A black cat and I・・・☆

人生、前向きに…!乳房再建等5回目の手術を経験して、今は既往症や趣味や猫の事など、日々の出来事を適当に綴っていきま~す。

ランチョンセミナー【乳がんとQOL】

2009-03-28 | 患者会&がん友
今日の11時より、広島市内の某ホテルで、
ブレストケア・ピンクリボンキャンペーンin広島実行委員会の主催による
ランチョンセミナーが開催されました。



第一部は基調講演。
講師は、外科・緩和医療学講座教授の東口高志氏。
タイトルは「食べて癒す~愛情溢れるケアとは~」

簡単に講演内容をまとめてみると………

外科医、代謝栄養の専門、終末期の緩和医療の3つのわらじを穿いている東口氏。
七栗の湯で有名な三重県にその緩和ケア病棟でもある、七栗サナトリウムがあります。
創設者でもある藤田先生が、1987年にゴルフ場・温泉・研究所としてこの地を買い占めてリゾート地にし、
医療をする病棟を建てました。

現在は“緩和ケア”として認可されており、がん治療をどのようにするか?
(死)までの起動を変えれば、長生きができるのではないか?
というような終末医療に取り組んでいます。
今までは、ただ見ているだけの治療だったんです。
だけど、話をするだけで患者さんの代謝が制御され、また心の状況を変えるだけでリラックスできるんです。


十数年前までは、誰も知らなかったのですが、
腸の中の菌を少しだけ“酸性”にするだけで腸がスッキリするんです。
特に味噌は細菌をコントロールするので、肝臓にもいいのです。
そのことで、院内感染も撲滅するんです。
腸や肝臓が元気がないと、抗がん剤の治療効果にも関わってくるのです。
人は心配事があると体が弱くなり、感染しやすくなり、
亡くなるときはがんで亡くなるのではなく、感染で亡くなるんです。


弛緩治療に代謝栄養学を取り入れることにより、栄養管理は治療になります。
全ての治療に共通するものです。
不幸か幸せかで、命の長さに差が出てくるんです。

緩和医療の問題点
1.環境づくり・整備・維持の不徹底
2.癒しの概念の未浸透
3.不適切なペインコントロール
4.不十分な症状増悪の取り組み
5.不確実な栄養療法
6.がん治療であるとの自覚不足


初めてこのサナトリウムに来られた患者さんとは、
インフォームドコンセプトとして、とことん話をしていきます。
最初にきちんとした話をした方が、患者さんや家族が納得するし、
後々での話が少なくなるんです。
疼痛だけではなく、インフォームドコンセプトで話すことにより、心の痛みもなくしていくんです。



緩和医療の新しい試み・五本柱
1.緩和ケアNSTの設立
2.全人的医療の実践
3.癒し環境の病棟
4.コミュニティーの確立
5.腫瘍学の導入





第1.緩和ケアNSTの設立

緩和ケアでは、経口摂取が基本です。
入院時、寝たきりや床ズレ、そして肺炎を起こしていた患者さんが
経口によりエネルギーを蓄えることによって、元気になっていくんです。
そして、最後の最後までエネルギーを使うことによって、スーーーっとして亡くなっていくんです。
エネルギーを全て使うことによって苦しむことなく、スーーーっと亡くなっていくんです。
十分な治療をしてもらったことで、納得して亡くなって行ったのです。


第2.全人的医療の実践

今や男性は二人に一人が、女性は三人に一人が、がんでなくなっていきます。
消化酵素・消化吸収力の低下が原因なので、腸を使うようにしましょう。
GFO療法は、ほんの少量のグルタミンで腸を生き生きさせ免疫力をアップさせます。
腸が動くこと唾液が出てきて、口の中が綺麗になってくるんです。
そのことによって、味が戻るし、匂いがわかるんです。
基本的なことをするだけで、患者さんは生き生きしてくるんです。
口から投与するものは免疫力をアップさせ、免疫機能促進により感染対策になります。
なので院内感染は、GFO療法がキチッと出来ていたら少なくなっていくんです。


第3.癒し環境の病棟

このサナトリウムには、スタッフが病棟コンシエルジュとして活躍しています。
病院の『癒し環境』を変えようということで、患者からのオーダーによりいろんな事を意識改革しています。
その一つが、病院の庭へいろんな球根を植えたことです。

病院内にはいろんな絵画が飾られていますが、それもコンシエルジュが選んで飾っているんです。
通常、絵画の高さは私達の目線なのでかなり高い位置に飾られています。
が、この病院では、車椅子で来られる方に対して目線を合わせようということで、
約140cmの位置に下げているんです。



第4.コミュニティーの確立





第5.腫瘍学の導入

がんの痛みを取り除いて生活環境を整えることにより、長生きに繋がることがあります。
生きたいという気持ちがあるかないかにもよりますが、健やかに元気に生きることで命をまっとうすることができるんです。
そのためには身体にも心にも優しいがん治療が必要です。
それは、栄養管理をすること。




注:セミナーの内容を簡単にまとめましたが、私なりにまとめましたので、
   実際に先生が言われた表現とは違った表現をしていることがあるかもしれません。
   どうぞご了承下さいませ。




さあ、セミナーが終了して待ちに待ったランチの始まりです。
3回目のランチョンセミナー。
前回までのフランス料理に続いて今回は和食です。



黄色の点々は照明が写っているんです。

スイーツトマトのコンポートとゼリーのせブランマンジェです。


こうして、2時間半のランチョンセミナーは幕を閉じました。
定期的にセミナーに参加して、がん仲間とのいろんな情報交換や近況報告により、
楽しい時間を過ごすことができました。
普段病気のことを話す相手がいない私にとって、
新しい『がん友』との出会いもあり、病気のことをあれこれ話すことができたので、
かなりすっきりして帰ることができました。
次回のランチョンセミナー、いつになるかわかりませんがまた楽しみにしています。

そうそう、お味噌はお土産で、
トマトとキヌサヤは会場の入り口で販売していたので購入しました。
取れたて、新鮮でっせぇ~~~(^^)v
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お誕生日のお食事会(^^♪

