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「この世界には私が撮らなければ誰も見たことがないものがあるのだと信じています」by ダイアン・アーバス。   

北欧好きはvolvoから始まった。

2017-04-18 | コラム
         (写真は僕が持ってる北欧関係本)
ホンダCR-X→ホンダ インテグラ→VOLVO240ワゴン→VOLOV940エステート
僕が乗ってた車はこれだけ。

CR-X買った年、この車でホンダ初めてカーオブザイヤー獲得!。
当時のキャッチコピーは
CR-Xに乗ったら、友達が恋人になった』

2年乗ってインテグラに変更。

インテグラ2年乗ってVOLVO240ワゴン。(VOLVOは他のメーカーに比べてローンの金利が安かった!)

当時VOLVOは人気なく売れてなかったので、道路に面したカフェなどで待ち合わせしても僕が来たのが、すぐ分かり便利だった。(路上駐車してたら、「おっVOLVOだ!」と通りすがりの人に言われた事もある)

その後、VOLVO人気車の仲間入り。
あっちこっちで見るよーになった。

一番愛着あったのはvolvo240ワゴン
当時、レースの仕事で鈴鹿や菅生(仙台)などのサーキットに車で行っていたが240だとスピード出ないので2年乗り740後継車の940が発売されたので買い替え。
ターボだったので早かった。

240に乗っている頃からvolvoを作っている国ってどんな国なんだろーとスウェーデンに興味持ち、VOLVOが送ってくる小冊子「VOLVOファミリー」読んだり、本屋でスウェーデン本(当時、政治か福祉の本しか売ってなかったが)探して読んでいた。

当時、周りにいる連中はスウェーデンなど、どこにある国かも知らなかった。
ある意味、未知の国だったが、デザインが注目されるようになって、たくさん北欧関係本(雑誌)が出版されるよーになった。

そーいえば、スウェーデンミュージックの先駆け(と言っていいかどーか分からんけれど)カーディガンズの初来日ライブのオフィシャルカメラマンをやった。
 

お客から「がんばれよー」と声かけられるぐらい下手だったけど(たぶんライブなんてやって事なかったバンドじゃないのかな?)

何年か後に来日した時も、オフィシャルカメラマンやったが、そん時はちゃんと演奏していた。

北欧話は切りがないので、これにて終了!。

 
 
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カメラマン、カメラがなければただの人!

2017-04-04 | コラム

昨日は『カメラマン、カメラがなければただの人!』実感。

撮ろうと思ったらNEX5T動かなく、あわててスマホで撮影。(topの写真。これが初めてのスマホ撮影)

次に目をつけたのは、坪さんのRX100。
それ貸してと奪い取り、撮影。
コンデジだからピンくるだろーとピント気にせず撮影。
画像保存に若干時間がかかる。

しかもフリーアングル液晶画面じゃなかった。(僕が推薦したデジカメなんですが)
ファインダーも無いけど、いつもノーファインダー的撮影しているので問題ない。(修理に出しているα6000はファインダーあるけど、NEX5Tは無い)

しかしフィルム時代は、カメラあんまり壊れなかったが、デジカメはすぐ壊れるなー。
なんかいい保険あったら入るか。

この前、ソニーからのメールで、年会費いくらか払うと修理代が割引になるとか来ていたが、ちゃんと読んでないので不明。
ソニーにプロ登録するには、持ってる機材が少なすぎるかな。(フィルム時代はCANONにプロ登録していた)

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なかなか着手できない。

2017-03-30 | コラム

肩書きなんてなんでもいいと思っているので、今持ってる名刺はfreelanceとしか書いてない。

メールアドレス変更したので、新しい名刺作らないと思っているけどなかなか着手できない。(MACで自分でデザインして作る)

肩書きにphotographerと明記していいもんか。(以前は書いていたが)

29歳(たぶん)の時、突然カメラマンになると宣言しカメラマンになったが、肩書きにカメラマンと書けなかった。

こんなレベルでカメラマンなんて、みっともなくって書けない。

おそらく何年かしてから肩書きにカメラマンと書いた名刺作ったと思う。(当時、渋谷のおしゃれな名刺屋で自分でデザイン指定し作ってもらったら、その後、僕の名刺がサンプルとして飾ってあったよと、知り合いが教えてくれた)

