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ハラル・フード

2007-06-06 22:23:52 | 世相(日本)
 先日、NHK仙台放送局が東北大のムスリム留学生のハラルフードの 話題を取り上げていた。ハラルとは“許されたもの”の意味で、ハラル・フードとは戒律の面から合法とされたムスリムのための食事。東北大の学食にハラル・ フードを取り入れよと活動している留学生も紹介していた。活動が実り、最近学食にハラル・フードが出されることになったとか。

 ハラル・フード運動を展開していたのはボスニアからの留学生で、姓は忘れたがラナと いう若い女性だった。ムスリマ(イスラム女性)でも欧州人の彼女の外見は、紅毛碧眼の白人そのものだった。ラナさんは何度も大学当局に、ハラル・フードを 取り入れるよう訴えていたという。だが、私は彼女への第一印象は相の悪い女、だった。醜いのではなく、逆に美しいほど。そのため余計に険のある表情が際 立った。日本社会でのイスラムへの理解を求めるものの、彼女は片言も日本語を話さず終始英語で語っていた。

 ムスリムにとってハラル・ フードと認められぬ飲食物は酒や豚肉だけではない。もし、戒律を厳守するなら異教徒の処理した牛肉、鶏肉、羊肉も全て不浄の肉となるのだ。だから日本の スーパー等で売られている肉は全て穢れた食べ物となる。不浄な異教徒がイスラム式にさばかない肉など、口に出来ないというもの。現代は不明だが、イスラム 圏で非ムスリムが市場で食物に触れるのを禁じる法さえあったのだ。コーラン9章28節にも「多神教徒は本当に不浄である」とある。まして日本人の殆どは多神教徒なのだ。

  肉ばかりでなく、魚介類も問題だ。宗派により解釈が異なるが、うろこのない魚は禁忌となる場合もあり、イカ、海老、蟹、タコ、ウナギ、カツオ、マグロもダ メという場合もある。しょうゆでもアルコール成分が含まれるものも禁忌対象。酒饅頭や洋酒入りのチョコレートも禁忌なので、異教徒には実にややこしい。つ まり、カツ丼はもちろん牛丼、親子丼、天丼、鉄火丼もヤバいとなり、たこ焼、イカそうめんもダメ、寿司は軒並み食べられないことになる。

 在日ムスリムの中には、わざわざ輸入でハラル・フードを取り寄せている者もいるらしい。ムスリムに生活面での様々な便を求めるため活動するラナさんだが、何故か彼女はベールをまとわず、普通の洋服姿だったのは実に不可解だ。
 ラナさんに限らぬが、異教徒の国に来たムリスムは事ある毎にイスラムへの理解を求める。しかし、ムスリムこそ滞在先の異教徒の国の宗教や文化を理解する姿勢が稀薄ではないか?

  あるネット掲示板に興味深い意見が載っていた。日本の博物館や美術館には日本人ばかりでなく外国人も来場するが、ムスリムらしき外国人は見かけたことがな い、と。言われてみれば、確かに近隣諸国らしきモンゴロイドの風貌の人や、南アジア風の顔つきの者、欧米人などは仙台のような地方都市の催しでも来ている 時がある。だが、中近東風の来場者は私も未だに見たことがない。数自体が少ないこともあるだろうが、インド人もそれほど多いわけではない。やはりイスラム の偶像崇拝禁止が影響しているのだろうか。

 ムスリム移民が移住先のトラブルメーカーとなっているのは、今や日本でも知られるようになった。ラナさんの出身はボスニアだが、激しい民族浄化が起きたのこそ、1992-95年のボスニア紛争。この時メディアはセルビアの悪ばかり強調する報道に終始していたが、クロアチア、ムスリムも残虐行為を繰り返しており、イスリム諸国から義勇兵(ムジャヒディン)が入り、紛争の泥沼化に拍車を掛けた。
 これまでの欧米への移民の例を見れば、敬虔であればあるほど、ムスリムは異教徒社会の不適応者と成り果てる。共に食事が出来ないというだけで、マイナス要因である。

 ヒンドゥーも食事に禁忌はある。しかし、移民先で彼らの評判は概ねよい。ハラル・フードを認めてもムスリムは満足せず、更なる要求を突きつけるようになるだろう。きつい顔で日本社会の無理解を指摘するラナさんのように。

◆関連記事:「イスラムの寛容」「移民を出し、移民が来ない国

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9 コメント

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勘ぐり他 (スポンジ頭)
2007-06-06 23:07:30
こんばんは。

