消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

福井日記 No.209 スーパーシニアの格付けのまやかし

2008-01-13 08:55:16 | 格付け会社

 二〇〇七年一〇月三〇日、米大手証券メリルリンチのオニール会長兼CEO(最高経営責任者)がサブプライム・ローン関連で巨額の損失を出した責任をとって辞任し、同年一一月八日には、米最大大手金融シティグループのチャールズ・プリンス会長兼CEO最高経営責任者が辞任した。シティグループの場合、後任の会長がなかなか決まらず、後任が決まるまでの期間、元米財務長官のルービン経営執行委員会委員長が会長代行を務めた。

 シティグループは、同じく、サブプライム・ローン関連で多額の損失を計上することになった。二〇〇七年七~九月で約六五億ドルの保有債券の評価損を計上したが、さらに評価損の拡大や資本増強などが取り沙汰されて株価下落に歯止めがかかっていない。

 シティグループは、傘下の日興コーディアルを株式交換による三角合併で完全子会社化する方針で、二〇〇七年一〇月二九日、東京証券取引所から上場承認されたばかりであった(http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/economy/6917/)。

 HSBCホールディングスは、傘下の二つのSIV(Structured Investment Viehcle=仕組物投資ファンド) を徐々に解散し、これらSIVが保有していたモーゲージ債などの資産四五〇億ドル(約四兆九〇〇〇億円)を同社のバランスシートに計上すると発表した。その直後、同社株は売り浴びせられた。

 シティグループも、同社傘下の七つのSIVの総資産額八三〇億ドルのうち、四一〇億ドルを時間をかけて同社のバランスシートに移すことを決めたと『ウォールストリート・ジャーナル』紙(Wall Street Journal, November 36, 2007)が報じた。

 同社のサブプライム・ローン関連投資は、八八〇億ドル(約九兆五〇〇〇億円)で世界第二の規模である。二〇〇七年上半期時点では、第一の規模は、住宅ローン取り次ぎサービス最大手カントリーワイド・フィナンシアル・サービスの一二六〇億ドル(約一三兆六〇〇〇億円)であった。この会社もいまでは経営難に陥っている。

 シティグループが、サブプライム・ローン関連証券の保有を増加させたのは、住宅ローン取り次ぎサービス大手のAMCモーゲージ・サービスを買収したことによる。AMCモーゲージ・サービスは四五〇億ドル(約四兆九〇〇〇億円)のサブプライム・ローン関連証券を保有していた。この資産が増えたために、シティグループは上記八八〇億ドルのサブプライム・ローン関連証券を保有してしまったのである。

 しかし、サブプライム・ローン債券を担保にした債務担保証券(CDO)の評価損は大きく、シティグループは、二〇〇七年第三・四半期(七~九月期)に三五億ドル(約四〇〇〇億円)の評価損を処理し、さらに、第四・四半期にも八〇億~一一〇億ドル(約九〇〇〇億~一兆二〇〇〇億円)の評価損処理を行ったようである。さらに、二〇〇八年第二・四半期でも一五〇億ドル(約一兆六〇〇〇億円)の損失が見込まれるのではないかとゴールドマンサックス証券はシティグループの損失額を想定している。

 シティグループの人員整理は苛烈なものであった。二〇〇七年四月時点で、同社は全従業員の約五%に相当する一万七〇〇〇人もの人員削減を発表していたが、二〇〇七年一一月二六日には、その三倍の四万五〇〇〇人を削減することになりそうであるとCNBCテレビで報じられた。

 同社株は、二〇〇七年に四五%、ダウ工業株三〇種平均の中でワースト一であった。

 米大手金融機関、シティグループや、バンクオブアメリカ、JPモルガン・チェースという三行が中心となって、SIV救済のための銀行救済基金(スーパーファンド)を作る動きが二〇〇七年後半に出た。