オートフォーカスレンズが出始めどんどん進化。

この頃からカメラ(機械)に興味なくなった。

そしてデジカメ出現。

シャッターのタイムラグあり、こんなの使えない。

半年ごとに新しいデジカメ出現。

買った途端に、もっといいカメラが出てくる。

この世界、キリない。

買ったら壊れるまで大事に使う性格。

なかなか買う気にならなかった。

最初、もらったコンデジ使っていたけど、壊れたので、ついにソニーのコンデジ買った。

これも壊れ、ミラーレス一眼nex5tに変更。

ソニーのミラーレスカメラ発売された時、トキめいた。

しかしヨドバシで見た時、液晶が小さすぎるので、がっかり。

常に持ち歩きたいので、重いカメラに興味無い。

最近読んだ、森山大道さんの本に、コンビニ行く時もコンパクトカメラ持って行くと書いてあった。

重たそーで高そーなデジカメ一眼持ち歩いているアマチュアだと思われる人たち、大変そーだなと思っていたら、森山さんも同じよーな事書いていた。

撮る被写体に寄っては、高性能ででかいカメラが必要かもしれないが、僕のように、ある意味、隠し撮り的撮り方。相手に気づかれないよーに撮るカメラは小型軽量ミラーレスが一番向いてる。

でかいカメラで構えて撮ったら、相手が緊張しちゃうじゃん。(これも森山大道さんが同じ事書いていた)

nex5t標準装備のレンズが1年と1ヶ月で壊れ、修理しても新品と同じぐらい料金かかると言うので、ヨドバシ、ソニー派遣の店員Iさんに相談したら、破格の値段でα6000買えた。

小型軽量高性能のミラーレスカメラの出現で、再び写真撮る気分になったかも。

このカメラが、再び自分がphotographerだった事思い出させてくれたかも。

そんでもって初めの話に戻すと、とりあえず名刺は、気が向いたら作る。

以前使っていた名刺ソフトがだいぶ前に使えなくなったので、名刺ペーパー作っている会社のサイトにある無料テンプレート使用し作るが、毎回プリントする時、ずれるので、何度かテストしないと作れない。

なので面倒なのでなかなか着手できない。

 

 

 


 

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色々あるので不安。

2017-03-11 | コラム

昨日、大船からの帰り、ここだと思ったホームにいたけど電車がやってこない。(発車時刻はスマホで検索)

かなり経ってホーム間違えたのに気がつき東海道線ホームへ。

来た列車、「普通」と書いてあるので各駅だと思ったが時間は合っているので発車寸前乗り込む。

次の駅が「戸塚」だと分かりホッとした。

電車が何種類もやってくる駅が苦手。(横浜駅は慣れたけど)
そーゆー駅を東京時代、ほとんど使っていなかったので。

普通、快速、特別快速、急行、特急、色々あるので、ちゃんと目的地に停まるか不安。
だから自転車が一番楽かも。
すぐ引き返せるので。

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日記は1966年から1974年まで書いていたらしい。

2017-01-11 | コラム
人が言った言葉や、やった事など、忘れないうちにメモしておく事がある。(なんせ、身内に都合の悪い事は忘れた、覚えてないと言う人間がいるので)

記録魔というほどではないと思うが、日々の事を記録している。
何処寄り、何処行き、何処で何買った、誰と会ったとか。

読んだ本のタイトル、作者、出版社も専用の手帳に記録している。(昔は映
画館や試写会で観た映画のタイトル、監督、どこで見たなど記録していた)

昔は日記、今はブログや、プライベートな事は手帳に。

 

中学生時代に長男を『おにーちゃま』と呼んでいた事など忘れていたが、横浜に引っ越しする時、ぼんやり昔の日記を取り出し読んでいたら書いてあった。

1966年から1974年(69年から74年は一冊で三年書けるもの)までの日記が残っているが、偶然開けたページに、高校時代文化祭に行った女

子学院の事が書いてあった。

女の子たちが、自分たちのやってる展示に関して、説明しますと言ってきたけど、「いいです」と冷たく断った事。(オオバカもんです!)

