想曲とはいえ、とにかくクソ真面目に作られているなという印象。ところがどの作品リストにも載っておらず、このディスクで存在を初めて知りました。本当にスクリャービン先生の作品なのか?と疑問を持ちましたが、聴いてみると明らかにスクリャービン節でありました。

 というわけでいろんな意味でインパクトのある『宇宙』と、マイナーな初期2曲のディスクであります。スクリャービン先生はひょっとしたら音大のピアノ科のお嬢様方御用達のちょっと濃厚な作曲家ていどに認識されているかもしれませんが、生真面目なだけに狂気にも際限がないという両面が垣間見える一枚でありました。


クラシックCD紹介のインデックス
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

スターフォース

2016-12-11 22:11:09 | ゲーム
 1984年の夏、中学生だった私は友人とプールに行き、その帰り道にJR田町駅近くにあったゲーセンに入った時に出会ったのがアーケード版『スターフォース』でした。当時は『ゼビウス』のヒット後であり、それを超えるゲームが望まれていたのになかなか現れなかった時期でしたが、ついに本作によって「脱ゼビウス」が達成されたと言えます。本作こそが現代シューティングの原型ではないでしょうか。

 『ゼビウス』との差別化は以下のような点でなされています。
・空中物、地上物の撃ち分けを廃止、1ボタンで全ての敵を破壊可能
・狙って撃つだけでなく、連射による力押しも必要
・左右スクロールも導入してより広範囲の表現を可能にした
 (ただし同時期の『ジャイロダイン』や『バルガス』にも見られる技法)
・パワーアップによる爽快感の向上
・曲線を描く敵の軌道
・ゴールドを主体とした敵のグラフィック(当時のテーカン基板のウリ)
・ステージの長さが一定でなく、敵の撃破数によって変わる
・謎のヒエログリフと100万点ボーナスの存在
・宇宙空間に「浮遊大陸」という鮮烈なイメージ

 そんなスターフォースがハドソンによってファミコンに移植されました。縦画面と横画面の違いもあり、ファミコンの性能に合わせた調整もされていますが、アーケード版の雰囲気をよく捉えている見事な移植でした。当時ファミコンを持っていなかった私は友人の家などでよくプレイさせてもらっていましたが、いまひとつ上手にならないままゲーム機は次世代へと移っていくのでした。

 そして最近になって数百円でファミコン版を購入し、プレイしておりました。現在でも面白さは変わりません。今見るとシンプルすぎるかもしれませんが、それだけに腕前がダイレクトにプレイに反映します。攻略には単に反射神経だけでなく、敵の種類に対して動きを理論化していくことが必要になります。そして強い敵の出現順を覚えるのがかなり重要になります。



 マップに関しては、若干の省略はありますが長さはアーケード版と同様。敵の動きや出現テーブルもなかなか忠実に再現されています(ただしアーケード版出現テーブル終盤の変則攻撃はないもよう)。隠しターゲットも(破壊可能条件は異なるが)備わっています。



 敵を一定数倒すとボスであるエリアターゲットが出現。かなり弱いですが、左右どちらに動くかの条件を知った上で一瞬で倒すのが本作のテンポの良さに一役買っていると言えましょう。



 アーケード版の最大の謎であるヒエログリフは上の写真のように変更されています。謎の模様の右側にボーナスターゲット「B」が……。これが意味するものは……。



 それがこちらの地形ですね。右端に見えるのが100万点ターゲット。8発撃ちこむと出現し、さらに8発で破壊。アーケード版と同じ位置に出現しますが、アーケード版にあった左側のシーラカンスの化石は省略されています。それが目印だったのですが。



 エリア数はギリシャ文字の24(アルファ〜オメガ)で、それ以降はエリア・インフィニティ(無限)となります。先日ようやくクリアできました。ここまでに100万点ボーナスを2回取得。その後に数エリアクリアしたところでゲームオーバー。これでクリア認定しましょう。そのうち1000万点に挑戦したいところです。

 さてこのファミコン版はゲームとして面白いだけでなく、プログラムとしてもかなり高い水準のようです。まず、プログラムやデータが全部でたったの16kbしかないこと。当時のゲーム雑誌の記事に書いてあったことですが、これはコストの都合でそうしたとのこと。1日あたり数バイトのペースでデータを軽量化した、と記憶しています。今時16kbでいったい何ができるかを考えてみると、このカートリッジは世の中で最も価値ある16kbではないでしょうか。

 また、ネットの記事で読んだのですが、ファミコンはハードウェアスクロール方向をカートリッジ内部の配線で縦か横かを決定するらしいですが、本作では横スクロールを採用しているとのことです。確かに縦スクロールしている画面上端でBG画面を書き換えているのがチラチラ見えています。なぜ縦スクロールシューティングでわざわざこんなことをしているかといえば、恐らくですが、苦手な縦方向の画面書き換えを常に一定のルーチンワークとして安定的に処理しようとしたと考えられます。一方、左右スクロールはプレイヤーの移動に合わせて臨機応変に対応しなければならないためより高度な処理が必要であり、そこを軽減できるように横スクロールの配線としたのだと考えられます。もし縦スクロール配線としていたら、プレイヤーが横移動するたびにもっさり感が生じていたかもしれません。

