長生き日記

長生きを強く目指すのでなく良い加減に楽しむ日記

新 8 『空とかうもり』

2018-09-30 22:32:32 | 日記
谷光順晏 第一歌集『空とかうもり』 短歌研究社2018年6月
かりんの女性作者さん、富山のご出身で同年輩のようだ。仏画の修行をされている真面目な方。

たまきはるいのち籠れる白き花結跏趺坐して八手は抱けり
ひとり居の母のあつめしカレンダー 風呂屋デンキ屋八百屋に蕎麦屋
夜を照らす街灯のもとへらへらと生ききしわれかも影のずれゐる
からうじて残されしなりこの干潟かたへに見おろすビルの窓・窓
筆先に魂こむるとき腰に力入ること知りぬ仏画道場に
行く夏の友より届きし絵手紙におわら盆うた ふるさとの風
「見せて欲し」と請へば住職「円空さん見せるものでなし共に暮らせり」
すかんぽをちり紙にくるみささげ持つ母につきゆく母生れし地を
一夜泊りて息子は帰りぬ手洗ひの蛇口の固く閉めてありたり
ほらと言ひをさなはだんご虫野良猫はくはへし土竜をわれに見せくる
千葉西部ホットスポットのわが庭の落葉のなかにねむるとかげよ
命日は終戦の日と決められし長兄自決と母は言ひきる
死はただにひとつの通過点とおもふまで金泥さしゆく来迎図のなか
くちびるは真中に一本墨線をきつと結ばん誕生仏陀
怒りより笑つてゐる顔えんま様描く人に似る不思議の仏画

つられて蝙蝠の想い出:
  東京では夕暮れに飛ぶ蝙蝠を見かけなくなった。昔は(と言うと年寄臭いなあ)、どこにもいたのだがだんだん減ってきて神田川のような街川の上にだけ見るようになって、この頃はそれも見ない。近所の人はたまには見ているのだろうか。子供の頃は二寸くぎを二本10センチくらいの糸で結んで空に投げ、餌の蛾かなんかと間違えて飛びついてくるのを絡みつかせて落ちてきたの獲ったものだ(成功率は低かった)。哺乳類の温かさがあり、怒るし、飼えるわけでないのですぐ放した。それなら釘なんか投げるな、と怒っていたのだろうな、ごめん。小笠原でオオコウモリが飛んでいたのは迫力あったなあ。


新 7 『地獄谷』

2018-09-28 22:15:50 | 日記
つい先日、高田馬場あたりを歩いていたら、中国?台湾?ベトナム?バングラデッシュ?その他(失礼)いろいろな国出身らしい若者がいくつものグループで歩いているのに出会った。これはもう珍しいことではない。日本語学校、専門技能学校らしい。地方でも<ここはブラジルか>とか<アフリカ的な人が大勢>だとか感じる地域があるのだろう。それらの人のいくらかは(多くても良いが多くなくても良い、その人の勝手)でやがて日本人になるのだろう。いろいろな組み合わせのカップルができ子供が生まれたりホームシックになったり大儲けして郷里に凱旋したり、尾羽打ち枯らして(古風な日本的表現は通用しないだろうけど)故郷は遠いなあと悲しんだり、とにかくいろいろなことが起きるのだろう。
『地獄谷』日置俊次第七歌集 書肆侃侃房 2018年9月
 かりん編集委員の日置さんは青山学院大学の文学の先生だが、昨年一年近く在外研究とか言う制度で台湾に滞在された。そのときを題材にした歌集である。文学者が異国に滞在した小説・随筆・短歌は古来いろいろあるが、そのときの本人・日本と彼の地の人・社会との関係がとても面白いことが多い。結局それは本人の姿勢なのだが、両側およびさらに世界の情勢の背景あってのことだ。上記の僕の散歩の目と合わせてもこれからどうなるのだろう。国とは、住むとは、文化の継承、断絶、変化とは、食べ物のおいしさとは。

指紋とられ瞳にカメラあてられてからうじて越ゆる入国の柵 
「手紙(ショウジー)」とはちりがみのこと「人間(レンジエン)」とはこの世のこととおさらひ始む 
「請把衛生紙丟入垃圾桶(ちり紙は屑入れに入れてください)」と壁にあるなり写真撮らむか 
インドネシア人のメイドが太り肉(じし)のからだ揺らして鍵を持ちくる
ツナおにぎりは日本のそれと変はらねど味付け海苔が巻いてあるなり
保安宮なる廟(ミャオ)を見てゐる 反り返る屋根に飛ぶ龍数へられない
釈迦を呼ぶ地獄ぞわれはかなたよりひびきくるその地獄呼ぶ声
ああ母よ癌に苦しみ骨と皮だけになりたり まだ胸が痛い
われいまだ老いてはをらねど「老氏(ラオシー)」と呼ばるることをいかんともせむ
ヅグロミゾゴヰいつも一人で立ちつくし一人のわれをぼうつと睨む
カトラリーといふものあらず丸箸と辣(ラー)だけ置かるる席に安らぐ
火龍果を切れば真つ赤な果肉より白きいも虫顔をだすなり
スープでも打包できる台湾の懐の深さ身に沁みるなり
パソコンの画面にひとすぢ髪の毛がかかりたりされど仕事つづけぬ
南京櫨にすこし亜麻色の葉がまじりしかし青々と師走がすぎる
ブラジルの新聞にFUKUSHIMA作業員の求人広告けふも出てゐる
湯気であるわれがわが身の湯気にむせわれを見下ろすこの地獄谷
宇宙より美しき島(フォルモサ)あをき台湾を眺むるはたれぞ島には雨が



