桐生スバル☆座

映画好きの座長が大衆芝居の劇場を始めました。 http://ozuyasu88.sakura.ne.jp 桐生スバル座

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天狗党・八溝遺聞02・・水戸藩士はコンニャク資金で支えられた!

2011年03月04日 | 天狗の田舎
 さてさて、このブログは座長芝居←クリックと同時進行でありますが、コンニャクの話をそれらに
組み入れることが出来ますのも元塙町町長金沢春友翁の御陰であります。
すなわち、江戸時代後期に茨城県北部の大子町・南郷地区で生産されたコンニャク粉の販売利益に
よって、水戸志士が存分に活躍出来た事を、春友翁は大阪まで行って調査確認したのです。
       
 余談ですが、座長自身が子供の頃には、親戚農家で薄切りしたコンニャクを細竹に刺して
寒風に晒す手伝いをしたことを思い出しますが、その頃S39は南郷地区で福島県産の4割強を
生産しておりました。現在、コンニャクと言えば中国産、群馬産と競争が激しいのですが、
江戸時代においても同様に競争相手がありました。
 そこで、江戸時代における水戸藩独自のブランド戦略を述べないと・・事情が理解できません。
 
 (A)光圀候は本場中国の朱子学者朱舜水を招いての「水戸学」権威付けを行う。
       → この朱子学戦略が純化されて幕末には天狗党悲劇が、
          昭和期には吶喊トッカン悲劇が起こるのです。

  (B)コンニャクは、明国の「朱舜水」が献上した種芋と宣伝して全国ブランドとなり、
     江戸深川や芝金杉に直販会所を設ける程に盛況となります。

  (C)光圀の子・綱條は再検地と称して実質25→35万石へと藩格上げブランド策を行いますが、
     領内疲弊と徳川本家からの巨額借入れに陥いって 貧困尊皇攘夷派vs役職佐幕派の
     悲劇となります。「役人になればウナギが食えるが、役人ならざればウナギの串を削る」
     が藩内流行語となる程です。
  
  (D)「私の母は有栖川宮家である」とブランド吹聴した慶喜将軍(水戸家出)は、天狗党悲劇や
      旧幕臣2.5万人中2万人リストラの悲劇を与え、新ブランド薩長維新の下地を造ったのであります。

 さて、(B)の結果で水戸藩北部の山間地・大子町(旧保内郷36ヶ村)のコンニャク会所頭取・桜岡家には
膨大な資金が集まり、それは幕末志士へと手渡しされるのです

 次回ブログは 保内郷コンニャク会所頭取・桜岡家とは? (参考WEB ←クリック)

 追記:ブランド信仰を謡った「OZUの声←クリック」を紹介します。
H23/03/04  Utatteru #17
       「ギンギンギラギラ・ブランド」 
                 元歌:夕日  作曲;宮崎 琴月  作詞:葛原しげる
 
 ギンギンギラギラ ブランド゛が光る、
 ・・・・・・・・・・
 ・脳味噌真っ白 国際人



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