「ウォーキング三昧」in 滋賀

「ウォーキング三昧」は2013年3月以来発信して来ましたが2019年5月1日、「スローライフ滋賀」に移行しました。

東近江戦争遺跡 旧陸軍八日市飛行場「飛行第三連隊正門(沖原神社)」(3/13)

2017年03月16日 05時00分00秒 | 戦争遺跡

↑旧陸軍八日市飛行場「飛行第三連隊正門」

沖原神社の境内にはレンガの飛行第三連隊正門が存在する。
沖原神社そのものは1925年に航空第三大隊長の意向で八日市飛行場の守護として建立されたと言われている。八日市飛行場から出撃する兵士は沖原神社に参拝して戦地に向かった神聖な場所でもある。


↑沖原神社の鳥居

 ↑沖原神社の由来

東近江戦争遺跡 旧陸軍八日市飛行場関連「陸軍省標柱」(3/12)

2017年03月15日 05時00分00秒 | 戦争遺跡

↑陸軍省の標柱

3月12日(日)、「京都憲兵隊八日市分置隊」や「陸軍士官の宿舎」があったと言われる現在の「大凧会館」に2本の陸軍省の標柱が見つけた。4本の標柱があったと言われていたが2本だけ見つけられた。
現在の大凧会館が戦争遺跡だったとは知らなかった。


↑現在の大凧会館

↑陸軍省の標柱

東近江戦争遺跡 旧陸軍八日市飛行場「飛行第三連隊正門跡地の碑」(3/12)

2017年03月13日 05時00分00秒 | 戦争遺跡

↑旧陸軍八日市飛行場・飛行第三連隊正門跡地の碑

滋賀県の東近江市(旧八日市市)には旧陸軍八日市飛行場が存在した。
このことは4/28、8/19/2016のこのブログでも紹介済みである。
今回(3/12)、名神高速八日市ICの近くに「飛行第三連隊正門跡地の碑」があり、撮影した。実はこの道はよく走ることがあるがこれまで見落としていた。
遺跡は門柱だけで当時の面影は全くなく、コンビニの駐車場の脇にひっそりと建っているだけである。

歴史によると、1920年12月、陸軍に「航空第3大隊」が結成され、八日市へ配属が決定した。部隊は1921年11月から順次八日市へ移動し、1922年1月11日に八日市飛行場に名称を変更した。同時に航空第3大隊の開隊式が行なわれたとある。

東近江戦争遺跡 陸軍八日市飛行場掩体壕(その2)

2016年08月19日 05時00分00秒 | 戦争遺跡

↑旧陸軍八日市飛行場掩体壕(名神高速の南側)

8月15日(月)の午後、旧陸軍八日市飛行場の2つ目の掩体号を探しに出掛けた。
2016年4月28日(木)のこのブログで紹介した陸軍八日市飛行場の掩体壕の続編である。比較の意味でも前回のブログをご覧下さい。

八日市飛行場周辺で何基の掩体壕が建設されたのかははっきりとしないが、2000~2001年の調査によると飛行場跡周辺にはコンクリート製の有蓋掩体壕が2基、無蓋掩体壕が10基、合計12基の現存が確認されているそうだ。

東近江市芝原南町には2つの掩体壕が戦後70年以上にもなるが現存している。
前回の掩体壕は芝原南町の名神高速道路を挟んで北西部にある。
大凧通りを瓜生津方面に左折(東)し、遊歩道を500m位の右側の布引丘陵に掩体壕がある。

今回の掩体壕はその遊歩道を真っ直ぐ東方面500m位のところに北側の調整池がある。そこをまだ直進するし、名神高速道路の下を潜るトンネルを越える(名神高速の南側)と直ぐ道が交差するが更に直進し、200m位の右手の竹林の中に掩体壕がある。2つの掩体壕の距離は1km-1.5km位しか離れていない。

両方とも私有地であろうがロープで囲まれており、無断では入れない。外から見るだけだが2つの掩体壕の大きさである。両方とも掩体壕の前に看板があり、竹林の中にある掩体壕が遊歩道から直ぐ判る。


↑八日市飛行場掩体壕(名神高速の南側)の看板

↑竹林に囲まれた横からみる掩体壕

↑布引ウォーキングマップにも2つの掩体壕場所が表示されている

東近江戦争遺跡 陸軍八日市飛行場掩体壕 (4/27)

2016年04月28日 06時00分00秒 | 戦争遺跡

↑陸軍八日市飛行場掩体壕

今では幻の陸軍八日市飛行場と言われる滋賀県東近江市(旧八日市市)の八日市飛行場の掩体壕に出掛けてみた。
戦争中、陸軍八日市飛行場は情報秘密でベールに包まれ全容が明らかにされていなかったが実態は広大な飛行場だったらしい。現在では飛行場の面影は全くないが私が小さい頃はまだ滑走路の一部が残っていた。広大な面積だったがその一部は名神高速道路八日市ICや工場、住宅等に変わってしまっている。