2009-02-18 | 患者会&がん友
昨日は、前の職場の同僚と久々に会い、お食事に行ってきました。
たまたま同じ派遣元で、ちょっとした話題から彼女が大腸がんを患ったということがわかった。
がんが出来た場所は違うけど、がんと戦った経験を持つ彼女とはすぐにいろんな事を話せる仲になってきた。

その彼女と昨年末に街でばったり会い、今度新年会をしようと言うことになっていたんだけど、
お互いの都合がなかなかつかなくって、昨日やっと一緒にお食事に行くことができた。


今はお互い違う場所で働いているので、近況を話し合った。
そして、話題は自然と病気の話になっていった。
彼女には2~3人のがん友がいるみたいで、
しょっちゅう会っては情報交換をしているようだ。
その友人の中には、私と同じ乳がんを患った人もいた。
友人は昨年の夏、仲良くしていた友人(A)さんととても辛い別れがあったようで、その話をしてくれた。


その話は3年ぐらい前にさかのぼって行った。
ある時Aさんは、右胸に違和感を覚えました。
取り合えず近所にある総合病院に行ったんだけど、診断してもらったら乳がんと言われ、
それもステージⅢ。
そこの先生とあまり相性が良くないので、彼女はセカンドオピニオンを探していた。
ちょうどその時に乳がんの手術で有名な“な○○”何とか、
と言う先生が一週間に一度福岡の某病院で診察するという話を聞いた。
Aさんは折角治療をするなら、乳がんの手術で有名な先生にしてもらう方がいいと思い、
その先生の手術を受けることにしました。
手術方法は、乳房全摘手術+乳房同時再建。
手術は成功して、切除した右胸にはシリコンが挿入されました。

(私の友人は、乳がんのことはあまり詳しくないので、右胸に入れたのが
エキスパンダーかシリコンかは不明と言ってました。
私が思うには多分、エキスパンダーを入れて生理食塩水を挿入し、
ある程度膨らんでからシリコンに入れ替えたと思います。)


彼女は手術で右乳房を切除したにもかかわらず、すぐにシリコンを挿入したことで、
乳房の喪失感を味わうことなく元の膨らみを取り戻すことができました。
そして、がんのステージが“Ⅲ”にも関わらず、彼女は抗がん剤治療も放射線治療もしませんでした。
それから1年立ち、手術した右胸の脇辺りに汗疹みたいなブツブツが出来ました。
夏でもないのに何で汗疹が出るんだろう~と不思議に思っていたそうです。

が、その後の検診の結果、汗疹ではなくて、ガンが転移していることが判明。
その時には、他の内臓や脳にも転移していたそうです。
そして、その時初めて抗がん剤治療が始まりました。
抗がん剤の治療と言えども、人それぞれに現れる副作用があるのですが、
白血球の減少や脱毛は誰でも経験する副作用です。

友人は、Aさんのことが心配になり、しょっちゅうお見舞いに行っていたそうです。
初めて抗がん剤治療を経験したAさんは、髪の毛が抜け、
体力が落ちて白血球も減少して、体重もどんどん減っていったそうです。
そして、会う度に彼女の表情が暗くなり、可哀相なくらいやつれていったそうです。
結局、治療の甲斐もなく残念ながら昨年の夏に天国に召されたそうです。


このような話を聞くと、乳がんが全身のがんだということを改めて実感させられた。
また、どのような治療を選択するかによって、また先生や病院の選び方によって、
こんなにも変わってくるのですね。
ちなみに彼女が知り合いの医者にAさんのことについて、色々と尋ねてみたそうです。


『“な○○”何とかと言う先生は、とても有名な方でテレビにも多く出演されていて、
あまりの忙しさで勉強する時間がなかったのではないか?
また、美容形成外科の先生なので、確かに乳房を美しく作ることはできた。
普通、ステージⅢだと、まず抗がん剤治療、放射線治療、手術の後に、乳房再建を考えていくんだけどね。。。』
まあ、このように言われたかどうかはわからないけれど、
この話を聞いて、セカンドオピニオン、また、サードオピニオンの存在がいかに大きいかを改めて感じた。


Aさんのご冥福を心よりお祈りいたします。
そして、私もいつかは通る道なので、
それなりに気を引き締めて過ごして行きたいと思います。
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お勧め♪

2007-10-29 | 患者会&がん友
最高の医療をうけるための患者学 (講談社+α新書)
上野 直人
講談社

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昨日のセミナーで、先生が紹介された著書です。
賢い患者になるために読むことをお勧めします。
また、アメリカと日本の医療の現場の違いがわかっていいかも…。。。
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セミナー♪

2007-10-28 | 患者会&がん友
中国新聞ホールで開催されたがん医療を考える市民フォーラム、
がんの痛みの克服をめざして』に参加してきました。

がん友のルーちゃんに誘われたので12時に待ち合わせ、
よく行くアストラルで、ランチして会場に向かった。

今日のプログラムに沿って、最初の特別講演が始まった。
「What You Should Know About Cancer がんについてしっておくべきこと」
アメリカでがん医療をされている先生のお話。
とにかく話の内容がとても面白かったです。

現在のがん治療は、手術、抗癌剤治療、放射線治療、ホルモン療法、標的療法、代替療法、免疫療法の7つ。
進行した治療の選択は、新薬、診断検査により無限の可能性がある。
その前にアメリカと日本の医療の違いは…。
①医療従事者に甘い。
②患者に甘い。
③消費者としての厳しさ・違いはない。

チームオンコロジー(腫瘍学)がんのチーム医療の定義は、
医療従事者ががん患者のニーズを考えて、
がんの治療とケアを目指して連携プレーをすること。
エビデンス(臨床試験などの研究データ)に基づいた判断が大事。
そして、ハイレベルながんの研究を目指して連係プレーが大事。

