うたことば歳時記

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

星の林

2017-12-18 12:46:11 | うたことば歳時記
先日、双子座流星群が見えるというので、久しぶりに星空を見上げました。我が家は埼玉県のど真ん中辺り。市街化は及んでいませんが、昔のように満天の星というわけにはいきません。かつてイスラエルに住んでいた頃に見た星空には、とうてい比べられません。

 日本の古歌には月を詠んだ歌は数限りなくあるのですが、星が詠まれることは極めて少ないのです。建礼門院(安徳天皇母、平清盛娘)に仕えた建礼門院右京大夫の「月をこそながめ慣れしか星の夜の深きあはれを今宵知りぬる」(建礼門院右京大夫集 252)という歌は、そのことをよく物語っています。その少ない星の歌の中でも、最もよく知られているのが柿本人麻呂の次の歌でしょう。

①天の海に雲の波立ち月の舟星の林に漕ぎ隠る見ゆ  (万葉集 1068)

この歌には「詠天」という題がありますから、星だけを詠んでいるわけではありません。夜空を海に、雲を波に、月を舟に、一面の星を林に見立てています。舟に見立てられる月は、おそらく満月ではないでしょう。天の川を牽牛や織女が舟で渡るという理解は『万葉集』の頃には広く共有されていましたから、夜空を海に月を舟に見立てることは、柿本人麻呂の独創ではなさそうです。また漢詩には当時からそのように見立てた表現があり、日本最初の漢詩集である『懐風藻』にも見当たりますから、漢詩の影響が濃厚です。しかし一面の星を林に見立てることは、他に例を知りません。私の力不足で知らないだけかもしれませんが、もしあったら御免なさい。しかしあったとしても広く共有される理解ではなかったでしょう。

 この詩情豊かな独特の表現は、例歌は多くはないのですが、その後も歌い継がれています。

②月の舟さし出づるより空の海ほしの林は晴れにけらしも  (新後拾遺 秋 379)
③冴ゆる夜の雲なき星の林より霜吹きおろす木枯らしの風  (夫木抄 7699)

②は、月が上って明るくなったために、それまでよく見えていた「星の林」がよく見えなくなったという意味にとれますが、反対に、月が出る夜となって、「星の林」がよく見えるようになったとも理解できます。③は霜の降りるような寒い冬の夜の木枯らしを詠んだ歌で、地上の霜は「星の林」から木枯らしが吹き下ろしたものと見ているわけです。霜は古くは「結ぶ」という動詞を導くものでしたが、次第に「降る」とか「降りる」という動詞を導くようになります。厳寒の夜空に輝く砂子のような星と、地上で月明かりにきらきら反射し見える霜の印象が似ていることから、そのように理解したものなのでしょう。歌としては、「星の林」の語感を活かしている点で、③の歌の方が成功していると思います。

 空気が乾燥する厳寒の今頃は、星の観察には適しています。無数の冬の星を眺めながら、それを「星の林」に見立てて御覧になって下さい。もし歌をお詠みになるのでしたら、「星の森」もよいかもしれませんね。「星の林」より奥行きが感じられて、無窮の宇宙を感じ取ることが出来るかもしれません。

○奥深き星の森より降る霜の音なき音の冴ゆる小夜中


コメントを投稿