ドン・キホーテにトルコの捕虜になっていたスペイン人の話が出てきます。これはセルバンテスの実体験が反映しているのですが、それによるとイスラム教徒の女性はキリスト教徒に対して結構なれなれしいとの事。
また以前読んだバートン版(?)のアラビアン・ナイトの注釈でも、イスラム教徒の女性が同じイスラムの男性に顔を見せると男性は立腹する、その理由は自分をキリスト教徒とみなしているから、と言うのがありました。
だからラナさんがベールをつけないのは異教徒の日本人を対等の相手とみなしていないのかもしれません。

但し、以前私の住んでいた町ではマレー系と見えるイスラム教徒の女性を結構見たのですが、イスラムがらみのトラブルは聞きませんでした。勤務先の工場にもイスラム教徒のインドネシア人が結構来ますが、食事でハラルフードを要求したことはありません(出来る範囲で豚肉の入っている料理を教えたりはします)。

イスラム教徒は特に欧米で様々な摩擦を引き起こしていますが、このような違いは文化的基盤の違いか、絶対数が少ないからか、どちらなのだろうかと思います。

インド人は鎌倉旅行をした時に寺院で結構見かけました。また、神戸から来ている同僚の話ですと、神戸は結構インド人が多いそうですが、私はインド人が神戸で何か事件を起こしたと言う話は一度も聞いた事がありません。カースト制度の縛りがあるのに他国の異民族とトラブルを起こさないのも興味深いです。
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「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」 (madi)
2007-06-07 00:27:47
昨年なくなられた米原万里さんの「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」(どこかの文庫本になっていたと思います)で「白いヤスミンカ」という章がユーゴスラビアのモスリムを扱っています(ネタばれになってしまってごめんなさい)。もともとはテレビドキュメントでいいたりなかったことをエッセイにしたもので、昨年そのドキュメントも再放送されました。
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ある種一神教徒の宿命 (のらくろ)
2007-06-07 04:08:15
旧約聖書には約束の地カナンへのイスラエル侵攻の物語が載っていますが、その時イスラエルの神は、「カナン人は一人も残さず殺せ。女も老人も子供も赤ん坊も見逃すな」と言っています。その後は「処女だけは残してもよい」と言ったようですが、どのみち民族消化=悉皆殺戮には違いありません。また、「多神教は宗教にあらず」と見下すのも同様です。厳密にいえばキリスト教だって偶像崇拝禁止ですからね。そういいつつ、アイドルという言葉は英語圏が語源ではなかったのでしょうか。ここがタリバン辺りは国際的には「時代遅れの一神教徒」なので、占領地域での仏像大量破壊をやってのけるということでしょう。

ですが、十字軍を始めとして、一神教徒のやることは破壊的なことが極めて多い。対して多神教は、残っていたところが島国が大多数ということもあるけれど、他民族完全殺戮なんて発想は思いつかない。だからこそ世界中で駆逐されて今では太平洋の島嶼部にしか残っていないのかもしれません。あるいは現地への移住者-侵攻者の現地人の扱いにもよるのでしょう。タスマニアン-アボリジニを「浄化」したオーストラリアと、マオリと折り合いを付けたニュージーランドとの違いでしょうか。

日本が多神教というか、「神の相対化」に至ったのは、地理的に「移住民族の成れの果て」、つまり終着駅としての役割で、もうそこから先へ移住はできないので、日本列島の中で暮らすしかない。地域は温帯なので、収穫にはヨーロッパや中近東よりは有利だが、火山列島のため地震が多く、台風による水害も多い。こういう自然災害を古代日本人は「神の怒り」と解釈したので、「立場の高い」庄屋の「穢れなき」処女である娘を生贄にして当座の神の怒りを鎮めようとした。つまり、自然は神と一体と考えた。だから極端な自然破壊は神の怒りを呼び起こすのでいけないとなり、江戸時代はその時期の経済成長を押し留めてまで「檜一本、首一つ」なんて厳格な伐採禁止令を出し、自然保護(回復)に努めた。

対して一神教徒は、あのマザー・テレサでさえ、人間の営みによって生じた有害物(ゴミが典型)は、大自然が何とかしてくれると考えており、人間の発展のために人間はやれることは何でもやれとなり、大規模な地球環境破壊による温暖化を生ぜしめた。「モッタイナイ」を“世界語”にしたのがアフリカ人のワンガリ・マータイさんで、キリスト教徒でもイスラム教徒でもユダヤ教徒でもないのはその流れで読み解くべきと考える。

