トーキング・マイノリティ

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イスラム諸国と民主主義

2008-03-03 21:28:34 | 世相(外国)
 自称親米タカ派のとあるブロガーが、以前イランに関するTBを呼びかけており、書き出しにはこうあった。「イランに関する政治問題の全て。核開発、シーア派神権政治の脅威など多くの話題を期待しています。この国をレジーム・チェンジし、政教分離の近代的民主国家に生まれ変わらせるべきか?
 この一文を見て、私も考えさせられた。イランに限らずイスラム圏で政教分離型の近代民主国家は、イスラムという宗教がある以上、極めて難しいのではないか、と。

 曲りなりに政教分離、民主主義体制が確立している国にトルコが挙げられる。しかし、トルコはイスラム諸国でも極めて例外的なケースであり、イランやアラブ諸国とは異なる。インドネシア、マレーシアもトルコ型の民主国家と言える。トルコ同様選挙制度もある世俗国家だが、マレーシアはイスラムが国教となっていることは意外に知られていない。民主主義体制といえ、以上の3ヵ国は国の指導者が強権的な権力を振るうことも共通している。

 アラブやイランとなれば、民主主義はさらに後退する。一応選挙のあるイランと違い、湾岸諸国(サウジ、クウェートアラブ首長国連邦オマーンカタールバーレーン)に至っては立憲君主国はクウェート、バーレーンのみで他は選挙制もない専制君主制。2つの立憲国主国も政党活動は認められず、この体制に移行したのも21世紀になってからだ。ただ、神学者が介入するイランの選挙制を非難しても、湾岸諸国の非民主体制には「見ざる、聞かざる」を決め込むのが欧米のメディア。

 ムスリムはよくイスラムが他宗教より優れている理由の一つとして、「神の前における万人の平等」が聖典で明確に規定されていることを挙げる。それゆえ、欧米のデモクラシーよりもイスラム体制の方が優れていると説く者が少なくない。この“万人”には異教徒は対象外なのは言うまでもないし、国籍があっても非ムスリムなら参政権や公務員になる資格を与えぬことも珍しくない。そればかりか、同じムスリムでも強烈な縁故主義があり、平等には程遠い惨状なのだ。それでも神学者たちは、「コーランに示された真の民主政体」を高らかに説くが、イスラム史上このような政体など一度も実現したことはない。

 ただ、世界史の流れからも「基本的人権」「政教分離」を確立した国民国家という観念は、極めて新しいものであり、イスラム圏の後進性を糾弾するのは不公平だろう。中国など今なお選挙制もなく、夥しい思想犯、政治犯を収容所送りにしている程なので、この点ではイスラム世界より遅れている。「基本的人権」をいち早く確立させたのは欧米だが、ある日系アメリカ人ブロガーさんは、この観念はキリスト教から来ていると実に興味深い記事を書かれていた。だから、非クリスチャンのアジア、アフリカ人の基本的人権など顧みなかったのだ。もっとも、欧米キリスト教社会も信者間で「自由・平等・基本的人権」が真に確立されているか、現代でも疑問の余地がある。

 イスラムとは「(唯一絶対神に)絶対若しくは完璧に帰依、服従する」との意味。敬虔でもこの教義を完全には守れないのが大半の信者だが、宗教より「法律」や「体制」に近いものであり、政治、社会や文化まで規制するのが基本原理なのだ。当然、政治と宗教は別々のものでなく、「政治の地位」は「宗教の一部」に過ぎないのが実情である。ムハンマド時代のウンマ(イスラム共同体)を「真の民主政体」と見る者もいるが、事実上はムハンマドの独裁であり、後継者さえ定められず、それが後のスンナ派シーア派の分裂を産んでいく。