今回訪れた掩体壕は生家から1.5km位しか離れていなかったが小さい頃にそんな掩体壕があったのか関心もなく知らなかった。
掩体壕は布引丘陵に作られ、コンクリート製で、小型機の格納用に使われていたと思われる。比較的良好に保存されていた。南房総・館山の掩体壕と少し違っているように思うが、南房総は海軍、八日市飛行場の掩体壕は陸軍であり、違うのだろうか。
今回行けなかったが近くに別な掩体壕が残っているらしいのでまた別な機会に訪れてみたい。



横須賀軍港めぐり(クルーズ)

2016年04月21日 06時00分00秒 | 戦争遺跡
横須賀で、アメリカ海軍や海上自衛隊の艦船を間近で見られる「横須賀軍港クルーズ」をご存じですか。
南房総に赴任以降、南房総の戦争遺跡を巡ったが南房総の対岸の横須賀は戦前も戦後も軍港であるがまだ行ったことがない。
実は昨年の12/20にクルーズを予約していたのだが肩治療のため断念したのだった。

現在は北朝鮮や中国問題で物議を醸しているが昨年から米海軍原子力空母ロナルドレーガンが横須賀を母港としてに配置されている。運良く出航していなければ空母ロナルドレーガン、イージス艦、潜水艦などが見られるだろう。また、日露戦争の戦艦三笠も三笠公園で見られる。

クルーズは予約が必要で、45分のクルーズ運賃は大人1400円である。毎日、10時から16時迄1時間毎に7回行われている。横須賀軍港巡りの乗船場所(汐入桟橋)は京急汐入駅5分、JR横須賀線横須賀駅から10分である。これから季節もよくなるのでクルーズには最適だ。

興味がある方は予約が混んでいるので余裕をもって下記にコンタクトされたい。
046-825-7144、http://www.tryangle-web.com(株式会社トライアングル)

ヨコスカウオーキング協会「旧横須賀軍港水道みち」ウオーキング

2015年11月26日 06時00分00秒 | 戦争遺跡

つい先頃、南房総の対岸の三浦半島「ヨコスカウオーキング協会」が主催する「旧横須賀軍港水道みち」のウオーキングシリーズを見つけた。
南房総歩こう会のメンバーの何人かはヨコスカウオーキング協会の例会に参加していると言う。同じ千葉県でも南房総から横須賀の方が近いからである。

今回紹介する「旧横須賀軍港水道みち」シリーズの第1回は既に11月10日に実施されている。興味のある方は参加されてはどうだろう。詳しくはヨコスカウオーキング協会へ。

第2回:12月1日(火) 横須賀軍港~半原系統水道みち②「長坂南公園~海老名消防署先」13km
第3回:1月12日(火) 横須賀軍港~半原系統水道みち③「海老名消防署先~信号・円行」12km
第4回:2月2日(火) 軍港~半原系統水道みち④「信号・円行~村岡」11km
第5回:3月1日(火) 軍港~半原系統水道みち⑤「村岡~逗子駅」12km
第6回:4月5日(火) 軍港~半原系統水道みち⑥「逗子駅~逸見浄水場」10km

参加費:各回600円
募集人数:各回100名(事前申込制)
申込期限:9/30となっているので、2回以降の分は協会に問い合わせされたし。
ヨコスカウオーキング協会 046-842-6117
http://outdoor.geocities.jp/yokosuka0904_wa/


9/5-9/7 戦争遺跡保存全国シンポジウム千葉県館山大会

2015年09月01日 06時00分00秒 | 戦争遺跡
私は南房総に赴任後、南房総の戦争遺跡を訪ねてきた。
館山市の広報から第19回戦争遺跡保存全国シンポジウム 千葉県館山大会”戦跡と文化財を活かしたまちづくり”を紹介する。

全体会
日時場所:9月5日(土)13:00-16:15 南総文化ホール小ホール
内容:語り「富田先生の青い目の人形」
   講演「平和の文化と戦後70年の祈り」
   パネルディスカッションなど

分科会
日時場所:9月6日(日)09:15-16:00 コミュニティセンター
内容:「保存運動の現状と課題」、「調査の方法と整備技術」、「平和博物館と次世代への継承」
特別分科会:「米占領軍の館山上陸と直接軍政証言者の集い」

9月7日(月):フィールドワーク”バスツアー”
尚、行程や申込書などは下記NPOホームページで確認のこと

問い合わせ:NPO法人安房文化遺産フォーラム 0470-22-8271
http://bunka-isan.awa.jp/