幼い頃実家で卵と言えば、竹やぶと葡萄棚を含む周囲を金網とネットで囲った場所
で放し飼いしてた地鶏卵でした。
毎朝、朝採りの新鮮な卵で卵かけご飯を食べるわけですが、この朝採り卵に時々
孵化を始めた取り残し卵が紛れ込んだりします。
朝はいちいち小鉢に割ってから食べるなんて余裕もない時があって、1度や2度は
大当たりの時がありました。
勿論食べません。
ご飯ごと、豚の餌用残飯のバケツ行き。
こういう生活に縁のない人は、「え?!豚が食べるの?」と、又々驚くかもしれませんね。
こういう事が日常茶飯事だから、これがショックで卵が食べられないなんてヤワな事
を言っていたら田舎では生きていけませんから。
毛虫や青虫が生野菜に紛れて家の中の探索を始める、なんてことも日常茶飯事だし、
洗ったはずのサラダ用レタスや白菜やキャベツと一緒に食卓で待機してることも
見慣れた光景です。(口にしてしまうこともある。)
大切な来客があれば、普段とても食用とは思えないほど愛情たっぷりに手塩にかけ
て育てているはずの地鶏が、いとも簡単に1羽捌かれます。
一発で首を落とし、逆さに吊るし、熱湯を掛け、羽根を毟り、その後は皮、肉、
骨、内臓などを丁寧に分けるのです。
小さい頃から見てきた光景でした。
子どもの私は最高のご馳走にありついた子ライオンのように、ダシ取り後のガラに
残った肉を貪り、新鮮なささみの刺身に舌鼓を打ちます。
残酷なようですが人と家畜の一線がハッキリと引かれているのです。
残すところなく頂くその行為は感謝という気持ちよりも、暗黙の上に成り立つ自然の
秩序だった気がします。
その秩序の力と影響が大きい故に、案外と繊細な部分で見逃してきたものも多く、
今回の孵化の試みに於いて、そういう繊細な部分に触れることが出来た気がします。
自然と共に生き自然に触れる生活から、どんどん離れて行く現代の人たちは、生き
物に対する関わり方が、ある一面ではやたらとナイーブでデリケートで、本来もっと
根本にある自然の秩序を目の当たりにする事を怖れすぎているように思います。
どちらかに偏ってもいけない。
近頃自然環境保護や、人為的ながら自然に触れることのできる機会や環境が増え
つつある社会に向かっているのは、これからの未来に生きる子孫の為に待ちに
待った流れです。
最良のバランスの中で生き、最良のバランスの中でこれからの人達が育まれる
ことを願います。
最近あまりに酷い事件が多過ぎます。
どうか一日も早く、安心して其々の人生に正しく真っ直ぐに没頭できる、
そんな世の中になりますように。
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中途半端な街中で育った私は、ichiiさんの様に秩序ある環境で生活してない所為でしょうか、随分軟弱ですね(笑)。
でも、魚屋で買ってきた丸ごと一羽の鴨(の死体)を捌く手伝いをしたり、暴れる伊勢海老を熱湯に突っ込んで蓋をして、動かなくなるまで蓋を押さえてたり等、おままごと程度の『食べる為の殺生』の尻尾なら見た事があります。
だからichiiさんの仰る事が、理想論でなくキレイ事でもなく、本当に真っ当な事であると共感できます。
犬は大好きですが、犬を食べる文化を持つ国の人を批判はしません(の仕方に問題がある場合は別、また勧められても私には食べる事は出来ません)。
だけど温度環境的に必要性が有る場合を除いて、毛皮を着る事は嫌悪します。
以前釣りに行って大きなチヌが手に入った時は、皮から内臓まで食べつくしました。食べなかったのは鱗と骨、消化器の内容物と胆のうぐらいでしょうか?魚のモツ煮、大好きなんです。脳みそもこってりして美味しい
食べる前には必ず“あなたの御命を私の命とさせて戴きます”と合掌して。・・・変な癖がついたモノです(笑)。
さなやさんのおっしゃる事、私もいろいろと同感です。
生き物を食すことは、出来上がった綺麗な料理だけ見てたって、感謝なんか生まれないと思います。
本当に見なければいけないところ、
体験しなければいけないところに立会い関わるから、
生き物を慈しむ心も生まれ、殺生に対する戒めの心も
生まれるんじゃないのかなあと思うのです。
そしたら、今世の中に氾濫している酷い事件も
そうそう起こらない気がします。
これからの子供達がもっとこういうことに触れる
環境を作らないと、将来的に人間性が危ない気が
するのですが。
hiiroさんとはよくこんな話をしています。