あいとポッポパーティー

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20年目の命日

2018-07-05 17:16:48 | 日記

母が亡くなって20年目を迎えた。

お墓や位牌に手を合わせるというのもしっくり来ない。そもそも故人を偲ぶ行為そのものが宗教的なのかも。とはいえ、母への思慕は簡単に断ち切れるものではない。
で、命日にこれだけは、と続けてきたのが、母の好きなカレーを食べ、母の好きなヒマワリを飾ること。それだけのことだけど、時々忘れたり手抜きしたりもしてきた。

今年は20年という節目だが、これらの習慣に特別気合いが入るということはなかった。
ヒマワリは切り花を遠くに買いに行くまではせず、近所で苗を手に入れた。いずれ庭に植えよう。
カレーは、育休中は料理はしない宣言をした私の代わりに、相方がカレー味のジャガイモ炒めを用意してくれた。

母が亡くなってから数日は、何とか生き返ってくれないものかと思った。死後数年は時々夢に出てきて、目覚めてはがっかりし、やり場のない悲しさに苦しんだ。
ここ数年はさすがにそこまで苦しむことはなくなり、いつまでも変わらない母の思い出に浸るようになっている。

最近は夢に見る機会が多いように思う。父も一緒に出てくる。父は去年亡くなった。年も年だし、母を思うような苦しみはない。父には悪いけど。
その父も、夢の中では母に合わせて若い。いつまでも元気な姿で現れてくれるのは、なかなかよきかなと思う。

父の死を契機に、母が入っていた墓をしまうことにした。故人の偲び方など、人それぞれだ。偲ばなくたっていい。
私の場合は、長らく母にしがみついてきた。楽しい人だった。父が亡くなり、父方の親戚が母の思い出に触れたりなどしてくれ、死んだ人がどう人の心に残るのか、垣間見た気がした。

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