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宗教・占い探玄  

はてなblog 「tomoyotanのブログ」に引っ越ししました。変わらぬご愛顧の程、宜しくお願いします。

円頓戒(金剛宝戒)の源

2024-12-24 17:46:49 | 日蓮・富士門流
墨田ツリーさんと云う方のサイトの一文からの抜粋で
伝教大師山家学生式問答巻四に「仏子の戒を授くとは何経の戒とせんや。答えて曰く正しくは法華経の一乗戒、三如来室衣座の戒、身口意誓の四安楽行の戒、普賢四種の戒に依り。次には普賢経の三師諸証同学に依り、傍らを梵網の十重、四十八軽戒、瓔珞の十波羅夷の律儀戒、慈悲喜捨の摂衆生戒、八万四千法門の摂善法戒、方等経、文殊問、大涅槃等の大乗経に依る。物機の宜しきに随い、広略開制に修学することを得せしむ」とあります。(此処までが引用)

(以下、小山昌純先生の論文から引用あり)
山家学生式問答は江戸期より偽書とされており、現在も学者等は此れを踏襲しています。其処で同じく伝教大師著授菩薩戒儀を見ると「夫れ三蔵教に三聚戒の名あり。通教に有り三聚戒の名。別教に有り三聚戒の名。円教に有り三聚戒の名。今正しく授くは此の円の三聚戒なり。」とあるので、法華経(円教)が軸だったことが分かります。

法蓮上人信空の円頓戒は十二門次第(1・開導 2・三帰 3・請師 4・懺悔 5・発心 6・問遮 7・正授戒 8・証明 9・現相 10・説相 11・広願 12・勧持)の開導で「略述此戒意梵網経云金剛宝戒是仏性種子諸仏本源」と書かれていることから、梵網経の三聚浄戒が正意と考えます。
然しながら、あれぇ、なんですね。叡空−信空、叡空−源空(法然)−信空と信空は法華戒付きの円頓戒を両師から授けられているはずなんですが、弟子伝授の資料には載せられていないんですね。伝承では、源空は信空以外の円頓戒授法では円観義を切り捨てていますが、信空授法時は叡空と同じ円観入りの円頓戒を授けたはずなんですけどね。因みに、一心妙戒を著した恵尋は円観義を除いた源空を批判しています。

源空−証空の円頓戒次第を見ると、三聚浄戒が円頓戒の軸になっています。
正因仏性−摂律儀戒−諸悪莫作−煩悩無辺誓願断−法身

了因仏性−摂善法戒−諸善奉行−↗法門無盡誓願知−報身
              ↘無上菩提誓願証−報身
縁因仏性−摂衆生戒−自浄其意−衆生無辺誓願度−応身

三聚浄戒は法華経法師品の衣座室の三軌から出たとも云われています。
御義口伝では衣とは柔和忍辱の衣 当著忍辱鎧是なり(柔和忍辱の心)
座とは不惜身命の修行なれば空座に居するなり(一切法空)
室とは慈悲に住して弘むるなり。母の子を思うが如くなり(大悲心)
衣座室の三軌は三諦の空仮中、三身の法身・報身・応身に配しています。

御義口伝で四安楽行の戒は一切法空→十八空→南無妙法蓮華経であると示されています。
要は色法→心法→三諦→一心三観・一念三千が円頓戒の源ではないかと考えるんですね。
妙法蓮華経ー五重玄義→其の活動性は開示悟入に極まります。
真言阿字五転も開示悟入。因みに阿字の源は一心三観・一念三千です。
此れを日朝上人の観心本尊抄私記第三から引用すると

四箇大事

開↗一心三観  示↗心境義   悟↗止観大旨   入↗法華深義
 ↘十住位    ↘十行位    ↘十回向位    ↘十地位

開示悟入→①四句成道②澄道八道③被接断位④本迹同異
恵心流は流派の相伝を重んじて円頓戒を軽視していた様ですが、円頓戒の源は一心三観・一念三千にあるからだと推察します。
そして此れを一言に約せば、南無妙法蓮華経に決するわけです。





