みやっちBlog

ライター「宮下アツシ」の頭の中をlogする「みやっちBlog」

勝手(利己)主義と民主主義

2008年06月23日 18時35分48秒 | 政治・社会
サッカーワールドカップ・アジア3次予選、日本代表の最終試合を観て来ました。
すごい雨の中、5万人を越える観客が埼玉スタジアム2002に集まって、攻めながらもなかなか入らない得点に、このままスコアレスドローかもと思った矢先の後半終了間際。ゴールへ飛び込む巻選手とキーパーの頭上をワンバウンドしたボールが飛び越えてバーレーンゴールの中へ。

一瞬遅れて沸き起こった喚起の渦。

いやー、何度もあったチャンスが得点に結びつかないイライラの爆発した瞬間でした。



美しいゴールでは無かったが、これもまたサッカー。
勝負は、勝利への執念の勝るほうが勝つということを改めて思い知らされました。
「勝利への執念が足りない」と選手に発破をかけたという岡田監督。

3次予選最後の試合で生まれた執念のゴール。

課題は多いものの、最も克服困難だと思われた課題をクリアした代表選手たちを労いたい。

ところで、出発前にテレビで見た北京オリンピックの野球日本代表監督である星野仙一氏のインタビューには愕然としてしまった。
勝手主義という民主主義が今の若い選手をおかしくしていて、メジャーリーグなどはその典型で、選手の勝手やメジャーリーグの勝手がオリンピックでの野球の一時休止を招いたとも語っていた。

おそらく、星野氏の語った勝手主義は利己主義に近いものだと思うのだが、政治思想である「民主主義」と、ヒトそれぞれの思考に関する軸とが同じものとして語られていることは、戦後民主主義が利己的な人間を生んだという批判とは異なる危うさを感じさせるものだった。

確かに、個人主義をベースに民主主義は構築されているが、そもそも個人主義と利己主義は明確に違うものであることは、思想を研究している人なら当たり前のものとして理解しているし、ウィキペディアで「利己主義」と「個人主義」を引いてもその違いは明記されているし、「民主主義」が「利己主義」と同じ思想のものであるということは書かれていない。

戦後民主主義教育が勝手主義に走る若者を増やしたというなら理解できるが、民主主義は勝手主義だというのは、あまりに民主主義について知らなさ過ぎるのではないだろうか。
資本主義は勝手主義だ、新自由主義は勝手主義だというのなら、是非はともかくそういった言葉の使い方は出来るし、民主主義が勝手主義を生んだというなら、そういう見方も無くは無いとも思うが、人は法の下に平等であり、他人の個性を尊重することで自らの個性とぶつかった場合は話し合い、それでも解決しない場合は法によって解決しようとする法治主義下における民主主義において、功利にはやる行為が許されるものかどうか、ちょっと考えればわかりそうなもの。
もちろん、法さえ守っていれば何をやっても許されるという飛躍を生み、自らに都合のよい法を作ればすべて許されるという考えを持つ政治家や財界人が増えている事態は憂慮すべきだが、そこには憲法に反する法を作ることが出来ないという立憲主義の考え方がどこかに置き去りにされている。

憲法とは主権者が権力者に守らせるものであるという立憲主義の基本が無視され、主権者から力を与えられた政治家をはじめとする公務員が統治者となって、国民に守らせる憲法を作り上げようとする自民党の政治家は、一党独裁の君主制国家を作り上げようとしているとしか思えない。

まず支配構造である国があって、その国を動かす者への服従を求める法体系を作り上げようとする自民党は、民主主義の国から見れば危険極まりないはずで、実際に国連からは人権問題などで多くの勧告を受けている。ところが、軍事費を肩代わりし、基地の用地を提供するばかりか、いずれは軍事行動をも肩代わりしてくれるであろう政権でなくなることを恐れるアメリカは、体面上民主国家であることが記されていて、アメリカに対して牙を剥かなければ、実質的には君主制の全体主義国家
となってもかまわないと考えているのだろう。

実際、自らに都合のよい政権であれば民主主義の国でなくても支持して支援を続けてきたのがアメリカという国。ところが、歯向かえば民主主義を広めるためと武力によって時の政権を叩き潰してきた。

しかし、く民主主義を利用して自国の利益を最大限にしてきたアメリカが利己主義なのであり、決して民主主義が利己主義とイコールなのではない。

ところが、利己主義と民主主義が同一視され、民主主義を否定する方向へ世論が誘導されるようになった時、はたして民主主義の国々は日本とどのように対峙することになるのだろうか。

民主主義の国であれば、主権者である市民が為政者の暴走をとめることが出来るという担保があるが、実質的に政治主導者が主権者として国民を統治するようになれば、その暴走を止めるために民主主義の国が軍事介入してくる可能性は否定できない。立憲主義に基づく主権在民の民主主義国家という政治形態を作ることが、西側諸国への参加の条件だった日本。その政治形態を真逆へ変えるために、あくまで国民投票という手段で主権者である国民が新たな政治形態を選んだということにしたい自民党。

他国が攻めてくるとか来ないとかという問題ではなく、主権を実質的に自分たちで握りたいというのが自民党の本心。

利己主義だといって民主主義を否定していると政治形態の変革への動きが見えなくなってしまうのではないかと恐れている。

日本における改憲問題は、9条を守るのか変えるのかではなく、実は政治形態を変えるのかどうかという問題なんだということを伝えるメディアが皆無であることの怖さを近頃強く感じてならない。

テレビが垂れ流す情報におぼれさせるために、地上波デジタルチューナーを格安で販売できるよう企業へ圧力をかけている政府だが、緊急地震速報が2秒遅れでしか受像できないことが明らかになり、アナログ波の優位性が実証され地上波デジタル
への移行に影を落としかねないとして政府はあわてているという。

ネットワークとの融合で双方向性もウリの一つとなっている地デジ。
国民監視の手段として、これほど便利なものは無いだろう。

放送の政治からの独立をどう担保するのか。
それが無くては、民主主義の持続は困難。

教育が政府により管理され、放送までも政府の監視下におかれているような状況で日本の社会は何処へ向かおうというのか。
メディアリテラシーが叫ばれて久しいが、今ほど個人の情報分析能力が試されている時代は無いのではないだろうか。



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2 コメント

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個全己他 (信濃のアブマガ)
2008-06-24 11:29:37
反対言葉で整理
・社会(政治)のあり方
  民主←→国家
  個人←→全体

・個人のあり方
  利己←→利他
  勝手←→??

勝手の反対って何でしょうか?
いずれにせよ社会概念と個人概念をごっちゃにしてしまうのは悪い癖です。論理が苦手なせいでしょうか? 
星野さん持ち上げすぎ (鷹博)
2008-06-24 19:04:21
星野さんの選手としての実績は素晴らしく文句なしに一流です。弱小球団(阪神)をセリーグ優勝させましたが日本シリーズではダイエー(当時)に完敗しました。それにしてもメディアは持ち上げすぎですね。野球中継の解説では雑談、世間話のたぐいです。思い上がりがあるのでしょうね。日本テレビのZEROでは浅はかな知識でコメントをします。長島一茂の方が客観的なコメントが出来ますね。現役時代の境遇の差でしょうか? 

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