2006年7月14日
日本を離れてちょうど3カ月たったこの日
ポーランドの首都・ワルシャワから南下
Krakowクラコフへ
電車で約2時間
だけど10zlで行けちゃった
クラコフは「古都」
ワルシャワで出会った欧米のツーリストが口をそろえて
「クラコフはとてもきれいな街だ!
まだ行ってないの?
絶対行くべきだよ!」
と言ってた街
実際来てみて
旧市街には城もあって
まぁきれいなんだけども
「きれいだよ!きれい!」
って散々言われた分、感動はそこまでなかった
期待値が上がりすぎてたのかな
ワルシャワ駅でもそうだったけど、
このクラコフの駅でもホテルの客引きが結構いた
ワタシが選んだのはもともとパンフをもらってたSky Hostelというとこ
宿にパソもあったし日本語も見られた
この地で日本語が見られるのはやや貴重
(さらに、日本語が打てるのはもっと貴重)
安宿には珍しい朝ごはん付き
(内容はそんなに良くはなかったけども笑)
さて、
ワタシがクラコフに来た目的は
Auschwitz アウシュビッツ
確か現地の呼び方はオフィシエンチム
収容所名は「Birkenauビルケナウ」
クラコフから行けるのです
この街に来るまで、いろいろと詳しい行き方をいろんな人に聞いてみたけど
なかなか詳細がわからず
「ツアーで行った」って人が多くて
最終手段としてツアーに参加すべか、と思ってたけど
泊まっている宿で一人の旅人からいい情報を聞く
「今日行ってきたよ
セントラルからバスで1本、7zlで行けるよ」
って
やったね
翌日
さっそくバスステーションに行ってみると1時間に1本ぐらいあった
「30分ぐらいで行けたよ」
ってきのうの人は言ってたけど
実際は1時間半
乗ったバスが違うのか?
アウシュビッツは無料開放されています
まずはミュージアムに入り、日本語のガイド本を買う
普段は無料のパンフしか入手しないけど、ここはしっかり理解しておきたいので
棟ごとに案内板もあり、一つ一つの建物内に入れた
ミュージアムではフィルムも定期的に放映してたり
あのガス室にも入れたり
もちろん、収容所エリアの入り口には
「Arbeit macht frei」
の文字が書かれた門
なんだか今にも犠牲者のうめき声や叫び声が聞こえてきそうだった
肌寒さを感じてしまうくらい
本当にここで虐殺があったんだなぁ
バスの終電は7時
それに乗って、がたがたの道をクラコフに戻る
その翌日
もうひとつの観光地を目指す
「Wieliczka ビエリチカ塩鉱」
なかなか行く機会のない塩の鉱山
しかもここは地下数十メートルにも及び、内部も広大な規模
クラコフ市内からLUXという会社のバスに乗って
2.5zl、30分ぐらいで到着
入場料、けっこう高し
外国人ツアー、英語ガイドが付いて65zl
木の階段を50ターン以上降りて降りて降りて
「まだ着かないの?」って思ったくらいにやっと地下のフロアに到着
長い坑道を歩いて行くと
地下に作られた礼拝堂
しかもでかい、すごい
ちなみに
ここでツアーは一度終了
希望者は引き続き、第二部へ参加
「すぐ帰る人が多い」と聞いていた通り、
結構みんなそろぞろと帰って行く
ワタシは他の数名とともにそのまま残って続きに参加
実際に使っていた機械も展示されていて、それも見る
帰りはエレベーター
しかも、なんと3層式のもの
3階構成になってて、当然乗り場も降り場も3段に分かれている
こんなエレベーター、珍しすぎてもう一生乗らないんじゃないかと思う
2時間半でツアー終了
その後
クラコフ市内に戻って、宿の預けていた荷物を受け取って
この旅発の夜行電車へ
さらにポーランドを南下、チェコを目指します
そうそう、
このクラコフは
「シンドラーのリスト」にも描かれている町
ちょうどこの後泊まった宿にその日本語の本があったので読みふけってみた
そういえば
市内にユダヤ人墓地もあったなぁ