 正式には、「マスター・リクィディティ・エンハンスマント・コンデュイット」(Master Liquidity Enhansment Conduit=M-LEC)と呼ばれるもので
、一〇〇〇億ドル(約一〇兆八〇〇〇億円)の資金を傘下金融機関から集め、SIVの劣化した資産を買い集め、三年後には再び売り戻すという計画である。すでに、二〇〇七年時点で一〇の金融機関から約六〇〇億ドル(約六兆五〇〇〇億円)を集めていた。しかし、HSBCなどはこれに参加せず、自力でSIVに保有している証券を処理しようとしていて、実際に同ファンドが動き出す前に、すでにSIVの資産はなくなってしまっていて、手遅れである可能性が高まってきた。

 米国の大手金融機関が設立しているSIVは三〇社ほどある。SIVは、ABCPという資産担保コマーシャル・ペーパーという短期の債券を起債して短期資金を市場から短期資金を低コストで調達して、モーゲージ(住宅ローン)や企業の売掛金を担保にした高利回り債券に投資する。大手金融機関がSIVを利用する理由は、税金逃避地(タックス・ヘイブン)に特別目的会社というSIVを設立し、そこを通して資金運用すれば、投資内容を秘密にすることができるし、税を逃れることができるからである。

 しかし、二〇〇七年八月には、クレジット市場が混乱し、SIVがABCPを発行しても、サブプライム・ローン関連での損失が明らかになったSIVのCPを買う投資家はいない。このために、SIVは、過去に発行したABCPの償還資金を調達できなくなってしまった。やむなく、SIVは保有しているモーゲージ債などを売却しなければならなくなった(http://www.gci-klug.jp/masutani/11/27/hsbc.php)。SIVに保有されている証券額の大きさは不明である。損失がどこまで増えるのかが分からないために、サブプライム・ローン問題は、底なし沼に落ち込んでしまったのである。

 シティグループは、二〇〇七年一一月、アブダビ投資庁(ADIA)から七五億ドル(約八〇〇〇億円)の出資を取り付けた。これは、シティグループの株式の四・九%に相当する。しかし、すでに、七五億ドルは失われていて、この程度の資金注入では、シティグループが苦境から脱する可能性は小さい。

 繰り返しになるが、サブプライム・ローン問題の深刻さは、金融機関が自社の損失額の全貌を明らかにしていないことに現れている。全貌を明らかにすれば、まず、その金融機関は取り付けに遭い倒産してしまうからである。

 メリルリンチのCDO償却額を見よう。同社は、二〇〇七年七~九月期にABS・CDOと他のサブプライム関連で七九億ドル(約九〇〇〇億円)の償却を行った。ABS(Asset-Backed Securities)というのは資産担保証券と訳され、債権を証券化したものである。RMBS(Residential Mortgage-Backed Securities=住宅ローン担保証券)もABSの一つである。各種ABSを束ねて証券化し、それをさらに、輪切りにしてデフォールト率ごとに分けて販売する証券がCDO(Collateralized Debt Obligation=債務担保証券)である。CDOは、有価証券担保の証券なので、ABSに含まれない部分も出てくる。したがって、ABS関連のCDOであることを明示するためにもABS・CDOという表現が行われる。

 各種CDOの格付けを行うのが、格付け会社である。トリプルAの格付けを得たCDOはスーパーシニアと呼ばれる。そのスーパーシニアがさらに危険度に応じて格付けされる。もっとも安全なものがハイ・グレード、つぎにメザニン、最後にCDOスクエアードと続く。しかし、ここに、奇妙なトリックがある。言葉の正しい意味では、ハイ・グレードがトリプルA、メザニンがダブルA、CDOスクエアードはBランクである。ところが、そもそもは低い格付けであるはずなのに、金融工学の計算からすれば、返済の優先順位が高いと判断されて、メザニンにもCDスクエアードにもトリプルAに格付けされるものが出てくる。このトリプルAに格付けされたメザニン、CDOスクエアードがスーパーシニアとして編入されるのである。