女の子たちに、小さな声で「かっこいい」と言われた事など、この日の事、覚えている。

クラスメート達が夏休みに、伊豆の島で知り合った女子大生のおねーさん数名との合コンに誘われ行き、銀座の喫茶店で一番綺麗な、おねーさんと結構仲良く話していたのを覚えているが、会ったのはその時だけ。

高校時代まで、どっちかと言うと硬派だったので、女の子との付き合いは、こんな程度。

高校の近所の女子校の女の子が、僕のクラスメートに僕の名前を教えてくれと聞いてきたのも覚えているけど、今考えると、もったいな事したなーと、ちょー後悔。

よーするに、高校時代は、もったいない事した時代なのでありました。


 

 

 
 




 

 

 

 


 

 

 

 

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撮影の思い出。

2016-12-31 | コラム
古舘伊知郎さんに初めてお会いした時、最初に言われたのは
「前にお会いした事ありますよね?」
僕は初対面だったが、長男と古館さんは同じ高校。(勿論年齢は違う)
後で確かめたら、長男は古館さんに会った事があると言っていたので、顔が似ていたのかもしれない。
撮影の時、
「古館さん、目が怖い!」と言ったら、優しい目に変わった。

その後、どこかのサーキットのピットレーンで古館さんとすれ違った時、挨拶された。

人の顔をきちんを覚えられる人なんだね、古館さんは。
 
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Wさんはミエハルくん(仮名)のお友達だった。

2016-12-15 | コラム

横浜来て不思議な出会いが何回もあるけど、最初のそれは、

僕が2008年横浜中央卸売市場でインターネットテレビ局YCMB(やんちゃで

C調真面目にバカやる放送局)をやっていた時、取材でやってきたWさんに、

『磯田さんて、もしかしたらCBSソニーにいた磯田さんの弟さん?』

「えっ!」

『昔、仲よかったんだ。おにーさんに会いたいなー』

と懐かしそーに言われ、

 

「やめといた方がいいですよ。会っても誰だか分かりませんから」


Wさんの存在は前から知っていた。

初めてお見かけしたのは、日本大通りにあったZAIMのホールでイベントが

あり、壇上に数名上がっていた1人がWさん。

話が面白かったので、家に帰って名前ネットで検索したほど。

そのイベントの後、ドンキの隣のイタリアレストランで懇談会があり、そこに行く途中、山下公園の前の通りで、時々デジカメ一眼で写真を撮っていたので、

「いい写真撮れましたか?」と聞いたら、

「カメラがいい写真撮ってくれるから!」と笑っていた。

これが初めての会話。

その後、イベントで一緒になったりしたけど、話した事なかった。

その後、Wさんの根岸公園前にある高級マンションには何度か遊びに行ったし、一緒に飲みに

行ったりしていたけど、時々、

「おにーさんに会いたいなー」と言うので、

ある日、WさんのマンションでFB見せ、

「誰だか分かります?」

『誰だ、これ』

と言って、向こうに行きかけ、再びmacbookの画面を見つめて一言。

『老けたなー』

その時は怒り爆発せず冷静に何をしでかしたかなど色々事実を話したが、Wさんは黙って聞いていた。

それ以後、会いたいなんて言わなくなったので、こちとらよかった。

横浜引っ越してきて仲良くしている人達に迷惑かかると困るんでね。

 

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今日のラッキー。

2016-11-21 | MUSIC・MOVIE・BOOK・ART

この前、テレビ見ていて『日本のコピーベスト500』欲しくなり(存在は前から知っ

ていたけど)紀伊国屋で実物チェックした後、ブックオフサイトチェックしたら在庫な

しだったので、入荷したら教えてくれる、お知らせメール設定しておいたら、その後す

ぐ入荷したとメール来たので配送料無料になる1500円を目指し必要な本探していたら『この写真がすごい(2008)』見つけメールしたら、他の人に買われてしまった。

残念と思っていたら、さきほど再び入荷連絡。

すぐ、『この写真がすごい(2008)』(この写真がすごい2は持っている)と一緒に

オーダー!。

1546円で買えちゃいました。

 

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両方の割引でゲット!。

2016-08-21 | コラム
昨日、家出て右に行くつもりが気が付いたら左に向かっていた。
左に行きなさいと神様からの助言かな?。

西口にあるダイエーで昨日のみ財布10%offで売っているのは知っていたが、どーせ気に入ったの無いと思い、行かないつもりだったが、もしかしたらと思ってダイエーに。

そしたら、カラフル財布ミッケ。

10%offだったがwaonカードの5%off日でもあったので、両方の割引でゲット。(ラッキー!)

