殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

城崎旅情・4

2019年02月18日 08時35分59秒 | みりこんぐらし
『土産の蟹』


宴会が始まった。

ホテル支配人の形式的な挨拶が終わると

我々と同年代の女性添乗員が、連絡ミスを皆に謝罪。

一同はこの時点で、夕食に蟹が出ないことを知った。

しかし、さすがは我が同級生。

その件について何か言う者は、誰一人いなかった。

旅行のために、モトジメがどんなに心を砕いてきたかを知っているのだ。


「文句が出たら私に任せて」

モトジメにはそう言ったが、対応策に自信があったわけではない。

「今日は2月9日、ニクの日です。

だから肉を食べるのよっ」

私が思いつくといったら、それくらいのもんさ。

バカなことを言わずに済んで、ホッとした。


モトジメは宴会に、コンパニオンを3人呼んでいた。

お酌をしてもらうためというより、蟹の世話をしてもらうためだ。

事前の打ち合わせでコンパニオン招致の意向を聞いた時

真面目組の女子は難色を示したが

蟹の静寂を恐れるモトジメの真意を聞いてシブシブ認めたのだった。


30代半ばから40代だろうか。

トルコブルーに梅、ラクダ色に牡丹、黒地に薔薇‥

当夜のコンパニオンは

旅芝居級のド派手な着物を着込んだ3人のお姉ちゃんたち。

着物のそら明るい色彩が、蟹を失った今は虚しい。


お姉ちゃんたちに払うギャラは、一人につき2時間で1万5千円。

ああ、惜しや。

この子たちにむしらせる蟹が無いとなると、なおさら惜しや。

が、しなびた我々女子に彼女らの代わりが務まるはずもなく

また、する気も無く、少なくとも私は

おっさん気分で楽しませてもらった。


宴会はモトジメが望んだ通り、盛会のうちにお開きとなった。

この後はモトジメの部屋に集まって飲む手はずになっていたが

私は部屋飲みが苦手。

ホテルのバーならともかく、持ち込みの酒を部屋で延々と飲むなんて

さもしくて嫌いだもんね。

私を除いた全員が部屋飲みに集まったが

蟹なし事件でくたびれたのもあり、一人で部屋に残る。


静寂に包まれた空間で手足を伸ばし、大の字になるこの気分!

ああ、こんな時は画家だか作家だかになりてえわ〜。

次回作の構想を練りますの‥な〜んて言って、素敵な宿に長逗留するのよん。

ホ〜ッホッホ‥などと思っていたら、眠ってしまった。


翌朝、城崎七湯と呼ばれる、名物の外湯に行くのを忘れていたことに気づくが

それどころではねえぞ。

朝風呂を楽しんだら、8時半の出発までに朝ごはんを食べなければ。


朝食はバイキング。

旅慣れない私が言うのもナンだけど、バイキングの列に並ぶ際

デブの後ろとおじんの前はできるだけ避ける。


男女に関わらず、デブは食べ物の前に立つたびに

いちいちゆっくり見回して迷ったあげく、皿に山ほどよそう。

後ろの者は、デブの気が済むまで気長に待つ運命となるが

出発までにあまり時間が無い時はストレスになる。


すでに旅慣れてきた老人と違って、おじんは

日頃トレーを持ってウロウロすることがないため

人とぶつかる危険性が高い。

学校給食のなごりなのか、無意識に列の間隔を詰めたがり

トレーを人の背後にピッタリ付けるので

必然的に前の人の動きを制限して危ないのだ。


さらに旅慣れない私が言うのもナンだけど

朝食の牛乳がおいしい宿は、多分いい宿だと思う。

この宿の牛乳は、おいしかった。


蟹が出ないアクシデントはあったものの、上品で素敵な宿だった。

去年、この宿に決まった時、年末に亡くなった同級生のみーちゃんが

いつもの優しい口調で私に言った。

「いい所よ‥」

彼女はここを訪れたことがあったのだ。

一緒に泊まろうねと約束し合った、 あの日が懐かしい。


大勢のスタッフに見送られて宿を出ると

バスは城崎温泉駅の近くにある蟹の直売所へ向かった。

ここでお土産を買うのだ。


バスが店を去る時、添乗員が驚いて言った。

「今まで何十回もここに来てますけど

店の人が全員、見送りに出たのは今回が初めてです。

皆さん、蟹をよっぽどたくさんお買い上げになったんですね!」

当たり前じゃ‥みんな本当は、蟹が食べたかったんじゃ‥。


その後、出石の散策をして、昼食に出石名物の皿そばと但馬牛を食し

帰途につく。

蟹のお詫びに、旅行社の社長のオゴリでビンゴゲームが行われ

当たった者は土産物のお菓子がもらえることになった。

私は温泉たまご饅頭というのをもらった。

無事に帰り着き、バスを降りる時は一人一人にソバの土産物が配られる。

社長、伝言ゲームで失敗したばっかりに大出費だ。


旅行が終わると、今度は町はずれのホテルで

“入り船”と呼ばれるシメの宴会。

ここで初めて蟹の足が一本、天ぷらになっていて

一同は大いに感激するのだった。


宴もたけなわとなった頃、けいちゃんの携帯に

お父さんが危篤という知らせが。

93才の長寿だが、骨折で入院中だった。

彼女は慌てて病院へ向かい、宴会もお開きとなる。


最後は危篤で締めくくられた、これが我々の旅であった。

今のところ、けいちゃんのお父さん死亡の知らせは

まだ入ってない。

《完》
コメント (8)
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