キリスト教がたまたま現在、世界の勝ち組宗教となっているのは、ジャン・カルバンを端緒とする資本主義が、それもたまたま現在勝ち組陣営の経済原理となっているからにすぎない。しかしこの21世紀は、経済成長至上主義はもう通用しないことは、今回のサミットでも「温暖化」が主要議題となっていることからも伺える。1970年代の「公害問題」時代から、日本は自然との共生を指向してきた。この多神教の、世界の中心(経度0度を見よ!)からは東の果ての島国が、経済と環境を世界一両立させ、さらに発展していくのを見て、先進国陣営のキリスト教徒も、途上国陣営のイスラム教徒も、一神教の限界を見せるけられているため、いまいましく思っているに違いありません。
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コメント、ありがとうございます (mugi)
2007-06-07 21:22:23
>こんばんは、スポンジ頭さん。
私もベールを付けず、来日したばかりでもないのに片言も日本語を話さないラナさんの姿勢に、異教徒日本人に協調しない傲慢さを感じました。ただし、アジア諸国からの男性のムスリム留学生はもっと親しげでした。
ムスリムに限りませんが、基本的に異教徒は対等の存在ではないのでしょうね。日本人も内心は異教徒と対等とは思っていない。ただ、現代あからさまに異教徒に非妥協的姿勢を取るのはムスリムくらいなのでは。

私も仙台の町の中心部でマレー系らしいムスリマを見かけましたが、彼女らは黒ベールではなく、鮮やかな花柄のそれをまとっており、とてもオシャレな印象を受けました。他に近くのスーパーで全身グレーで無地のベールをまとい、目だけ出した女もいましたが、ハッキリ言って不気味な感じでした。落ちくぼんだ大きな目から、中東系かと思われましたね。

シナの回族も漢族と様々摩擦があります。同じくシナに移住してきたユダヤ、ゾロアスター教徒は同化したのに。私は文化的基盤が原因と見ています。

私も鎌倉旅行や東京でもインド人を結構見かけましたし、仙台の仏教美術展の催しでもインド人らしき外国人がいました。
インド移民にも犯罪者はいますが、それでもチャイナ・マフィアならぬヒンドゥー・マフィアは聞いたことがありません。カースト制のため、海外でもインド人同士はユダヤ、華僑に較べ団結力が弱いとか。


>madiさん
紹介された「嘘つきアーニャの~」は未読ですが、面白そうですね。
同じムスリムでも、ユーゴの彼らは日本人にはなじみが薄い民族です。ボスニア紛争はインドの宗教対立よりもよく分かりません。
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一神教と多神教 (mugi)
2007-06-07 21:25:02
>のらくろさん
仰るとおり、ユダヤは常に迫害されてきたと被害者面するくせに、旧約聖書では彼らの民族消化が詳細に記されてます。「神が許された」で恐るべき民族浄化を合法化するところに、宗教の怖さがありますね。
セム族一神教は全て偶像崇拝ですが、これら宗教に影響を与えたゾロアスター教、イスラムから影響を受けたシク教も偶像崇拝は禁じています。ただ、面白いことに後2つの宗教はセム族一神教と違い、他宗教の存在は認めました。

日本の他に多神教の伝統が続いているのはインドくらいではないでしょうか?
インドは英国や中世はイラスム王朝に支配されました。にも係らず、古来からの文化伝統を守り抜いたのは凄いことだと思います。ヒンドゥーもまた包容力では抜群です。カースト制が何かと槍玉に挙げられますが、私はこれは一神教的価値観からの悪質なプロパガンダもあるのではないか、と最近思っています。一神教なら改宗か死か、となりますが、差別はあれども存在は認めたヒンドゥー。また、カーストもずっと固定したものではなく結構流動性があるのですが、案外これは知られていません。

マザー・テレサに関しては、昨年私もエントリーにしてます。
http://blog.goo.ne.jp/mugi411/e/24f036bc3a1f618afe59ca60cebf39dd
在日ドイツ人のHPで、彼女の実態を知りましたが、宗教人はパトロンには簡単に戒律を曲げるのが分かります。

現代からは信じられませんが、イスラムもかつては世界の最先端をいっていました。もっとも、先ず武力ありきの布教で、古代からの中東の文化を徹底破壊しましたね。十字軍などムスリムによる中世のインド侵攻に較べれば、被害は物の数ではありません。現代インドのヒンドゥー、イスラムの対立も、この時の侵攻が尾を引いてます。

一神教には元来エコロジーという発想はないのです。神の名で自然を支配するのが原理なので。この点、エコロジーも説いている神道、ヒンドゥー、ゾロアスター教のような宗教と実に対照的。
私は西欧圏は現代の影響力を維持して、環境問題でも指導権を握る腹積もりなのではないかと思います。地球環境の美名の下、西欧のエコ企業が儲かるシステムに布石を打っているのでは?
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不浄者 (Mars)
2007-06-09 10:49:09
こんにちは、mugiさん。