今まで色が地味な財布しか持った事なかったが、この前、坪さんがタンザニアで買ってきた財布がカラフルで、なかなか良かったので少し派手なの探していた。
 
財布買って、明日(って今日)図書館に予約した本取りに行くの、面倒なので、そのまま東神奈川まで歩く。
約30分で到着。

久しぶりに長距離歩いたかもね。

 

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永さん追悼雑誌

2016-08-16 | MUSIC・MOVIE・BOOK・ART

9月頃には永六輔さん追悼雑誌が何冊か発売されると思っていたが、この前本屋に行ったら「創」が特集組んでた。

僕はBRUTUSが特集出してくんないかなーと思っている。(大橋巨泉さんの追悼特集も)

永さんに会った時、糸井重里さん(KITTYレコード時代に一度会った事がある)と対談やったら面白そーと思ったので「ほぼ日」に、要望書いた事がある。(一時期、「ほぼ日」に登場して欲しい人を教えてみたいな募集があったと思う)

「ほぼ日」に永さんが登場する事は無かったと思うが、2人が偶然どこかで出会い、その縁で永さんの「土曜ワイドラジオTOKYO」に糸井さんがゲスト出演。

永さんと糸井さんが、この時まで会った事がなかったと言うからびっくりした。

糸井さんの永さんに関するコメントも読んでみたい。(すでに「ほぼ日」に書いたかもしれないけど)

 




 



 

 

 

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「それくれ!」と奪ったんだけどね。

2016-07-30 | コラム
朝、横浜中央卸売市場行き、榎本でマグロのサシミ、元熊で、たかべ2匹買い坪倉事務所へ。

坪倉ママから「坪さん魚買いに行っている」と情報得たので坪さん捜索。

どーせ、そこらへんにいるだろーと電話したが出ないので市場ブラブラしていると、市場の人に挨拶されたが、誰だろ〜?。(話した事なくても、土曜は毎週市場に行っているので、こっちの顔は知られているかも)

仲卸の店で、油売ってる坪さんミッケ。
「角太」で買ったマグロやら何種類か魚を入れたビニール袋を下げている。(角太のタケくんは角太の社長の息子だと初めて知った)

あいかわらずオラに会うたび、ブレスレットを指差し、
「それいいね」
 
坪さん、タンザニア土産をくれなかったので腕にしていた、made in tanzaniaのブレスレットを
 
「それくれ!」と奪ったんだけどね。
 
すんなりくれたが、本当はこれが一番気に入っていたみたい。
でも返さないよーだ!。
 
料理教室の事やら、あーだこーだと話した後、解散。
しかし、今回市場で一度もシャッター押さなかったのは、眠かったのと暑さのせいだな!。

とにかく暑いのちょー苦手。
一度帰宅したら、外に出たくない。


 
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ビートルズ武道館ライブの思い出。

2016-07-29 | MUSIC・MOVIE・BOOK・ART

ずいぶん前にも書いたが、僕はビートルズ武道館ライブを観ている。

父親が日本テレビに勤めていたので、チケットは簡単に手に入れられたんじゃないかな。

長男が行く予定だったが、デイトだったか合宿だったかで行かないと言うので、もったいないからお前が行きなさいという事で、行く事になったが、タクシーで武道館に向かう時、父親は運転手さんに

「講道館に行ってください」と言ったのを覚えている。

武道館に着くと、こちとらお子様なので、ガードマン(警官だったかも)に

「ぼーや気をつけるんだよ」と言われた。

席はおそらく二階のステージ真っ正面だったと思うが、音などおねーさんたちのキャーキャーキャーでまったく聞こえなかったよーな記憶が。

なので前座が誰だったかも覚えていない。

覚えているのは、左の席に座った、おねーさんのスカートが、興奮して徐々に捲れ上がって太ももが見えて行く様子と、ライブ始まる前に、前を通ったおねーさんの大胆な服からこぼれそーな巨乳。

当時、あんな格好している女性は珍しかったんじゃないかな。

だからって巨乳好きではありません。(あしからず)

でもムチムチとしたセクシー太ももには、弱いのであります。

両親が迎えに来たんだと思うが、ライブ終了後に関して、なーんも覚えておりません!。

せっかくビートルズを見に行ったのに、こんな感想しかないので、見たかった人には悪いと思いますけど、ほんと、これ以外に覚えている事なーんもありません!。

なんせ幼少でしたので。

 




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朝からテンション上がってしまった!。

2016-06-19 | MUSIC・MOVIE・BOOK・ART

今朝観た「日曜美術館」で知った写真家、平敷兼七さん。

陽が当たらぬ人達にカメラを向けた写真家。

本人も2008年「伊奈信男賞」撮るまで無名。

無名な写真家が無名な人たち撮った。

2009年、61歳で亡くなってしまったが、映画が話題になった写真家ヴィヴィアン・マイヤー思い出す。(彼女の写真はココで見られる)