 これは、CDS(Credit Default Swap)というシステムを利用するところからきている。債権が債務不履行になったときに備えて、金融機関は金融保証会社に保証料を支払う。いざというときに、金融保証会社が債務者に代わって支払うという約束である。本来は、格付けの低いCDOが、トリプルAの格付けのある金融保証会社による支払い約束によって、格付けが一挙にトリプルAになってしまうのである。リスクが大きいからリターンは大きい。しかし、そのリスクを保険会社が引き受けてくれるので、投資家にはリスクゼロとなる。安心して危険なCDOを購入した投資家は、突然、格付け会社による格付けの引き下げに見舞われたのである。このような仕組みで新たに算定されたものがABX指数である。こうした魔術のような格付けをした格付け会社の責任は重い。

 メリルリンチが行った償却額七九億というのは、年間利益の三割、株主資本の二割に相当する。メリルリンチのABS・CDOは二〇〇七年第三・四半期で一五二億ドルあった。うち、スーパーシニアは一四二億ドルである。スーパーシニアのうち、ハイ・グレードが八三億ドル、メザニンが五三億ドル、CDOスクエアードが六億ドルであった。スーパーシニアに含まれていないABS・CDOは一〇億ドルであった。また、ABS・CDOではないが、サブプライム関連証券が五七億ドルあった。つまり、ABS・CDOとそれ以外のサブプライム関連証券の合計が二〇九億ドルであった。

 総証券二〇九億ドルのうち、七九億ドルが償却されたのだから、償却率は三八%という大きなものになった。ABS・CDOの償却率は四五%、うちスーパーシニアは二九%であった。当然だが、格付けの低い証券ほど償却率が高かった。もっとも大きいのはCDOスクエアードの五七%、スーパーシニアではないCDOは五二%であっった。そして、格付けが高くなるほど、償却率は小さくなる。メザイニン三七%、ハイ・グレード一九%であった。

 このように大きな償却がなされたのは、格付け会社による格付けが突然に大きく引き下げられたからである。

 しかし、これほどの大きな償却があっても、これはオンバランスに限ったものであり、SIVに運用させているCDOについては、償却の対象になっていない。

 メリルリンチが保有しているCDOのほとんどはスーパーシニアである。しかし、IMF推計によれば、発行されたCDO総額は約一兆一〇〇〇億ドルであり、うち、サブプライム関連は七〇〇〇億ドル、さらにそのうち四〇〇〇億ドルがスーパーシニア以外のCDOである。メリルリンチは、スーパーシニアのみを保有している。他の大手金融機関も同様であろう。とすれば、スーパーシニア以外のメザニン以下のCDOは、大手金融機関以外のヘッジファンド、中小銀行、機関投資家、保険会社によって保有されていることになる。この市場価格の下落率が非常に大きいのである(大中道康浩「サブプライム問題」、Economist Column, 二〇〇七年一一月一六日、第七号)。

 こうしたCDOの多くが無価値となってしまった時の金融危機はとてつもなく大きなものになるだろう。

 格付け会社の格付けの急激な変更によって、CDOの価値破損が急激に進行している。二〇〇七年一一月一三日、JPモルガン・チェースが、損失の程度を発表した。CDOの基となっている住宅ローン担保債権の格付け引き下げによって、スーパーシニア分類のCDO二八本のうち、八本がジャンク級になってしまったというのである。これは、二〇〇七年一〇月半ばの格付け会社による格付けの引き下げがかつてないほどの大規模なものだったからである。

 JPモルガンのABS・CDOは、約六八五〇億ドルで、うち、三二二〇億ドルがスーパーシニアであった。ところが、二〇〇六年に組成されたスーパーシニアのCDOは、額面に対して二〇~七〇%も、割り引いて取り引きされるだろうと同社は観測している(http://www.bloomberg.com/apps/news?pid=infoseek_jp&sid=aEY7UHN75p21)。

 もはやCDO市場は崩壊してしまっているのである。 

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