下種と結縁

2024-12-20 18:39:39 | 日蓮・富士門流
      下種と結縁

下種↗成仏(親生下種)ー円乗に限る
  ↘調停(調種停障)ー前四時権乗に通ず

  
  
  ↗偏権聞法↗下種結縁ー円乗下種に限らず皆調停種となる
       ↘汎爾結縁ー無自覚の権乗の聞法も仏の本懐に搆れば
             皆是れ大化を得たる者
結縁
            
  
  ↘円実聞法↗汎爾結縁ー強毒の類是れなり
       ↘下種結縁ー↗爾前円聞ー番々諸仏の化導によるもの
             ↘法華聴講ー今番三周得悟のもの

     根の利鈍と障の軽重

乗急戒緩ー根利障重ー強毒の類
          (障重にして信ぜず、根利の故に下種する)
乗緩戒急ー根鈍障軽ー調乗下種
          (根鈍なれば先ず権を聞く)
乗急戒急ー根利障軽ー正しく成仏の種を下す

乗緩戒緩ー根鈍障重ー一向に権実の種を下すこと能わず


上の図は上杉文秀師が書かれた観心略要集講録から抜粋したものです。
天台念仏は後年、日蓮聖人がお題目に一念三千を重ね合わせたが如く、其れに先駆けてお念仏に天台の一心三観、一念三千、下種の理論も挿入し体系化させていたんですね。学者の中には観心略要集は恵心の著作では無いと主張する方もいますが、法華の日隆師や上杉文秀師なんかは恵心の著作と考えています。天台がお題目を唱えないのは、既に完成された念仏義があったからなんですね。天台から云えばお念仏は完全な円乗なんですね。天台には道邃和尚からの題目理論と恵心の念仏義があり、題目の方は廃れ念仏が主流となりました。その念仏もまた後年日本天台が教学を趙宋天台へ移行する中、四明の念仏義が主軸となります。
但し、文秀師が書かれた上の図って法華文句記の書面内容を要約したものなんですね。要は日蓮教学でも利用可能だってことなんです。
始聞仏乗義に十界互具の重要性が説かれているんですが、心性には性具として地獄・餓鬼・畜生・人・天の六道は備わっています。極楽だけではないんですね。故に純円の下種としては理観の域を出ないのではないかと思うんですね。
南無妙法蓮華経が日蓮聖人の肝腎法門と云うのは言い尽くしていないわけで、三大秘法の南無妙法蓮華経と正したお題目が正義なんですね。
上の図で親生下種と書かれているのが純円の円乗、即ち日蓮聖人が説かれた三大秘法の南無妙法蓮華経。結縁で汎爾結縁は毒鼓の縁のことで、教機時国抄で「謗法の者に向っては一向に法華経を説くべし毒鼓の縁と成さんが為なり。例せば不軽菩薩の如し」と聖人は説かれています。
調停の結縁や下種を日蓮義に於いて採用しないのは、末法は本未有善の衆生が大半だからなんですね。天台の化導は本已有善の衆生を化導する法義なので、調停の化導や下種を先とするわけです。
此処で大切なのは下種は下種・結縁共に成就するんですが、結縁は結縁のみで真実下種には成らないってことなんですね。純円・円乗の法門のみ真の下種に成ると云うことです。
聖人の当体義抄に「問う一切衆生皆悉く妙法蓮華経の当体ならば、我等が如き愚痴闇鈍の凡夫も即ち妙法の当体也や。答う当世の諸人此れ多しと雖も二人を出でず、謂権教の人実教の人也。しかも権教方便の念仏等を信ずる人は妙法蓮華の当体と言はるべからず。実教法華経を信ずる人は即ち当体の蓮華真如の妙体是也」と言い、「所詮妙法蓮華の当体とは法華経を信ずる日蓮が弟子檀那等の父母所生の肉身是也。正直に方便を捨てて但法華経を信じ南無妙法蓮華経と唱うる人は、煩悩・業・苦の三道、法身・般若・解脱の三徳と転じて三観三諦即一身に顕れ、其人所住の処は常寂光土也。(中略)本門寿量の当体蓮華の仏とは日蓮が弟子檀那等の中の事也。是即ち法華の当体自在神力の現す所の功徳也」と。
末法の観心法門に於いて日蓮系が折伏と云う強力な布教体制で挑んだのは、衆生を皆成仏させたいとする意図からなんですね。

