この懐かしき本たちよ!

まだ私の手元に残っている懐かしい本とそれにまつわるいろいろな思い出、その他、とりとめのない思いを書き綴りたい。

#34 サマーセット・モーム「人間の絆」(Don't you want to marry me?)

2005年03月03日 | 英米文学
青春というのは必ずしも明るいものではない。生きるのに苦しい時期なのかも知れない。それぞれの人が青春をもがきながら生きているのかも知れない。W. Somerset Maugham(1874-1965)の「人間の絆」(Of Human Bondage)を読むとそう感ずることがある。

この小説は母親の死の場面で始まる。9歳で孤児になった主人公フィリップは、叔父夫婦に育てられながら淋しい中で大きくなる。読者の唯一の救いは子供のいない叔母のフィリップへの愛情だ。寄宿舎に入れられた後も、足が悪いフィリップは友人達のいじめの中でつらい生活を送る。

自分の2倍もの年齢のひどく年の離れた年上の女性Mrs. Wilkinsonとのはじめての性の経験も愛の交歓というには程遠い。読んでいてもあまり楽しくない。

どうしようもないMildredという女を好きになって、何度裏切られても彼女が現れるたびに執着するフィリップ。読んでいて読者までいらいらし、やりきれなくなる。

しかし、最後にSallyという素直な家庭的な女性にめぐり合い、トラファルガー広場にあるナショナルギャラリーでプロポースする最後の場面は、読んでいてほっとする。

“I wonder if you’ll marry me, Sally?”
She did not move and there was no flicker of emotion on her face, but she did not answer.
“If you like.”
“Don't you want to?”
“Oh, of course I ‘d like to have a house of my own, and It’s about time I was settling down.”
He smiled a little. He knew her pretty well by now, and her manner did not surprise him.
“But don’t you want to marry me?”
“There is no one else I would marry.”
“Then that settles ti.”
“Mother and Dad will be surprised, won’t they?”
“I’m so happy.”
“I want my lunch,” she said,
“Dear!”
He smiled and took her hand and pressed it. They got up and walked out of the gallery. They stood for a moment at the balustrade and looked at Trafalgar Square. Cabs and omnibuses hurried to and fro, and crowds passed, hastening in every direction, and the sun was shining.

この時主人公フィリップの年齢は30歳だったようだ。
この長い小説の最後である。
私もほっとして読み終えたのを思い出す。私はその時19歳だった。これから青春を迎えるという頃だった。

この本はアメリカのPocket Book 版でAbridgedされている。わざわざ著者がその趣旨に賛同して短くしている旨の前書きがついている。

この本は私が最初から最後まで読み通した始めての英語の小説である。私は志望の大学の受験に失敗して東京で予備校に通っていた。英語の勉強も兼ねて暇を見てはこの小説を読んでいたが、モームの平易な文章に幸いされて最後まで楽しみながら読みきった。
 
どうしようもないMildredという女への執着や、平凡な家庭的な娘 Sally と結婚することを決めて暗い青春の終わりを告げるこの小説の終わり方は多少類型的で私は不満をおぼえた。この小説はモーム自身の暗い青春を描いているようでもある。

表紙には宣伝文句の”The greatest novel of our time”と書いてある。

紙もすっかり変色したこの本が本棚のすみから出てきたときには、懐かしい思いで一杯になった。
本当に懐かしい本だ。  (おわり)
W. Somerset Maugham著 「Of Human Bondage」(Abridged版)373ページ 米Pocket Book Inc. 1953年8月第3刷 

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