九州と山陽を渡り歩いた五日間の旅は、福山という思わぬ場所で完結することになりました。しかし、大トリを飾るにふさわしい役者が福山には控えています。「源蔵本店」と並ぶ広島の大衆酒場の双璧「自由軒」です。
「酒場放浪記」に登場した600以上の店にも玉石混淆様々なものがある中、行ってみたいと思わせる数少ない名店の中には、京都の「伏見」に大阪の「酒の穴」など、なぜかコの字カウンターの大衆酒場が多いような気がします。「自由軒」もその一つです。
前回座った入って左手の長辺に対し、今回は右側の長辺に座りました。その結果気付いたことがあります。左側の壁にはご飯ものと定食の短冊が並ぶ一方、肴の短冊は右側の壁に並んでいるため、右側の長辺に座ると肴の品書きが見えないということです。ただし、日替わりのホワイトボードは左側の壁にあり、当然そちらの品を優先して選ぶことになる以上、結果的には右側に座った方がよいのかもしれません。特等席といえるのは、暖簾をくぐってすぐのところにある、おでん舟を囲むカウンターの先端部でしょう。ここなら目の前にあるおでんを見ながら注文でき、左右両側の品書きも見えます。店の造りを観察するだけでも楽しめるのは天晴れです。
ホワイトボードには竹の子、たらの芽、新玉ねぎ、こごみにアスパラと、様々な山菜野菜の天ぷらが並び、さらには木の芽和え、空豆、ふきの煮付けといったところに季節感が表れています。昨日訪ねた「なわない」にしてもそうでしたが、暦が立夏を過ぎた一方で、酒場の品書きはまだ春模様です。その中から赤丸で一押しされたこごみをまず選び、鰹のたたき、木の芽和えにおでんを一品加えて、最後はご飯ものを選ぶということで腹は決まりました。
オムライスが名物らしく、前回訪ねたときも隣客が注文していたオムライスがうまそうだったのを記憶しています。しかし、列車の時刻が決まっている関係上、提供時間が早そうなカレーをあえて選択。そのカレーは一見すると缶詰風でありながら、果物の風味を生かしながらもかなりの辛口に仕上げられており、そこらの既製品とは全く別次元の逸品でした。
大衆酒場の正統派というべき店の造り、安くておいしい肴もさることながら、店内で繰り広げられる人間模様もまた楽しいものがあります。カウンターの手前側には女将と思しきおばちゃんが立って接客をこなし、奥の厨房とを隔てる位置に店主が立って全体を差配。厨房では何人ものおばちゃん、お姉さんと料理人が的確に動き、注文したものはこちらの狙った通りの間合いで運ばれてきます。左右の席に常連の一人客が入れ替わり立ち替わり現れ、女将と、あるいは常連同士で挨拶を交わすといった雰囲気も秀逸。これなら常時満席の賑わいも宜なるかなです。腹も心も満たされて、最後は店主に「行ってらっしゃい」と見送られつつ立ち去ります。
★
自由軒
福山市元町6-3
084-925-0749
1100AM-2200PM
火曜定休
生ビール・清酒
かつおのたたき
こごみ天ぷら
木の芽和え
ロールキャベツ
カレー