教祖の推奨店の中で、素通りを繰り返している店がいくつかあります。その街には何度も足を運んでおり、他の推奨店で呑んだことはあるにもかかわらず、特定の店にだけ行っていないという点で、文字通りの素通りです。札幌にもその手の店が残っていました。本日訪ねる「あんぽん」です。
素通りとなる理由はいくつかあります。最も典型的なのが、一軒だけ繁華街から外れているというもので、例としては金沢の「魚常」、長崎の「朱欒」などが挙げられます。他の店が秀逸すぎて出番が来ないという場合もあり、こちらの例が会津若松の「鳥益」、富山の「やつはし」などです。それに対し、この店を長らく素通りしてきた理由の一つが、牡蠣を売り物にしているという点でした。
実は、自分自身魚類以外の水産物には全くといっていいほど興味がありません。蟹、貝、ウニ、ホヤ、ナマコなどがまさにそうで、なぜ世間があれほど珍重するかが全く理解できません。去年新潟で、牡蠣の専門店にそうとは知らずに入ったときにも、注文には非常に迷ったものです。それだけに、「厚岸産殻かきの店」と看板に大きく書かれたこの店にも、必然的に食指が伸びづらかった次第です。もっとも、牡蠣の店とはいってもそれ一辺倒ではないでしょう。他の品でどれだけ楽しめるかという興味もあり、今回初めて暖簾をくぐりました。
長らく素通りしてきた店でも、一度訪ねてみればさすがと納得させられることが多く、先日は青森の「ふく郎」で同様の経験をしました。個人的にはいささか懐疑的であったこの店も、結果としては上々の店だったということになります。
場所は年季の入った雑居ビルの三階。行灯のある通り沿いから階段を上って、踊り場にある二つ目の行灯を通り過ぎ、その先で折れ曲がった階段をさらに上がると、それが尽きたところに三つ目の行灯があります。店先には品書きも何もなく、木製の扉は古いスナック然としていて、一見客には近寄りがたい店構えです。先達の導きがない状況では、とても暖簾をくぐろうとは思わなかったでしょう。しかし、意を決して暖簾をくぐると、古びた味わいのある店内が広がっていました。
直截にいうなら炉端焼きということになるでしょう。囲炉裏を中心にしたコの字のカウンターは、釧路の「炉ばた」「万年青」といった有名どころを二回りほど小さくしたもので、お客の肘で磨かれ角の取れた分厚い一枚板が、控えめな行灯に照らされて鈍い艶を放っています。寄棟の形をした簾天井、黒光りする壁面の羽目板も、一朝一夕で作り出せるものでありません。ジャズピアノの調べがさりげなく流れる店内は、一人静かに酒を酌むにはおあつらえ向きです。
カウンターに立つのは、豹柄の服をまとった、一見するとスナックのママと思しきおばちゃんで、教祖の著作に登場する老練な女将とは明らかに別人です。先客の口から「先代」という言葉が出てくることからして、おそらく当時の女将は引退し、このおばちゃんが後を継いだということなのでしょう。しかし、見た目こそスナックのママとはいえ、一見客にも懇切丁寧で、なおかつ付かず離れず適度な距離を保った客あしらいは堂に入っています。暖簾で仕切った厨房の向こうには、三厘刈り作務衣姿のもう一人が調理をこなしており、おばちゃんを入れた二人で店を差配しているようです。
唯一の懸念材料だった品書きも、蓋を開ければ杞憂に終わりました。品書きの筆頭にあるのはもちろん厚岸産の牡蠣ながら、それはあくまで品書きの一つに過ぎません。刺身、焼物、一品料理に食事類と必要にして十分な数が揃い、しかもそのどれもが北海道らしく、眺めるだけでも楽しいものがあります。
このように、酒、肴、客あしらいに居心地と、どれをとっても申し分のない名店です。これならもっと早く来るべきだったかと軽く後悔させられるのは、「ふく郎」を訪ねたときと全く同じ結果となりました。牡蠣を理由にこの店を素通りしてきた自分は、今までかなりの損をしたということになりそうです。
★あんぽん
札幌市中央区南五条西4 ススキノ銀座通
