Flour of Life

煩悩のおもむくままな日々を、だらだらと綴っております。

貫井徳郎「愚行録」

2017-06-26 23:51:19 | 読書感想文(国内ミステリー)



貫井徳郎の「愚行録」を読みました。
少し前に公開された映画での、満島ひかりの演技がSNSで絶賛されているのを見て、気にはなったものの「いずれ見る機会があるだろう」とスルーしていたら出演者がアレレになってしまいました。残念です。残念ですが、せっかくなので小説のほうを読んでみました。書店で売ってる文庫本には映画宣伝用の帯が巻かれていたのがまたなんとも。監督らスタッフと他の出演者さんが気の毒ですね。


深夜、家に忍び込んだ何者かによって、一家四人が惨殺される悲劇が起きた。
殺されたのは、美しい妻とエリートサラリーマンの夫、幼い子供達。絵にかいたような理想の夫婦だった。
隣人、友人らによって語られるエピソードから浮かび上がる、被害者夫婦の人物像とは-


ルポライターが聞き取ったインタビューを書き起こしたように、事件の被害者や容疑者といった重要な登場人物の人物像が様々な形で浮かび上がる形式の小説は昨今珍しくありません。ですがこの小説の場合、インタビューされる側の嫉妬やら悪意やらネガティブな感情がこれでもかというくらいに文章から伝わってきて、半分くらい読んだところで「この辺でちょっと引き算(=好意的な見解)も入れてよ」と突っ込みたくなるほどお腹いっぱいになりました。唯一、冒頭のご近所さんに限っては、発言に悪意をあまり感じませんでしたが、被害者家族への憐憫が薄っぺらくて、その分無神経さとご近所の内情に鼻を突っ込みたがる野次馬根性の凄さに唖然として、「こういう人、ワイドショーでよく見るよねぇ」と妙に納得してしまいました。レポーターの質問に張り切って答える近所の人と、スタジオで訳知り顔してうんうんうなずいてるコメンテーターと。

しかし、登場人物の妬み嫉みや優越感よりも、一番強烈だったのは、作中で徹底的に描かれる慶応disでした。訴えられるんじゃないかと思うくらい、サゲまくっています。しかも頭文字とか似たような名前に置き換えるとかせず、ダイレクトに実名そのまんま使って。慶応disは桐野夏生の「グロテスク」とかよしながふみの初期のBL作品とかで読んだことあるけど、ぼかしもせずにここまでやってるのは初めてです。
いやー、作者は慶応義塾大学に故郷の村を焼かれでもしたんでしょうか。

作者の故郷の村を焼いた慶応は、小説の中では被害者夫婦の妻の方の出身大学として出てきます。夫は早稲田出身で、慶応ほどではないけど早稲田も大概の扱いでした。作者の貫井さんは早稲田出身だそうなので、もしかすると早稲田の描写のほうがより現実に近いのかもしれません。そんなこと言ったら早稲田出身者の人に怒られるか。つか慶応出身者はとっくに怒ってるか。小説で慶応が盛大にdisられ、映画は映画で慶応出身の俳優が…むにゃむにゃ。

実名が出てくるのは大学だけじゃなく、被害者夫婦の夫が就職活動をするとき、実在する企業名も出てきました。でもその企業についてあることないこと書き立ててたりはしないので、実害はあまりないでしょう。うん、多分。早稲田と慶応に比べれば…。

この就職活動の時期についての話が、小説の主要な部分を占めているのですが、ちょうどバブル絶頂期の頃のことで、就職氷河期世代の私から見たら、まるで異次元の世界の出来事のようでした。昔ホイチョイが作ってた映画みたいな香りがします。なので、学生時代の被害者夫婦が異常なのか、この頃の学生はデフォルトでこうなのか、わからなくて戸惑いました。40過ぎの私でこうなのだから、もっと若い人たちは更に混乱しそうな気がします。

しかし、「被害者夫婦の異常さ」以上に際立つのは、それを語る人の主観とエゴのほうでした。最後まで読めば、芥川龍之介の「藪の中」のように、事件の真相を客観的に語る誰かが出てくるのかなと想像していたのですが、さすがにそれはありませんでした。個人的には、裏技を使って被害者夫婦に事件の真相を語らせてほしかったのですが。そこまでやったらパクリになっちゃうか。

ちなみに、真犯人が誰なのかは、実は小説の最初のほうにヒントが出ています。作中に出てくる人物名を丁寧にチェックするクセがある人は、すぐわかりそうです。これは作者のイージーミスではなく、大体半分くらい読んだ時点で犯人が誰なのかわかっても、最後まで面白く読ませることが出来るという作者の自身の表れなのでしょうね。

…え、私は犯人が誰かわかったか、って?やだなぁそんなの決まってるじゃないですかぁ…げふんげふん。

「バブル時代に大学生だった人たちが30代半ばになったちょうどその頃」に読んだら、その時代の空気を想像しやすくて、もっと楽しめたのかなと思うと、ちょっと残念でした。

読み終わってから、「この小説をどうやって映像化したんだろう?」と興味がわきましたが、もう見ることはできないんでしょうかね。シナリオ本とかなら出てるのかな。



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