 イラク戦争にかなり思想的影響を与えたとされるイスラム学者バーナード・ルイスも、むしろ湾岸諸国のような石油資源の豊富な国が独裁、非民主的体制が続きやすいと著書で書いていた。石油などの資源に恵まれたブルネイもまた君主制である。しかし、ともすれば欧米人イスラム学者が民主主義を中東に吹き込みがちなのに対し、日本人学者の見方は異なる。日本のイスラム専門家で、中東に政教分離型民主主義体制が確立すると考えている人を、少なくとも私は見たことがない。
 欧米も建前は政教分離だが、実際は選挙以外でも宗教があらゆる機会に介入するのを、日本の欧米通は何故か伝えたがらない。日本のメディアがほとんど手放しで礼賛したヨハネ・パウロ2世が死亡する少し前、スペイン首相に「宗教をなしがしろにしている」と叱責したのを憶えている日本人がどれだけいるのか。

 マキアヴェッリは共和制について、意味深いことを述べている。
市民間に平等が存在しない国では共和制は成立しえず、存在する国では君主制は成立し得ない。
長期に亘って支配下に置かれ、その下で生きるのに慣れてしまった人民は、何かの偶然で転がり込んできた自由を手にしても、それを活用することが出来ない。活用する術を知らないのだ。

◆関連記事:「アメリカン・ダブルスタンダードの背景
イランは人権が保障される国
中東の笛-イスラム社会の縁故主義

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6 コメント

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Unknown (ルイージ)
2008-03-04 10:17:48
自称親米タカ派のブロガーって
http://soko-tama.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_9c73.html
ここで「(米国の)敵はショッカー」とか言ってる人?w

閑話休題

>湾岸諸国のような石油資源の豊富な国が独裁、非民主的体制が続きやすい<

これは、ありますよね。こんな番組もw
http://www.ntv.co.jp/dokusai/
国が豊かな分、とんでもない法律をつくっても
生活は豊かなので、満足度は高いと言う。
優秀な独裁者の国家は民主主義より高効率ですしね。

先月でしたか、トルコの学校がスカーフ着用を
認めるかどうかで軍を巻き込んで論争になっているとか。
返信する
権威と権力 (motton)
2008-03-04 10:52:51
権威と権力の分離が重要だと思います。
権力の行使には責任が伴いますから、もし権力と権威が同じところにあれば、権力の行使に失敗した時に権威も失墜します。(その結果、亡国にいたるわけです。)

例えば、立憲君主国家では国王は絶対不可侵・無問責ゆえに権力はありません。日本の明治憲法も現憲法も同じです。
また民主主義では、権力者が権力の行使に失敗した時に選挙という「合法的手段」で権力者から権力を奪うことが可能でかつ権力を奪われた元権力者も「法により安全が保障」されています。
これによって失政時の権威の失墜を最小限におさえ社会(法)の継続を保障しているわけです。社会の継続が経済活動に有益なことは言うまでもありません。

韓国やなんちゃって民主主義国は後者がダメで前権力者に報復を行うので権力者が権力にしがみつきます。その手段として権威を利用するので独裁者と化すわけですね。そして「非合法な手段」で権力者が除かれた時には権威も一緒に失墜します。
独裁国家だと権力者=権威なので権力者に無謬性が求められ大躍進政策なんかを引き起こします。毒餃子でまともな対応ができないのもそのため。

トルコの場合は、ケマル自身は望まなかったのでしょうがケマルを権威としたことでなんとか持っている様に思います。イスラム法を法源としていない(法の権威にイスラム教を利用していない)のも重要ですが。
でも他のイスラム国家はイスラム教を権威にしてしまっており権力者がそれを利用しているために、難しいですね。
資源のある国々は資源がある間は失政が目立たないのでいいのでしょうが。
返信する
Unknown (ルイージ)
2008-03-04 17:22:31
w消えてる

>湾岸諸国のような石油資源の豊富な国が独裁、非民主的体制が続きやすい<

http://www.ntv.co.jp/dokusai/oa/index.html
こんなのありましたね。

国家が豊かだと独裁者が多少おかしくても
満足度は低く無いと。
有能な統治者のもとなら民主主義より効率的だしね。

先月でしたかトルコで学校でのスカーフ着用を
許可するかどうかで軍を巻き込んで議論になっていたとか。

トルコ軍は伝統的に宗教分離派なので
スカーフ禁止を支持だそうですね。
返信する
コメント、ありがとうございます (mugi)
2008-03-04 21:50:12
>ルイージさん

