「酒場放浪記」に登場した店を総評して、「八割はどうでもいい店、一割はそこそこよい店、行ってみたいと思うのは残りの一割」と
以前申したことがあります。京都と大阪は例外的に粒揃いだという
事実についても述べました。都内でも、上記の経験則にかかわらず、行ってみたいと思う酒場が集中している場所はあります。浅草から千住にかけての一帯です。先ほど訪ねた「丸千葉」もその一つだったわけなのですが、同じく注目していた「遠州屋本店 高尾」が至近距離にあると分かり、三軒目は必然的に決まりました。
この店の何が目にとまったかといえば、見るからに老舗と分かる端正な店構えが一つ。大衆的な「丸千葉」とは一味違う、むしろ「志婦や」に近い洒脱な雰囲気が一つといったところでしょうか。実態はその印象とおおむね一致していました。
まず、屋号を入れた白い暖簾をくぐると、玄関にはさらなる暖簾が地面に対してハの字型に二本架かっており、右へ進めば客席、左へ進めばカウンターの中という造りです。そのカウンターには艶やかな一枚板が奢られ、頭上には立派な扁額が架かっており、小上がりは同じ色合いの板の間に仕上げられるなど、上質な木材を要所に使った店内には好感が持てます。
手元にあるのは二枚に分かれた酒の品書きのみで、そのうち一枚には地酒が記されています。裏表合わせれば十種以上、もう一枚にも常備の酒が数種あるため、数にすればかなりのものです。その中から目についた「風の森」を選ぼうとしたところ、あいにく品切れとの返答があり、代わって品書きにはない「開華」なる佐野の地酒を勧められました。有名どころをあえて避けた通好みの品揃えからしても、品書きに記された各銘柄の寸評からしても、地酒には一家言を持つ店のようです。
上記の通り手元に肴の品書きはなく、カウンターの頭上に並んだ短冊と日替わりの黒板が全てになります。その黒板は一品目を注文すると下げられ、所望しない限り再び出てくることはありません。品書きをざっと眺めて組み立てを考え、あとはそれに従い一品二品注文していくという流れは、上質な肴とともに酒をしみじみ味わうのに向いており、実際のところ分量も二人で分けるには控えめ、独酌には必要にして十分といった塩梅です。「丸千葉」でたらふく食い、飲み足りなければここへ来るという使い分けが好適と見え、実際のところ「丸千葉」の先客が二組ほど流れてきました。あちらを「陽」とするなら「陰」と形容するのがふさわしい、いぶし銀の存在感を放つ名酒場です。
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遠州屋本店 高尾
東京都台東区清川1-35-5
03-3871-4355
1700PM-2300PM(LO)
水曜定休
開華・出雲富士
お通し(さやえんどう)
地あじ
山菜天ぷら