旅限無(りょげむ)

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『チベ坊』の続編のような…… 其の壱

2010-10-20 14:23:53 | チベットもの
■嗚呼、とうとう起こってしまったか、というニュースが飛び込んで参りました。拙著『チベット語になった「坊ちゃん」』をお読み下さっている皆さんには、是非とも注目して頂きたい動きであります。

チベット独立を支援する国際団体「自由チベット」(本部ロンドン)が20日明らかにしたところによると、中国青海省黄南チベット族自治州同仁県で19日朝、チベット民族学校の高校生ら数千人が中国語による教育押しつけに反発して街頭抗議を行った。六つの高校の生徒らが合流してデモ行進し、地元政府役場前に集まった。5千~9千人が抗議したとの目撃情報もある。「民族や文化の平等を要求する」などと叫んだという。…… 

■基本的な事項を確認しておきましょう。青海省はウイグル自治区とチベット自治区が(頼みもしないのに)占領・吸収されたことにより大きく西に膨らんだチャイナの地図では真ん中からちょっと西方にずれた位置になりまして、国内最大の淡水湖である青海湖があることから省の名前が付けられております。青海湖はチベット語でツォ・ゴンポ、蒙古語ではココ・ノール、どちらも「青い海」の意味ですから直訳して漢字を当てております。

■デモが起こった「黄南」チベット族自治州も、マチュ(黄河)のロ(南)を意味するマロというチベット語の呼称を直訳して漢字を当てております。ただし、チベット人が暮らしている土地を流れる黄河上流部は黄土大地で濁る前の青々とした川であります。さてさて、その黄河の支流ロンウォ河沿いに建立されたロンウォ寺を中心に発達したのがレプコン(同仁)の町なのですが、この一帯にはチベット仏教の各種宗派が健在で有名な寺院が点在しております上に、仏画などの仏教美術のメッカでもあります。日本でも公開された世界最長のチベットの歴史絵巻を完成させてしまったほどの人材とエネルギーに満ち溢れている所でありまして、個人的にも何度か彼の地を訪れまして、ツテを頼って学聖トンミ・サンポータ先生の肖像画を描いて頂いた思い出の土地でもございます。


最近の教育改革で、チベット語と英語を除くすべての教科を中国語で学ぶことになったのがきっかけで、生徒らが反発したという。民族学校の元教員は「漢族は文化大革命時代を思い起こさせるような改革を強要している」と語った。中国では2008年3月、チベット自治区でチベット仏教の僧侶ら数百人が中国政府のチベット政策に抗議し、大規模暴動に発展する事件が起きた。
2010年10月20日 産経ニュース 

■拙著の続編みたいなデモ騒動ですが、既に2004年頃にはこの種の圧力が高まりつつあったようです。小生がチベット語を学び、日本語を教え、そして『坊ちゃん』などの日本語作品を両言語の近似性に着目して翻訳した学校も、その後は実質的に消滅したも同然ですからなあ。2008年3月の騒乱事件の際にも、今回のデモが起こった場所で大規模な抗議運動が発生しました。その前にも北に数十キロ離れただけの町に残るダライ・ラマ法王の御実家に、法王御自身がお忍びで帰還するとの噂が流れて近隣ばかりでなく、遠方からも多くの信者が続々と集まって地元の公安当局が強権を発して暴力的に解散させる事件も起こりましたなあ。

■現地のチベット人知識人の中には、2000年頃から物理学や化学などの理数系の辞典類を地道にチベット語で出版する動きもありましたから、露骨に「すべての教科を中国語で」教え込もうとする政策には反発するのは当然とも言えましょう。チベットには医学・暦学・天文学・数学などの科学知識、建築・衣料・染色などの実学、そして美術と文学などの芸術と世界に冠たる優れた文化と伝統と歴史が厳然として存在しているのですから、それらを根絶やしにするような政府の動きに反発する人達がいるのも当然の話であります。

■9月に新学期が始まりますが、1ヶ月余は「軍事教練」やら共産党の指導に従う生活指導やら、補習授業などもあって忙しく時は過ぎ、10月の連休後から本格的な授業が始まることになっていますから、抗議デモが10月19日火曜日の朝に起こるというのも時期的に納得が出来そうです。それに加えて「愛国無罪」の学生暴動がご近所の四川省で起こった事にも刺激を受けての行動かも知れません。四川省の西半分はチベット人の居住地帯ですからなあ。

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