MARU にひかれて ~ ある Violin 弾きの雑感

“まる” は、思い出をたくさん残してくれた駄犬の名です。

書いてない横のバランス

2012-03-23 01:41:00 | 私の室内楽仲間たち

03/23 私の音楽仲間 (375) ~ 私の室内楽仲間たち (348)



           書いてない横のバランス




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 今回は、まず譜例からご覧ください。

 ある弦楽四重奏曲の一節ですが、注目していただきたい
のは強弱記号。 f、p、<、>、dim. などです。



 いきなり ff の不協和音で始まりますが、しばらく pp の
音楽が続きます。

 すると突然、① < > が現われますね。 これとほぼ
同じ音楽が、④でも書かれています。



 そして、これに続くのが、②の3小節。 強弱の指示
は明確ではありませんが、「そのまま音量を抑える」…
というのが、普通の解釈です。



 [譜例Ⅰ]



           ↑

 続く③に fp> pp と書かれているのも、その解釈の
有力な根拠でしょう。

 これは一種のアクセントなので、「その前の②が f だ」
…とは考えにくいからです。



 それにこのは、どういう大きさの変化で演奏すれば
いいのでしょうか?

 また最初のは、どこまでクレシェンドすればいい
のでしょうか?

 大きくした後は、音量を再び pp まで落とすべき
なのでしょうか? そうすると、は pp の音楽に
なりますね。




 「そんなこと訊かれたって、曲の一部分だけ見ても、答
なんか出るわけない
よ。 曲名も作曲者も不明だし…!」

 そのとおり! まことに正しいご意見です。 では、もう
少し先をご覧いただきましょう。



 ViolinⅠの⑤には、 が2回出てきます。 「音を弱くする」
…という解釈もありますが、むしろ、「アクセントが2回ある」
…と考えた方がよさそうです。

 では、それはどの程度のアクセントなのか?



 ⑥では、四人全員に dim. が書かれています。 5小節間
に亘っていて、行き着く先は pp です。

 …ということは? ⑥の前は、どういう大きさなのでしょう?



 [譜例Ⅱ]



      ↑

 pp の書かれている "E" は、再現部の始まる箇所に当ります。
やがて Vn.Ⅰには、「Mi - - Do La -」と下降する、第一主題が。

 そのちょうど真上 (譜例の一段目) では、チェロが上行しながら、
「Mi - - - La - Do -」。




 「ああ、あの曲か!」

 ここで気付かれる方も、きっと多いことでしょう。



 これは、シューベルトのロザムンデと呼ばれる四重奏曲、
その第Ⅰ楽章でした。




 Violin の M.Su.さん、Viola の M.さん、チェロの I.さん
ご一緒した、今回のアンサンブル。 ①~⑥を始めとして、
強弱に関する様々な疑問が出てきました。

 よく見ると、知りたい事が譜面には書いてない…。 これ
ではどうしようもありません。



 様々な解釈があり、演奏方法は一通りではないでしょう。
しかしそれを決めるためには、頭に入れておいた方がいい
問題が、幾つかあるようです。




 まず、「シューベルトには "pp の音楽" が多い」ことです。

 この曲には、ff も確かに何度か出てきますが、たとえ "f" の
活字が書いてなくても、強いインパクトを感じさせるパッセジが
あるものです。 そこで演奏がおとなしすぎると、コントラストが
不足してしまいます。

 特に "歌のフレーズ" には、作曲家はなかなか "f"、"ff"
とは書きにくいものです。 それはシューベルトだけでは
ありません。




 またこの部分は、展開部から再現部へ至る、大事な箇所
であること。 "歌曲の王" シューベルトとはいえ、やはり形式
に則って、曲は書かれています。

 そこには通常、何らかのドラマが潜んでいるものです。 それ
を意図的に隠したり、避けたりする場合もありますが。

 その意味では、確かに「曲の一部分だけ見ても、答が出る
わけない
」…のです。 個々の強弱記号を無視してもまずいし、
かと言って強調しすぎても、それは "表現のための表現" に
なってしまいます。

 楽曲の解釈、分析において、「部分は全体に従うべきだ」…と
いう意味のことを述べたのが、かのフルトヴェングラーでした。




 最後は、演奏者の習性…。 私たちは、p、pp、> の記号
に弱い
のです。 「あっ、音を小さくしなけりゃ…!」

 もちろん、始終大きな音を出すような演奏者も、いないわけ
ではありません。 しかしそんな傾向の人でも、どこかに遠慮
があるものです。



 この "控えめの美徳" が、"思い切った表現" にブレーキ
をかけてしまうと、今度は作品自体が "控えめ" になって
しまいます。

 作品の起伏、強弱の流れを絶えず意識できれば、それ
に越したことはありません。 言わば "横の音量バランス"
です。



 ただし、全員が大きな音を出した結果、全体の音量バランスが
崩れてしまっては困ります。 こちらは "縦の音量バランス"。

 どこかで妥協しなければならない、難しい問題です。

 私の音は、今回は特に "ひよわ" でした。




 演奏例の音源]は、[譜例Ⅰ]の最初からスタートし、
そのまま[譜例Ⅱ]に続きます。

 ただし、"E" では再現部に入らず、何と "コーダ" に
跳んでしまい、楽章はそのまま終ります。



 「何だ! この編集は!」 作曲者が怒っていますね。

 シューベルトさん、ごめんなさい。



 [譜例Ⅰ]





 [譜例Ⅱ]






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