5年前の治療と今の治療では全く違うので、何を目標にするか?
それは『患者の満足』。
医師中心のがんチーム医療が、同じ病院の中でいかに同じ話をするかが、
病院を選ぶ基準になる。
例えば、この先生とあの先生は言うことが違うって言うことがあったら、
チーム医療としてその病院は成り立っていないこと。
それぞれの職種が意見を出し合って患者の治療をするのがチーム医療なので、
医者ができる範囲でいろんな人達が働いてチーム医療が成り立っていくのだ。

その心構えとして、
チームA…患者を対象に直接的に医療を提供する医師・看護師・放射線技師等の問題解決型。
チームB…主観のケア、患者の物語の能動的な聞き手である、ソーシャルワーカー・カウンセラー等の対話型ケア。
チームC…自己満足や決定を促すことで、患者のニーズを間接的にサポートし、評価的でない傾聴をする家族・友人等。
ABCのいい関係を保つには、マインドセット(心構え・思考態度)の比率を変化させるために患者の話を聞いてあげて、病気を治す満足度の高い生活の質を求めるようにする。

標準療法・臨床試験・生活の質の向上が、がんの最新医療であり、
患者は、治療の完全な納得と理解をするために、証拠・根拠になるいい医療を追求する必要ある。
そのために患者がする事は…、
①病状を全て知る
②証拠を知る
③患者が医療を知る

最高の医療を受けるための9か条
・焦らない。がんは慢性病
・医師の話に内容を取得
・医師の話をわかり易くする
・質問上手になる
・意思の話の内容を消化する
・標準治療なのか?
・治療方法を決める
・自分の希望を伝える
・恐れずに果敢にチャレンジしよう
(言葉的におかしかったらごめんなさい。自分がメモッた字が読めません)

先生が強く言われていた言葉は、
がん患者は医療従事者のいいなりにならないで、治療方法を言われたら、
それは標準治療かどうか?それをすることによってどうなるか?etc、、、
自分が納得するまで事細かに説明を求めることが大事だと言われていました。
いい医療をするには患者の満足度が大事なので、医療従事者からのおまかせの治療はNGです。
患者の主張をキチンをいいなさいと言われてました。


次の基調講演では「がんの痛みは克服できる」。
あるがん患者さんの在宅の緩和ケアについて、
投与した薬の名前の説明も一緒にしてくださいました。
先生が常に言われていた言葉は
『痛みは我慢しないで、24時間電話連絡できるようにしたこと』だそうです。
痛みを除去すれば、緩和ケアは病院でも在宅でも出来るそうです。


休憩を挟んで後半はパネルディスカッション。
「患者中心のがん医療と痛みの克服を考える」でした。
最後にQ&Aがあり、その回答を一部載せます。

Q:痛みのコントロールはできるのか?

A:医者は痛みに関してあまり関心がない。
そして、患者はモルヒネに対してアレルギーを持っている。
なので、痛みに対して薬をコントロールすれば痛みが和らぐと言う教育が必要。
アメリカでは痛みを90%以上除去しているので、治療のマネージメントが必要。
痛みをとるのが患者の権利で、モルヒネは容量の限度がない。
痛みのレベルは、頭痛や発熱と同じでとにかく痛みをとるのが大事。
そのためには痛みの変化を数字であらわして記録し、痛みをとる意識改革をする。


Q:抗癌剤治療は副作用を抑えるために薬の量を押さえてもいいのですか?

A:最初から低容量治療をすると効く薬も効かなくなるので、それはNG。
抗癌剤治療をすることによって命を縮めることがあるので、抗癌剤治療をしないという選択もある。
副作用で食事が取れなくなった時に点滴で食事を補うと命を縮めることがある。
食事はQOLを高めるものだから、もし、入院中ならパジャマで食事はせずに服を着替えて、普段の生活の状況で食事をする事をお勧めします。


Q:セカンドオピニオンはどのようにすればよいか?

A:主治医に“診療情報提供書”を書いてもらい、セカンドオピニオンをとること。
ただし、がん難民にならないために、自分が主治医に言われたことをキチンと理解し、納得した上で更に必要な場合にお願いすること。


Q:痛みをとるためには?

A:生きるために戦っているので、前向きに考えるようにする。
大体の痛みはモルヒネで取れるけど、取れない痛みがある。
それは“心理的ファクター(要素)”。
コミュニケーションが取れていないと、この痛みはとれないことがある。
なので、何がきっかけで痛みが出るか調べる。
より良い生活をするために緩和ケアを取り入れることが必要。
痛いときは痛いと言ってくれないと、医師は痛みがわからない。
緩和ケアは病院でも自宅でもどこでもできます。


Q:もう治療がないと言われたら?

A:“治療が何もない”という医師は、医師として失格。
医療従事者としての意識改革が必要。
こんな事をいう医師が問題であって、必ず何らかの治療がある。


質問内容はメモっていないので、多分こんな感じの質問内容でした。
アメリカで医療に従事している先生の回答が鋭くって、
今回のセミナーは日本で働いている医療従事者にも聞いて欲しかったです。
スパッと言って下さったので、気持ちよく聞く事ができました。


最後に本日のフォーラムのお持ち帰りメッセージ
①がんの痛みは決して我慢せず医療者に相談しましょう。
②がんの痛みの多くは、安全にコントロールできることを知っておこう。
③がんの痛みには、患者さんの状態と希望に応じた薬・投与方法があることを知っておきましょう。


今まで、海外の医療従事者の講演を聴いたことがなかったので、
今回のセミナーはすごく面白かったです。
私達患者も医療従事者に対して言うべき事はキチンといいつつも、臨床試験にも積極的に参加して、これからさらに患者の満足のいく治療が受けられるようになればと思いました。
そして、患者は病気になったら、自分の病気の事をキチンと勉強して納得のいく治療を最後まで受けて行きたいと思いました。
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家族が乳がん♪

2007-09-11 | 患者会&がん友
5月の後半から、中高年対象の『再就職促進セミナー』に参加して、
8日間のセミナーのあと1週間に1回ガイダンスがあり、
最後10回目のガイダンスも8月23日に終了したが、
その後も最後までガイダンスに参加していたメンバー達と未だに交流を深めている。