日本には「食べ物の恨み程、恐ろしいものはない」という諺(?)もありますが、温厚な日本人でも、食べ物の事となると、「堪忍袋の緒が切れる」場合もありようです。
(諸外国人には、そもそも、「堪忍袋」なるものを持ち得ない、国民、民族も少なくないようですが)

ムスリムに限らず、クリスチャン国家もそうですが、宗教に合わないからという理由で、自らが特定の食べ物を食べないのであれば、それだけに留めるべきでしょうが、同じように行動するよう、他者にも強制しますね。他者に理解・寛容を求めるのであれば、「隗より始めよ」ですが、自らは行動しない者ほど、その音声は大きいように思えます。

いつもの如く、脱線続きで申し訳ないです(汗)。
しかし、イ○ラムに限らず、キ○スト教のカ○ト性を指摘せず、「出羽の神」を信奉する者も少なくないようで。
mugiさんもIWCにおける、反捕鯨国家の傲慢・エゴはご存知かと思います。ところで、反奴隷制をいち早く提唱しながら、植民地支配を続けてていたイギリスを、どう思われますか?
ttp://meinesache.seesaa.net/article/43955894.html
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不信仰者 (mugi)
2007-06-09 20:44:09
こんばんは、Marsさん。

>>諸外国人には、そもそも、「堪忍袋」なるものを持ち得ない、国民、民族も少なくないようですが
まさにそのとおりですね 隣国には「泣く子は餅を余計にもらえる」との諺がありますよ。もしかすると、「堪忍袋」のある民族の方が少数なのかも。

ムスリムはハラル・フードを声高に要求する一方、自国の異教徒に対して食物の配慮など全くせず、自分たちに合わせろと命令。移民の数が増えれば、「信仰の自由」をたてに確実に礼拝時間も要求します。これまた自国では、異教の寺院建設を認めずに。

「マイネ・ザッヘ」さんの記事の紹介、ありがとうございました。
「ザッヘ」さん、いつもながら優れた分析をされますね。欧米人が鯨と人間を同列に扱っているのは笑えます。聖書では人間と動物は明確に区分されるのですが、己のエゴのためには原理もクルクル変える。所詮、捕鯨をする日本人は虫けら並みということでしょうね。

以下は英国の植民地だったインドの初代首相ネルーの言葉です。
-「委任統治領」とは連盟のしかつめらしい言葉で言えば、「神聖な委託物」という意味だ。この考え方によれば、委任統治を受ける領土の住民はまだ進歩が不十分で、自己の利益を処理する能力がなく、従って大国からそれらの処理の手助けを受けなければならない、というのだった。言ってみれば、一定数の牛、または鹿の利益を守るために虎の手を借りるようなものだ。
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よくわからない (Lala)
2007-06-29 11:18:08
よく他の宗教の信仰についてコメントするが、日本人は果たして正しいのか?そもそも仏教と言ってもそうでもない。。
なんでも食べる。。結局ミートホープ事件になってしまったらあわてて今まで自分が口にしたものはなんだったのか調べ始め。。もしかしたらもっとひどいのもあるのでは?
既に少子高齢化社会になって人手不足で外国人がこれから増えるだろう。その先の日本、日本人はどうなるんだろう。。

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先決 (mugi)
2007-06-29 21:52:18
>Lalaさん
>>よく他の宗教の信仰についてコメントするが
プロフィールにもあるとおり、私はインド、中東に関心があり、この文明圏では宗教に関する知識が不可欠なのです。宗教を知らずして、インド、中東の記事は書けません。

仏教は菜食が理想とされますが、僧侶はとかもく(日本では僧侶も生臭を食べる有様ですが)、絶対的戒律ではない。キリスト、シク、ゾロアスター教徒も食事に禁忌はまずない。食事に禁忌がある信徒とない信徒では、適応力が違ってくるのは当然。

>>日本人は果たして正しいのか?
では、異教徒は果たして正しいのでしょうか?大上段に構える彼方も果たして正しいのやら。
サウジアラビアなど、子供の教科書の冒頭に「イスラム以外の宗教は全て誤り」と記載されているとか。もちろん、コーランにもそうありますが、己が正しいと思うのが宗教なのです。そして聖戦の名で異教徒虐殺を合法化。
http://blog.goo.ne.jp/mugi411/e/aa1c0a713daf155a2ad2e624378ed398

日本人が間違っていると思うなら、その具体的な根拠及び問題点を提示するのが筋というものでしょう。
ミートホープ事件は宗教とは無関係であり、犯罪として見るべき。偽造したのは問題ですが、少なくとも腹を壊した者はいない。輸入食糧だってアブナイ。この引き合いは完全な的外れ。

国が不安定になれば一番しわ寄せを受けるのはマイノリティですよ。他人よりご自分のことを考える方が先決でしょう。
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