うたことば歳時記

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藤袴

2016-10-04 18:22:45 | うたことば歳時記
  庭の藤袴が見頃です。万葉の時代には秋の七草に数えられていたというのですから、野生の藤袴は珍しくなかったのでしょうが、今は園芸品種しか見たことがありません。ですから私が見ている藤袴が古代のものと同じであるかどうかもわかりません。同じ仲間のヒヨドリバナなら我が家の周辺にもたくさん咲いています。

 『万葉集』には藤袴を詠んだ歌はたった一首しかありませんが、女郎花と並ぶ代表的な秋草で、『古今和歌集』以後にはたくさん詠まれました。
①なに人か来て脱ぎかけし藤袴来る秋ごとに野辺を匂はす (古今集 秋 239)
②宿りせし人の形見か藤袴忘られがたき香に匂ひつつ  (古今集 秋 240)
③主知らぬ香こそ匂へれ秋の野に誰が脱ぎかけし藤袴ぞも (古今集 秋 241)
①は、香り高い藤袴を誰かが脱ぎ掛けた袴に見立て、②は、宿に泊まった人の残り香に見立てています。③も①と同じ趣向です。①~③はいずれも香を焚きしめた袴に見立てていて、これが藤袴の歌の常套的表現となっていきます。そういう点では、このような藤袴の歌は、歌としてはあまり面白くはありません。香で異性の気をひこうとした平安時代ならではの理解なのでしょう。

 藤袴の花は、「野辺を匂はす」と詠まれるのですが、花そのものはほとんど匂いません。実は匂うのは花ではなく草全体であって、葉を揉んでみると手に香りが移ります。特に刈り取って暫く置いた生乾きの時によく香るので、私は線香の代わりに束にして部屋に下げたり、入浴剤代わりにして楽しんでいます。教室に持って行って生徒に匂いを嗅がせたのですが、臭いと嫌われてしまいました。香水のような匂いをよい香りと感じる嗅覚ならば、そう思うのも無理がないのかもしれません。梅や橘の香りとは異質の、奥床しい香ですね。この香を心地よいものと感じられるようになるには、白檀や沈香の香がわかるような、ある程度年齢を重ねなければならないのかと思います。

 藤袴の花は僅かに藤色をしているのでその名があるのですが、花が咲くと糸状の蕊や花弁が長く延びて、まるで布が綻んでいるように見えるのです。もともと花が咲くことを「綻ぶ」と言いますが、藤袴の場合は、まさに「綻ぶ」という形容がぴったりなのです。まずは花の綻んだ姿をとくと観察してみて下さい。

 そこで次のような歌が詠まれるのです。
④秋風にほころびぬらし藤袴つづりさせてふきりぎりす鳴く (古今集 雑体 1020)
「袴」が縁語となって「綻ぶ」という言葉が意図して選ばれています。花が綻ぶのを、袴が綻ぶことに見立てているわけですが、そのような理解をするのは、花の咲く様子からの連想も手伝っているのではないでしょうか。さらに④では、きりぎりす(現代のコオロギ)が「つづりさせ」と鳴くと詠まれています。「つづりさせ」とは「綻びを綴って直せ」という意味で、これも「綻ぶ」や「袴」の縁語です。コオロギの仲間に、ツヅレサセコオロギという種類がいます。その鳴き声が「肩させ裾させ綴れさせ」と聞き做されるためにその名があるのですが、その聞き做しが『古今和歌集』にまで遡るとは驚きました。このコオロギはごく普通に身近にいますから、秋には注意深く聞いてみて下さい。 

 とにかく、フジバカマを手に入れることがあれば、葉や茎を採って来て、生乾きになったくらいの頃に手で揉んで、その香りを楽しんで見てください。




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