(道邃)和尚深秘行法伝義

2024-12-04 07:30:49 | 日蓮・富士門流
図絵十界形像十処安之毎向一像各一百反行礼拝 口可唱南〇経 心可会若向地獄像彼猛火当体即空即仮即中 乃至向佛像之時 可観彼体即三諦也。蓋一時夜一時可修此行 大師為末世鈍機密授此法要 若欲出生死證菩提 先可用此修行也

法華深義の五玄釈中妙体の下に、「大真如者不変随縁一体不分二相体」と本迹未分を体となし、妙宗下迹本を一往不変と本性とに分かつも、畢竟未分の法性不思議を妙果となし、更に通廣の五種妙行は心乱の故に、「和尚云一時五種妙行」と五種頓修の行法として唱題を明かし、宗の下に蓮華因果、円教三身、常寂光土の三種別伝を開き、かくて総説五重云の下「妙法蓮華経五字即五種云也」等の釈が、一往修善寺決に見ゆる唱題に関する釈である。

「唱題思想の根底と其の帰結」塩田義遜

妙法五字を肝要と説くものは、天台系書籍では結構あって枕双紙なんかも同様。天台伝南岳心要にも「一心三観一念三千之極理 不出妙法蓮華経之一言」の口伝あり。
法華経寿量品に我本行菩薩道と、五百塵点劫の当初久遠実成釈尊が修行されていた根元の法門は何か?と云えば、三大秘法の南無妙法蓮華経だったわけです。
故に、此れを御存知だった道邃和尚は其の原型の一端を末法凡夫を憐れみ示されたのが、上に挙げた和尚深秘行法義なんですね。

五重円記考

2024-12-03 23:01:30 | 日蓮・富士門流
五重円記は爾前円・迹門円・本門円・観心円・元意円から構成されています。
其の中で重要な本門円・観心円と元意円を以下に挙げます。

本門円
在世本門一品二半ー脱迹
久遠下種の妙法ー種本

観心円・一念三千・一心三観
台家・本迹不二・不思議一
当家・本迹宛然・迹門理円・本門事円

元意円
台家ー本迹未分円・根本法華
当家ー上行所伝の妙法・顕説法華

二種仏身観
台家ー因行果德具備の実成仏・始覚に即した本覚仏・報中論三・事顕本・修顕仏・仏本尊
当家ー本来常住の覚体・性德仏・本来法爾・自然本覚仏・理顕本法身仏・法中論三・己身本尊

三種法華ー迹門・隠密法華ー本門・根本法華ー文底・顕密法華
台家ー本尊・久遠実成釈尊
当家ー本尊・妙法曼荼羅

台家の元意円を更に云えば、本迹未分の重に属し、此れを天真独朗の法体と名づけ本迹を超えたものと談じているんですね。
天台止観口伝義に於いては、趙宋天台も驚愕すべき天台宗義から逸脱した法義が秘伝とされていたわけです。具体的には四重興廃ですね。

天台の観心円・元意円を更に云うと、
観心円ー三千相待門・万法三身門
元意円ー寂照不思議門・還同有相門
身延日蓮宗の本迹一致と云うのは、仙波天台で複数の身延僧侶等が相伝された法義と、日蓮義が混同して成立した教義かと考えます。

