殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

段取り女

2017年09月24日 08時46分39秒 | みりこんぐらし
「四十九日は家でやることにした」

夫の姉カンジワ・ルイーゼ様がおっしゃる。

先日亡くなった姑さんの四十九日である。

「仕出しは取るけど、30人ぐらい集まるから手伝ってね」

ルイーゼ様はこともなげにおっしゃる。


ルイーゼの旦那キクオは、庭の離れでほぼ寝たきりの父親を一人で介護している。

繊細な彼は母親亡き後、父親への愛着が強まった様子で

残して出かけるのが不安らしい。



「人が少ないので、通夜葬儀も初七日も皆さんで来てください」

通夜の前日、キクオは我らに言った。

初めて親の死に遭遇した一人っ子としては

淋しくも心細くもあり、自然な発言といえよう。


彼は持ち前の几帳面さで、親戚中にくまなく参加を要請した。

よって善良な親戚一同は、通夜葬儀と初七日の法要に

一家総出で参加したため、予想に反して賑やかなものとなった。

このメンバーが、そのまま四十九日にスライドするらしい。



こら、ちょっと待て‥私は言いたかった。

これは無謀以外のなにものでもない。

考え直しを進言したいのはやまやまだが、この人たちとも長い付き合い。

言い出したらきかないのは知っているので「いいよ」と答えた。


なぜ家で法事を行うのが無謀か。

だってキクオの家には駐車場が無いんだもん。

田舎の農家といったら敷地が広くて

駐車場に困らないイメージがあるけど、ここは違う。

道路から数メートル高い所に家があり、庭へ上がる坂道が細いので車が入らない。


庭を支える石垣をくり抜いたガレージは、ルイーゼ夫婦の車と耕運機で満員御礼。

お客のために自分たちの車を移動させる気働きが無いことは

長い付き合いで知っているし

移動させようにも、移動先が無いのも知っている。


周辺にも車を停められるスペースは、腹が立つほど無い。

そりゃもう見事に無いったら無い。

ど田舎過ぎて忘れられ、車の発展から完全に取り残された地域なのだ。


強いて言えば少し先へ行った所に、車1台がやっとの草むらがある。

そこを逃すと淋しい山奥へ続く細い一本道で、片方は崖。

ホンマに、とんでもない所なんじゃ。

「あそこしか無い、あそこを取るんじゃ!」

他のお客のことなど、考えてはいられない。

我ら一家は当日、誰よりも早く到着する決意を固めるのだった。


駐車場、つまりハード面の問題はこれでどうにかなるにしても

ソフト面の問題が残っている。

キクオは一人っ子。

当然、兄妹やその配偶者は存在しないため、人手が足りない。

しかもキクオはパーキンソン病で、あまり動けない。

その妻ルイーゼは人間嫌いで会話が苦手。

彼らには36才の一人息子がいるが

父親の神経質と母親の薄情をバッチリ受け継いだ不思議クン。


人は誰しも秘められた可能性を持っている‥

案ずるより産むが易し‥

そんな言葉もあるにはあるけど

こいつらが家にお客を招いて法事を取り仕切れるはずがない。

何も知らないから言い出せるのだ。


段取り女の私なので「手伝ってね」と言われたからには

10月半ばの法事に向けて、目下準備中。

仏事の道具と手順の確認を始め、座布団、ポット、お盆、エトセトラ‥

ルイーゼ宅に無い物を用意するのだ。

あの家には足りない物がたくさんある。

というか、足りない物の方が断然多い。


家族5人で弔問に行った時は、湯呑み2個にグラス2個

あとはプラスチックのコップ1個に麦茶が注がれて出てきた。

こだわって嫁入り道具にしたノリタケ・ボーンチャイナやグラスセットは

とっくの昔に割れたと言う。

実家ばっかり帰って家にほとんどいないからお客が来ないのか

駐車場が無さすぎて人が寄り付かないのか

いずれにしても補充や新調の必要性を感じないまま生きてきたのだ。

このありさまで、お客を招く度胸は認める。


よって食器類も貸し出すことになりそうだが

グラスは貸さないと心に決めている。

持ち運びが厄介だし、洗うのも面倒なので

ビールには使い捨てのコップをお勧めするつもり。

いまどきは丈夫で洒落た物も出回っているため

サンプルを用意してプレゼンを行ってみようと思う。

頭の固いルイーゼが納得するかどうかは不明。


あとは法要後、会場のセッティングさえスムースにできれば

飲めや歌えの宴会でもなし、どうにかなるものだ。

なぁに、座ってご馳走になろうと思わなければいい。

お客ではなく、働きに来たと思えばいいのだ。

労働量は、家で家事をするよりずっと軽い。


最後に大事な準備が‥

「本能のままに動かないこと」

これを自分に言い聞かせている。

性格上、自由に仕切らせてもらえれば楽なんだけど

私は弟の嫁、故人とは赤の他人、部外者、影。


この件に関しては過去、家庭や選挙事務所での苦い体験がいくつかある。

何も考えず、ついチャキチャキ動いてしまう私だが

それは時として一部の女性にストレスを与え、傷つけ、恨みを買った。

自分無しでは回らないと信じている女性たちだ。

この中には義母ヨシコやルイーゼも入る。

今は親しくなった一回り年上の友人ヤエさんも

3つ年上の友人ラン子も、最初はその一人だった。


決して私が有能なのではない。

段取りとスピードの違いだけである。

この段取りとスピードは、気難しい舅アツシのおかげで鍛えられた。

人間、恐怖と嫌悪を前にすれば、どんなこともやれるもんだ。

そして病院の厨房で働くうち、コツをつかんだに過ぎない。


集団で一番大切なのは「和」。

それに気づかず、がむしゃらに働いた青い時代の反省をふまえ

私は自分に言い聞かせる。

控えめに、上品に‥

これが一番難しい。
コメント (8)
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