平敷さんの言葉。

(1)「へしさん(※平敷さんのこと)にはひとりの人を撮るにあたって、『望遠も使っちゃいけない。相手の息がわかる程に近づいて接写しなさい』

僕は人を撮るとき、声が聞けるぐらいの距離がいいと言っている。(と言っても、フィルム時代は300ミリなど使って撮っていたけど)

(2)平敷兼七さんに『なんで、そこを撮るの?』と聞いたら

『みんなが撮るのは撮らなくていいんだ。僕は、他の人が見ていないものを撮る。僕が撮らないと残らなないから』

と言ったそーだが、この言葉はこのブログの右上に表示してある、僕が好きなダイアン・アーバスの言葉。 

『この世界には私が撮らなければ誰も見たことがないものがあるのだと信じています」

に通じる。

朝からテンション上がって書いてしまいました。

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今日の夢。

2016-06-09 | コラム

なぜか三木武夫元総理の孫、三木立(ミキタツ)が夢に現れた。

ミキタツに何か起こったのかと心配になりネット検索したけど大丈夫。

彼との出会いは阿部知子さん(現衆議院議員)が始めて選挙に出た時、開票速報を銀座の会場で関係者と見ていたら、突然目の前に現れ話しかけてきた。

何を話したか覚えてないけど屈託のない好青年だったので、代々木公園で花火大会一緒にやったり、三木立主催のパーティにも出かけて行った。

その後、一度だけ選挙に出た。

三木武夫さんの地元からではなく彼の地元東京から出て落選。

今は藍染めの作家になったらしい。

彼の事が書いてある記事ミッケた。

懐かしい。

(写真がネットに公開してあったので掲載。僕はタツの写真を撮ってないと思う) 



 

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色んなお店に連れて行ってもらった。

2016-05-26 | コラム
最近、料理教室に顔出しているのが影響しているかどーか分からんけれど、子供の頃に両親に色んなレストランに連れて行ってもらった事を思い出した。

僕が子供の頃には焼肉屋なんてそんじょそこらに無かったが、青山の絵画館通りから246に出たあたりにあった焼肉店に連れて行ってもらった記憶がある。

間違いなくこれが初めての焼肉屋

韓国話をついでに書くと、父親は韓国のロックフェラーと言われた李さんと仲良しだったので、家には韓国から送ってもらった松茸がたくさんあったのも覚えている。(因みに李さんからいただいた韓国家具が、今でも家にある)

六本木のキャッスルプラハ(チェコ料理)にも行ったが、大人になってから行ってみたが感動無かった。

銀座にも東欧レストランがあり、そこでアルコール度かなり高いビールを飲んだ記憶がある。(まだ小学生なのに!)

六本木にあったスウェーデンセンター地下の「ストックホルム」にも行った。(大人になってからコーヒー飲みに行った)

スウェーデンセンターは、用も無いのに仕事の帰りにしょっちゅう寄っていたので、無くなった時は寂しかった。(写真撮りに行った)

しゃぶしゃぶはたぶん六本木の瀬里奈。

ふぐは築地の料亭。

ドイツ料理は銀座のケテルス。

フランス料理は渋谷の「二葉亭」(記憶無いけど)

ステーキと言ったら、銀座スエヒロ。(勿論当時、チェーン展開などしていない)
 
大学時代にスエヒロビル1階のリーズナブルなスエヒロには行ったが、上の階は高級。

たぶん小学生だったと思うが、お店の人が
「おぼっちゃま、ステーキお切りしましょ」とカットしてもらったのを覚えている。

お寿司は日本テレビのそばにあったお店。(今は無い)
ここで、毎回、ウニ、イクラ食べていたので、大人になったら酒飲みなるのは当たり前!。

横浜中華街の謝甜記でおかゆ食べたの覚えている。

元町の霧笛楼にも行ったらしいけど覚えてない。

中華料理は赤坂の樓外樓。

坪さんが初めてTBSの番組に出る時、待ち時間を利用して一緒に食べて行ったが、一度倒産して復活したばかりだと言う事だった。

子供の頃によく来ていて、ご飯の中にあんこが入っているのが、好物で毎回食べてましたとマネージャーに話したら、ビックリされ

『それは特注でございます」と言われた。(食べ物の名前は忘れた)

帰りに坪さん持参のお箸を、

「お洗いいたしましょーか?」とマネージャーに言われ、

「そんな事言われた事ないよ」と坪さんご機嫌でありました。(勿論料理も満足!)

まー色んなもの食べに連れて行ってもらったので、長男(オイラは次男)は小学校で、
「〇〇食べた事ある人」と先生に言われ、すべて手を挙げた唯一の子供であったそーです。



 





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