皆の退職理由はなかなか聞くことが出来ないけど、
その中で50歳前半で退職されたYさんの退職理由を聞くことが出来た。
理由は家族の病気の看病のため。
奥様が大病を患ってノイローゼになり、
家族は大変な思いをしたと言われていました。
病名もこちらが聞かなくっても、Yさんから喋ってくれた。

「実は“がん”だったんよぉ~。
最初、足が痛いって言うので病院に行って先生に見てもらったら
“がん”って言われ、本人はなかなか受け入れることが出来なくって、
すごくパニックになったんよぉ~。
だから、セカンドオピニオンで別の病院の先生の診察を受けたんだけど、
やっぱり“がん”って言われてねぇ~。」

「どこの“がん”だったんですか?」

「“乳がん”だったんよ。それも手術が受けられないほど進行していて、
余命○年って、言われて本当に大変だったんよ。
なんで“乳がん”になって足が痛くなるかわからんし、
本人も娘も大泣きして、どうしていいかわからんかったんよ。
うつがひどくなって、どう対処していいかわからんかったしね。
今もまだ病院に行っているけど、乳腺外科と精神科に通ってるんよ。」

私が今まで出会った“がん友”のステージは、
皆、私より低い人ばかりだった。
なのに今回は違うぞ。
ステージを聞いたらわからないと言われたけど、
転移しているので、ステージⅣだと思う。

奥様の事は前回他のメンバーと一緒にお食事会をした時に聞いたけど、
昨日は再就職の情報交換をしようと言うことで二人で会っていた。
私も二人きりなら自分の病気の事も話してもいいかなって思って告白しました。
Yさんは、すごくびっくりしていた。
私と一緒に入るとすごくパワーをもらっていると言われ、
まさか私も乳がん経験者だとは思っていなかったようだ。
それもそのはず、普通に接していたら私が乳がん経験者だなんて、
知るよしもないし…。

奥様のステージの事を考えたら、
私から色々とアドバイスをするなんてトンでもない事だ。
けど、“乳がん”を乗り越えて普通に生活している姿をみて、
Yさんに何らかの力を与えることが出来たのではないかと思います。
そして、Yさんも奥様の事を話すことで今まで溜まっていた
もやもやしていた気持ちが少しでも和らいで行ったのではないかと思います。

がん患者は告知された時に人生のどん底に落とされたみたいに辛い思いをして、
やがて病気を受け入れて治療を受けていくことでこの病気を乗り越えて行く。
家族もがん患者への接し方をあれこれと模索しながら、
がん患者と一緒に戦ってきている。
私も自分が病気を告知された後、家族とどのように接したかを考えたら、
かなり我儘だったかもしれない。

今では過去の出来事だけど、
Yさんには私が病気を乗り越えて元の生活に戻っているのを見る事で
少しは勇気を与えることが出来たのではないかと思います。
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出演者もサバイバー!!

2007-08-27 | 患者会&がん友
昨日、第3回がん患者大集会で感じたこと。
今回の出演者の中で、がんを体験している方が多くいた。
治療で会社を休んだけど、ちゃんと社会復帰している。
以前と変わらないように仕事をされているのを見て、
がん患者なんだけど、社会に受け入れられているなぁ~と感じました。

会社はがん末期の症状で長期に渡り休業していれば、
病気を理由に本人を解雇することは出来ると思う。
が、私みたいに一旦退職して就職活動をしようと思ったら、
この病気を受け入れてくれる会社は果してあるのか!?と
今更ながらとても不安になりました。

私が先日、就職活動で内定を頂いた会社、
通院するのにお昼休みの時間調整を
して欲しいと相談したことから、
内定が取り消しになった経緯があるから…


がん=死という思い込みを払拭して欲しかった。
がんを克服して、社会復帰をして頑張って働いている方が沢山いると言うことを知って欲しかった。
例え、再発転移してもすぐ死に結びつく訳じゃないですもの…
(症状による)

早くトンネルを抜け出したいと思っている、私でした…
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がん患者大集会に行ってきました♪

2007-08-26 | 患者会&がん友
広島国際会議場で開催された『第3回がん患者大集会』に参加してきました。
定刻の13時になり、実行委員長から開会宣言された。
“私たちはもう痛みをがまんしない”と題して。。。
来賓挨拶の後、“がん患者と家族の思いを伝えよう”と題して、最初の講演が始まった。

一人目の荒谷氏は昭和63年に左乳房手術し、その後転移、治療を繰り返し、現在に至っています。
アリミデックスを服用されてて、食欲不振、口腔内粘膜びらん、手が赤く腫れて熱を持ち力が入らなくなったり、夜中にこむら返しをし、熟睡できなくなり、2ヶ月で服用を中止されていた。
また、別の薬を3種類服用されたけど、3ヶ月で副作用がでてきたので、中止。
緩和ケアがなかったので、副作用の苦しみを我慢しながらも治療を頑張るしかなかった。
患者にとって、副作用と戦うのはまさに生きるための戦いだ。
命ある限り、最後まで生き抜いていきたい。
最後に『看護師さんの暖かい思いやりや医者や家族に支えられて、私は奇跡の生還をした。終り良ければ全て良し!!』このような事を言われていた。

私も現在アリミデックスを服用してまだ4ヶ月しかたっていなかったので、その話にはとても興味があった。
今でこそ、少し手のこわばりがあるぐらいで、強い副作用はでていない。
また体調の変化によって、いつ、どんな副作用があるかはわからない。
同じ薬を服用されている方の体験談はとても参考になりました。


二人目の川守田氏の講演。
家族をがんで亡くされ、痛みで苦しんだ日々への思いを切々と訴えられた。
その中でWHO方式の痛みをとる方法の緩和ケアハンドブックを作成し、
患者の痛みを少しでも医師が理解できるよう緩和ケアの重要性を知って頂きたいと声を大にして強く言われていた。
WHO方式:経口のモルヒネを中心としたがんの痛み治療の国際標準。この方式に従って薬で治療すれば8~9割の人の痛みをコントロールできる。