立正観抄に天台の奥義は修善寺相伝日記に極まっている様に記載されていますが、七箇法門が当に其れかと思います。




妙法蓮華経体

2024-08-24 00:45:18 | 日蓮・富士門流
根源の法体は何か。其れは妙法蓮華経の五文字に意として集約されるんですね。
此れ以上、此れ以下でも無い、根源を言い表せば、妙法の五文字に成るんです。
一心三観は観智でして、正見の観での究極です。一念三千は境を示したもので、一心三観から観た実相なんですね。
法体とは潜在的に境智冥合しているダルマの究極を言い表すものでなくてはならないんですね。境とは実は法体の体其のものを言い表しているわけです。
真言にも三諦、五転が在りますが、当に其れが妙法蓮華経体の働きなんですね。真言と法華は大日経義釈にも在るように切っても切れない仲なんですが、此れは体と用、理と事の関係があるからなんですね。

信心の観法

2024-06-07 11:39:35 | 日蓮・富士門流
興門・隆門の下種妙法観は究極の処、信心の観法・観心を求めます。身延の場合、天台の影響もあってか理を重視している様に思います。
身延の場合、究極下種南無妙法蓮華経は法華本迹未分に宗義の観法を置いているのかなと。
迹円は従因至果、本円は従果向因、観心は可思議境・不可思議境の天真独朗。此の観心の惣名を南無妙法蓮華経とし、身延は此れを教観一双の観法としている様に思います。あくまでも理が先行しているのかな。

対して興門・隆門も理は変わらないんですが、観心の惣名南無妙法蓮華経を信心の観法とし、信心に観法の土台を置いていますね。下種の観心は理ではなく信心と云う二アンスです。
私なんかは身延の考え方のほうが自分自身合っていましたから、何を言ってるんだって感じだったんですけどね。此の信心の南無妙法蓮華経の観心を信行観、天台流法華未分の天真独朗を法行観と云います。身延の観心は法行観寄りなんですね。興門の相伝書、百六箇抄や本因妙抄を読むと末法凡夫の下種観心は信行観こそ基だって読み解くことが出来ます。

此処が凄く大切な処でして、信心の観法である信行観こそ観心の元意なんです。理では無いんですね。であるなら、其の信心はどの様に捉えれば良いか?なんですが、お題目、三大秘法が成立した経緯・由来を読み解き、信じることかと思います。

やっぱり、富士門流が正嫡かと。

2024-06-07 10:25:56 | 日蓮・富士門流
まあ、謗法の論説も結構載せているんですが、何故かまた日蓮義に就いてあれこれ考えることがあったんで投稿しました。
其れは日蓮宗(身延)の教観相対をみて感じたことなんですね。ご存知のとおり日蓮宗は一致派です。現在の日蓮宗宗学は五重相対で教判の骨格を据えています。其の五重の最後が教観相対です。
其の一つ前は本迹相対で、迹門より本門がより深く悟りの内容を説いているって云う意味です。

更に深く教観相対で本門の教説と比べると、法華寿量品の文底に秘し沈められた(文底秘沈)観法がより重要だと説明しています。要は教判全体の流れは相対させることで、浅義から深義を説明しているんですね。ただ、日蓮宗の枠組みは最初に挙げた一致派が宗義です。
此れって矛盾していませんか?何故なら法華寿量品は本門です。また日蓮宗が唱える文底秘沈の観法は此の本門中から出たものなんですね。此処から導かれるのは勝劣派バリの教判だと云うこと。