新 5 引き継ぐ

2018-09-27 23:18:42 | 日記
断捨離とか終活とか言う言葉がよく使われるようだが、僕は好きな語ではない。生業関係の本や道具(これはすこし)があって、もう読まないし使うこともないだろうに狭い我が家のスペースをとっているのでどいてもらわねば立ちいかなくなっている。とくに専門性の高い大きい厚い本は悩ましい。今回は以前一緒の研究室にいた若い(当時)女博士さんが、転職して横浜の方の大学に新しい研究室を立ち上げたばかりのようなので、本棚がまだすいているうちにもらってもらうことにした。パワハラでの押し付けではなくちゃんと了解は取ったし、ワインのおまけもつけたりした。いまのところ3箱くらい送りとても助かっている。つらつら思うに、これからの時代、大きな高価な専門書はどうなっていくのだろうか、若い学生さんはネットだけになりそうだし。まあ僕も全部読んだわけでなく、安心感と見栄のために持ち続けたきらいがあるわけだが。
  写真の本はその専門(陸水)では、と言うよりさらに広い生態学一般で超有名なハッチンソンさんの大著3巻4冊のひとつ。ニッチ理論でも有名な方で大識者として知られていたが博士号を持たなかった。ある時、弟子が「先生、博士とってください」と頼んだら「それは良い考えだね。で、誰が審査員になるの?」と言われて皆絶句したエピソードがあるとか。日本生態学会で辞典を作ったときどういうわけかハッチンソンさんの項目執筆が僕になり、短いスペースに盛り込むのに苦労した記憶がある。押してあるハンコは僕の最初の陸水フィールドである茨城の中沼の形で作ったもの。
  金属製の拷問器具みたいなのは長い棒につけたりロープに括りつけて岸から投げ、遠くの水草なんかをひっかけてとる道具。磯釣りの好きな永田淳さんは岩場のイガイ(たぶんムラサキイガイ)をとるのに使ったとのことだ(同じものかな?)。まあ好きに使えば(拷問でなければ)良いだろう。いろいろな水域で使ったが最後に使ったのは皇居外苑濠でヒシをひっかけた時だったか。



新 4  墓参り

2018-09-26 21:44:50 | 日記
彼岸花の盛りが過ぎ、すこしひんやりした秋雨の日だったが、高田馬場近くの亡妻(前妻)の墓参りへ(命日は明日だが)。
 病で亡くなったのが15年前になる。思えば50年ほど前、小さな湖へボートを運びびしょ濡れになりながらプランクトンを採取していた(結構重労働だ)彼女を手伝ったのが僕の陸水始めだ。いろいろ思い出すのは香りはじめた金木犀と面影橋のせいかもしれない。
 亡くなって(それが理由で)僕も勤務大学を移り(移らせてもらい)、しばらくして短歌を始めた。それからしばらくしてその縁で今の妻と出会い、いろいろ覚悟もあって再婚した。この辺、『浮遊生物』と『底生生物』からわかる方にはわかるだろうか。
 いまの妻の旧姓(あるいはペンネームの姓)はやや珍しく東京では三文判を売っていないが、岡山に行くとそれほど稀ではないそうだ。岡山市の近郊にルーツの墓があるらしいがまだ行ったことがないという。まったく別の縁があって、ちょうど僕が岡山に行くことになったので、来週同行することになった。お墓は見つかるだろうか。



新3  ネクタイ

2018-09-11 23:56:19 | 日記
今日は9月11日。秋雨前線が少し南に下がって涼しい朝だった。所用で出かけるのに半袖はすこし寒いか、しかし長袖を出すよりは何回か着ただけの半袖シャツを着てしまおうと思った。白っぽくて胸元が淋しいのですごく久しぶりにネクタイをしてみた。前もあまりしたことはなかったのでけど。霞が関あたりに行くと大勢いる勤め人でネクタイしているのが一人もいない、そして、前線が動いたのかどうかわからないが気温が上がってきたので窮屈なネクタイを外した。用事の10人ほどの会議では、僕より少し先輩のメンバーひとりだけが紐のネクタイをしていた。まあ、季節、業界、年齢、おしゃれ度、いろいろあるのだろうけれど身なりは変わっていくものだな。