運動という名の付く運動は何もしていない。
フィットネスクラブに出かけていくこともない。
ジョギングをすることもない、
そんな私が唯一するのは階段登り。
ゲゼルの実験のようにひたすら登る。
大学までの階段が163段。
家に戻るまでの階段が121段。
それを毎日登れば、いつかしか富士山登頂もエベレスト登頂も夢ではない、さあがんばるぞ、
フィットネスクラブに出かけていくこともない。
ジョギングをすることもない、
そんな私が唯一するのは階段登り。
ゲゼルの実験のようにひたすら登る。
大学までの階段が163段。
家に戻るまでの階段が121段。
それを毎日登れば、いつかしか富士山登頂もエベレスト登頂も夢ではない、さあがんばるぞ、
続けて上がると息が上がるかと思います。ゆっくりと二回に別けても、その日の体調や気温・天候など環境によって億劫になるのではないでしょうか?
「ゲゼルの実験」というのは初めて聞いたのですが、この運動で運動不足の解消となるかどうかの問題も同じように興味深いです。
現在この運動が負荷を与えているのか、もし強化するほどの十分な負荷を与えていれば、いづれ物足りなくなるのか、それともコンディションが伴わないと怪我や故障の原因となるのかなどです。
適当な運動による運動能力の維持は意外に難しい課題だと感じます。
ゲゼルは成熟説に立つ心理学者です。彼は幼い双生児の片方に階段登りを訓練し、もう片方には何もしないという実験をしました。その結果、訓練をしてもしなくても、階段を昇る測度に差がなく、そこから、ゲゼルは先天的な要因が発達には重要であるという結論を導き出しました。