彼方のご指摘どおり、例の御仁です。
成人後も特撮ヒーローシリーズを熱心に見るのは自由ですし、私の知人で主役のイケメン目当てに見ている主婦もいます。
ただ、“世界政治を論ずる本格派政治ブログ”管理人が、ショッカーの指定連発とは香ばしいですね。反中=米帝の手先と決め付ける“過激左派”と同じ発想。

不可解なのは自称親米の割に、米国文化に関する記述があまりないですね。仮面ライダーはやたら出てきても、米国の映画、音楽、文学の記事は見かけない。これなら私の方がずっと親米です。

紹介された番組を私は未見ですが、有能な指導者とは民主主義、専制体制共に至って少ないのが常ですね。民主主義ならダメ指導者を選挙で落とすことも出来ますが、独裁制では居座るから、これが最大のネック。

トルコのスカーフ問題、現首相がキャンパスでのスカーフ解禁に積極的ですしね。肝心の女性の意見は置き去りで、熱い政策論争となっています。スカーフ着用を支持する女性も少なからずいますけど。


>mottonさん

イスラムの成立自体、権威と権力が一体となっていましたね。
ムハンマドは英雄でもあり優れた指導者でもありますが、宗教の開祖で神から啓示を受けたとされたので、権力者=権威となりました。
イスラム国家のムスリム国民も政教一致を望んでいる者は、必ずしも多数派とは思えません。しかし、宗教(権威)を背景にしている者の力はとても侮れない。西欧もローマ法王の発言は時に一国の首相のものよりも重い。宗教を必要とする人間は絶えることがないので、この先も神の名で聖職者は政治に口ばしをはさむでしょうね。

トルコの場合、オスマン皇帝と神学者は車輪の両輪の如く、帝国を維持してきましたが、このため王政終焉で神学者も運命を共にしています。ケマルも宗教勢力を弾圧できたのは、皇帝が西欧の傀儡となり、神学者もまた皇帝の提灯持ちとなっていたから。対照的にイランは神学者(権威)はシャー(権力)に依存せず、国家から一種独立した存在だったため、欧米列強に抵抗を呼びかけることも出来たし、その役割を果たしています。

毒餃子の国も共産主義や毛沢東の権威を利用し、国家維持を図るのですが、建前としては宗教否定でありながら、イスラム国家とやり方はかなり似ています。反日や反米で国内世論を統一、憎悪を植えつける教育を施すのも。
返信する
Unknown (ルイージ)
2008-03-05 15:26:23
ショッカーも最初はネタだと思ってたら
本気なんですよね(汗
脱亜入欧とかサブタイトルにしてるし......


>不可解なのは自称親米の割に、
>米国文化に関する記述があまりないですね。

基本、あそこは英語の記事を訳して紹介してるだけ
なので、中身はないです(パクリともいうw)

と、思っていたら最新記事では2ちゃんで
自分のブログが紹介されてうれし~(;´Д`)ハアハア..

って記事ですねw
返信する
似非親米? (mugi)
2008-03-05 22:17:32
>ルイージさん

仮面ライダーの大ファンなのは結構ですが、毎度政治ネタに使うのはいただけない。
あれでは国際ボランティア要人に、「あなた、大きな見方をしないと駄目よ」と、子供扱いされても当然でしょう。

政治より文化紹介の方が、米国に対する好感度をアップさせるものなのに、何故政治にこだわるのやら。
2ちゃんの左翼を思い出しました。彼らは中国やイスラムを褒めちぎっていたのに、実際はあの文化圏のことをほとんど知らない。逆にこの地域に批判的な人の方が詳しい。本当のところ親中、親イスラムなど、ポーズだけ。

ブログは読まれてナンボの面もあるので、自ら2ちゃんに宣伝するブロガーまでいますよ。
ある元左翼ブロガーなど、わざわざ2ちゃんでサイトを書き込み、アクセスが100ちかくまでアップしてうれし~、なんて書いてました。元から2ちゃんジャンキーだった人物なので、今でもブログより掲示板に熱心なカキコをしていることでしょう。
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