諸行無常なる日々。或いは鬼渡神と神々の源流。

呪われた家系を生きる私の人生観や日常。それに立ち向かう為の神道的な考え。そして因縁の鬼渡神、神々の源流について考えます。

真田丸ロスは防止したけど・・・・・・。そして真田信繁への思い。その1

2017年01月15日 03時04分18秒 | 出版・テレビ・CM・ドラマ・映画

大河ドラマ「真田丸」、終わりましたね。何か真田丸ロスに陥っている人がいるとか。

私は大丈夫でした。そろそろだなと思った時点で見ないようにしましたので。何れネットで見ようとは思っていますけど。

真田丸で残念だったのは折角真田信繁で通していたのに、真田幸村にしちゃった事ですね。ちょっとガッカリしました。あれは信繁で通すべきだった。確かにそのような説も有ると聞いていたけど、流石に現実的ではないと思います。

でも私、真田信繁の最後は身につまされます。計画通りに行かない。回りから妨害される。それでも考え行動しなければならない。負ける可能性が高いと判っていても。

それは兎も角、私はやっはり真田信繁は評価しません。この人も自分中心主義だと思うので。

信繁は兄・信之に命を助けられた。九度山に幽閉されたが生活費も面倒を見てもらっていた。信之の送る金で毎日のようにドンチャン騒ぎしていた。信之は天候不順で年貢が上がらず財政に窮しながらもお金を送っていたのに。

 関ヶ原の戦いの選択はしょうがないかもしれない。しかし大阪の陣は出陣すべきではないし、その資格はないと思う。信之の世話になっていたのだから。

大阪冬の陣を最後にする選択も出来た。それで終わりにしていれば生き長らえたし意地も十分示したと思う。それでも大阪夏の陣に出陣した。それが嘆かわしい。

夏の陣では負けることは覚悟していたと思う。それでも豊臣への忠義を示した。世間は賞賛するだろう。たから後世まで名声を得られた。

しかし多くの犠牲を出している。自分だけではなく側室のきりも息子の大介も討ち死にしている。信繁に呼応した父・昌幸の旧家臣の大半も討ち死にした。

それだけではない。信之の家臣も信繁に流れ共に戦った者が多くいた。徳川方はその者たちの家族を引き出すように信之に命じ、信之は真田家の名を守る為に応じるしかなかった。その家族達はどうなったかの記録は無いが、多分ですが全員処刑されたと思います。

信之はどれだけ苦渋の選択だったかと思う。信繁を恨んだかもしれない。全て信繁の責任。真田信繁は大変罪深い男だと私は思うのです。

 

つづく。

 

 

 

コメント (2)
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