ちいさな学校(岬の分校と呼ばれて)・小豆島

小説「二十四の瞳」のラストから間もない昭和二十三年から三十二年までの分校物語。亡き両親と孫のミナとユリに贈ります。

つるたんたんの担々麺

2015年01月30日 15時28分28秒 | 日々の暮らし
ラーメンが好きかと聞かれると、美味しいラーメンは好きと答えます。
中でも担々麺党。
昨日配布されたミニコミ誌に辛いお店が紹介されていました。
息子の仕事がお休みだったので、行ってみようと言うことになり雨の中出掛けました。
暖簾、立て看板、店内、メニューに至るまでシンプルで清潔感が漂いました。
担々麺は、1辛、2辛、3辛とありましたが、先ずは1辛からとお店のかたのアドバイスもありお願いしました。
5分ほどでカウンターから
「熱いですよ。お気をつけて」と渡されました。
すりごまの香りが甘く漂いました。
あっという間にお箸をつけて、かなり食べたところで、また、しゃ写真を撮るのを忘れました。
サービスに頂いた半熟玉子だけパチリ。
美味しかったです!
一気にたべおわりました。しかし私はスープは全部頂けませんでした。息子は綺麗にどんぶり鉢だけにしました。
モヤシもニラもシャキシャキしていて良かった!
挽き肉もマイルドな味わいです。また来ますと言って店を出ました。
「つるたんたん」
藤沢市辻堂元町5-4-15
お店の自動販売機に貼ってあった写真を撮りました。


おまけのゆで玉子


写真ひっくり返ってますね。

お店の案内カード



K-mio Chor第二回演奏会のお知らせ

2015年01月28日 10時39分05秒 | 日々の暮らし
小豆島出身の指揮者神尾昇の合唱団K-mio Chorの二回目のコンサートが来る3月8日東京のトッパンホールで開催されます。
私も参加しています。お出かけください。

ご連絡は私または事務局にお願いいたします。


http://www.toppanhall.com/concert/detail/201503081400.html


http://k-mio-chor.jimdo.com/

       


                   




大森喜代治さんさようなら

2015年01月22日 20時13分59秒 | 二十四の瞳の分校のこと
19日朝、田浦分校保存会の有本さんから大森喜代治さんの訃報が届きました。
一瞬「どうしよう」と思いました。
大森さんは廃校となった田浦分校の保存に尽力され、ずっと分校を見守ってくださった方です。

年11月に2泊だけ小豆島に帰ったのですが、この時は田浦まで足を伸ばせず、また今度来ますからとお電話だけしたことが思い出され、行かなかったことが悔やまれました。
とるものも取りあえずお別れに行こうと即決。
小豆島に向かいました。

私が3歳になる前のこと。大森さんによって私は田浦に連れられてきたのです。
両親が教師で引き揚げ者。縁あって小豆島の東蒲生に住んで、父がそこの小学校に勤めていた時のこと。

田浦分校に夫婦そろって来て欲しいと当時の教育長木下留吉先生と何度もいらして下さったのが、大森さんでした。母は遠い岬のちいさな分校へは行きたくなかったそうで、渋り続けたそうです。
大森さんは遠い岬から何度も自転車で通ってくださったのです。
結局父が母を説得。田浦に昭和23年春移り住むことになりました。
3歳から11歳の丸9年間の素晴らしい子供時代を過ごしたのです。

私にとって田浦は生まれ故郷に等しいところです。私の意志はなくここに連れられてきたことは、私の生き方や、人生を決めたことにもなりました。

その日の夜お通夜の席に伺いました。
「お帰り。よう来たなあ」
と、聞こえてくるようでした。
妹さんのさっちゃんが、
「口ききそうやろ」
「一週間病んで逝ったんやで、年とって長いことしんどいより良かった。お別れも十分出来たしなあ」
と。
インフルエンザから肺炎を併発、かえらぬ人となりました。
島に帰るたびに伺いました、
玄関に入る時いつも
「ただいま」
「お帰り」
で始まりました。
両親もいなくなって、大森さんの昔話、誇りに思っているお話を伺うのは私にとって面白く嬉しいことでした。
いつも美味しいご飯を食べさせてくださいました。料理がほんまに上手だったのです。

田浦と内海を結ぶ海沿いの道を作ることに力を注いだ大森さん。実現することは大変なことです。
「道」という本にその時の記録が記されています。
感謝すべき事業です。

ちいさな学校が昔の姿をとどめていることも本当に「おかげ」です。

もうあのゆるゆるとした坂道を歩いてお宅へ伺うことも無くなります。さびしいです。

10日、大勢の方に見送られて旅立たれました。

         喜代治さんも学んだ田浦分校です
         
         父の写真展をとても喜んで下さった大森さんです
         

         お若いころの大森さんご夫婦(お祭りで)
         

         喜代治さんにはよく手作りの食事をいただきました
         
         元気だった大森さんとおなごせんせの母。母の妹と私も。みんな若い!
         
         大森さんの田浦への道のお話が書かれている「道」表紙の絵はご長男の一茂さん
         

大森喜代治さんお世話になりました。ありがとうございます。


小豆島からの贈り物

2015年01月18日 00時12分41秒 | 小豆島あれこれ
幼馴染のTちゃんから、小豆島の八朔とネーブルが届きました。スーパーで八朔を見てTちやんのこと思い出した日に届いたのだからびっくり。
すぐに電話。
「今度いつ帰ってくるん」
「すぐにでも帰りたいんやけど寒いし」
「待っとるよ」
あれこれお喋りしました。
私は子供の頃から八朔とネーブルが大好きです。
厚い皮を剥く道具まで入っていました。
おまけに大根とおじゃがも。幸せ(*^▽^)/★*☆♪




今年もよろしくお付き合いください

2015年01月02日 00時43分12秒 | 日々の暮らし
静かなお正月を迎えました。昼ごろから雪が降ってきて寒いこと。
今年もよろしくお願いいたします。ブログもっと田浦のことを書くようにしたいと思います。
     
         神棚にお雑煮もお供えして、お灯明をつけてお参り。
         
        
         仏様にも私たちを見守ってくれるようお参り
            

         そしてささやかなおせちとお雑煮をいただきました。
         

神社にもお参りしましたが、大きな雪が降ってきてスナップ撮り忘れ。今日は孫たちも来て、子供二人も揃って賑やかなお正月です。私は年賀状の印刷が出来ずこれから印刷開始です。

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