 さらに背景の星についても何かで読んだのですが、これらはスプライトによって表示されており、表示の優先順位が非常に低く設定されているそうです。したがって優先順位の高い敵や敵弾が画面に現れたら星の数も減るのですが、そんな状況で背景の星を気にする人もいないので全く問題ないのです。背景のあるファミコンシューティングではどうしても画面が平面的になってしまうのですが、こうやって星を実装することで画面の奥行き感や「浮遊大陸」っぷりを実現しているのですね。

 これほど作り込まれたファミコン版スターフォースですが、続編に恵まれています。まずはハドソンが勝手に(?)作った『スターソルジャー』ですが、爽快感がさらにアップして、ハドソンをファミコンシューティングの一大ブランドに仕立て上げました。もう一つはテクモ(テーカン)自らによる『スーパースターフォース』で、こちらはなぜかアクションRPGにシューティングを足したようなハイブリッドゲームになっています。ゲームとしては斬新でありながら無理のないまとまりになっており、さらに『スターフォース』の雰囲気を強く残しているのが印象的。ただし難易度が尋常ではありませんでしたが……。

 ちなみにアーケード版には『ファイナルスターフォース』という続編もありました。ただしこちらはスターフォースというよりは『雷電』系、より正確には『サンダードラゴン』系といいましょうか、雰囲気もプレイ感覚も全くの別ゲーとなってしまいました。しかもプログラム的にこなれておらず、ちょっぴり残念な出来でありました。

 そんなわけで私にとってファミコンシューティング最大の傑作が『スターフォース』なのでした。現代の弾幕シューティング世代にも是非プレイしてほしい作品です。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

コーツ:交響曲第1番、第4番、第7番

2016-10-23 22:18:56 | CD


グロリア・コーツ:

・交響曲第4番 「明暗」
 指揮:ヴォルフ=ディーター・ハウシルト
 シュトゥットガルト・フィルハーモニー管弦楽団

・交響曲第7番 「平和な時に壁を壊す者たちに捧ぐ」
 指揮:ゲオルク・シュメーヘ
 シュトゥットガルト・フィルハーモニー管弦楽団

・交響曲第1番 「開放弦による音楽」
 指揮:エルガー・ハワース
 バイエルン放送交響楽団

CPO: 999 392-2



 アメリカ生まれの女流作曲家グロリア・コーツは大変に多彩な人のようで、作曲家の他にも女優や画家などの肩書きもあるそうです。このディスクのジャケットも彼女が描いたものです。

 で、その音楽はといえば、サイコホラーのような極めてダークな感じの作品ばかり。不協和音や変則リズムやその他モロモロのデタラメだけの音楽ではないような気はするのですが、伝統的な形式にとらわれずに、暗い音素材を繰り返し、不気味な伴奏を次々に重ね、真っ黒いかたまりのような作品になっております。なにより、グリッサンドを多用しているために大変な不安定感があります。まさにサイコホラー映画において自己が変容していく様を思わせます。

 最初の交響曲第4番には「明暗」と表題がついていますが、ネイビーブルーとエボニーブラックの差くらいにしか感じられません。3楽章構成で、それぞれ「イルミネーション」「神秘的な破裂音(Mystical plosives)」「夢の連続(Dream sequence)」などのよくわからないタイトルが付いています。第1楽章では絶望的に暗いながらも聴きやすい和音進行ですが、楽章が進むごとに抽象性が増していくのがだんだん深みにはまっていくようでたまりません。

 次の第7番の「平和な時に壁を壊す者たちに捧ぐ」とはベルリンの壁のことでしょうか。作曲年代は1990〜1991年とあり、ベルリンの壁崩壊は1989年なのでおそらく間違いないでしょう。こちらも3楽章構成で、「時の回転木馬(Whirligig of Time)」「時のガラス(Glass of Time)」「時の回廊(Corridors of Time)」などの意味深なタイトル付き。そうかといって何かエピソディックな音楽というわけでもなく、むしろ微分音やトーンクラスターを用いた晦渋な絶対音楽です。あるいはデザイナーズ音響といった雰囲気で、なんとなくペンデレツキの「広島の犠牲者に捧げる哀歌」を思わせます。ところどころ次の交響曲第1番に似ているように聴こえます。

 そしてその第1番「開放弦による音楽」ですが、これがまたイカした音楽なのです。



 弦楽のための作品で、ひょっとしたら特殊な調弦をしているのかもしれません。特に第1楽章が最高で、テーマとなる数音のモチーフを繰り返しながら、ギュインギュインとうねるグリッサンドやバッチンバッチンと叩かれるバルトーク・ピチカートが重なっていくのが病みつきになります。第2楽章はリズミカルなスケルツォ。ダークながらもユーモラスな印象です。第3楽章は真の太い音が持続する東洋的な音楽。そして最後の第4楽章は「43声のための屈折鏡像カノン」というなんだかそのうちラノベに出そうなタイトルで、とにかくウネウネしまくっています。

 というわけで、とにかく意味が有るような無いようなタイトルとダークでうねる音楽は聴く人を選びまくるでしょう。毎日が楽しくてしょうがないという人がコーツの曲を聴くのは時間の無駄でしょうが、毎日生きるのがつらいという人には希望になる曲かもしれません。ペッテションの交響曲とともにオススメです!


クラシックCD紹介のインデックス
コメント
この記事をはてなブックマークに追加