この話を聞いた時に、わたしのがんが再発転移した時は、すでに緩和ケアが全国どこでも標準治療に組み込まれていて、痛みを我慢せずに治療することが出来るようになっているかもしれませんね。


三人目の逸見氏。
14年前に夫をがんで亡くし、がんを知って行こうと言う機運が高まってきて“月間がん”等の雑誌で色々と勉強していた。
その矢先、自身も子宮頸がんと告知される。
夫の死後、半年後の出来事だそうです。
夫が診断を受けた時にセカンドオピニオン、サードオピニオンをとらなかったことから、その重要性を訴えておられた。
最後は“患者、家族と共にがんと戦って行こう!!”
“いろんな情報を集めながら皆様のお役に立ちたい!!”と言われていました。

私が手術を受けたのは3年前。
今更振り返ってもしかたありませんが、私もセカンドオピニオン、サードオピニオンをとっていません。
その時姉に薦められたけど独居だったし、自分でどうしていいかわからなかったので、そのまま先生の言うとおりに治療を進めました。
逸見氏の言われるように、後で後悔しないように、
自分でいろんな情報を集めるのは本当に大事ですね。


四人目の中島氏。
若年性がんを克服し、現在は再発なく社会復帰を果たしている。
彼女は初診の時には告知されなくって、後日母から病名を告げられ『一緒に戦おう!!』と言われた時に『一人では病気と闘えない!!沢山の人に支えられた命』と思ったそうです。

自分より辛い治療をしている人が頑張っているので、自分も頑張らないと…。
病気を克服する事で誰にも負けない自信を身に付けよう。
この病気で沢山のことに初めて感謝した。
私を支えてくれた沢山の人に感謝。
幸せか不幸かは人が決めるのではなくって、自分が決めること。
沢山の痛みを知った分、私の庭には沢山の花が咲いている。
自分の命を自分らしく生きる…etc。

まだまだ若いのに自分の意見をしっかり持っていて、
本当に素晴らしいと思いました。
彼女は淡々と話していたけど、こちらが少し涙ぐんでしまいました。。。


第3回がん患者大集会の前半の講演後は特別企画の講演。
一人目は、内富氏の講演。
『がんになっても幸せな人生を送るために』
希望を支えるサイコオンコロジーの取り組みについて話された。
がん診断後のストレスの軌跡については、
がんと診断された時点からストレスが発生し、
あらゆる時期にうつと不安が存在する。
また、再発すると予想以上に強いストレスが発生する事。
体の痛みは予想できるが、気持ちは予想できないこと。

そんな時に家族は何をすればよいか?
1.弱音や気持ちを打ち明けられたら傾聴する事。
2.患者にとって励ましはかえって辛いことがある。
3.役割の喪失感を減らし、これまでどおりの役割、決定を委ねる。
4.尊厳を傷つけない。
5.家族も心の被害者。

緩和ケア概念の変化については、
がん病変の治療後に終末期ケアをしていたが、
今では、がんと診断された時から緩和ケアが必要だということ。
初診後の病状説明後の精神的支援。
治療中の抗がん治療の副作用の苦痛緩和。
その後の治療中心から緩和中心への移行の支援。
終末期のがんの進行に伴う苦痛緩和。

WHOによる緩和ケアの定義は、
生命を脅かす疾患に早期より痛み、身体的問題、心理社会的問題、スピリチュアルな問題に関してQOLを改善する。

オピオイド(モルヒネ)に対する誤解では、
麻薬中毒(廃人)になる。
だんだん効かなくなる。
最後の手段。
意識がなくなる。
命が縮む。
と思われていたが、痛いときは積極的に訴えて痛みを我慢しないこと。
患者に言えることは相談は弱気ではなく強さであり、
患者、医師または家族等との双方向の人間関係が必要とも言われていました。


二人目は、本家氏。
『緩和ケアの広がりをめざして』
この4月に施工されました、がん対策基本法により、がん患者の療養の質の維持向上について話されました。

今までの緩和ケアは終末期に行っていたけど、
これからは早期に治療と併用して行うこと。
本人と家族だけで苦しむことなく、相談して欲しい。
痛みは中々伝わらないので、医師にキチンと受け止めて欲しい。
がん患者は心理的な苦痛があるので、心のケアが大事。
再発転移すると痛みと不安があり、不安があると痛いと感じるけど、
治療を乗り越えていくことでだんだん自信を回復していく。

緩和ケアを広げていくのに、最後に三つの事を言われた。
・地域格差がない標準治療
・正確な情報
・心のケア(全国展開できるように厚生労働省の支えが欲しい)


私も再発転移後の痛みに対する恐怖はずっと持っています。
今後、自分の病気がすすんで痛みが増してきた時、
我慢しなくてもいいような痛みの治療を望むことができるようになるんですね。



15分の休憩を挟んで後半は、あどRun太氏の歌から始まった。
「笑おうよ!」
途中から参加したから“病気を克服するために、皆笑おう!!”って言ったかどうか、わかんないけど、
歌詞の中に笑い声を入れ、皆で“アッハッハっ!”“ヘッヘッヘッ!”と
口ずさみながら、大合唱しました。


本田氏からはがん対策基本法の施工の経緯や
患者の視点でがん対策への提言を述べられました。
自身も乳がんが見つかり、闘病生活を送っていました。
記者らしくはきはきした口調でわかりやすく説明して下さった。


最後のテーマは『がん患者の心の痛み』と題してシンポジウムがあった。
コーディネーターと6名のパネラーによって、
活発な意見交換がされた。


全てのプログラムが終了し、大会アピールが述べられました。
要約すると、次の通り。
1.医師に緩和ケアの基礎知識を習得するための研修を3年以内に実施。
2.緩和ケア病棟の設置、緩和ケアチームの結成の意義付けを要望。
3.在宅での緩和ケアについての整備を急いでほしい。
4.国民に対して「がんの痛みはもう我慢しない、我慢させない」という大々的なキャンペーン等の予算を計上してください。


