Flour of Life

煩悩のおもむくままな日々を、だらだらと綴っております。

宮部みゆき「希望荘」

2019-01-12 17:51:37 | 読書感想文(国内ミステリー)


宮部みゆきさんの杉村三郎シリーズ第4弾、「希望荘」を読みました。
年明け早々、姉の引越しの手伝いで大阪に行かねばならず、道中で読む本を捜したところ、これが一番適任なんじゃないかと思ったからです。それ以外の候補はどれもイヤミスどころか読後の鬱感が予想できたので、「宮部作品なら大丈夫だろう」と踏んで選んだのですが、これはこれで…でしたねー。短編集なので読みやすいのですが、それとこれとは別問題、というかなんというか。

小泉孝太郎主演でドラマ化もしている杉村三郎シリーズですが、この第4弾「希望荘」まではどういうお話だったのかというと、大コンツェルンの娘と結婚していわゆる逆玉に乗った杉村三郎が、妻の父親に頼まれて調査をしたり事件に巻き込まれたり離婚したりするお話でした。離婚と共に杉村は妻の父親の会社を辞めたので、これからどうなるんだろうと思っていたら第4弾の冒頭でいきなり探偵事務所を開いていました。なぜ“いきなり”なのかというと、この「希望荘」は探偵になった杉村三郎に起きることと、彼が探偵になるまでの経緯が時系列に並んでいないからです。なので、1話目の「聖域」を読んでいたら、これまでの3作で登場してなかった新しい登場人物が、当たり前のようになんの説明もなしに現れたので「こんな人いたっけ?」と驚きました。まあ、私の場合、「ペテロの葬列」を読んでからだいぶ経つので、実際過去に登場していた人が再登場してても、同じ反応をしてしまいそうなのですが。

「希望荘」には表題作を含め全部で4話収録されています。各話で同じ登場人物が出てくることはあっても、物語自体はそれぞれ独立していました。なので読みやすいっちゃ読みやすいけど、それぞれの話を完結した物語として読むとカタルシスが足りなくて少々つらかったです。

では、それぞれの感想を。なるべくネタバレを避けて。

「聖域」
東京都北区で探偵事務所を開いている杉村三郎のもとに飛び込んできたのは、死んだと聞いていた人を街中で見かけたので調べて欲しい、という依頼
だった。つましい生活を送っていた老女は生きているのか。生きているのならなぜ死んだことにして失踪したのか。
読み終える直前まで期待していたカタルシスが得られずに小説が終わってしまったので、読んでいるのが高速バスの中じゃなかったら、地面にたたきつけていたかもしれません。いや、だからと言って駄作だというわけじゃないのですが。宮部さんはこれまでに不条理物も結構書いておられるので、こういうオチが珍しいわけじゃないのですが、現代物ミステリーだからスッキリした結末だろうと踏んでいた自分の甘さを叱りたい気分になりました。まあ、このページ数でスッキリした結末にまとめるのも難しいだろうなあと自分を納得させました。もしかしたらこの後に続く話で後日譚をしてくれるかもしれないし…と!思った!私が!甘かった!まさか何のフォローもないなんて!!

「希望荘」
表題作。亡き父が遺した「昔、人を殺した」という告白の真偽を確かめて欲しいという依頼を調べると…というお話。
始まってすぐに「なんか怪しいなー」と思えた人物がやっぱり怪しかったというわかりやすい設計だったのですが、事件の真相云々より「人が人を殺すということ」について語っている小説なので、宮部さんも謎解きに力を入れるつもりはなかったんでしょうね。ただ、「なぜ人が人を殺すのか」については、この小説で語られているのと同じ場合もあるし、違う場合もあると思うので、わかるっちゃわかるんだけど少し物足りなさを感じました。すべての殺人犯がサイコパスなわけじゃないとは思っているのですが。

「砂男」
妻と離婚後、故郷に帰ってきた杉村三郎は、アルバイト先で調査会社社長の男性から声をかけられ、地元で起きた飲食店店主の失踪事件について調査を始めることに…。
はい、ここでやっと杉村三郎が探偵になるまでの経緯が描かれます。と言っても、途中はだいぶ省略されているのですが、その辺はまた別の話で取り上げるのかもしれませんね。調査会社社長のキャラが濃いので、この社長を主人公にまた別のシリーズを書いてくれないかなーと期待しちゃいました。難しいかな?失踪事件の真相は悲劇的なのですが、事件に深く関わった女性のキャラがあんまりなので、そっちのほうが印象に残りました。

「二重身(ドッペルゲンガー)」
東日本大震災後、行方が分からなくなった人を捜して欲しいという依頼を杉村三郎の元に持ち込んできたのは、女子高校生だった。いなくなったのは、彼女の母親の恋人だった男性。雑貨店を営む彼は、震災の前日に東北へ買い付けに行ったらしいのだが…。
事件の真相は、まあ残念ながら予想の範囲内だったのですが、解決に関わった若い男女の、とくに女性の側のキャラが「砂男」同様にあんまりだったので、そっちのほうがより一層残念でした。宮部さんはけしてミソジニストではないと信頼していますが、今作では偏り方が気になりました。他の作品でこんな風に引っかかったことはないんですけどね。

収録されている4つの作品は、それぞれ、杉村三郎という探偵が依頼を受けて調査し、事件を解決するという物語になっていますが、小説の本題は謎解きではなく、社会の片隅で生きる、レールから外れた人たちの物語なのだなと感じました。失踪した老女の過去、亡くなる前に殺人を告白した父親の人生、飲食店店主はなぜ失踪したのか、震災後に行方不明になった男性の行方を知るのは誰か。社会の隙間を漂うように生きる人々に、時には寄り添って、時には突き放して彼らの物語を描くことが、このシリーズのテーマなのかなと思いました。現実の息苦しさ、虚しさを描いているのだから、カタルシスがなくても仕方がないのだ、と諦めるのは少し寂しい気もしますが。

ただ、小泉孝太郎の杉村三郎はハマり役だと思うので、このシリーズもいずれドラマ化するのかなと予想しているのですが、このままの内容でドラマ化は厳しいかもしれませんね。視聴者から反感買いそうで。でもできればあまり日和った改変はしてほしくないのですが、さてどうなるやら。


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