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この画像だけを見て、一体どこにある神社か分かりますか? この問いに対して答えられる人はほとんどいないでしょう。緑に囲まれ、花々が咲き誇るこの神社は、ユーミンの聖地巡礼の地でもある岡本八幡神社です。都内23区にある神社とは思えないロケーションと雰囲気、骨伝導とともに巡礼する神社としては、まさに貴重な存在です。
東京の世田谷区には国分寺崖線がありますが、その崖線の上、標高約30mの段丘にある神社です。もともと世田谷には八幡神社が多いといわれ、それは領主の吉良氏が源氏であるからだといわれます。源氏の守り神が八幡神社ですから頷ける話で、実際、区内には九つの八幡神社があります。岡本八幡神社はその一つです。
石碑によると、鶴岡八幡宮から勧請したと伝えています。しかし創建年代は不明だとも記されています。世田谷の岡本という地名は、慶長2年(1597)から14年間かけて六郷用水が開削されていますが、その当時には既に岡本村の名前が見えますから、それより以前から村として存在していたのは事実でしょう。八幡神社もそれ以前から鎮座していた可能性は高いといえます。
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社殿は文化7年(1810)に再建されたようで、南側を向いています。国分寺崖線から多摩川方面にあたります。社殿の裏手には、三峰神社、浅間大社、愛宕宮、第六天神が取り囲んでいて、全て石造りになっています。緑に囲まれた聖域の雰囲気が漂い、綺麗に整備された境内は清潔そのものです。社の深さも存分に伝わってきます。
社殿の真正面には、まさに国分寺崖線がもたらした急坂です。その石段の急な角度は半端なものではありません。高所恐怖症の方は遠慮したほうがよいほどです。これを降りると文化元年(1804)に建立された石の鳥居があります。そして鳥居の横には、1対の石灯篭が奉納されているのを目にします。ここに松任谷正隆、松任谷由美夫妻の名前が刻まれているのです。ちなみにユーミン夫妻の寄進日は平成8年(1996)11月です。
この急な石段が「男坂」で、岡本八幡神社を正面に見て右側に「女坂」もあります。この坂も風情があります。
さて、静寂の神社の境内で骨伝導ヘッドセットを装着し、周囲の音を骨から脳へと伝えると、そこには巡礼地ならではの旋律が流れている感覚を持ちます。難聴者ではなく健聴者が骨伝導を使うから‥‥というわけではありません。独特の雰囲気を耳だけでなく自身の骨を通じて体感するという行為が、その地に宿る何かを吸収してくれるような気がするからです。これは多分にその地が持つエネルギーに左右され、俗にいうパワースポットを骨伝導で感じ取るということかもしれません。
何とも非科学的な話になりましたが、骨伝導は最新科学による特許技術の製品があるのは間違いありません。その中でも米軍に採用された技術が活かされた骨伝導製品こそがおすすめです。
⇒ 特許技術・米軍採用の骨伝導製品とは
神社仏閣に限らずキリスト教や他の宗教施設にも訪れる骨伝導巡礼ですが、今回の岡本八幡神社は予想外に素晴らしく、非科学的な論証は別にして絶対のおすすめスポットです。
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