4時間半にも及んだ『第3回がん患者大集会』は大盛況の内に閉幕しました。
患者や家族や医療機関等に携わる方々から、貴重な意見を聞くことができました。
それぞれの思いが一つになり、それがやがてがん患者の緩和ケアの治療に役立っていくことを願っています。
第2回の大会に続き、今回もがん患者大集会に参加しましたが、
がん患者をサポートしていくために
今回は緩和ケアの事を色々と勉強させていただきました。
大成功に終った今回の大会に携った方々、本当にお疲れ様でした。
素晴らしく有意義な大会でした。
また次回も参加したいと思います。
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ルーちゃんのお見舞い♪

2007-08-09 | 患者会&がん友
今日、ルーちゃんのお見舞いに行ってきました。
ルーちゃんとは、昨年の4月、
私が右乳房にエキスパンダーを挿入した手術の時に知り合った、
乳房再建仲間なのだ。

その後、私と同じ患者会に入ったルーちゃんとは、
何かのイベントがあったときとか、
彼女が広島市内に通院しに来た時など、
時間が合えば、会うようにしていた。

そのルーちゃんも、私より3ヵ月半遅れで
乳輪乳頭の手術を受けるために広島市内の病院に入院したのだ。
彼女は7日に入院して、8日に局部麻酔で手術を受けた。

ルーちゃんには7日に胸帯を貸すために、入院受付が終った10時頃、
一度会いに行っている。
さすがに術後すぐには会いにいけないので、夕方行ってきました。

病棟へ行ったら、さっさと歩いているルーちゃんを発見。
何だかすっごく元気そう。
早速お話を聞く。

まず、手術室に入ったのは昨日の朝9時。
麻酔は、局部麻酔。
手術内容は、乳輪乳頭形成と右脇の脂肪が盛り上がっているのを削ぎ落とす手術。

局部麻酔なので、術中の話し声が全て聞こえるのだ。
で、今回は何故局部麻酔にしたかと言うと、
右脇の脂肪を削ぎ落とすのにどれぐらい削ぎ落とすか、
術中に身体を起こした状態で脂肪を削ぎ取った量を
本人に見て欲しいということと、
手術が2時間半くらいで済むということで、
局部麻酔になったそうだ。

手術のために主治医の先生が、右脇の辺りに麻酔の注射をする時も
『ここはどうですか?痛いですかぁ~!』って聞きながら、
注射をしてくれたそうです。

実際手術が始まり、右脇の脂肪を削ぎ落とすのに身体を少し起こして、
電気メスを使って切り取っていくんだけど、
脂肪が焼けるこげ臭いがしたって言ってました。
ギャ~~~、怖いーーー!!

彼女は元々、痛みとか怖さに耐えられる神経の持ち主なんでしょうね。
心拍数も別段上昇する事もなく正常で、
「スポーツ心臓ですね!って言われちゃったよ!
なんでかわかんないけど、看護師さんにはわかるみたいよ!」
って言ってたし、ルーちゃんは強いわ~!!

あと、もう一つ聞きたかったのが、乳輪のこと。
足の付け根の皮膚を切り取る時は、
片方の足をくの字に開いて皮膚をそぎ取ったこと。
出っ張った乳頭の側面に皮膚を移植し、
トップは、色を付けずにそのままにしておくこと。

これは私と全く同じ方法です。
私も敢えて、乳頭のトップには刺青で色を付けるつもりはないです。


ちょっと話がそれるけど、
かつて私も局部麻酔で手術をしたことがあります。
それは左肘の辺りに1cmくらいの腫瘍が出来て、摘出手術を受けた時。
麻酔の注射を脇へ打ち、左腕全体を消毒するまでは良かった。

最初は本当に何ともなかったの。
先生や看護師さん達の話し声が聞こえるし、
手術の様子や進行状態もわかるから…。

だけど、途中からだんだん怖くなって、
脈拍が異常に上がり始めた。
看護師さんにも心電図の脈拍上昇の音が聞こえるので、
“大丈夫ですか?”って、声をかけてもらいながら
私を気遣って下さったんだけど、
そんときは、深~い深呼吸を何度も何度もして、
やっと脈拍が正常値に近づいていったのを覚えている。
なので、局部麻酔なんてもう怖くて出来ないかも…。


そんなルーちゃんの手術、結局4時間かかったそうです。
前の晩に寝不足だったので、手術の後半はうつらうつらしていたそうです。
局部麻酔だったので、手術終了後は車椅子で病室に帰り、
夕方には、病棟内をウロウロしていたそうです。

彼女の入院日数は約2週間。
本来なら1週間くらいですぐに退院してその後通院なんだけど、
自宅が県北にあり、通院が困難なので少し長めにとってあるそうです。
またお盆明けにでもルーちゃんのお見舞いに行こうと思っています
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ルーちゃん再会!

2007-08-02 | 患者会&がん友
ガイダンスが終ったのが、11時半過ぎ。
このあと、がん友のルーちゃんと会う約束になっている。
待ち合わせ場所に急ぎ、ルーちゃんと合流して早速ランチをするために
メルパルクへ向かう。

2階の『和ダイニング アストラル』は値段の割りにボリュームがあるので、
12時前にお店に入らないと、
席に着くのが難しいほど大人気なのだ。。。
で、お年を召した方がやたらと多い。

私達がオーダーしたのは日替わり定食。
1,000円とは思えないほど食べ応えがある。
普通のお店なら1,500円とってもおかしくない量だ。

ルーちゃん、実は来週、乳輪乳頭の手術を受けることになっている。
そのために術前検査にやってきた。
診察が午後一番にあるので、診察に差し支えないように
病院の待合室でお茶する事にした。

病院に向かっていたら、何と今年の4月に偶然再会した乳房再建仲間
のよっちゃんに遭遇した。
よっちゃんは先週、乳頭の手術を外来で受けている。
なので、来週よっちゃんと会う約束をしていた。

ルーちゃんも手術を受けた人の話は、
いろんな人から情報を集めた方がいいので、
よっちゃんの都合を聞いた上で、三人一緒にお茶をすることにした。

よっちゃんの手術内容は部分麻酔。
乳頭形成だけなので、手術時間は1時間位。
外来の日帰り手術だけど、
治療費が5万円近くかかってびっくりしたと言ってた。

乳輪は、左の乳輪の色を見ながら刺青をするそうです。
確か刺青は保険が利かなかったと思う。
よっちゃん曰く、もう身体にメスを入れたくなかったから
乳頭だけの手術にしたそうだ。

私の手術は、乳輪乳頭形成・植皮手術だったので、
手術の時間は麻酔も合わせて5時間位だったかなっ!?