011-551-8877
1730PM-2330PM
男山三合
お通し(めふん)
こまいルイベ
鮭の焼きづけ
岩のり汁
素通りとなる理由はいくつかあります。最も典型的なのが、一軒だけ繁華街から外れているというもので、例としては金沢の「魚常」、長崎の「朱欒」などが挙げられます。他の店が秀逸すぎて出番が来ないという場合もあり、こちらの例が会津若松の「鳥益」、富山の「やつはし」などです。それに対し、この店を長らく素通りしてきた理由の一つが、牡蠣を売り物にしているという点でした。
実は、自分自身魚類以外の水産物には全くといっていいほど興味がありません。蟹、貝、ウニ、ホヤ、ナマコなどがまさにそうで、なぜ世間があれほど珍重するかが全く理解できません。去年新潟で、牡蠣の専門店にそうとは知らずに入ったときにも、注文には非常に迷ったものです。それだけに、「厚岸産殻かきの店」と看板に大きく書かれたこの店にも、必然的に食指が伸びづらかった次第です。もっとも、牡蠣の店とはいってもそれ一辺倒ではないでしょう。他の品でどれだけ楽しめるかという興味もあり、今回初めて暖簾をくぐりました。
長らく素通りしてきた店でも、一度訪ねてみればさすがと納得させられることが多く、先日は青森の「ふく郎」で同様の経験をしました。個人的にはいささか懐疑的であったこの店も、結果としては上々の店だったということになります。
場所は年季の入った雑居ビルの三階。行灯のある通り沿いから階段を上って、踊り場にある二つ目の行灯を通り過ぎ、その先で折れ曲がった階段をさらに上がると、それが尽きたところに三つ目の行灯があります。店先には品書きも何もなく、木製の扉は古いスナック然としていて、一見客には近寄りがたい店構えです。先達の導きがない状況では、とても暖簾をくぐろうとは思わなかったでしょう。しかし、意を決して暖簾をくぐると、古びた味わいのある店内が広がっていました。
直截にいうなら炉端焼きということになるでしょう。囲炉裏を中心にしたコの字のカウンターは、釧路の「炉ばた」「万年青」といった有名どころを二回りほど小さくしたもので、お客の肘で磨かれ角の取れた分厚い一枚板が、控えめな行灯に照らされて鈍い艶を放っています。寄棟の形をした簾天井、黒光りする壁面の羽目板も、一朝一夕で作り出せるものでありません。ジャズピアノの調べがさりげなく流れる店内は、一人静かに酒を酌むにはおあつらえ向きです。
カウンターに立つのは、豹柄の服をまとった、一見するとスナックのママと思しきおばちゃんで、教祖の著作に登場する老練な女将とは明らかに別人です。先客の口から「先代」という言葉が出てくることからして、おそらく当時の女将は引退し、このおばちゃんが後を継いだということなのでしょう。しかし、見た目こそスナックのママとはいえ、一見客にも懇切丁寧で、なおかつ付かず離れず適度な距離を保った客あしらいは堂に入っています。暖簾で仕切った厨房の向こうには、三厘刈り作務衣姿のもう一人が調理をこなしており、おばちゃんを入れた二人で店を差配しているようです。
唯一の懸念材料だった品書きも、蓋を開ければ杞憂に終わりました。品書きの筆頭にあるのはもちろん厚岸産の牡蠣ながら、それはあくまで品書きの一つに過ぎません。刺身、焼物、一品料理に食事類と必要にして十分な数が揃い、しかもそのどれもが北海道らしく、眺めるだけでも楽しいものがあります。
このように、酒、肴、客あしらいに居心地と、どれをとっても申し分のない名店です。これならもっと早く来るべきだったかと軽く後悔させられるのは、「ふく郎」を訪ねたときと全く同じ結果となりました。牡蠣を理由にこの店を素通りしてきた自分は、今までかなりの損をしたということになりそうです。
★あんぽん
札幌市中央区南五条西4 ススキノ銀座通
011-551-8877
1730PM-2330PM
男山三合
お通し(めふん)
こまいルイベ
鮭の焼きづけ
岩のり汁