何でこんな教判を生み出したかと云えば、富士門流や隆門を意識して相伝ではなく人工的に練り上げた教判だからなんですね。

一方の富士門流や隆門の五重相対の最後である種脱相対を見ると、本迹を一括りにした教観を熟脱とし、其の本迹を更に深掘りした教観を下種として相対させて説明しています。富士門流と隆門は本迹を区別した勝劣派で有名ですが、此方の方が一致派と云っても良いくらいです。では何故、勝劣派と称するかと云うと、法華本迹の法行観に関する教観を脱とし、また迹門とし、法華本迹の信行観に関する教観を下種とし、また本門としているからなんですね。法華文上の本迹の勝劣ではないんですよ。

此れを具体的に示したものに、富士門流に伝わる相伝書百六箇抄が在ります。此れを読むとハッキリ分かるんですね。隆門は富士門流系から種脱相対の極理を聞き及び、日隆上人が完成させた教義かと思います。伝播に就いてはまたの機会に述べるとして、日蓮義の正嫡は富士門流だったことで締めくくりたいと思います。

生きてみようぜ。

2023-12-04 01:31:22 | 日蓮・富士門流
こないだ勤め先のおばちゃんと話していたら、「若い時は許されへんかったことや、今考えたらアホみたいなことに拘って悩んだりしてたけど。此の齢になったらしょうもないことに囚われてたんやと思うわ」との内容。「そんなことで死んでしまうなんてアホやね。有って、無いようなもんが実態なんやから」私が、「其れ仏教で云う空の思想やね。何か仏教書とか読んでるの?」と訊ねると、「そんなんは読んでないよ。今まで生きているうちに感じたこと」とサラッと受け流して「中学生や高校生の時に悩んだことって、今振り返ったらしょうもないことでクヨクヨしてたと思わへん?」と。

やっぱり、長生きはせんとアカンと思いましたね。若い人で悩んで自殺する人が居るんやけど、齢をとって振り返ると大したことが無い内容なんよね。全ては自分自身の拘りで呪縛されているだけなんよ。此のおばちゃん、帰国子女で海外の学校に通ってたって以前話してたんやけどね。向こうで苦労したんやろね。ちょっと変わったおばちゃんなんやけど、核心を付いた会話内容が気になるんよね、仕事中でも。生きていると天台思想で云う中仮空の三諦って、マジ実感するんよね。人生はある意味喜劇で、私等は喜劇役者を演じさせられてる感じがするんよね。

ホンマ、今死にたいと思ってる人、我慢して生きてみようぜ。長い人生良いことも絶対あるんやから。

伝教大師最澄

2023-10-07 09:23:52 | 日蓮・富士門流
円密禅戒の四宗兼学の道場として比叡山延暦寺を建立したのが伝教大師最澄。此の方凄いんですよね。まず一点として南都六宗ではアカンと考えて、各派あった仏教教義を天台教義で統合しようとしました。次に大乗戒壇建立を朝廷に申し出た結果、日本に始めて大乗の戒壇院が出来たんですね。
日本の各宗派僧侶が授戒する円頓戒は伝教大師がもたらした戒律なんです。なんで具足戒だけじゃあ駄目かと云うと、規定が多過ぎて大乗の教えを保つ僧侶にマッチしないんですね。

ただ其れだけの含みか?と云うと、そうではなくもっと深い意味があるんですよ。其れは天台教義が基にした法華経には種熟脱の三種教相があって、種の教相部分と円頓戒が密接に関係してるんですね。種の教相は円解・円観→所謂、一心三観、一念三千観を名字即の凡夫僧に授戒させることで冥益として即身成仏の功徳が獲られるんですね。此れを目指していたんだと考えるんですよ、私は。

伝教大師は天台教義を相伝して三種教相の重要性を知った最初の日本人僧侶だったんですね。
世間ではとかく弘法大師空海を賛美しますが、彼は天台の三種教相の一文字すら理解出来なかった人です。崇高な天台教学は相伝でなくては知り難いのが原因かと。数多ある法門口伝類は曲解された法義も含め中古天台書籍群に書かれており、特に円解、円観は伝教大師や慈覚大師円仁等が中国天台山から伝法したものも含まれているんですね。