ルーちゃんも私の形成した乳輪乳頭を見たいと言う事で、
ひとっけのまばらな待合室で大胆に胸元のボタンを外して
お披露目しました。
なので、自分の乳頭がどのように出来るか、何となくイメージできたはず。

一つの手術なんだけど、いろんな方法があるんですね。
ルーちゃんも部分麻酔にするか、全身麻酔にするか迷っていた。
私達の話や先生の話を聞いて、麻酔の種類を決めるようだ。

来週乳輪乳頭の手術を受けるルーちゃん!
少しでも不安が取れて手術に向かうことが出来ればいいと思います。。。
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連日猛暑が続きます!

2007-08-01 | 患者会&がん友
今日から8月ですね!
広島地方は、連日真夏日になり暑い日が続いています。
この前、私が所属している患者会からお便りが届きました。

その中には8月26日に“第3回がん患者大集会(in広島)”の事が書かれていました。
今回のテーマは「心身のケア」。
私はとっくの前に申し込んで参加証も頂いています。

乳がんと子宮体がんの二つの“がん”を乗り越えてきた私。
術後の抗癌剤治療中、私達家族はお互いにどのように接すればいいか
あれこれ模索してきた。

今振り返れば、
“あのように接すれば良かった!”
“いや、あの時はこーしとけば良かった!”
と後からいろんなことが出てくるし、反省もした。
母や姉も今だから言えるエピソードを色々と話してくれた。

今はこうして元気に日常生活を送っているけど、
私のステージは進行がんなのだ。
いつどうなるかわからない。
その時に自分が尋常な気持ちでいられるよう、
ある程度の『心構え』が必要になってくる。

それを今度のシンポジウムでお勉強しようと思います。
まだ参加者を募集しています。
無料なので、興味のある方はぜひ参加してくださいね。


そうそう、私、その日までにブヨンブヨンになった身体を引き締めます。
よっしゃ~、こんな時に頼りになるのはビリーよ!!
これからエクササイズするわ~
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ピンクリボンdeカープ、行ってきました♪

2007-05-19 | 患者会&がん友
ピンクリボンのイベント、参加してきました。
誰を誘うか色々と考えたんだけど、私の病気の事を知っているKAOちゃんが、
イベントに参加してくれることになった。

球場に行くと早速ピンクリボンdeカープのスタッフやグッズ売り場がお出迎え。

球場ゲートの手前でチケット引換券で協賛金500円を払って頂いたのが、
ピンクリボン記念入場チケット,
ピンクリボンタオル,
乳がん早期発見の啓発資料。
プラス、カルビーのやめられないとまらない~の“かっぱえびせん”。

私達が球場に入ったのが14時過ぎだったので、すでに試合は始まっていた。
始球式に宮崎ますみさんが来られたはずなんだけど、
ちょっと遅刻して見ることは出来なかった。
昼間の試合に来たのは初めて。
熱心なカープファン達とピンクリボンdeカープのイベントに参加した人達で
外野席は満席。
座る所を求めて右往左往。

久々に球場に来たんだけど、芝生が綺麗に生えててびっくり。
ちょっと前まで芝生はなかったのではないかな?
記憶が定かではないわ…。

試合も中盤に差し掛かった頃、
今回のメインイベント、
『あなたとあなたの大切な人を乳がんから守るために・・・』
の呼びかけをピンクのタオルを広げて、
広島市民球場の外野席をピンク色に染めましたぁ~!

7回のラッキーセブン!
カープにも頑張ってもらわないといけません!!!

KAOちゃんに買ってもらったピンクの風船を膨らませます。
が、どうしましょう!!
風船がなかなか膨らみません。
術前検査の肺活量の検査の時、“あなたの肺活量は素晴らしいです”って褒められたばっかりなのに、
風船一つ膨らませる事が出来ません。
何とか頑張って膨らませた頃には、
皆が膨らませた風船を持って飛ばす瞬間を待っています。

大空に舞い上がった風船。
今日の試合結果は残念な結果になったけど、
このイベントで外野席をピンクに染めることが出来たので、
イベントは大成功!
スタッフの皆さん、お疲れ様でした。
そして、またイベントがあったら参加させて頂きます
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イベントに参加☆

2007-02-04 | 患者会&がん友
2007ブレストケアピンクリボンキャンペーンとして、第二回目となるランチョンセミナーへ参加してきました。
昨年知り合った同じ乳がん患者のルーちゃんと一緒にセミナーに参加する事にした。
第一回目のセミナーでは大変な反響だったので、第二回目の開催を首を長くして待っていたのだ。

10:30にホテルのロビーでルーちゃんと待ち合わせをして早々と受付を済ませた。
ルーちゃんはセミナーに申し込むのが遅かったせいか、私とは席が離れてかなり後ろの方になってしまった。
私は同じ患者会の人が集まっているほぼ中央の丸テーブルに座ることが出来た。
両サイドとも知らない人だったけど挨拶をしてまず右隣に座っている方と簡単に今の状況を説明した。

するとどうだろう!
私が乳房再建をしたものだからすっごく興味をもたれて、色々と聞いてくる。
で、左隣の方もやはり私が乳房再建したということで、興味津々。
見た感じがお二方とも私より年配だと思うんだけど、皆乳房再建に興味があるのね。
更にその隣の隣の方達も私の乳房再建にはとっても興味を示して色々と聞いてくる。

私が話をした限りでは皆主婦で子育てを済ませている方だし、今更乳房再建しなくてもいいかなぁ~と思いつつもやはりいろんな折り合いが付けば踏み切りたいようだ。
何だかんだといいながら、私の乳房再建には100万くらいかかっている。
シリコン挿入が保険適用外なので躊躇しているんだと思うけど、やはりもともとあったものを再建したいと皆思っているんだ。

定刻どおり11時から始まり、挨拶の後に前半の講演が始まった。
約1時間の講演の後は、お楽しみのランチ。
管理栄養士の方が栄養やカロリーを考えて美味しそうなメニューを考案して下さった。
盛り付けもきれいにされていて、久々のナイフとフォークでのお食事だ。
最近ホテルでお食事をすることがないので、ちょっぴり優雅な気分に浸れたひとときでした。

13時から後半の講演が始まり終ったのが14時半頃だった。
皆とは次回のイベントでの再会を約束してそこでお別れした。
私はルーちゃんと近くのカフェでお茶をすることにした。
さっき、美味しいランチを済ませたばかりだけど、私達ケーキセットを食べてしまった。
折角ランチでカロリーを押さえていたのにこれじゃー意味ないよねって言いながらも、ケーキを頂きました。
やはり女性は甘いものには目がないし、別腹らしい…。

今日初めて彼女の年がわかった。
肌にシワがなくって、てっきり2~3歳は年下かと思っていたら、何と私と同級生だった。
私がこの2月で誕生日を迎えるので、正確に言えば何ヶ月かはお姉さんなのだ。
今日はかなりお互いの胸のうちを話すことができた。
これからもいろんなイベントに参加することを約束してルーちゃんとは15時半過ぎに別れた。

退院後すぐのイベントでおなかの痛みが少しあったけど、身体も疲れることなく楽しく過ごすことができた
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ルーちゃん、いらっしゃい!

2007-01-16 | 患者会&がん友
お昼過ぎにルーちゃんから、突然メールが入ってきた。
ルーちゃんは、昨年の4月に乳房再建のためにエキスパンダー挿入の手術をした病院で知り合った友人だ。
彼女も乳房再建の手術を受けていたので、その後郊外からバスに揺られて広島市内に検診に来た時はたまに会っていた。

今日は乳腺外科と形成外科と皮膚科の診察が入っているので、終ったら私んちの飼っているくろちゃんがみたいと言うことで、我が家へ来ることになった。

総合病院のため診察にはかなりの時間がかかるので、それまでにハローワークへ…!
その後市内のデパートへ行ったら全国の美味しいものを集めた催し物をやっていた。
ルーちゃんが来るので何かお茶請けを買おうと思って選んだのが、鉄人坂井宏行の“生ロールケーキ”。

途中、ルーちゃんからメールが入ったので合流してタクシーで私んちまで帰ることに…。
帰宅したらくろちゃんはお客様の気配を感じて、いつものとおり素早く押入れの中へ…!
恐れなのでなかなかお客様に挨拶が出来ません。

それから早速さっき買った生ロールケーキを食べることにした。
ふわふわの生地に生クリームがたっぷり!甘さもかなり控えめにしてある。
最初は12cmロールを半分こにして食べようと言ったら、四分の一でいいって言ったんだけど余りの美味しさにペロッと食べてしまったので、残りのケーキも分け合って二人で全部頂きました。

ルーちゃんはとても勉強熱心。
自分が乳がんになったということでいろんな本を買って読み漁ったと言っていた。逆に私が色々と教えられることも多いかも…!
別れ際に2月上旬に開かれるセミナーに一緒に参加することを約束してルーちゃんは帰っていった。

最近の私は自分が乳がんの既往症だと言うことをほとんど気にせずに生活している。
再建したおっぱいだってちょっと膨らみが足りないけど、別に気には留めていない。
なので、今こうして健康でいることの有り難さや普通に平々凡々の生活をしていることの大切さをしみじみと感じながら生活しています
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セミナー参加♪

2006-10-21 | 患者会&がん友
「がん患者の心と生命」と題したセミナーに参加してきました。
第1部の講演は、がん患者と家族のための心の医学。そして第2部の講演は、増え続ける乳がん-乳がんから命と乳房を守るために-。

それぞれの講演のあとには質問を受けるコーナーがあった。第2部の講演が終った後の質問コーナーで、『20台で乳がんになって結婚も出産も諦めないといけないのですか?』というのがあった。それに対する回答で心に残った言葉があった。

『乳がんになったからと言って、人生を諦めないで!』

そう言えば私も諦めていたかも…!もう歳だし、手術の傷痕があるから結婚も出来ないし、男性の前で裸になれないわ!なんて馬鹿なことを言っていた。乳がんを克服した人で結婚して出産した人はいくらでもいるのにねっ。

また望みを持って人生楽しく生きていくぜっ
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セミナー参加☆

2006-07-23 | 患者会&がん友
もう一つの患者会の友人から、乳がん治療のセミナーの案内がきたので、4月に入院していた時に知り合った友人と一緒に参加することにした。彼女は乳房切除術と同時に背中の皮膚と脂肪を使って乳房の再建をしている。が、未だに痛みがあって薬を服用しながらの抗癌剤治療を続けている。

11:30頃デパートで待ち合わせ、少し早いけれどランチをすることにした。デパートのレストラン街でランチをすることも考えたけど、セミナーの会場に行く途中の純和風建築の居酒屋で麦とろご飯をいただくことにした。京都の町屋をイメージする雰囲気で彼女もとっても気に入ってくれて、今度友人にも紹介するって言ってた。

セミナーは13:30から始まった。第1部は乳がんの化学療法とホルモン療法の二つの講演。休憩を挟んで第2部はパネルディスカッション。広島の乳がん治療に携わっておられる先生方の話はとてもわかりやすく、最新の乳がん医療についての情報を提供して頂いた。

今はホルモン療法をしているので、毎朝錠剤を服用するだけ。余り特別な勉強とかはしていない。だから私にとってこのようなセミナーに参加して刺激を受けるのはとても大事。私が治療をしていた時とは少しずつ変わっているので、定期的にセミナーに参加して最新情報を得ることの大切さを感じた
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